公爵令嬢の恩返し
王家とフローレン伯爵家の婚姻を進める上での両家の顔合わせの食事会は、穏やかなムードで始まった。
お互いの挨拶が済めばその話が出るだろうと覚悟を決めていた。
その話題になればきちんと謝罪をしようと。
しかし何時までたっても誰もその話題を口にする事も無く、緩やかな時間だけが過ぎて行った。
驚いた事に……
王立図書館勤務の文官であるダニエルとサイラスが図書館の事の話をしていた。
図書館は近々改装する予定である事から。
そして……
メアリーはエリザベスと慈善事業である教会の話をしているのである。
勿論、お互いに訪問している教会の場所は違うので、バザーには何を出品しているかの情報交換をしていて。
信じられない光景だった。
この2組の夫婦に共通の話題があったのかと。
目の前にいるのはこの国の国王と王妃。
そしてソアラの横にいるのはショボい伯爵夫婦。
どうみてもライオン夫婦の前にいるイタチ夫婦。
そして自分も……
白いたてがみの若き獅子の前にいる……
やはりイタチだと思うのだった。
新しい血がイタチで良いのかと。
おかしいわ。
昨日の新聞を読んで無い筈が無いのに。
今朝の新聞は、流石に値切った話程度にはそれ程興味は無かったのか、載ってたのは港町のちょっとした事件だけだったが。
恐れていたシンシア王女殿下も何も言わない。
自分からソアラに話し掛ける事はしなかったが、ルシオに促されてる内にソアラの弟のイアンと何やら話をしていた。
そう。
シンシアとイアンは同い年。
2人はルシオから話をふられたのを切っ掛けに、学園の話をしていたのだ。
ソアラの前の席に座るルシオは始終ご機嫌で。
もう、待ってはいられない。
自分から謝罪してしまおうとソアラが口を開きかけた。
「 あの…… 」
すると……
ルシオが自分の形の良い唇に人差し指を当てて、ソアラにしぃ~っと合図をした。
言わなくても良いよと。
この場は両家の大切な顔合わせ。
無粋な話はしない方が良いのかと、ソアラはルシオのそれにコクリと頷いた。
ソアラと通じ合った事にルシオは破顔した。
とても嬉しそうに。
そうして2時間あまりの食事会が終わった。
結婚式は1年後。
王族の結婚としては妥当な期間だ。
他国の王族を招待して行われる王太子の結婚式は、国の重要なイベントで。
その国の威信をかけて盛大に行われる事から、入念な準備期間がいるのである。
その間にソアラにはお妃教育が施される事になる。
生まれた時から……
王妃になる為の教育をされて来たアメリアやリリアベルに比べて、同じ様な家格の伯爵令息との結婚を望んでいたソアラが劣るのは当然で。
ソアラには1から教育をしなければならないのだ。
アメリア様やリリアベル様が20年かけて培って来た王妃への道を……
私はたった1年で学ばなければならないのだわ。
食事が終わったと同時に、国王の側近と王妃の側近と王太子の側近のカールが書類を手にやって来た。
この先の色んな事の予定を読み上げて行く。
聞き終わったソアラと同時にルシオも口を開いた。
「 1年では短いのでは? 」
「 1年も先なのか!? 」
「 !? 」
「 !? 」
皆は固まった。
「 早く結婚をしたいのは分かるが、色々と準備があるのだ 」
サイラスがクックと笑う。
2人の仲は順調だと。
「 父上と母上の結婚式は婚約をしてから、3ヶ月後だったじゃないですか!? 」
3ヶ月で準備出来るのなら、自分達の結婚式も同じ様に出来るだろうと言って、侍女から注がれた珈琲をコクリと飲んだ。
サイラスとエリザベスの場合は……
エリザベスの夜這い事件があったからで。
子が出来ていたらと結婚式を急いだのだ。
まだお腹の膨らみが目立たない内にと。
結局はルシオを妊娠したのは1年後だったが。
何よりも……
エリザベス自身も生まれた時からサイラスの婚約者候補であり、改めてお妃教育をする必要が無かった事もあって。
「 我々の場合とは……その…… 」
珍しく両陛下共に慌てていて。
ここには未成年のシンシアとイアンがいるのだからと、誰もが次の言葉が出て来ないでいた。
その時……
少し俯いて考えていたソアラが顔を上げた。
「 殿下! わたくしは1年でも足りないと思います。変更するなら2年のお妃教育を要請致しますわ! 」
ソアラは大真面目な顔をして側近達を見渡した。
「 2年だって!? いや、ソアラ……決まった事は従わなければならないよ。彼等の言った通りに1年にしよう! 」
ルシオが慌てて飲んでいた珈琲のカップをテーブルの上に置いた。
生真面目なソアラならば2年どころか3年と言い出すかも知れない。
「 ………分かりました。1年の間に死ぬ気で頑張ります 」
「 いや、死ぬ気で頑張らなくても良いから…… 」
2人の会話に皆はほっこりとするのだった。
「 1年か……長いな 」
ルシオは天を仰ぎながら呟いた。
***
シンシア王女殿下は15歳。
彼女は七歳年上の王太子であるルシオの事が大好きだ。
この年の離れた妹王女を王太子が大層可愛がっていると言う事は、ドルーア王国では誰もが知る事で。
シンシアは誰からも愛されて育った天真爛漫な王女だった。
人前で誰かを叱責する事などは、勿論した事は無かった。
誰もが自分に跪く立場なのだから当然で。
そのシンシアが頑なにソアラを拒むのには理由があった。
それはルシオが常にソアラを優先するからで。
アメリアやリリアベルの時は、常にシンシアを優先してくれていたのだから。
勿論、ソアラの身分の低さと顔の貧相さが、あの美しい兄に相応しく無いと思っているのも確かだが。
「 お兄様がお兄様らしく無いわ! 」
何故あんな令嬢の機嫌を取っているの?
