クッキーとお饅頭
納税期間も半ばが過ぎると領主達の来城が極端に少なくなった。
締め切りのギリギリに殺到するのだろう事は想像出来るが。
経理部の仕事でも、何処の部署も締め切りギリギリで領収書や請求書を持って来るのだから。
「 ソアラ嬢、少し早いけれども休憩して来てください 」
「 はい。ではお先に行かせて貰います 」
誰も来ないのに、7人で顔を付き合わせていても仕方無い。
「 これをお土産に貰ったから、持って行っておやつで食べると良いよ 」
そう言ってダルカンから渡されたのは領主から貰った地方の名産のお饅頭(←らしき物)だ。
タンゾウの父親であるダルカンは、この6人の中では1番ソアラを気に掛けてくれている。
因みにタンゾウとは1番歳が近い事から仲良しだ。
席も隣なので。
ソアラはお饅頭が入った小袋を持って庭園に向かった。
領主達はそれぞれの地域の特産物をこっそりとお土産として持って来る。
勿論、賄賂では無い。
そこはキッチリと線引きをしているから大丈夫だ。
そうだわ。
あのガゼボで食べましょ。
毎朝庭園をウォーキングしているが、何時も前を通るだけでガゼボの中に入った事は無くて。
何時も早歩きで横を通りながら、行ってみたいと思っていたのだった。
すっかり紅葉が進んだ庭園の木々の中を歩いて行く。
秋晴れの天気の良い昼下がりの散歩は最高に気持ちが良い。
この時間に休憩を取らせてくれたダルカンさんには感謝だ。
ガゼボに近付くと……
誰かがそこでお茶会をしていた。
「 嘘…… 」
丸テーブルを挟んで向かい合っているのは、ルシオと……
ルーナだった。
何故?
何故殿下とルーナが王族専用の庭園でお茶をしてるの?
意味が分からない。
だったら聞けば良い。
ルーナは自分の幼馴染みであり友達だ。
駆け寄って普通に聞けば良いだけなのだが……
ソアラは足がすくんで動けなかった。
そこにはルシオとルーナの他にシンシアがいたからで。
シンシアとルーナの、コロコロと鈴が鳴るような楽し気な笑い声が聞こえて来る。
この光景は何時か見た光景と同じだった。
ルーナはブライアン・マーモット侯爵令息と婚約をしている。
ソアラの紹介で2人が付き合いだした事になっているが。
真実は違う。
ブライアンはソアラの初恋の人だ。
父親同士が同じ図書館勤務の上司と部下の関係で、幼い頃から知り合いだった。
ブライアンはマーモット家の三男坊で、文官の父親とは似ても似つかないワンパクな少年だった。
2人の兄達は父親似で大人しいのにだ。
いつしかソアラは活発な少年、ブライアンに恋心を抱くようになっていった。
図書館の館長をしているマーモット侯爵は、親睦会として部下の家族を招待するお茶会をたまに開いていた。
フローレン一家も家族で招かれて、ソアラは走り回るブライアンを見ているのが楽しかった。
まだ男の子と知り合う事の少なかった時代では、本当にそれは幼い淡い淡い恋心だった。
それは学園に入学した頃の話。
「 ねぇ、ソアラは好きな人がいるの? 」
ルーナがこぼれ落ちそうな大きな瞳を揺らしながら、ソアラの顔を覗き込んで来た。
女子トーク開始である。
「 私はねぇ……隣のクラスのブルーノ・ケアリード伯爵令息が好きなの。彼から告白されたからお付き合いを始めたわ 」
ブルーノは1年生の女生徒達から一番人気のイケメンだ。
まだ誰にも内緒ねと人差し指を口に当てた。
その所作はやはり可愛らしくて。
男ならイチコロだわとソアラは思った。
「 私は……2学年上の…ブライアン・マーモット侯爵令息が……好きなの 」
「 まあ! ソアラにも好きな人がいたのね 」
