王命と言う枷
深まった秋の木々の彩りを見ながら、ルシオはカールと騎士達を引き連れて王都の街を歩いていた。
彼は時折ランダムに街を歩いたり色んな店へ入店して、 街の様子を見る事をしながら、国民の生の声を聞く事をしている。
今、人々は何に興味を持ち何に不満を持ってるかを知りたいと思い、カールと共に数人の騎士達を連れて街を歩く事をしているのだ。
今回はアメリアとリリアベルを婚約者候補から外し、ソアラを新たな婚約者候補にすると言う王命が下されてからの初めての街への視察となった。
色々と噂は耳に入って来ていて……
もっと早くに視察をしたかったのだが。
公務に忙しくて、気付いたらあれから1ヶ月以上も経ってしまっていた。
いや、本当は何だ彼んだの理由を付けて先伸ばしにしていたのだ。
この騒動を国民がどう捉えているのかを知るのが怖かったからで。
立ち寄ったレストランでは人々からこんな噂話が聞こえて来た。
客達に料理を提供したカールが色々と聞き出し、後ろの席に座ったルシオがそれをこっそりと聞いているのだ。
カールは聞き出すのが上手い。
あの口調でどんどん質問をして行くのだから。
『 王太子が最近出会った伯爵令嬢に現を抜かしたあげく、幼馴染みでもある婚約者候補達を捨てた 』
『 学園時代から王太子殿下に迫っていた伯爵令嬢が、とうとうその豊満な肉体で王太子殿下をものにした 』
『 伯爵令嬢が王太子殿下に夜這いを掛けて寝取ったから、公爵令嬢達は泣く泣く諦めた 』
などなど中にはもっと酷い噂もあって……
王太子の婚約に関する話が、面白おかしく世間に溢れていた。
どれも哀れなのは2人の公爵令嬢であり、伯爵令嬢が悪の話ばかりだった。
学園時代に豊満な肉体で僕に迫って来たのは男爵令嬢であり、王太子に夜這いを掛けて寝取ったのは何十年も前の母上だ。
それに……
婚約者侯爵であった彼女達を捨てた訳では無いが、そう取られても仕方が無い位に、長く共にした彼女達に一方的な仕打ちをした事は事実だ。
それでも……
何時かは1人を選び、1人を捨てる悲しい結末になる事なので、この奇妙な慣習を改める良い機会になったと思う。
父上もこの慣習を止める方向でいるし、僕の息子にはこんな慣習は絶対に阻止するつもりだ。
そもそも決まり事でも無いのに、まるで決まり事のように代々続けられて来た事が奇妙な話なのだが。
そして……
アメリアとリリアベルに関しては、悪い噂が立って無かった事に安堵した。
長い年月を共にした彼女達は、自分にとっては大切な存在である事には違いない。
彼女達には幸せになって欲しい。
その為ならば、出来るだけの事をしてあげたいと思っていた。
***
視察が終わって……
ルシオはソアラへのお土産を馬車に隠していた。
カールに先読みされた事は癪に障るから、彼のいない時にこそっと買った。
それは……
立ち寄った輸入雑貨の店の中で目に止まった、小さな棘のある緑の丸い植物だった。
「 これはサボテンと言って、外国から輸入されたばかりの物ですよ 」
「 サボテン? 」
ルシオはこの時サボテンを初めて見た。
可愛いなこいつ。
アメリアやリリアベルならば、こんな物は喜ばないだろうが。
ルシオ自身も……
こんな物を可愛いと思う事は今まで無かった事だ。
ソアラは喜んでくれるかな?
2人の距離は1ヶ月を過ぎても全く縮まってはいなかった。
早寝早起きの規則正しい生活を送り、1日の大半を財務部の部屋にいる仕事熱心なソアラとの時間は中々取れなかった。
自分の公務もかなり激務な事もあって。
ソアラとは結婚をするのだ。
だから……
アメリアとリリアベルとは出来なかった事を、ソアラとはしたいと思うのはいけない事なのかと。
王太子と言えども彼は22歳の普通の男。
そんな風に思う事は当たり前な事で。
エスコート繋ぎでは無くて恋人繋ぎをしたい。
世の中の恋人達は……
何時から、どのタイミングで、どうやってエスコート繋ぎから恋人繋ぎになるのかと目下悩んでいる所だ。
22歳の麗しの王太子の願いは可愛いものだった。
そしてクリスマスの日には……
出来れば……キス……
「 殿下! 今年のクリスマスの予定はどうしますか? 」
「 !? 」
カールの言葉に心臓が飛び出しそうになった。
目の前に座るカールがルシオを見ている。
「 まだ……考えて無い 」
少し耳が赤くなったルシオに、カールはニヤニヤと悪い顔をする。
「 何か邪な事を考えてましたか? 」
「 ……考えて無い…… 」
ルシオはそう言って、馬車の窓から夕焼けに染まる空を見つめるのだった。
***
「 はい! 君にお土産だ 」
「 えっ!? 」
夕方に帰城したルシオはソアラと共に夕食をとっていた。
最近は9時には就寝するソアラに合わせて、外出していても出来るだけ早く帰城するようにしている。
この日の夕食は納税の話を聞きながらの食事だ。
とても上手くいったようで、ソアラも嬉しそうに詳細を話してくれた。
食事が終わった所で、ルシオは侍従を呼んで紙袋を持って来させた。
その紙袋は茶色で紺のリボンが結ばれていて。
「 開けてみて 」
ルシオの手から渡されたのはモコモコとした包みだった。
「 棘があるから気を付けて 」
「 棘? 」
ソアラが袋からソーッと取り出すと……
見た事も無い緑の丸い形のトゲトゲした物だった。
「 可愛い…… 」
ソアラは顔をサボテンに近付けて、目を真ん丸くして見つめている。
やっぱりだ。
ルシオは嬉しそうな顔をしているソアラに顔を綻ばせた。
「 これは……何ですか? 」
「 サボテンと言う名前で、外国の植物なんだ 」
「 これが……サボテン…… 」
「 ん? サボテンを知っているのか? 」
「 はい、いえ、実物を見るのは初めてよ……外国の本にサボテンが出て来て、何時か見てみたいと思っていたの 」
これって水やりをしなくても良いのよねと言う。
ルシオはソアラの博識ぶりに改めて目を細める。
次のお土産は本が良いかもと。
そして……
余程嬉しいのか、興奮したソアラは少し砕けた口調になっていて。
自分とはもっと楽に話して欲しいと思っているルシオは、くぅ~っと打ち震える。
勿論、顔には出さない。
いや、本人はポーカーフェイスのつもりだが、ここにカールがいれば当然ながら指摘されているだらしない顔をしていて。
「 有り難うございます。大切に育てます 」
「 ああ 」
良かった。
喜んでくれている。
「 部屋まで送って行こう 」
こんなに良い雰囲気ならば……
もしかしたら恋人繋ぎが出来るかも知れないとルシオは手を差し出した。
しまった!
