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伯爵令嬢は普通を所望いたします  作者: 桜井 更紗
第一章

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ヒロインにはなれない




 ソアラが学園の1年生の時に、中途入学して来た男爵令嬢がいた。


 彼女の名はエマ・ハーパー。

 ハーパー男爵が平民の妾に産ませた庶子。


 エマは平民として育ったが母親が亡くなった事から、急遽ハーパー男爵に引き取られたと言う。


 だから……

 貴族としての最低限の礼儀も皆無の令嬢だった。



 中途入学して来た彼女を、生徒会の会長である王太子殿下が学園の案内をした事から、エマは王太子殿下に纏わり付くようになった。


 麗しのルシオ王太子が優しくし接してくれたなら……

 もう、誰だって恋に落ちるのは当然だ。


 特に王子様の免疫が無い平民生徒達は、皆入学した時にルシオに恋に落ちると言う。



 学園時代は礼儀知らずの平民達をアメリアがこっそりと注意をして来たが……

 このエマ・ハーパー男爵令嬢は別格だった。


 中途入学だから……

 生徒会長のルシオが特に親しくしたのが間違いだった。


 同じ生徒会の書記であるカールが案内をするべきだったと、副会長のアメリアが言ったとか言わなかったとか。



 黄色い髪にフワフワの巻き毛。

 垂れ目の瞳は妖艶で、たわわな胸を王太子殿下に押し付けるようにして王太子殿下の腕に自分の腕を巻き付かせるのだ。


「 ルシオさまぁ~ 皆が私を虐めて来るの~ 」と甘えた声で言いながら。



 ソアラもその光景を見ていた。


「 嫌だわ……王太子殿下には婚約者候補のアメリア様とリリアベル様がおられるのを知らないのかしら? 」

 勿論、その他大勢のソアラは、ルーナや友達たちとヒソヒソと話をしていただけだったが。


 同じ学年であるリリアベルが散々注意をしたが……

 彼女は懲りずにルシオに胸を押し付けていた。


「 殿下はもしかして喜んでいますか? 」と、カールが言ったとか言わなかったとか。



 ある日からエマは学園には来なくなった。

 アメリアがハンカチを落として、エマを学園の裏に呼び出した翌日から。


 そこでどんな事があったかは勿論ソアラは知らないが。



 あの時……

 ハーパー男爵令嬢が学園から去った事をルーナは喜んでいた。

 エマも男子生徒から人気があったからだとソアラは思っている。



 今、正にこの状況はあの時のエマ・ハーパー男爵令嬢。


『 出る杭は打たれる 』が家訓のソアラは、高位貴族から睨まれる事は皆無だった。


 ただ……

 ルーナはよく候補令嬢達からハンカチを落とされていた事から、ソアラがルーナを庇ってとばっちりを受けた事は何度もあるが。



 遂に私も高位貴族の令嬢に呼び出されたわ。

 それも公爵令嬢。

 ルーナだって公爵令嬢の2人からはハンカチを落とされた事は無い。


 何だか嬉しいソアラだった。



 ソアラはリリアベルの後ろを付いて行く。

 同じ学年だったと言えどもこんなに近付いた事は無い。

 背はルーナよりも少し高い位。

 そして甘い香りがする。


 ルーナと同じバニラの様な甘い香りだわ。


 確かこの香水はブライアン様から贈られた物だとルーナは自慢していた。

 侯爵令息であるブライアン様からの贈り物ならば、この香水と同じ物なのかも知れない。



 そんな事を思いながらリリアベルの後を付いて行くと、店の裏に出るドアを開けて路地に出た。


 ルーナが何時も呼び出されたのは学園の裏庭だった。

 呼び出しの定番の場所は人が居ない寂れた場所。


 何だかワクワクする。



「 貴女……本当にソアラ・フローレン伯爵令嬢なの? 」

 裏口のドアがパタンと閉められると、リリアベルは踵を返してソアラに向かって聞いて来た。


「 は……い…… 」

 ソアラが返事をしながら頷くと、リリアベルはソアラの顔を見て益々眉をしかめた。

 その所作がまた可愛らしい。


 しかし……

 ソアラはこの質問の意図が分からなかった。


 誰かと間違っている?



 この令嬢がとびきり可愛らしい令嬢?

 こんなに普通の顔なのに?


 雰囲気を見ても……

 男性関係が派手な令嬢だとは思えない。



 恋愛マニュアルに書いてあるような、庇護欲を掻き立てる様な令嬢でも無い。


 わたくしの目がおかしいのかしら?

