ピンクのドレス
ソアラはルシオとの縦並びの散歩を終えて部屋に戻って来た。
あのキスがあった後なので、2人はぎこちなく散歩を終えた。
ルシオはソアラの前をずっと歩いたままで。
陽が上って周りが明るくなると、余計にお互いの顔が見れなくて。
「 ソアラ様! これから殿下とデートをするんですって!? 」
ソアラが部屋のドアを開けるなり、侍女達がソアラを取り囲んだ。
先程殿下の侍女から連絡があったと言う皆の鼻息が荒い。
「 えっ!? もう? 先程殿下と、この後のお出掛けを決めたばかりですよ? 」
「 侍女のネットワークをなめて貰っては困りますわ 」
さあさあ早くおめかしをしなければと言って、侍女達はソアラを化粧台の前に座らせた。
メイクが得意なマチルダと髪のセットが上手なドロシーがソアラを仕上げていく。
「 このドレス達がやっと日の目が見れますわ 」
サブリナが何枚かのドレスをクローゼットから持って来た。
ソアラが入内して直ぐの頃……
エリザベスの指示でオーダーしたソアラのドレス達が出来上がり、既に届けられていた。
普段用や外出用のドレスに豪華な舞踏会用のドレス。
そして、靴やアクセサリーまで揃えてくれたのだった。
「 ソアラ様は普段は女官のドレスしか着ないから。さて……どれが良いかしら? 」
「 お母様! 外出と言っても街への外出と、ピクニックとではドレスが違いますわよ 」
要はTPOを考えろと、ドロシーがソアラの髪を鋤きながら言う。
「 そうですわね。ソアラ様? 殿下はどちらへお出掛けになると言われましたか? 」
「 殿下がお決めになると…… 」
ソアラがそう言うと皆の手が一瞬止まった。
「 殿下は……ソアラ様のご希望を聞かれなかったのですか? 」
メイクをしているサマンサの顔が見る見る内に険しくなった。
「 ち……違います! わたくしが殿下にお任せしますとお願いしました 」
護衛の事をよく知らないからと言って、ソアラは慌てて否定をした。
また殿下が彼女達に叱られたら大変だわ。
「 全く……殿下は……婚約者候補のお2人と長くお付き合いをしていらしたにも関わらず…… 」
「 ドロシー! 」
サブリナが咎めるようにドロシーの名前を呼んだ。
ドロシーは慌てて口を噤んだ。
髪をセットしているドロシーが、またまた余計な事を言いそうになっていたのだ。
ソアラは思った。
善きにしろ悪きにしろ、これからもずっと彼女達と比べられるのだろうと。
多分何処へ行こうとも。
それだけあの3人の関係は、深く深く国民の間に浸透していたのだから。
「 動きやすいワンピースが良いです 」
サブリナが手にしていたドレスはお高そうなピンク色のドレス。
お高そうなだけで無く、ピンク色のドレスはソアラが絶対に買わない色のドレスだ。
エリザベスが選んだから仕方無いが。
「 ワンピースは駄目ですよ。行き先が分からない時は特にです 」
「 でも……ピンク色は…… 」
「 あら? 初デートなのですから、これくらい明るい色にしましょうよ 」
「 ソアラ様は何時も女官のドレスばかり着てらっしゃるから…… 」
「 そうですわ!殿下も何時もと違うソアラ様に驚きますわ 」
3人共にピンクのドレスをやたらと勧めてくる。
「 でも……地味な顔のわたくしには似合わないかと思うのですよ 」
ソアラが難色を示すと3人は首を横に振る。
「 あら?地味な顔だからこそ、明るい色のドレスが映えるのですわ 」
「 それにこのピンクは落ち着きのある上品な色ですので、きっとソアラ様でも似合いますよ 」
「 大丈夫ですよ!わたくしがメイクでピンクのドレスが似合うようにしてみせますわ! 」
皆は何気に私を地味顔だと言っていて笑えてしまう。
まあ、その通りなんだけど。
私がピンクのドレスを着ないのは、ルーナが好んで着ていた色だから。
