白馬に乗った王子様
両家の顔合わせがお開きとなった。
皆が席を立った時にソアラがカールを呼び止めた。
「 カール様にお伝えしたい事があります 」
あの、王室御用達の店の正体を伝える為に。
店をその後どうするかは知らないが、あの理不尽な所為は伝えなければならないと思って。
何せソアラが雇われた理由は……
王家の所有する財産が、年々少なくなって来ている事の調査をする為なのだから。
ソアラの鼻息は荒い。
「 ソアラ! 」
その時ルシオがソアラを呼び止めた。
「 君は、僕と会えなくて寂しく無かったの? 」
「 !? 」
「 僕と久し振りに会ったのに、少しも嬉しそうな顔をしてない 」
ルシオはソアラとカールの間に立った。
少し拗ねたような顔をしていて。
久し振りって言われても昨日会わなかっただけで。
ソアラは困惑した。
いきなりの甘い言葉に何を言えば正解なのかが分からない。
好きな殿下に会いたくない訳が無い。
だけど……
昨日も今日もそれどころでは無かったのだ。
寧ろこの場に来たくないと言う。
まるで登校拒否の生徒みたいになっていたのだから。
「 ここではなんですから、殿下の執務室に参りましょう 」
ソアラ嬢が困っておられますよと言って、カールは呆れた顔をした。
「 ねぇ?僕と会えて嬉しくなかったの? 」
ルシオはそう言ってソアラの手を取り歩き出した。
ソアラはまだ考え中だ。
嘘は吐きたく無い。
どう答えたら良いのかと。
カールが皆を見やれば……
フローレン夫婦と立ち話をしていた両陛下は、立ち止まったままで固まっていた。
勿論、フローレン夫婦も。
カールにとっては、こんな風にソアラ大好きルシオは見慣れたルシオだが。
両陛下や側近達にとっては見慣れない光景だった。
普段の王太子然としたルシオとは全く違う、彼の甘えたような所為に驚いていた。
ソアラを見つめるルシオの瞳は限りなく甘くて、見ているこちらが恥ずかしくなる程で。
これはアメリアやリリアベルには向けられた事の無い甘い顔だ。
「 この婚姻は上手く行きそうだな 」
サイラスがクスクスと笑いながらフローレン夫婦にそう言った。
「 勿体無い事です 」
ダニエルとメアリーは嬉しそうな顔をして丁寧に頭を下げた。
そして……
2人の温度差が凄いと言って、サイラスは大笑いした。
ソアラの顔を覗き込みながら、ルシオはソアラの返事を待っていた。
「 私も寂しかった。殿下に会いたくてずっと殿下の事ばかり考えていました 」
そう言ってくれるとウキウキしていたが。
「 王室御用達店の事ばかり考えていました 」
殿下を見て……
私達は若獅子とイタチみたいだとは思ったが。
それは言わなくても良いだろう。
「 ブッ 」
2人の後を歩いていたカールが吹いた。
毎度のこの2人のチグハグな会話が面白くてたまらなくて。
***
ルシオの執務室に入るのは初めての事。
部屋には1度入った事はあるが。
紺色を基本とした部屋はきちんと整理され、財務部の部屋とは大違いだとソアラは思った。
沢山の書類が積み重ねられてはいたが。
ルシオに促されてソファーに座ると、直ぐに侍女がお茶を持って来た。
「 紹介する。彼女は王太子宮の侍女長のバーバラ・ハミルトン侯爵夫人。僕の乳母だ 」
「 やっと会えましたね 」
ルシオに紹介された母親位の年齢の彼女は、頭を下げて挨拶をするソアラに優しく微笑んだ。
そして彼女は丁寧に頭を垂れた。
「 これからはここにも程に来る事になるから頼むよ 」
「 侍女達全員を集めて、日を改めてご挨拶をさせて頂きます 」
バーバラはそう言って執務室を後にした。
ソアラに仕えているのは王妃の侍女達。
彼女達にはとてもよくして貰っている。
そして……
ここの侍女達は王太子の侍女達で、これからは彼女達との関わりが大になって来る。
バーバラの気持ちは読み取れ無かったが、あの3人と会った時の反応とは明らかに違う。
受け入れられて無いのかも知れない。
そして……
受け入れられて無いのも当然だと思った。
ルシオに仕えている侍女達と、王妃に仕えている侍女達の反応が違うのは当たり前で。