 それとも……

 世の中の可愛らしいの基準が変わったの?


 いや、殿方から見ると惹き付ける何かがあるのかも知れない。

 ルシオ様を跪かせて……

 手の甲にキスをさせた令嬢だと言う事は確かな事なのだから。



「 貴女はご自分が王太子妃に相応しいと思っていらっしゃるの? 」

 リリアベルが扇子を広げながら聞いて来た。


 勿論、相応しくある筈がない。


 領地を持たないただの文官の伯爵家が、王太子殿下の後ろ盾になれる筈もないのだから。



「 いいえ…… 」

「 だったら辞退すべきよ 」

 ソアラはリリアベルの瞳を真っ直ぐに見た。


 少し前ならば……

 リリアベル様に助けを求めたかも知れない。


 伯爵家の言う事は塵の如く聞き入れられなくても、公爵家の言う事には国王陛下も耳を貸すかも知れないのだから。



 そう。

 年頃の侯爵令嬢がわんさかいると言うのに、何もこんな普通の伯爵令嬢で無くてもいい筈だ。


 だけど王室には私でなければならない理由があったのだ。

 経理部の私でなければならなかったのだから。


 勿論、その事は言えないが。



 そして……

 殿下の事を好きになった今では、私にも譲れない物がある。


 殿下が私の手を離さない限りは。



「 わたくしは……しがない伯爵令嬢です。なので王命には逆らえる筈はありません 」

 ソアラはそう言って頭を下げた。


 文句があるなら国王に言えと。



「 そうね。王命でしたわね…… 」

 リリアベルはギリリと奥歯を噛み締めた。


 そして……

 扇子で口を隠しながら言葉を続ける。


「 貴女は……そのピンクのドレスで殿下を誘惑したのかしら? 」

「 !? 誘惑? 私が殿下をですか? 」

 目を真ん丸くして驚くソアラを見て、リリアベルはコホンと一つ咳をした。


 誘惑と言う言葉がこの令嬢には似合わない気がして。



「 殿下はね。わたくしにピンクのドレスがよく似合うと仰って下さったのよ。それを聞き付けてあの男爵令嬢がピンクばかりを身に着けていたのはご存知? 」

 黄色い髪にピンクの髪飾りだなんて滑稽だったわと言って。



 そう言えばそうだ。

 学園は制服だからドレスこそは着ないが、彼女の頭には常にピンクの髪飾りがあった。


 ソアラは夜会には行ってはいない事から、男爵令嬢がどんなドレスを着ていたのかは知らないが。

 きっと夜会ではピンクのドレスを着ていたのだろう。


 彼女は男爵令嬢だと言っても力のある男爵家の令嬢だから、力の無いフローレン家と違って、夜会には呼ばれていた事は間違い無いのだから。



「 彼女は夜会でも……その……殿下に胸を押し付けていたのですか? 」

「 貴女……知らないの? パックリ胸の開いたドレスで殿下を追い掛け回していたのよ…… 」

「 スミマセン……わたくしは夜会には呼ばれた事が無いので…… 」

 ソアラは情けなそうな顔をした。



「 嘘……もしかして舞踏会にも呼ばれた事は無いと言うの? 」

「 はい。呼ばれたのはつい最近あったノース公爵家の夜会と王宮の舞踏会だけです 」

 ソアラはそう言って俯いた。


 リリアベル様は呆れたに違いないわ。

 年頃の貴族令嬢が夜会に呼ばれないなんて。



「 あっ! デビュタントは王宮に招待されました! 」

 そこで殿下とリリアベル様がファーストダンスを踊るのを見ていましたと、ソアラが嬉しそうに言った。



 夜会に出た事が無い?

 王宮の舞踏会も?

 デビュタント以外は最近の舞踏会だけ?


 伯爵令嬢なのに今まで一度も招待され無かったと言うの?


 あの、ハーパー()()()()でさえも夜会や舞踏会に来ていたと言うのに。


 伯爵は高位貴族に位置付けられている。

 だから……

 リリアベルはそんな伯爵家がある事は知らなかった。

 伯爵家と言えどもピンきりだと言う事を。



 リリアベルはソアラの境遇を憐れんだ。


 弱過ぎる。


 目の前にいるピンクのドレス姿の令嬢は……

 公爵令嬢が相手にするにはあまりにも弱過ぎるのだ。

 


 いや、それよりも……

 だったらあの時、騎士と抱き合っていたピンクのドレスの令嬢は誰なの?