可愛らしいルーナの1番似合うピンクは、私が似合う筈は無いのよ。
そう思っているソアラだったが……
侍女達に無理矢理着せられたこのピンクのドレスは、同じピンクでもサーモンピンクで、ドレスのデザインも大人な感じだからか思いの外ソアラに似合っていた。
いや、似合わない筈は無いのだ。
ソアラはシュッとした普通顔。
マネキンの様なスラリとしたスタイルは、きっとどんな色のドレスも着こなす事が出来る筈だ。
今までは、とびきり可愛らしい顔をしたルーナが側にいたからソアラがかすんでしまっていただけで。
「 流石は王妃様が選んだドレスだわ 」
「 ソアラ様に似合うように仕立ててありますわ 」
「 華やかさと上品さがありますから、殿下が何処へ連れて行かれてもこれなら大丈夫ですね 」
侍女達が自分の主であるエリザベスを褒め称えている。
「 王妃様はファッションリーダーですものね 」と言って。
そうなのである。
王妃様は常にファッション界の中心にいる存在だ。
晩餐会や舞踏会で、王妃様の着たドレスがその後に流行すると言う。
母親達のお茶会でも……
浮気で揉めてる貴族夫婦の話の次に、王妃様の着ていたドレスの話題が多いと聞く。
これまた頭の痛いソアラだった。
ファッションには恐ろしく疎いのだから。
コンコンとドアがノックされる。
ドアを開くとルシオが立っていた。
「 ……可愛い…… 」
何時も女官姿だからこのギャップは凄かった。
ルシオがソアラに見とれている姿を見て、侍女達がしてやったりとニヤニヤとしている。
ピンクのドレスに黒の帽子を被り、手には黒のコートを持っているソアラはとても可愛くて。
「 凄く似合っている 」
「 有り難うございます。このドレスもコートも王妃陛下から贈られたものです 」
「 母上から? 」
「 王妃陛下の気遣いがとても有難いです 」
そう言って嬉しそうにするソアラを見て……
ルシオは片手を額にやった。
迂闊だった。
この役目は自分がしたかった。
ソアラに贈ったドレスは既製品のあのディナー用のドレスだけだ。
アメリアとリリアベルには誕生日とクリスマスにしかプレゼントを贈らなかったからか。
気配りが出来なかった。
ソアラは必要以外のドレスを造らないと知っていたのに。
僕の婚約者として出掛ける時に、それに相応しいドレスなど持って無い事は少し考えたら分かるだろうに。
だから……
侍女達にソアラを大切にしていないと言われるのだ。
ソアラを見ると……
素敵だわと言って帽子に手をやり、本当に嬉しそうにしている。
こんなに喜ぶプレゼントを母上が贈っただなんて。
そう。
ソアラは母上が選んだ令嬢だ。
だから母上がソアラを大層気に入っているのは明らかで。
アメリアとリリアベルとは全く違う。
ソアラの様子も……
侍女達やカールを通してランドリアから聞いているみたいで。
この調査が終わるとお妃教育を始めると言っている。
今は王太后であるお婆様とは仲の悪かった母上だから……
これはとても嬉しい事だとルシオは思うのだった。
***
「 何処に向かうのですか? 」
馬車に乗り込むとソアラが質問をして来た。
「 植物園ですよ 」
即答したのはカールだ。
まだ正式に婚約をしていないので、2人だけでは馬車に乗れない事からカールも同乗しているのだった。
「 植物園? 」
「 王室専用の温室の植物園です 」
「 今日は寒いから…… 」
カールとルシオの声が重なる。
「 王宮に花は欠かせませんから、温室で育てています 」
「 成る程……宮殿に寒い冬でも綺麗な花が飾られているのは、その温室の植物園があるからですね? 」
「 温室植物園は暖かいですよ 」
カールの説明に……
楽しみですと言ってソアラがカールに笑った。
カールよ。
何故お前が身を乗り出してソアラと話をしている?