恥ずかしそうに頬を染めるソアラに、ルーナはそう言って喜んでくれたのだ。
ある日。
マーモット家のお茶会に行くと、そこにルーナがいた。
ブライアンの横に座ったルーナは、マーモット家の家族の中心にいた。
「 このクッキーはわたくしが焼きましたのよ。ソアラ様から、わたくしの作るクッキーをこのお茶会に持って来て欲しいと言われて…… 」
「 まあ! ソアラ嬢ったら酷いですわね!お友達にそんな小間遣いみたいな事をさせるなんて……」
「 ち……違い…… 」
「 ソアラ様を責めないであげて下さい! 」
呆れた顔をしてソアラを睨む夫人に、否定をしようとするソアラの言葉をルーナは遮った。
「 ソアラ様はわたくしの手作りクッキーが美味しいと思って、皆様にも食べて欲しいと思っただけですから 」
ルーナは少し涙ぐんでいて。
そんなルーナを見て皆の雰囲気が優しくなる。
「 ルーナ嬢はとてもお優しいのね。それに……可愛らしいだけじゃ無くて、よく気が付くお嬢さんだわ 」
貴族令嬢なのに、クッキーを自分で作るのも素敵だと言って。
ブライアンは……
自分の横に座るルーナの横顔を、ずっと熱い眼差しで見つめていた。
この時……
ソアラは自分が失恋をした事を悟った。
ルーナはブライアンだけでなくマーモット侯爵家の家族達も自分の虜にした。
それからブライアンの猛アタックと、マーモット家の熱烈なプッシュで2人は婚約をした。
勿論、ブライアンに自分の気持ちを伝えた訳じゃないし、彼と婚約していた訳でもない。
ブライアンも……
ソアラが自分の事を好きだと言う事も知らない筈だ。
だから……
この婚約に何の異論も無い。
ルーナはブライアンとの逢瀬の話をソアラに嬉しそうに話す。
何の遠慮をする事なく。
悪びれる事もなく。
あの時、私がブライアンを好きだと言った事は、ルーナの中では無かった事になっているのだわ。
ソアラはそう思った事を思い出していた。
見れば……
ルーナは手に持っている籠からクッキーを手に取り、ルシオとシンシアに渡している。
仕事で騎士団の事務所に行く時には、何時もその籠にクッキーを入れて騎士達にクッキーを配っている。
そんな気配り上手なルーナは騎士達の人気者だ。
「 ハイ、どうぞ 」とクッキーをルシオの前に出すと、ルシオが嬉しそうに受け取っていて。
「 有り難う 」と言うルシオの声が微かに聞こえて来る。
ソアラは持っていたお饅頭の小袋を握りしめて踵を返した。
「 あの素敵なテーブルで饅頭を食べたかったのに 」
お饅頭はあの素敵なテーブルには似合わないけども。
ソアラはルーナの手作りクッキーを食べた事は無い。
昔も今も。
あれは皆に配る用らしい。
だから……
ルーナに持って来いとは言わない筈なのだが。
だけど気を悪くしたマーモットの人達から自分を庇ってくれた事は確か。
ソアラはルーナに感謝をした。
***
お茶会をしているガセボから離れたソアラは、小高い丘に向かって歩いて行く。
毎朝のウォーキングでは何時もこの道を歩いていて。
小高い丘の上にあるベンチに座り、持参した水筒のお茶を飲んで一休みする事が日課となっている。
こっちに来ると最早庭園では無いわよね。
ピクニックの場所だわ。
「 !? 」
ソアラが座ってお饅頭を食べようとしていたベンチには……
なんとルシオが座っていた。
「 殿下!? 」
「 やあ! いらっしゃい 」
ソアラに向かって破顔するルシオは、日の光を浴びてキラキラと輝いていて。
麗しの王太子と言われているだけあって、やはりかなりの美丈夫だ。
今の今までガゼボの下に居たのに?
