君は誰より可愛い
『 ソアラ・フローレン伯爵令嬢をルシオ王太子の婚約者候補とする 』
議会でサイラス国王から下された王命。
王命には何故もへちまも無い。
その威力は何人たりとも否定出来ないものなのだから。
王妃としての器なんか皆無でも……
王太子妃となるソアラは、やがてはこの国の王妃になる事になる。
ただ……
ルシオ王太子から離縁をされなければの話だが。
やっと自分の立場を理解したソアラは、あの後どうやって自分の部屋に戻ったのかは覚えてはいない。
何事も自分の納得の行く答えに完結させたいソアラは、あれからずっと思案していた。
殿下が言っていた事を紐解くと……
何らかの理由でわたしが王妃陛下から王太子妃に選ばれた。
その何らかの理由が何なのかは、殿下でさえも分からないと言う。
そして……
王家の財政が芳しくない理由を調査して欲しくて、元々王妃陛下に選ばれていた私が経理のノウハウがある事から、国王陛下も私が王太子妃に丁度良いと思ったと言う訳だ。
王妃陛下によって出た杭が国王陛下に引き抜かれたのだ。
経理部にいる令嬢が必要だったとしたら……
そこには私とルーナしか女性はいない。
だけどルーナには既に婚約者がいる事から、私に白羽の矢が立ったのかも知れない。
まあ、政略結婚なんてそんなものだろう。
王族ならば国の為に、貴族ならば家の為に婚姻を結ぶのは当然の事なのだから。
どうせ愛の無い結婚なのだから気にする事は無い!
愛する努力も愛される努力もしないで済むのならそれで良い。
この国の王室は……
正室に王子が生まれなければ側室が認められているのだからその点は気は楽だ。
私は……
王宮のお金を管理をする王太子妃として生きて行けば良いのだ。
国の為に、王太子妃として王家の財政にとことんメスを入れさせて頂くわ!
「 よし! スッキリした 」
ベッドの中で色々と考えて眠れなかったソアラは、この瞬間に眠りに付いた。
時間は夜の9時20分だっだが。
1度自分の中でしっかりと完結してしまえば……
くよくよ悩まないのがソアラと言う人間だ。
***
仕事を終えたソアラは両陛下とのディナーに行く支度をしていた。
鏡の前に座らされて、侍女達から顔をいじくり回されている所だ。
「 ソアラ様はお美しいですからね 」
「 えっ!? 何の冗談かしら? 」
「 冗談ではありませんよ。お肌なんか絹の様に滑らかですわ 」
「 人の美しさは見た目だけではありませんからね 」
「 わたくしはそのスラリとしたスタイルが羨ましいですわ 」
やはり規則正しい生活とウォーキングのせいねと、侍女達が鏡の前に座るソアラにメイクを施しながら言う。
それって……
見た目は悪いって事じゃ……?
まあ、この普通顔では誉めようが無いわよね。
甲斐甲斐しくソアラの支度をする侍女達を、鏡越しに見ながらソアラは肩を竦めた。
今回初めて侍女達に本格的にディナー用の化粧をして貰っている。
マチルダはメイクがとても上手く、ドロシーは髪のセットが得意だと言う。
因みにサブリナはマッサージが上手だ。 特に頭のマッサージはお気に入りだ。
ここに来てから1週間が過ぎていて。
王妃付きの侍女である彼女達からは、
王宮の色んな事を教えて貰っていてすっかり仲良くなっていた。
ソアラは普通顔ならではの化粧映えのする顔であった。
化粧をしたらガラッと雰囲気が変わって、鏡に映っている自分が別人のようになっていた。
茶色の髪はハーフアップにセットされ、顔はしっかりとメイクされて。
上品な紺のドレスがソアラの白い肌に良く映えている。
流石に王妃付きの侍女である。
フローレン家には洗濯や掃除をするメイドしかいないので、メイクや髪の手入れは全部自分でやっていた。
コルセットを着けるドレスを着る時だけは自分では着れないので、母親に手伝って貰っていたが。
「 とてもお美しいですわ 」
「やはり、素材が良いと映えますね 」
「 殿下が驚きますね 」
侍女達3人が綺麗に仕上がったソアラを見て満足気にしている。
「 でも……首元が寂しいですねぇ…… 」
「 ごめんなさい……ネックレスを持って来て無いの 」
そもそもソアラは自分のジュエリーは持っていない。
舞踏会でしていたネックレスは母親から借りた物で。
その時……
コンコンとドアを叩く音がした。
「 きっと殿下ですわ 」
3人がキャアキャアと騒ぎ出した。
早くソアラ様を見て貰いたいと言って。
サブリナがドアを開けると、侍女達の言うとおりにディナー用の衣装を着たルシオが立っていた。
紺のスーツはソアラのドレスの色とお揃いだ。
鏡の前に座っていたソアラは立ち上がると、ルシオの方を向いてカーテシーをした。
「 !?……… 」
ルシオはソアラを見てボーッと立ち尽くしていて。
「 殿下が見惚れておりますわ 」
侍女達がクスクスと笑う。
見惚れる?
