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伯爵令嬢は普通を所望いたします  作者: 桜井 更紗
第一章

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王女の洗礼

 




 ソアラがここに来て1週間が過ぎた。

 財務部での調査の仕事は順調に進んでいた。

 まあ、調査と言うよりも全ての書類を帳簿に書き移す作業が殆どで。

 先ずは帳簿を付けてお金の流れを把握する事から始めている。



 ソアラはふと顔を上げてルシオの執務机を見た。

 ここに引っ越して来たものの引っ越して来たその日以来、彼はその執務机には座ってはいなかった。


「 寂しいな…… 」

 そう呟いた自分に驚いた。


 別に深い意味は無いわよ。

 あんな綺麗な顔を見れないのが寂しいと思っただけよ。

 殿下の美しい顔は目の保養。

 何時も鏡で見ているのはこの普通顔なんだもの。



 それにしても……

 剣を構えた殿下は格好良かったかも。


 またまた殿下の事を考えてしまっているとソアラは首をフルフルと横に振る。


「 集中しなくっちゃ! 」

「 ソアラ嬢、何か言いましたか? 」

 ソアラの横に座るタンゾウに、何でも無いと言いながらソアラは帳簿を手に取った。


 カリカリとペンの音がして、ペラペラと書類を捲る音がする。

 皆が仕事に集中するこの空気感が好きで、いつの間にかソアラも仕事に集中していた。



 すると……

 ドアの向こうがザワザワと騒がしくなった。

 財務部は国王宮の片隅の誰も近付かないエリアにある事からか、普段は誰も来ることは無い。



 ソアラの心臓がドキリと跳ね上がる。


 もしかしたら……

 殿下が来られたのかも。


 財務部の皆も顔を上げドアを見つめている。


 ドキドキ……



「 王女殿下のお越しでございます 」

 警備の者がそう告げた。


「 えっ!? 」

 シンシア王女!?


 皆が驚いたような顔をして顔を見合わせている。

 王女がこの部屋に来る事なんか無いのだろう。


 慌ててガタガタと椅子の音を立てながら立ち上がる。

 ソアラも立ち上がり見出しなみを整える。

  ……と、言っても女官姿だが。


 ドアが開かれるとシンシア王女が入室して来た。

 この部屋は限られた者しか入室出来ない事から、侍女達は外で待機をしている。



 シンシア・スタン・デ・ドルーア。

 彼女は15歳。

 ブロンドの髪に零れそうな程の大きな目。

 瞳の色は青いが、兄であるルシオのサファイブルーの瞳よりは、かなり明るめのブルーの瞳だ。


 多少の横暴さと我儘な所は王女様なのだから仕方が無い。

 7歳年上の兄の王太子殿下が……

 大層可愛がっていると言う話は国民にも聞こえて来ている。


 勿論ソアラはシンシアをこんな近くで見るのは初めてで。

 王女と言えども16歳のデビュタントで社交界にデビューするまでは、国民の前に出る事は殆ど無い。

 まだ15歳のシンシアのデビュタントは来年である。



「 ごきげんよう 」

 鈴の音の様な可愛らしい声だ。

 シンシアはキョロキョロと辺りを見渡している。


「 ヒルストン?ここにお兄様の婚約者候補のソアラ・フローレン伯爵令嬢がいると聞いて来たのだけれども 」

 わたくしに紹介して下さらないかしらと言いながら、頭を下げているソアラの前を素通りした。


 女官姿のソアラが婚約者候補だとは当然ながら思わないだろう。


 シンシアがブロンドの髪を靡かせながら、クルリとターンしてソアラの方を見た。

 しかしシンシアはソアラをスルーして、ソアラの向こうを探すように首を伸ばしてキョロキョロとしている。



「 お兄様がとても可愛らしい令嬢だと仰っていたわ 」

「 !? 」

 ヒィッ!?

 何ですって!?

 私が可愛らしい???


 殿下は何を?

 可愛らしい令嬢とはルーナみたいな令嬢で。

 兄と姉のいる末っ子気質の彼女は顔も可愛いが、性格もとても可愛らしいのだ。


 長女である私は長女気質そのもので、しっかり者だと言われる事は常だが、此の方可愛いなんて言葉は言われた記憶がない。



「 お兄様が、アメリアお姉様やリリアベルお姉様よりも綺麗だと仰るから見に来たのよ 」

 シンシアは悪戯っぽい顔をしてクスクスと笑う。


 ヒィーーッ!!