ここの侍女達は皆、アメリアやリリアベルとの接点もかなり多かった筈なのだから。
バーバラはルシオの乳母。
母親であるエリザベスに匹敵する立場の彼女から、嫌われてしまったならこれから先はどうしたら良いのかと思わずにはいられない。
ソアラは首を横に振った。
考えても仕方が無い。
私は私の出来る事を頑張るだけだと。
ソアラはあの王室御用達店で若いスタッフ達が言っていた事を、カールとルシオに伝えた。
話を聞いてる内に2人はだんだんと険しい顔になって行った。
やっぱり……
このノース政権は嘗められていると言う事実を再認識した。
「 商家に良いようにされて……情けないな 」
「 殿下……申し訳ありません。我が一族のせいです 」
カールがルシオに頭を下げた。
先王時代はウエスト政権。
サイラス国王の御代になるとウエスト家からノース家に政権が移り、財務部にあのトンチンカンとアンポンタンを据えた歪みが、この5年の間に出来ていたのである。
テーブルに置いたルシオの手が固く握られた。
「 これからは大丈夫ですよ! 」
その時、ソアラがお金を数えるポーズをした。
財務部のトンチンカンとアンポンタンに経理部のノウハウを教えたのはソアラだ。
その後……
カールから父親であるランドリア宰相に伝え、直ぐに王室御用達のこの店には調査が入る事になる。
いや、この店だけでは無く全王室御用達の店を洗い直した。
その結果、脱税が見つかった店もあった。
いや、殆どの店が何かしら不正をしていた事が発覚する事になるのである。
勿論、調査には財務部のトンチンカンとアンポンタンが出向いたのは言うまでも無い。
もう、ポンコツとは言わせない!
彼等は胸を張った。
こうしてまた1つ……
ソアラの活躍で、ポンコツノース政権が救われる事になった。
***
無事に顔合わせが終わりホッとしたのだが、フローレン家には新しい邸への引っ越しを控えている。
新しい邸は王家からの結納金として、フローレン家に譲渡された物となった。
「 これからは家賃を払わなくても良いのですね! 」
フローレン家の執事のトンプソンが喜んでいる。
永年の旦那様のお給金でやりくりするのが大変だったのだと言って。
このタウンハウスは国の物なので家賃は格安なのだが。
「 わたくしのお給金からも半分以上は渡していたでしょ? 」
「 世の中は物価高ですのでね 」
鼻の下に生やした髭をピンと触りながらトンプソンがすました顔をする。
「 いや、それよりもこれからの維持費が大変なのでは無いですか? 」
わたくし達のお給金が減るのは困りますと、メイドのクロエとノラがカチャカチャとお茶を運びながら心配そうな顔をした。
「 それは大丈夫だ 」
ダニエルが顔合わせの時に、国王の側近から伝えられた事を皆に話した。
妃の実家にはその権威を保つ為に、国から毎月お金が支払われる事になると言う。
なので屋敷の維持管理費の事は心配ないのだと。
「 やった! 贅沢が出来る! 」
トンプソン達使用人が小躍りをする。
「 待ちなさい! 国のお金はわたくしが管理してる事をお忘れ無きよう 」
「 !? 王太子妃となったお嬢様がフローレン家の管理をするのですか? 」
「 そのつもりですわ。わたくしは経理部の女官ですのよ 」
しっかりとこの家の領収書と請求書をチェックしますわと鼻を膨らませた。
今まではフローレン家の帳簿は見た事は無かったが、莫大なお金が入るなら自らチェックしたい。
そう。
それが王太子妃に選ばれた理由ならば、存分に自分の能力を発揮したい。
王妃にも公務がある。
勿論、王太子妃にも。
その公務の一貫として財政の管理があっても良いとソアラは思っていて。
自分の得意分野をいかしたい。
王太子妃になれば……
殿下にそう言おとソアラは決めていたのだった。
引っ越しの準備と言っても、ある程度の荷物は既に新しい邸に運ばれていた。
なので……
ソアラの荷造りも直ぐに終わり、明日は自分達自身と身の回りの物を運ぶだけとなった。
「 本当に引っ越しするのだわ 」
生まれた時から住んでいた家だ。