普通顔が少し綺麗になったからってそんな訳無いでしょう。
そう思いながらソアラがルシオの顔を見ると……
ソアラと目が合ったルシオが、コホンと咳をしながらソアラの前に足を運んだ。
「 ? 」
「 ソアラ……これを渡したかったんだ 」 ルシオは手にしていた箱をソアラに差し出した。
王室御用達のお店の箱だ。
「 このドレスに合うと思って買っていたんだ 」
自分で渡したかったからと言って。
「 殿下! 殿下がつけて差し上げて下さーい! 」
すかさず侍女達がルシオに言う。
サブリナ、マチルダ、ドロシーはキャアキャアとピンクの声を上げてこれから始まる事を予想して……
もうテンションマックスだ。
「 えっ!? 」
戸惑うソアラにルシオが優しく微笑んで、箱を開けて取り出した物はネックレスだった。
「 ソアラ……座って…… 」
丸椅子に座ったソアラの細くて白い首にルシオは手を回して、ネックレスをつけようとして。
ソアラの耳や白い首筋までが赤くなる。
そんなソアラにルシオの手は微かに震えていて……
中々上手くつけられ無い。
鏡に映るルシオを見れば……
彼も耳まで赤くなっていた。
お二人が可愛過ぎる。
何て初々しいのかしら。
これはカール様や、王太子宮の侍女達にも教えねば。
侍女達は真っ赤になっている2人を見て悶絶するのだった。
「 とても……似合っている 」
「 あ……有り難うございます 」
それはサファイアのネックレス。
ルシオの瞳の色だ。
自分の瞳の色の宝石を女性に贈る意味は勿論知っている。
愛の無い結婚だと言われたけれども……
大切に想われている事は素直に喜びたい。
ソアラは胸元の宝石にそっと指を当てた。
「 では……参りましょう 」
ルシオがエスコートの手を差し出すと、ソアラはそっと手を乗せた。
「 殿下、ソアラ様を宜しくお願いします 」
「 ああ…… 」
侍女達に見送られて2人は部屋を出た。
「 そのドレスとネックレス……君にとてもよく似合っている 」
ルシオは歩きながらも何度も何度もソアラを見て来る。
とても熱い眼差しなのが分かる程に。
ソアラはそれが気恥ずかしくてたまらない。
何か他の事を話してこの状況を打破したい。
そうだわ!!
昨日は衝撃の事実を聞いてショックを受けていたから忘れていたけれども。
これだけは言っておかなければ!
「 殿下! 王女殿下や洋裁店の店長に私の事を可愛いとか言うのは止めてください! 」
何の嫌がらせだと言ってソアラはルシオを睨み付けた。
怒ってる。
可愛い。
どうしよう……
怒った顔も可愛い。
「 どうして? 僕の婚約者はどんな令嬢かと聞かれたから正直に言っただけだよ? 」
甘い顔をしたルシオがソアラの顔を覗き込む。
口調も何気に甘い。
ヒィィ!?
何?その色気たっぷりの顔は!?