その可愛らしい笑顔は僕に向けられる笑顔なのに。
ルシオはイライラを隠すように窓から外を眺めていた。
ソアラを外に連れ出したかった。
暖かな季節ならば馬で遠乗りをしたい所なのだが。
しかし今は12月。
その上に病み上がりのソアラを、長く外に出るような場所には連れていけないと、この温室植物園が丁度良いと思い付いたのだった。
ルシオは改めて思った。
馬で遠乗りをしたかったと。
馬に2人乗りをすれば……
カールに邪魔されないのだから。
温室植物園は王宮の敷地内にあるが、馬車に乗って移動をする。
王宮勤めであるソアラだが、出入りするのはほんの一部分だけで。
王宮の広さに驚くばかりだ。
温室植物園はガラス張りで出来ていて。
花だけでなく薬草も育てているとか。
「 本当だわ……暖かい 」
天井を見上げると青空が広がっていて、太陽の光に散々と照らされている。
外はあんなにも寒いのに。
ソアラはこの温室植物園の管理人に案内をされているが、ルシオとカールは椅子に座ってお茶を飲んでいる。
もう何度もここには来ているので。
キョロキョロと忙しく頭を動かし、花に顔を近付けて管理人の説明を聞いているソアラ。
ピンクのドレスが可愛らしくて、花に戯れる可憐な蝶の様だ。
ルシオはソアラの姿をずっと目で追っていた。
「 まあ!? 貴方がジェフさんでしたか? 」
ソアラと管理人の話す声が聞こえて来た。
「 何時も請求書を拝見していましたわ 」
お花の1株毎の値段を丁寧に書かれていて、とても分かりやすい請求書で感心しておりましたのよと言っていて。
どうやら経理部に回ってくるここの請求書をソアラがチェックしているようで。
1番高い花はどれだと真剣に聞いている。
ルシオはクックと笑った。
他国の王女やアメリアやリリアベルとここには何度も来たが……
花が綺麗だの可愛いだのと言ってはしゃぐだけで、花の値段の話をする女性は初めてで。
「 流石は経理部の女官ですね 」
カールもソアラを見ながら目を細めていた。
「 ジェフさんからお土産にお花を頂きましたわ 」
ソアラが嬉しそうな顔をしてルシオの所に戻って来た。
管理人に持たされた布袋の中を見せて貰ったら、花ではなくて花の苗だった。
普通ならば令嬢には花束をあげるものだが……
花の苗を貰って来たのが何故だかおかしくて。
ルシオはクスリと笑った。
ソアラは花の咲かせ方を教わって来たと言って張り切っている。
「 良かったね 」
「 はい 」
綺麗な花を咲かせてみせますわと言ってウフフと笑うソアラを、ルシオは愛しげ見つめているのだった。
***
温室植物園を後にして、昼食を取る為に王室御用達のホテルのレストランに向かった。
勿論、ソアラはホテルのレストランでの食事なんて初めての事。
良かった。
ちゃんとしたドレスを着て来て。
こんな格式の高いレストランに、ワンピース姿では殿下に恥をかかす事になる。
帰ったらサブリナ達にお礼を言わなければ。
胸を撫で下ろしながら、ルシオにエスコートされてソアラはレストランに入った。
ホテルの支配人やスタッフ達総出でルシオを出迎える。
「 王太子殿下……本日はお越し頂き有り難うございます 」
「 今日は、僕の婚約者も一緒だ 」
ルシオの紹介で皆はソアラに注目した。
ビミョーな私にビミョーな顔をして。
スミマセン。
麗しの王太子殿下の婚約者が私で。
まだ正式に発表はされてませんが。
一通りの挨拶が終わるや否や、支配人が王族専用の部屋に連れて行こうとする。
何故か急かしている様で。
ルシオとカールが顔を見合わせ頭を捻る。
何かあるのかと。
その時……
「 ルシオ様? 」
レストランの特別室から令嬢が現れた。
ルシオの名前を呼ぶ令嬢は……
リリアベル公爵令嬢だった。
彼女はピンクのドレスを着ていた。