 リリアベルは考え込んでしまった。

 真剣な顔をして。



 その時……


「 おっ!? 言われた通りに綺麗な姉ちゃん達がいる 」

「 ピンクのドレスが可愛いね~ 」


 男達が壁から顔を出して路地裏を覗いている。


 酔っ払いだ。

 昼間っから酒を飲む奴等はろくなもんじゃ無いと、執事のトンプソンが言っていた。



「 リリアベル様、行きましょう 」

「 ええ…… 」

 ソアラが店に戻ろうとリリアベルの手を引くと、1人の男が素早くドアの前に立った。


「 おーっと! 帰さないぜ! 俺達は後ろの綺麗な姉ちゃんを誘拐しろって頼まれたのだからな! 」

 ヒックと言ってソアラは男に酒臭い息を掛けられた。


 キモい。



 リリアベル様を誘拐しろと頼まれたですって!?

 リリアベル様が公爵令嬢だと知っての犯行なのだ。


 ソアラが手を引くリリアベルの手が、それを聞いて震え出した。


 高位貴族の令嬢はお金になる事から、身代金目的で誘拐しょうとする事件は少なくない。


 貴族令嬢が誘拐などされたら……

 何もされなくても傷物だと言われるのだ。

 助けられたとしても後から自害する令嬢もいると言う。



 リリアベル様をそんな目に遭わせる訳にはいかない!


 護衛として一緒にやって来た騎士達は2人いるが。

 彼等は殿下の側にいるに決まっている。

 私はお手洗いに行くと言って席を離れたのだから。


 迂闊だった。

 ここは学園の裏庭では無いのだ。

 どんな悪人がいるかも知れないのに。



 酔っ払った男達は全部で3人。

 ドアの前に立つ男が1人と、後ろには2人の男達がいる。

 皆がニヤニヤとしていて気持ちが悪い。


 リリアベル様はガタガタと震えていて声も出せない状態。



 どうしょう。


 こんな時はグーパンだ! !



 ドアの前に立っている男にグーパンを食らわせて、男が怯んだ隙にリリアベル様を扉の中に押し込もう。


「 リリアベル様……ドアが開いたら中に入って下さい 」

 ガタガタと震えているリリアベルにヒソヒソと耳打ちをする。



()()()()()()で作戦会議をしてるよ~ 」

「 可愛いね~お嬢様を奴に渡したら、侍女は俺様が頂いちゃおうかな~ 」


 頂かれてたまるか!


 ソアラは握り締めた拳に力を込めた。



 ドアの前の男は背が小さい。

 舞踏会で……

 背の高い令息にグーパンを食らわせた時よりも威力が出るに違いない。



 ソアラは大きく腕を振りかぶり、男の鼻にグーパンを食らわせた。


「 ギャーッ!! 」

 渾身の一撃。



 男はいきなりのグーパンに、鼻を押さえながらヨロヨロと後ろに倒れて、ドアに頭をぶつけて前に倒れた。


 ソアラはその隙を突いてドアをバンと開けて、そこにリリアベルを押し入れた。


 そしてドアを閉めると、ドアを後ろにして立った。



 まさか令嬢がそんな事をするとは思わなかった男達の顔が、さっきまでのニヤニヤから怒りの顔に変わった。


 グーパンを食らわされた男は、ソアラの横で鼻を押さえながらのたうち回っている。



「 貴様ーっ!! よくも弟を…… 」

 人を誘拐しようとするような人間でも、家族愛があるのが不思議だとソアラは思った。


 ソアラはまた拳に力を込めた。


 後2人!


 2人がソアラに飛び掛かろうとする正にその瞬間。


 バーーン!!


 凄い音と共にドアが勢い良く開いた。


 ドアの前にいるソアラにドアが当たった。

 凄い衝撃だ。



 横を見れば……

 鼻血を出しながら跪いている男がいて。

 ソアラは両手を突いた四つん這いの姿になっていた。



 !? 何が起こったの?



「 ソアラ!? 」

 その素敵な声の主はルシオ。


 王子様が助けに来てくれたのだわ。


 嬉しさのあまりに涙が出そうになったソアラは、四つん這いのままで後ろを振り返った。



 しかし……

 ドアを蹴ってカッコ良く現れたのは……


 カールだった。



 ルシオはドアの向こうで……

 リリアベルを抱き締めていた。


 その2人の姿のなんと神々しい事か。



 ああ……

 私はどんな時でも……

 ヒロインにはなれないのだわ。










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― 新着の感想 ―
[一言] ギャー!!!ルシオのバカ〜〜〜!!! ヒーローになれなかったですね!(涙)
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