このタウンハウスの家はダニエルとメアリーの結婚を期に、夫婦で移り住んだ家である。
新婚時代からこの家に住み、ソアラとイアンを産み育てた家なのである。
かつては……
祖父母の住まいもこのタウンハウスにあり、賑やかに過ごしていたのだ。
「 結婚してもこのタウンハウスに住むつもりだったのに 」
お見合いをしたトニス・デスラン伯爵令息と結婚するのならば……
確実にこのタウンハウスに住んでいたのだ。
お父様やお母様のように。
ソアラは窓を開けた。
窓から見える景色には……
巨大な宮殿が聳え立っていた。
「 ソアラ 」
「 えっ!? 」
窓から見下ろせば……
そこには白馬に乗った王子様がいた。
夢かと見間違う程に。
暗闇の中でもその黄金の髪はキラキラと輝き、何故かそこだけが明るく見えた。
ソアラを見上げてくるサファイアブルーの瞳に、思わずうっとりと見惚れた。
「 殿下!? 」
見惚れている場合では無い。
何故こんな狭い庭に殿下がいるのかと。
「 静かに……皆が起きてしまうよ 」
「 今、そこに行きます! 」
両手を窓枠に付いて乗り出すようにしてルシオを見ていたソアラは、身体の向きを変えようとした。
「 寒いからこのまま部屋にいて! 」
直ぐに城に戻るからと言ってルシオは微笑んだ。
「 でも…… 」
「 まだ起きてたんだね。良かった……君の顔を見る事が出来た 」
そう言ったルシオは嬉しそうに破顔した。
この白馬はあの白馬だ。
4年前の立太子の時に……
殿下が王都の街をパレードした時の。
あの時は……
私はただの見物人だった。
騎乗した騎士達を従えた白馬に乗った王子様を、ごった返した人々で揉みくちゃになりながらも見ていたのだ。
チラリとしか見えなかったけれども、素敵な王子様をチラリと見えた事が嬉しかった。
宮殿の広場では両陛下やシンシア王女殿下と共に、アメリア様とリリアベル様もいたと聞いた。
それが……
あの素敵な王子様が……
白馬に乗って私に会いに来てくれたのだ。
こんな狭い庭に。
溢れる想いで……
ソアラは胸がいっぱいになり泣きそうになった。
「 荷造りは終わった? 」
「 はい…… 」
「 あの……私が寝ていたらどうしていたのですか? 」
普通ならとっくに寝ている時間。
「 君の部屋の窓を見て帰るつもりだった 」
そんな……窓だけだなんて。
ソアラはの胸はキュンとして、また泣きそうになる。
「 起きていて良かったです……私も……殿下のお顔を見れて……嬉しいです 」
「 ソアラ…… 」
2人はとても幸せそうな顔をして見つめ合うのだった。
玄関先には、フローレン家に滞在する警備の者と家の者達全員がいた。
馬の蹄の音と声がしたので怪しい者だと思って。
まさか……
王太子殿下だったとは。
「 ソアラは……幸せになりますわね 」
「 ああ……殿下が大切にして下さっている 」
ダニエルがメアリーの肩を抱き寄せた。
木刀を持って自分の部屋から下りて来たイアンも、嬉しそうな顔をして。
心配していたのだ。
王命だから送り出すしか無かったが。
王宮でソアラに会うから何か伝える事は無いかと言うルーナに、家の事を伝えて貰っていたのも心配性なソアラを思っての事。
ソアラは特に弟のイアンの事を心配していて。
自分のせいで不自由な思いをしてはいないのかと。
「 本当に王太子殿下はお嬢様をお好きだったのですね 」
警備員の後ろにいたトンプソンが、前に出てきながらそう言った。
暴漢なら逃げようと思っていて。
ダニエルから王太子殿下はソアラの事を好いてるみたいだと聞いても信じられなかった。
王命が下ったから仕方なく結婚するのだと思っていて。
恐らく……
国の殆どの者がそう思っているのだが。
フローレン家の人々は幸せに包まれた。
2階の窓の前にいるソアラを見上げる白馬に乗った王子様に、皆の胸がキュンキュンするのだった。
その光景を……
二軒隣のエマイラ家の窓から、ひっそりとルーナが見ていた。
「 本来ならば……白馬に乗った王子様はこの窓の下にいる筈なのに 」
彼女は親指の爪をギリギリと噛んだ。




