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伯爵令嬢は普通を所望いたします  作者: 桜井 更紗
第二章

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特別な人




 ドルーア王国の国王と王太子のみに継承されて来た祭祀が、大晦日の夜から新年の朝にかけて行われる。


 王宮の敷地内にある神殿の奥には歴代の国王と王妃の墓がある。

 その手前にある霊廟で行われる祭祀で、この1年の国の平和を先祖に感謝し、新たなる1年の五穀豊穣と国の安寧を願うのである。



 先ずは神殿の地下にある聖水と言われているわき水で身体を清めた後に、真っ白な祭衣を着用した国王と王太子が、祭壇の前に安楽座の姿勢で夜通し祈り続けると言う荒行だ。


 照明に松明が焚かれているだけの寒くて冷たい霊廟の中で、大晦日の深夜から明け方にかけて行われる。



 その祭祀はドルーア王国を建国した初代国王から始まった。

 彼が屈強な男であった為に、代々王となる者にはこの荒行に堪え得る者でなければならないと示したからで。


 サイラスは国王となってからも、未だに騎士団での訓練を欠かさないと言う。


 そして……

 ドルーア王国では世継ぎが王子でなければならないと言うのも、こう言う事からであった。



 そして王妃と王太子妃は……

 2人と同じ様に純白の祭衣を着用し、霊廟の扉の前で座り、国王と王太子の無事を祈るのである。


 まだドルーア王国には王太子妃がいない事から、王妃だけが祈りを捧げるのだが。


 後ろではサイラスとルシオの侍従や侍女達が見守っていて。

 勿論そこにはランドリアとカール親子もいる。



 サイラスとルシオが霊廟に入り、長い長い祈りの時間が始まった。


 サイラスは即位をした5年前から。

 ルシオは立太子をした4年前から、サイラスと共にこの祭祀を行っている。


 王家に伝わる神器と共に儀式を行うサイラスを、ルシオは安楽座の姿勢のままに食い入るように見つめている。


 これは国王と王太子のみが行う神聖な儀式であり、自分が国王になれば子である王太子に継承しなければならないのだ。



 サイラスの祈りを捧げる声が祭壇の前で静かに響いている。


 この時間になると……

 寒さと地面の冷たさがルシオの身体の体力を奪って行く。

 既に足は感覚が無い。



 それからはどれだけ時間が過ぎたのかが分からなくなった。

 国の行く末と発展と民の幸せを願う祈りがただひたすらに続けられて。



 そして……

 ゴーンゴーンと神殿の鐘の音が鳴り響いた。


 これは祈りが終わる時間を意味する。


 神官達が扉を開き、サイラスとルシオの元へ駆け寄って行く。



 王室では色んな祭祀があるが……

 この新年にかけての祭祀は、精神的にも肉体的にも1番キツイ祭祀であった。


 足に感覚が無く自分では立ち上がれない事から、神官達に抱き抱えられるようにしながらルシオは部屋から出された。


 中が暗かった事もありその明るさに目が眩む。


 やり遂げたと言う安堵感はあるが、精神的にも肉体的にも疲れきっていたルシオが目で見たそこには、例年通りに白い世界があった。



 ぼんやりと見える白色の世界に……

 紺色のそれが目に入って来た。



 紺色のそれはソアラだった。




 ***




 まだ夜が明けていない時間に、フローレン邸に王宮から遣いが来た。


 やって来たのは王太子宮の侍女長であるバーバラだった。

 ルシオの乳母でもあるバーバラが、直々にソアラにお願いに来たのだ。


「 祭祀を終えて疲れきって出て来る殿下を、お迎えしていただけないでしょうか? 」

 バーバラはそう言ってソアラに頭を下げた。


「 はい。わたくしで役に立つのなら 」

 夜は眠気には勝てないが……

 朝早いのは得意である。



 王宮に向かう馬車の中でバーバラから祭祀の詳細を聞くと、ソアラは絶句した。


 王宮では祭祀が行われていると言う事は知っていたが。

