赤いドレスの公爵令嬢
クリスマスの日のこの夜は、いつの間にか雪が降っていた。
この会場は庭園に出られる大きな窓があり、サイラス国王の言葉によりこの場にいた者達はその窓に駆け寄った。
皆がこの場から離れたそのタイミングでアメリアがソアラの前にハンカチを落とし彼女もその場から離れた。
楽士達が陽気なクリスマスソングを音楽を奏でる中、ハンカチを拾ったソアラはアメリアを追った。
人生で2度もハンカチを落とされてしまった。
王太子の婚約者となった事で普通で無くなったこれからは、後何度ハンカチを落とされる事になるのだろうかとソアラは溜め息を吐いた。
凛とした美しい顔に深紅のドレスがとてもよく似合う。
アメリア様も殿下に赤のドレスが似合うと言われたのだろう。
確か以前の舞踏会でもアメリア様は赤いドレスを着ていたように思う。
私はきっとピンクのドレスも赤いドレスも似合わない筈だ。
この何の取り柄も無い顔には、暖色系よりも寒色系の方が似合うと思っている。
ピンクのドレスが似合うと言ってくれたのは、殿下なりの気遣いなのだろう。
そもそも何の色のドレスが似合うなんて分からない。
一日の殆どを紺色の女官の制服姿でいて、夜会用のドレスさえも持っていなかったのだ。
ソアラはそんな事を考えながらアメリアの後ろを歩いていた。
アメリアが入ったのは休憩室だった。
休憩室は夜会をする場合は必ず用意されている部屋で、コルセットをした女性達が気分が悪くなった時はその部屋で休憩する為にと。
違う目的でその部屋を使うカップルもいるみたいだが。
舞踏会でソアラがグーパンを食らわせた男達は、まさにこの部屋にルーナを連れ込もうとしてた訳だ。
扉の開け閉めで誰も休憩室を使用していないと分かる仕組みになっているのだった。
ソアラもアメリアに続いて休憩室に入った。
勿論、この部屋に入るのは初めてで。
中に入ると座り心地の良さそうな豪華なソファーが置いてあり、その奥にはベッドまであった。
ベッドを見たら飛び込みたくなった。
時間はもう夜の8時過ぎ。
ソアラは規則正しい生活をしているので、この時間は湯浴みをして就寝の準備をしている所だ。
夜の9時に寝る生活。
お子様なのはシンシア王女殿下では無く、私なのかも知れないとソアラは思った。
しかしこれからはそれではいけない。
王族に合わせて……
自分の生活自体を変えなければならないのだと、ソアラはベッドから目を離した。
ベッドを見ていたら眠くなるので。
「 お座りになって 」
そう言ってアメリアはソアラにソファーに座るように勧めた。
「 初めてお会い致しますわね。わたくしの事はご存知かしら? 」
「 はい……勿論です 」
「 そうね。長く王太子殿下の婚約者候補をしてましたものね 」
ソファーに座りながらアメリアは少し俯いた。
本当に……
心が震える程の美人だ。
ずっとルシオとアメリアのツーショットを見て来たソアラは、憧れのスターが目の前にいるかのような気がして何だか落ち着かない。
リリアベルを推してはいたが。
アメリアが王太子妃に選ばれるだろう思っていたのだから。
婚約者候補が外される事が無ければ……
今頃は殿下とアメリア様は婚約していたのかも知れない。
殿下も彼女を望んでいたのかも知れない。
そう思うと……
自分が2人の仲を引き裂いたのかと心が痛い。
これ程までに相応しい令嬢がいると言うのに、選ばれたのが私なのだから。
さぞや私を憎んでいる事だろう。
辞退しろと言われたら……
辞退をするから王命を撤回するように働きかけて貰おうと、ソアラは膝の上にあるアメリアが落としたハンカチをギュッと握った。
しかし……
アメリアから発せられた言葉は意外なものだった。
「 リリアベル様から聞いたわ。暴漢をどうやって怯ませたのかを聞いても宜しいかしら? 」
「 えっ!? 」
「 最近は彼女と時々お茶をしてますの 」
フラれた者同士のねと言ってアメリアは肩を竦めた。
いや、私的にはこれはかなりキツイ言葉だ。
どう答えるのが正解なのかが分からない。
アメリアはソアラの答えを待っていて。
期待しながらじっとソアラを見ている。
「 ………グーパンを男の鼻に食らわしました 」
「 ? グーパンって何かしら? 」
グーパンなんて言葉を高貴な令嬢は知らないのは当然で。
ソアラはアメリアの質問のままにグーパンを説明した。
「 拳を固く握り、相手にパンチをする事です 」
「 拳で?……殿方相手に怖くは無かったのかしら? 」
「 勿論、怖かったです。リリアベル様は声も出せずに震えておられましたから 」
「 貴女は護身術を習ってらっしゃるの? 」
「 いえ……知り合いの騎士様に教えて貰いました 」
まだ2回しか食らわせた事は無いが……
戦う術が心の中にあるのと無いのとは大違いなのだと言って。
「 鼻っ柱にパンチを食らわす事が有効です 」
……と言う事も付け加えて。
「 成る程…… 」
アメリアがその美しい手で拳を作って見ている。
冷たい見た目の印象とは違って……
アメリアはとても聞き上手で話しやすかった。
それはアメリアとしては当然な事だった。
王太子妃になれば沢山の人々と会って話をする。
喩え興味の無い話しでも相手と楽しく会話をしなければならないと、アメリアは家庭教師に話術を習っていたのだから。
それも……
もう、宝の持ち腐れになってしまったが。
「 あら? もうこんな時間…… 」
部屋にある柱時計を見ながらアメリアは言った。
そして……
居住まいを正して改めてソアラを見た。
「 わたくしは王太子妃として相応しくなる為に努力をして来ましたわ…… 貴女も頑張る事ね 」
「 ……はい。肝に銘じます 」
きっとアメリア様からも、殿下に相応しくないと言われると思っていた。
あの時リリアベル様からもそう言われたのだから。
なのに彼女は頑張れと言ってくれたのだ。
ソアラは嬉しくて泣きそうになった。
こんな完璧な人でも王太子妃になる為に努力をして来たと言う。
王太子妃として相応しくなる為に……
自分がしなければならない事は何なのかと、ソアラは思い巡らすのだった。
***
アメリアとソアラが休憩室から出て来ると、庭園のある方から誰かが歩いて来た。
いくらライトアップされていても、部屋の中よりも暗いのでその姿は見えにくいが、そのシルエットは間違いなく男女だ。
こんな時は知らない振りをするのが懸命だ。
そう思ってソアラはあまりその男女を見ないようにした。
その時……
「 ソアラ!? 」
「 えっ!? 」
前からやって来る男が自分の名前を呼んだ。
声の主はルシオ。
ソアラは廊下を駆けて来る2人を目を凝らして見た。
ルシオの後ろにいた女性は……
ルーナだった。
そしてルシオの周りには……
何時も一緒にいるカールも護衛騎士もいなかった。
えっ!?
