極秘調査の始まり
どうしよう……
王太子殿下に手を繋げとばかりに自分の手を差し出すなんて。
宮殿の廊下をルシオと手を繋いで歩いているソアラは、歩いている内にどんどんと冷静になっていった。
さっきはどうかしていた。
必要ないと言われて泣きそうになるなんて。
いい大人が……
昔からこんな事はしょっちゅうあった事だったのだ。
ずっと上手くやり過ごす事が出来ていたのに。
殿下の優しい笑顔にすっかり甘えてしまった。
おいでと言っと手招きをしていた殿下が、自分を救いだしてくれる王子様の様な気がしたのだ。
いや、本当の王子様なのだが。
横にいるルシオを見上げれば何だか嬉しそうな顔をしていて。
ソアラは恐る恐る聞いてみた。
やはりルーナが来た理由をちゃんと聞きたかった。
「 殿下……財務部の調査は極秘の任務だったのですよね? 」
「 ん? 」
甘い甘い顔が上から降って来た。
綺麗なサファイアブルーの瞳がソアラの顔を覗き込んで来て。
ソアラは慌てて顔を伏せた。
近い。
心臓が飛び出そうになったわ。
殿下といると本当に心臓に悪い。
何時もドキドキしぱなしなのだから。
「 君にして貰いたい極秘の調査はこれからだよ 」
「 えっ!? 」
「 お金を数えて申告書とチェックするだけなら、経理部のルーナ嬢でも出来るだろ? 」
彼女からソアラの手伝いをしたいと言われたから、丁度良いと思ったんだとルシオは言う。
「 この後の領主達の納税は彼等に任せて、君にはこれから僕と調査をして欲しいんだ 」
「 ……… 」
不安そうな顔するソアラに気付いたルシオは、繋いでいる手をギュッと握った。
「 彼等の事は心配しなくてもいい。公爵家の納税が終わった事で彼等も自信が付いたみたいだからね 」
何しろヒルストン達はお金の数え方も知らなかったんだからと言ってクスリと笑った。
トンチンカンとアンポンタン達には1から経理のノウハウを教えた事もあって、あの6人にはかなりの思い入れがある。
まだまだ心配な事もある。
でも……
確かにそうだわ。
金庫にある王家のお金が減っているのだから、その原因を調べなければならないのは必須。
考え込んでいるソアラに……
ルシオはソアラがルーナと一緒に仕事をしたかったのだと思った。
聞けば2人は幼馴染みであり、学園時代は然る事乍ら、仕事先まで同じと言う間柄なのだからと。
「 ルーナ嬢と一緒に仕事が出来ない事は申し訳ないと思っている。彼女も君と一緒に仕事をしたいと言っていたからね 」
「 ……… 」
黙るソアラを見ながらルシオは更に話を続ける。
「 何時も君に助けて貰ったから、大変そうな君を少しでも手伝いたいと言っていたよ 」
ルーナ嬢は優しくて良い子だねと言って。
「 ……… 」
ソアラは自分の心のどす黒さを恥じた。
そう。
ルーナは優しくて良い子なのである。
何時も誰かを助けたいと思う良い子。
周りの人達に気配りの出来る良い子。
分かってはいるけれども、最早彼女と一緒にいたいとは思わない。
何故ならば……
ルーナが側に居ない心地よさを知ったから。
だからルシオに連れ出された今……
ルーナと一緒に仕事をしなくてもいいと言う事に喜んでいるのだ。
そんなどす黒い自分をルシオには知られたく無くて……
ソアラは顔を見られ無いように俯いた。
***
連れて行かれたのは財務部の部屋だった。
タンゾウ達の文机の上には山積みのファイルがあり、部屋の壁側には何箱もの木箱が置かれていた。
「 お待ちしておりましたよ 」
ソファーに座っていたカールが立ち上がり、ルシオとソアラを出迎えた。
ルシオが繋いでいた手を中々離さなくて、真っ赤になって焦るソアラを見て、カールがニヤニヤしていた。
まだ恋人繋ぎはしていないと。
王太子の側近であるカールは……
この2人のウォッチングが楽しくて仕方が無い。
ルシオが1人掛け用のソファーに座ると、カールとソアラはテーブルを挟んで向かい合う3人掛け用のソファーに各々座った。
「 これから3人で調査をする 」
さっきまでの駄々っ子みたいな顔が嘘のように、王太子の凛々しい顔になっていて。
四大貴族の公爵家の納税が終わった事で、王族の財政を洗い直すと言う。
要は収支の先を徹底的に調べるのだ。