 国民の皆がそうであるように、ソアラもそれがどんなものかは知らないでいた。



 暗闇を走る馬車の窓から見える街は……

 昨夜からのカウントダウンでまだ喧騒の中にあった。


 きらびやかな灯りの下で人々は酒を飲み、歌を歌って騒ぎながら新しい年を祝っているのである。



 バーバラに連れられて神殿に入ると……

 静まり返った部屋の扉の前では、白の祭衣を着たエリザベスが座っていた。


 胸の前で手を組んで目を瞑って祈りを捧げていた。



 勿論、ソアラはそこには行けないので、バーバラからここで一緒に待つように言われた。


 そしてソアラはこちらを見ているランドリアとカールに向かって頭を下げると、跪いていたカールが立ち上がった。


「 えっ!? ソアラ嬢!? 」

「 わたくしがお連れしました 」

 驚いているランドリアとカールをみれば……

 どうやら彼女の一存だったみたいだとソアラは思った。


「 殿下がお喜びになりますので 」

 バーバラは驚くカールにそう言うと、ソアラに優しく微笑んだ。


 カールの横にいたランドリアが、うんうんと嬉しそうに頷いていて。



 その時……

 この場にいる全員が白の正装姿でいる事にソアラは気付いた。

 普段着の紺のワンピースに、紺のコートを羽織った紺一色のソアラは完全に場違いだ。


 ここに居ても良いのかと。



 殿下の侍女長が訪ねて来たと、まだ夢の中にいたソアラは母親のメアリーに起こされた。

 何かあったのかと、急いで着替えて来た服装のままに連れて来られたのだ。


 時間が無いと言われて。


 因みにトンプソンとシェフのリチャードは、カウントダウンの祭りに行っていて留守だった。



 バーバラは馬車の中でソアラに言った。

 今、殿下は祭祀の真っ最中であり、終わった時にソアラ嬢がいたら殿下が喜ぶだろうから来て貰いたかったのだと。


 祭祀はかなり過酷なものだと言う。



 霊廟と違って、霊廟の前のこの部屋は暖かいが……

 それでも床の上に座ったままに、ずっと祈り続けているエリザベスにとっても大変な所為だ。


 目を閉じて熱心に祈りを捧げる王妃陛下にソアラは胸がいっぱいになった。


 来年の年明けにはそこに自分もいるのだろうかと。



 ソアラもその場に座り……

 手を胸の前で合わせて目を閉じて、サイラスとルシオの無事を祈った。


 人々の息遣いが聞こえるだけの静かな時間(とき)が流れて行く。



 そして……

 ゴーンゴーンと鐘の音が鳴り響いた。



 新年の朝の5時に聖堂で鳴らす鐘の音は、それは新年の幕開けでの音であり、カウントダウンの祭りの終わりの合図だった。


 だけど本当は……

 祈りを捧げる国王と王太子への祭祀の終わりを告げる鐘の音だった事を、この時ソアラは初めて知った。



 人々が陽気に新年の幕開けを楽しんでいる間に、我が国の国王と王太子はこんなにも国を想い祈ってくれていたのだ。


 ソアラの目には涙が浮かんでいた。



 重い扉が開かれ神官達が中に入って行くと、エリザベスを初め皆がそのまま床に頭を下げた。


 祭祀を終えた国王と王太子が出てくるのを迎える為に。


 神官達に支えられながらサイラスが部屋から出て来ると、侍女に支えられてヨロヨロと立ち上がったエリザベスが、用意されていた白のローブを掛けた。


 そして……

 直ぐにルシオが現れた。


 ぐったりとした彼は2人の神官に抱き抱えられていた。

 両肩の下に腕を回され足を引き摺るようにして。



 祭祀の儀式をこなすサイラスは途中で立ち上がる事もあるのだが、後ろで見ているだけのルシオはずっと安楽座の姿勢で座ったままでいなければならない。

 なのでサイラスよりも若いルシオの方がかなりキツイ。



 そんな中でも……

 ルシオは直ぐにソアラがいる事に気が付いて、嬉しそうに破顔した。




 ***




 ソアラの瞳からは涙がボロボロと零れ落ちた。


 何時も自信たっぷりで威風堂々とした王子様が……

 こんなにもヨレヨレの姿になっているルシオに、ソアラはショックを受けた。



 朝の5時に神殿の鐘が鳴るのは1年に1度の新年のこの時だけの事。