2人っきり?
2人だけで庭園に?
何をしに?
いや……
何をしてたの?
その時……
ルシオがいきなり声を荒らげた。
「 アメリア! これは一体どう言う事だ!? 」
ルシオはソアラがアメリアと休憩室から出て来た所を見て、沸々と怒りがこみ上げて来た。
アメリアもソアラを虐げる為にソアラを呼び出したのだと思った。
リリアベルもシンシアも……
そしてアメリアまでもが。
アメリアにはソアラの力になって欲しくて、どうやってそれを伝えたら良いのかと考え倦んでいた事から、尚更怒りが倍増した。
ソアラが何をしたと言うのだ。
あの男爵令嬢の時とは訳が違う。
これが我が国の最高位の貴族令嬢がする事なのか。
弱き立場の者を虐げるとは!
彼女は公明正大で崇高な理念を持った令嬢だった。
嫉妬に狂った言うのか!?
「 ソアラは僕の妃になる人だ! 僕の大切な人に…… 」
「 殿下! 違います! アメリア様は…… 」
「 ソアラ! 君は黙っていろ! 」
ルシオはソアラを見ずに、アメリアを見据えたまたにそう言った。
優しいソアラは絶対に相手を陥れるような事は言わない。
リリアベルの時みたいに。
きっとまたアメリアを庇うに決まってる。
ここでアメリアを戒めなければならない。
「 アメリア! ソアラに何を言ったのかを言え! 」
怒るルシオにソアラはどうしたら良いか分からなくなった。
こんなに怖い顔をするルシオは初めてだ。
やはり彼は王族だ。
その怒りのオーラは半端無い。
兎に角誤解を解かなくてはと、ルシオとアメリアの間に入ってソアラは両手を広げた。
アメリアを守る為に。
「 本当に違うのです! アメリア様とはグーパンの話をしていただけです! 」
「 ………グーパン? 」
「 はい。グーパンを伝授しておりました 」
ルシオは眉を潜めてソアラを見つめた。
アメリアの前にソアラが両手を広げて立ち、ルシオに対峙するソアラの姿がそこにあった。
会場の皆がこの騒ぎに何事かと廊下に出て来た。
騎士達もルシオの側に駆け付けた。
丁度リリアベルも戻って来た所で。
シンシアの部屋に行こうと思ったが……
エリザベスがシンシアの部屋に入ったと侍女から言われて戻って来たらこんな騒ぎになっていたのだった。
「 ルシオ様……わたくしに免じて怒りを沈めて下さい 」
皆がこの騒ぎを注目をする中……
ルシオの後ろにいたルーナがルシオの腕を引っ張った。
ルシオは腕を引っ張られた事には気付いていないのか、その目はずっとソアラを見ていた。
ピンクのドレスを着た女。
この女は何者?
あの男爵令嬢と同類?
どいつもこいつもピンクのドレスばかり。
本当に小賢しい。
わたくしの好きな色は赤。
わたくしに似合う色は赤。
喩えルシオがピンクの色が好きだと言っても、アメリアはピンクのドレスなんかは着る事は無かった。
勿論、ルシオから赤いドレスが似合うなんて事は言われた事は無い。
そのピンクのドレスを着た女は……
王太子殿下を名前で呼び、王太子殿下の腕に自分の手を掛けている。
婚約者であるソアラ嬢でさえ、まだ殿下と呼んでいると言うのに。
この女……
確かシンシア王女殿下の騒ぎの時にもいたわね。
さっきからチョロチョロと小賢しい。
今まで黙っていたアメリアが……
両手を広げて自分を守ってくれているソアラの前に進み出た。
「 今、何をしていたとおっしゃいましたわね!? その言葉は……そっくりそのまま殿下にお返し致しますわ!! 」
赤いドレスを着た公爵令嬢アメリアは……
戦闘モードに入った。