「 あの木箱の中には何が入ってるのですか? 」
「 あの中には、領地から持ち帰って来た書類が入っています。あれを持ち帰る事は殿下でなければ出来ない事ですからね 」
だから殿下が直々に出向いたのだとカールは説明した。
「 私が出向いても、領地に関わるこんな極秘の書類を提出してなんて貰えないですからね。王太子と言う殿下の権力を駆使して頂きました 」
あの領主はしぶとかったなと、2人は当時の事を振り返って話をし出した。
殿下の1ヶ月間の視察はこの為のものだったのね。
僅か3ヶ月前の事なのに……
随分と前のような気がする。
でも……
王太子殿下が直々に出向いて、強引に書類を奪い取らなければならない程に切迫してたのね。
この調査が極秘で無ければならない理由も理解出来る。
私なんかを王太子妃にしなければならない程に。
往々にして政略結婚なんてそんな物だ。
お互いの家の利益になるかどうかなのである。
そこに愛がなくても……
分かってはいるが……
それを考えるとソアラの胸はチクリと痛んだ。
そうして3人での極秘調査が始まった。
各々が手分けして書類のチェックを開始する。
殿下とカール様……
流石は公務をこなしているだけあるわ。
さくさくと書類のチェックをこなして行くのだ。
その息の合った仕事振りは、あのトンチンカンとアンポンタン達とは雲泥の差だ。
こんなに仕事の出来る彼等がもっと早くこの状況を把握していたら、自分が婚約者に選ばれる事は無かったのかも知れないとソアラは思うのだった。
***
「 殿下、カール様。お昼になりましたわ 」
ソアラの体内時計はどんな時でも正確だ。
「 本当だ……いつの間に 」
カールがハンガーに掛けてある上着の内ポケットから懐中時計を取り出して見ている。
いつの間にかルシオもカールも上着を脱いでいた。
「 ソアラ嬢! この上着を殿下に掛けて下さい 」
「 !? 」
そうよね。
ここには侍女が居ないのだから私が殿下のお世話をしなければならないのは当然だわ。
本来ならば殿下が上着を脱いだ時もそれをしなければならなかったのに。
きっとカール様がハンガーに掛けたのだわ。
きっとルーナなら……
さっと殿下の上着を脱がしたあげていた。
言われるまで気が付かない私と違って。
ソアラは自分の気配りの無さに情けなくなった。
カールからルシオの上着を受け取ったソアラは、上着をルシオの袖に通した。
勿論、こんな所作をする事は初めてで。
何時も母親のメアリーが父親のダニエルにしていた事を思い出しながら、震える手で一生懸命頑張った。
カールナイス!
後で褒美をやろう。
ルシオが喜んだ事は言うまでも無い。
ソアラが自分の世話をしてくれているのが嬉しくて。
何時も侍女からされている普通の事が、ソアラにされるとこんなにも嬉しいとは。
すると……
ソアラがルシオの前に回り込んだ。
なんと……
ルシオの上着のボタンまで留め出した。
真剣にボタンを留めるソアラの顔が、自分のすぐ目の前にあるこの状況に……
ルシオはどうして良いか分からずに固まった。
ソアラの意表を突く所為には何時も驚かされて。
フワリと香るシャボンの香りがルシオの心臓をバクバクとさせる。
侍女達は袖を通すだけでここまではしない。
ソアラが恥ずかしそうに肩を竦めてルシオを見上げて来た。
「 殿下……あの……スミマセン……このような事は初めてで……ご存知のように我が家には侍女がいないので、両親が何時もしていた事を思い出しながらしか出来なくて…… 」
侍女のいないフローレン家では、侍女が殿方にどのような世話をするのかが分からない。
「 有り難う、ソアラ。君の両親は仲が良いのだな。 これからもお願いするよ 」
ルシオはそう言ってソアラに破顔した。
良かった。
間違っていなかったのね。
ソアラはホッと安堵の息を吐いた。
ルシオは……
ソアラを抱き締めたくなるのを必死で抑えていた。
恥ずかしそうに真っ赤になるソアラが可愛くて。
そして……
こんなにも愛しくて。
2人は向かい合ったままに、ゆでダコみたいに真っ赤になっている。
勿論、一部始終を見ていたカールがニヤニヤとしていたのは言うまでも無い。
このオママゴトみたいな2人が面白くて。