ソアラは両手でサボテンを持っていて。
その茶色の瞳はサボテンに釘付けだ。
トゲトゲが可愛いと言いながら。
ルシオは宙に浮いた自分の掌を見つめた。
恋人繋ぎ所か……
エスコートも出来無かった。
ソアラの小さな柔らかな手に触りたかったのに。
残念。
***
湯浴みを終えて……
湯上がりのソアラは、何時もの様に侍女が入れてくれたカモミールティーを飲んでいた。
テーブルの上に置いてあるルシオから貰ったお土産のサボテンを見ながら。
嬉しい。
殿下が私の為に。
今までは……
家族以外の誰かが自分の事を気に掛ける事は無かったから、こんな些細な事が嬉しくてたまらない。
こんな可愛い物を、殿下はどんな顔をして手に取ったのかしら?
そんなルシオの姿を想像するだけで、胸がキュンとなってしまっていて。
「 ソアラ様~お寝間のお支度が整いましたよ~ 」
「 はぁい 」
ソアラがカモミールティーを飲んでる間に、侍女達がベッドを暖めてくれているのだ。
秋も深まり、昼間は暖かいが夜は肌寒くなっていて。
ここは天国かと思える位に至れり尽くせりだ。
税収の仕事も上手くいったし。
今宵は素敵な夢を見れそう。
「 では、私達はこれで下がります……お休みなさいませ 」
「 お休みなさい 」
侍女達が部屋を出て行くと、ソアラはサイドテーブルの上の読み掛けの本を手にした。
「 あっ!? サボテン…… 」
テーブルの上に置いて来ちゃったと、ソアラはサボテンを取りに居間に向かった。
カチャリとドアを開けると……
侍女達の話し声が聞こえて来た。
彼女達は、先程ソアラが飲んだカモミールティーのカップを片付けているようだ。
「 ねぇねぇ! 殿下の贈りがあんな貧相な植物だなんて……あんまりだと思わない? 」
「 そうよね。アメリア様やリリアベル様への殿下からのプレゼントは、何時も薔薇の花束だったのにね 」
2人の会話が途切れると、カチャカチャとカップをワゴンに乗せる音だけがしていて。
「 やっぱり……殿下はソアラ様の事はそんなにお好きじゃ無いのかも 」
「 お母様とマチルダ様は、殿下はソアラ様をお好きなのかもと言っているのだけれども 」
「 王命だから仕方無く仲良くしてるのかも 」
「 そうよねぇ……王命なら従うしかないものね 」
ワゴンを押す音がガタガタとやけに大きく響いていて。
「それにしても、あの変な緑のトゲトゲは無いわ~ 」
「 ソアラ様にはあれが丁度良いと思ったのかも 」
侍女達はクスクスと笑いながら、ソアラの部屋のドアをパタンと閉めた。
この日はサブリナとマチルダが休暇で、サブリナの娘であるドロシーがいるだけだった。
なので王妃宮から助っ人の侍女が来ていて、その侍女はドロシーの友達だった。
ソアラにはまだ正式な侍女が決まっていない事から、誰かが休む場合は王妃宮からの侍女が何時も助っ人に来てくれている。
友達なのでいらぬお喋りをしていて。
サブリナやマチルダのどちらかがこの場に入れば、こんな話はさせないのだが。
ソアラはサボテンを大事そうに手に取った。
そして寝室まで持って行き、ベッド横のサイドテーブルの上にコトリと置いて。
ベッドの脇に座り、小さくて丸いトゲトゲのサボテンを暫くの間ぼんやりと見ていた。
「 王命か…… 」
サボテンから目を反らせてソアラは小さく呟いた。
うん。
大丈夫。
仕方無いわ。
私には薔薇なんて似合わない。
このサボテンがピッタリなんだもの。
「 明日も任務を頑張ろう! ……ヒルストンさん。ラナチンさん。ダルカンさん。アンソルさん。ポンドリアさん。そして……タンゾウさん 」
ソアラは財務部の皆の1人1人の名前を口にした。
「 今は……皆がいる 」
自分の事を必要としてくれている皆が。
ソアラは独り言ちた。