王太子の公務が忙しいのは分かっている。
国王であるサイラスも忙しそうにしていて。
それでも以前は自分の為に時間を割いてくれていて。
しかし……
ソアラが入内してからは、その殆どの時間をソアラと会う事に費やしているのだから、シンシアはそれが気に食わないのだ。
朝も……
ソアラに合わせてわざわざ早起きして、2人で庭園を散歩してると聞いた事から尚更らで。
ルシオがソアラの事を可愛いと言う事も嫌だった。
お兄様から可愛いと言われていたのは自分だけだったのにと。
ルシオをそこまでさせるソアラがどうしても許せなくて。
要はブラコンのシンシアの嫉妬である。
その上……
王妃のエリザベスもソアラを気に入っている事が、また気に食わない。
クリスマスパーティーの時は、烈火の如くエリザベスに叱られた。
子供の頃みたいにお尻を叩かれるかと思った程で。
「 ソアラ嬢は王太子妃になるのですから、お前は彼女を敬わなければならない立場ですのよ 」
いくら兄には相応しく無いと訴えても、子供が口を挟むものでは無いとそればかり言われてしまう。
「 他にお兄様に相応しい令嬢がいますわ! 」
そう涙ながらに訴えても全く相手にして貰えなかった。
もう、王命が下されたのだからと言って。
そんな中。
リリアベルから手紙が届いた。
その手紙には……
ソアラが身を呈してリリアベルを守ってくれた事が書かれてあった。
そして……
シンシアが推すルーナには婚約者がいる事も。
その婚約者とルーナは政略結婚では無い事も。
「 嘘…… 」
ルーナからは婚姻者がいるなんて事は聞いた事は無かった。
婚約者がいるのを隠していた?
でも……
いないとも言って無かったわ。
そもそもそんな話はした事は無い。
会う毎にお兄様を呼んで欲しいと言うし、お兄様の話を聞きたがるから、てっきりお兄様の事を好きなのかと思っていた。
お兄様だって……
わたくしが呼んでも来ないのに、ルーナ嬢には会いに来るのだから、お兄様はルーナ嬢も好きなのだと思っていた。
アメリアお姉様やリリアベルお姉様の時の様に。
だったら気配り上手で話しやすいルーナ嬢の方が良いわ。
何よりもルーナ嬢は、お兄様と並ぶには相応しい可愛らしい顔なのだから。
まだ15歳のシンシアには男と女の事は分からない。
自分の見た事が全てなので。
***
これがリリアベルのソアラに対する恩返しだった。
暴漢に襲われた時に身を呈して守ってくれた事に対しての。
あのソアラ・フローレン伯爵令嬢がルシオ様に相応しいとは思わない。
今でも自分かアメリア様が相応しいと思っている。
だけど……
あのルーナ・エマイラ伯爵令嬢よりは断然良い。
それは……
ルーナの考えている事は自分と同じだと思ったからで。
シンシア様に近付く事で……
ルシオ様の気を引きたいと考えているのだと。
それに……
庭園で抱き合ってイチャイチャしていたくせに名ばかりの婚約者ですって?
笑わせてくれる。
ルーナがブライアンを名ばかりの婚約者だと言った時、リリアベルもあの現場に居合わせていたのだ。
勿論、庭園で婚約者と抱き合っていたと言う事は手紙には書かなかった。
まだ15歳のシンシアには刺激が強いだろうと思って。
わたくしだってルーナよりはマシだわ。
婚約者がいるくせにルシオ様に腕を絡ませているなんて……
それもソアラ嬢の前で。
永年の婚約者候補であるわたくしでさえも、エスコート以外ではルシオ様に触った事な無いのに。
あの男爵令嬢よりも質が悪い女なのかも知れない。
少なくともあの男爵令嬢には婚約者はいなかった。
ましてや……
ソアラ嬢と彼女は幼馴染みの親友だと聞いた。
とんでも無い女だわ。
リリアベルは……
そんなルーナの正体を、シンシアに分かって欲しくて手紙をしたためたのだった。
それがソアラへの恩返しだと。
手紙を読んで何が何だか分からなくなったシンシアは、考えるのを止めた。
それでも……
シンシアのソアラを見る目は変わった。
3人の暴漢からリリアベルを守った勇敢なソアラを、素敵だと思ったのだった。