ソアラは思いっきり仰け反るのだった。
昨日ルシオは公務の帰りに王室御用達の店に立ち寄った。
ソアラにドレスをプレゼントしようと。
自分の瞳の色のドレスを自分で選びたかった。
勿論、そんな事を思ったのはソアラが初めてだ。
アメリアやリリアベルへの贈り物は、店に遣いの者を行かせて購入していた。
ドレスはまだ贈った事は無い。
ジュエリーは何度も贈ったが自分の瞳の色のジュエリーは贈った事は無い。
正式に婚約者に決まった時に贈りたかったからで。
なので……
先日の侯爵令嬢とのデートで初めて店に行った時には面倒だと思ったのだ。
しかしだ。
ソアラには自分で選びたいと思うのだ。 自分の瞳の色に彼女を染めたい。
やはり……
彼女が正式な婚約者に決まったからだろうか。
彼女を喜ばせたい。
彼女に会いたい。
ソアラに対してはそんな感情が溢れて来るのだった。
店長は突然現れたルシオに驚いた。
今までこんな事は無かった事だ。
「 殿下……珍しいお越しですね? 」
「 僕の婚約者にドレスとネックレスをプレゼントしたいんだ 」
そう言って顔を綻ばせるルシオにも驚いた。
婚約者候補が代わった事は勿論知っている。
殿下は……
新しい婚約者候補をお気に入りなのだ。
「 殿下の新しい婚約者候補様はどんなご令嬢ですか? 」
ルシオの顔があまりにも嬉しそうだったので、店長はつい聞いてしまった。
王族への質問は不敬に当たるのだが。
しまったと思った店長だったが。
ルシオは更に嬉しそうな顔をした。
「 とても可愛らしい令嬢だ。それに彼女は婚約者候補では無い! 僕の婚約者だ 」
昨夜の眠たそうにしてる姿がどんなに可愛かった事か。
そう言ったルシオは蕩けそうな顔をしていたのだった。
「 冗談でもそんな事を言うもんじゃ無いわ! 会った時にガッカリされる身にもなって欲しいわ! 」
ソアラは更にプンスカ怒る。
話し方が砕けた感じになった。
良いなこんな感じ。
僕にはこのまま自然に接して欲しい。
「 ソアラは……シンシアに会ったのか? 」
「 ええ……昨日財務部に来られたわ 」
「 何か言われたか? 」
「 私の顔を見に来たとおっしゃったわ。殿下が私を可愛いと言ったからよ! 」
「 他には……何か言われなかったか? 」
「 ………私を見て……ガッカリしたのような顔をされたわ…… 」
これも殿下がそんな出鱈目を言うからよ!とソアラはブツブツと言って。
良かった。
シンシアはそれ以外は何も言わなかったのだな。
「 出鱈目なんか言って無いよ。僕が可愛いと思うから素直にそう言っただけだ 」
ルシオは歩きながらソアラの顔を覗き込む。
止めて!
慌ててソアラは顔を背けた。
どうかしてるわ。
これがリップサービスじゃ無いなら……
殿下は美人ばかりを見て来たから目がイカれてるの?
もう、麻痺してるのかも?
味付けの濃い物ばかり食べてたから、薄味に出会って新鮮だと思う感覚かしら?
きっとその内に……
薄味が物足りなくなってしまうのよ。
行き交う人々の皆が壁際に寄り頭を下げている。
広い廊下の真ん中をソアラは王太子殿下にエスコートされていて。
そう……
彼は紛れもなく我が国の王太子殿下。
皆が敬い傅く存在なのである。
やはりどうしても思ってしまう。
何故こんな事になってしまったのかと。
そして……
誰よりも普通を望んで来た私が……
普通じゃ無い世界に引き入れた人達に今から会いに行く。
サロンに到着したルシオとソアラが着席すると……
直ぐにスタッフが告げた。
「 両陛下がお越しになりました 」
ドアが開けられサイラス国王にエスコートされエリザベス王妃が入室して来た。
ソアラは立ち上がってドレスの裾を持ちカーテシーをした。