ソアラはガゼボの方を見た。
ここからは屋根だけしか見えないが。
「 君が歩いて来た道は、散歩道だから遠回りなんだよ 」
確かにガゼボからここに来る別の小道があった。
「 君の姿が見えたから……休憩か? 」
少し息が弾んでいるのは走って来たからか。
「 もしかして……ここまで走って来ました? 」
「 先回りをしようと思って……君は歩くのが早いから全力疾走したよ 」
王太子殿下が走るなんて事はそうそう無い事だ。
ソアラはクスクスと笑って。
照れくさそうな顔をしながら、ルシオは座っている自分の横をポンポンと叩く。
「 僕達に気付かなかった? 」
「 スミマセン……考え事をしていて…… 」
ルーナと会いたく無かったとは言えない。
彼女は私の友達だから……
殿下はきっと変に思うに違いない。
ソアラはルシオの横にそーっと座った。
少し離れて座るこの距離が今の2人の距離である。
「 考え事って……仕事で悩みがあるのか? 」
「 いえ…… 」
「 うん……忙し過ぎるのが悪いよな…… 」
ルシオはそう言って少し考えていて。
すると……
ソアラが手にしている袋に眼をやった。
「 その袋には何が入っているの? 」
「 あ……これは……お饅頭で…… 」
「 お饅頭? 」
「 ダルカンさんが……お土産で貰ったから、これを持って休憩に行っておいでと…… 」
「 そうか…… 」
子供みたいですねと、恥ずかしそうにするソアラが可愛くて……
ルシオはクスリと笑う。
皆から随分と可愛がられているみたいだ。
彼女はこんなにも可愛らしいのだから当たり前なのだが。
「 僕も貰っても良い? 」
昼から何も食べてないから小腹が空いたと言って、ルシオは小袋の中を覗き込んで来た。
ルーナの手作りのクッキーは食べなかったのかしら?
「 さっきは、君の友達からクッキーを渡されて困ったよ 」
僕達王族は、誰だかよく分からない人からの食べ物は食べる事は出来ないんだと言う。
お饅頭を取り出したソアラの手が止まった。
そう言えばそうだ。
王宮の食器は全てが銀の食器だ。
それは毒が入っていれば直ぐに分かるからで。
「 じゃあ、これも駄目ですね 」
「 どうして? 」
「 誰だかよく分からない人の作っているお土産だから…… 」
「 じゃあ、君が少し毒味をしてくれる? 」
それならとソアラは饅頭を半分に割って、その半分を自分がパクっっと食べた。
うん。
変な味はしない。
「 全然大丈夫です 」
「 では、頂こう 」
ルシオはそう言って、ソアラが齧った方の饅頭に顔を寄せてパクりと齧った。
「 !? ……で……殿下! 」
「 こうしないと本当の毒味にならないだろ? 」
ペロリと舌を出して、自分の唇を舐めるルシオの美しい顔が色っぽくて。
今のは間接キス……
こ……この饅頭をどうすれば良いの?
ソアラは手に饅頭を持ったままで固まってしまった。
真っ赤な顔をして。
真っ赤な顔をしているのはルシオも同じで。
心の中ではガッツポーズをしていたが。
その後。
2人は仲良くお饅頭を分けて食べたのだった。
お互いに真っ赤な顔をして。
***
自分の中のどす黒い感情が嫌になる。
殿下が……
ルーナといても私の所に来てくれた事が嬉しくてたまらない。
何故一緒にいたかは知らないけれども。
それでも私を見掛けたら直ぐにルーナから離れたのだ。
それも……
私より先回りをしようと走って。
ルーナの手作りクッキーに、私のお饅頭が勝ったのだ。
お土産に貰った特産品の饅頭だが。
その時……
ルーナはどんな顔をしていた?
自分が置き去りにされる気分は?
そんな考えが頭の中を支配する。
そんなどす黒い感情が嫌でたまらない。
殿下は……
愛は無くても私を優先してくれる。
勿論、王命だからと言う事は分かっている。
王命だから私に歩み寄ろうと努力してくれている事も。
でも……
それを考えるとしきりに胸がしくしくと痛むのだ。
今までなら自分を納得させられた筈なのに。
ソアラもまた……
自分に芽生えた今までに無い感情を持て余しているのだった。