 ソアラは毎年この鐘の音を聞く為に、その時間に起きる事にしていた。


 人々が一晩中楽しく飲んで歌って騒いでいる間に。

 自分が温々とベッドで寝ている間に。


 殿下は……

 国の安寧を願い、こんなにもボロボロになっていたなんて。


 胸が締め付けられる。



「 ソアラ……おいで 」

 神官達に抱き抱えられているままにルシオはソアラを呼んだ。


 声まで凍えていて……

 その声は言葉にならなかったがソアラは立ち上がった。


 殿下が私を呼んでいる。



 だけど……

 次の一歩で転んでしまった。

 ソアラも30分近く座ったままだったので、足が痺れて前に出なかったのである。



 30分だけでこんなにも足がガタガタなのに。

 殿下はずっと座ったままでいたのだ。


 膝と両手を地面に付いたソアラの目からは、更に涙がボトボトと零れ落ちた。



 ルシオは両手をソアラに伸ばした。

 神官達が倒れそうになっているルシオを懸命に支えている。



 何とか立ち上がったソアラが動かない足でルシオの側にやって来た。


 そして……

 ソアラはルシオの腰に手を回して抱き締めた。


 そのまま2人でズルリと地面に座り込むと、神官達はそっと2人から離れた。



 抱き締めたルシオの身体は陶器の様に冷たくて。

 ソアラは少しでも自分の熱を分けてあげようと、ルシオの足の間に割って入って来た。


 そして……

 冷たいルシオの身体に密着した。


「 !? 」

 ソアラのあまりにもの大胆な所為に、ルシオは驚いて目を見張った。

 寒さで強張った顔は無表情だったが、胸の奥に熱い何かが灯った。



 ルシオを抱き締めながら、ソアラは自分の頬をルシオの頬に付けた。

「 冷たい 」

 そう言ってまた涙をボロボロと溢すのだった。


「 大丈夫……だから……泣かないで…… 」

 まだガタガタと唇の震えが止まらなかったが、やっと声を少し出せた。


「 怪我……しなかった? 」

 派手に転んだソアラの方が心配だ。



 こんなボロボロの状態なのに私を心配してくれてる。


 優しいルシオにソアラはまた涙が零れるのだった。



 ソアラの体温が伝わって来ると、徐々にルシオの身体に感覚が戻って来た。


 ソアラの熱が心地良い。



 気が付くと2人にはローブが掛けられていて、2人は首から上だけを出している状態になっていた。


 このローブはフワフワでとても暖かい。



 その時……

 バーバラが熱い白湯の入ったカップをソアラに渡した。

 殿下に飲ませてあげて下さいと言って。


 ソアラがルシオの口元に熱いカップを持って行き、恐る恐る飲ませてあげる。


 ルシオが熱いと言うと……

 フウフウと息をかけて一生懸命冷まそうとしている所為が可愛くて、ルシオは目を細めた。



「 暖まった? 」

「 ああ……生き返ったよ 」

 白湯をごくごくと飲み干したルシオを見て、ソアラはホゥゥと息を吐いた。


 良かったと言って。



「 だけど……まだ寒い……かな 」

 本当はソアラの体温と白湯を飲んだ事で、随分と身体は温まっていたが。


 足を開いたルシオの間に座るソアラは、それを聞いてルシオの背中に手を回した。


「 こうすれば少しは暖かいかも 」

 ソアラはルシオの背中や胸をゴシゴシと擦り出した。


 懸命に自分の世話をやいてくれるソアラが愛しくてたまらない。



 暫くはこのままでいたいと思ったルシオは……

 もう少しの間、寒いと言う事に決めた。













リニューアル……

使い辛い(^o^;)

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― 新着の感想 ―
[良い点] この章は何度読んでも美しいの一言に尽きます。この神事を通して、二人の距離が純粋に近くなっていく様を想像できるのが嬉しいですね。コミカライズしてもらいたい程です! [一言] 若干ルシオの日頃…
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