 ソアラは思わず仰け反った。

 アメリアもリリアベルも、知る人ぞ知る申し分の無い美女である。



 ここにいる皆が困惑をしてお互いに顔を見合わせていて。

 ソアラの横にいるタンゾウが何か言おうとするのを、ソアラが彼の上着の裾を引っ張って阻止する。


 ここで私だとは言わないでくれーっ!

 ……と、タンゾウに向けて目で合図をする。

 タンゾウは分かったとばかりにコクンと頷いた。



 居ないのならまた別の日に来るわと言って、シンシアが帰ろうとした瞬間。


「 そこにおられる令嬢が、殿下の婚約者候補のソアラ・フローレン嬢です 」

 コの字型の席の奥の席に立っているヒルストンが、ソアラの方に手を差し出して掌を向けて紹介した。



 ヒルストンさーん!

 万事休すだわ。

 最早名乗るしかない。


「 あの……わたくしです 」

 ソアラがオズオズと自分の手を胸の前に上げると、シンシアの綺麗なブルーの瞳がソアラに向けられた。


 そこには……

 茶色の髪に茶色の瞳の、ドルーア王国ではありふれた顔の女官が立っていた。

 


「 やだ! 貴女は女官でしょ? 」

 何を惚けた事を言ってるのかと、シンシアはソアラの横の席のタンゾウを見た。


「 彼女が殿下の婚約者候補ですよ 」

 間違い無いと言ってタンゾウから片手をソアラの方に差し出されると、シンシアは俯いているソアラを凝視した。



「 あり得ないわ……アメリアお姉様とリリアベルお姉様の代わりが、貴女みたいな何の特徴もない顔をした令嬢(ひと)だなんて…… 」

 シンシアは両手で口を覆いヨロヨロと2、3歩後退りした。


「 伯爵と言う低い身分と言うだけでもあり得ないのに……こんな……こんな何の特徴のない顔の令嬢(ひと)に王命が下ったなんて……お兄様がお気の毒だわ 」


 2回も言った……

 ()()()()()()()()を2回も言ったわ。


 そう言われるのはもう慣れっこだ。

 ずっと幼馴染みのルーナと比べられて来たのだから。


 まさか……

 ()()高貴な公爵令嬢である2人と、比べられる事があるとは思ってもみなかったが。


 その上……

 大概誰からもスルーされる立場だったので、王女様の言葉がストレート過ぎて返す言葉が見付からない。



「 貴女……今は有頂天だろうけどそうはいかないわ。わたくしが許さないわ!貴女は自分が王太子妃に相応しいと思っているの? 」

「 有頂天? そんな事は……思ってはいません。わたくしは殿下にお断りを致しております。でも…… 」

 ソアラは言い掛けて口を噤んだ。


 本当の理由を言いたい。

 ()()婚約者候補なのだから安心して欲しいと。

 私が王太子妃になるなんてあり得ない事だからと。


 それを言えない事がもどかしい。

 ソアラは俯いたままにじっと耐えるしか無かった。



「 お兄様は……何故貴女を可愛らしいと言ったのかしら? もしかして自棄になった? 」

「 王女殿下!!いくらなんでもお言葉が過ぎますぞ! 」

 シンシアのあまりにもの言動を見兼ねたヒルストンがシンシアを嗜めた。


 皆も怪訝な顔をシンシアに向けていて。

 シンシアはヒルストン達を睨みつけると、財務部の部屋から出て行った。


 甘い香りの香水が辺りに漂う。



「 ソアラ様……申し訳ない 」

「 我々の為に来て頂いているのに…… 」

「 大丈夫ですわ。誰でもそう思うのは当然ですから 」

「 陛下も酷い王命を出したものだ…… 」


 シンシアがいなくなり、静かになった部屋で皆がソアラに申し訳なさそうな顔をしていた。



 実は……

 財務部の6人にはここに来た日に伝えてあった。

 自分がここに来た()()()()()を。

 

 自分は偽装婚約者候補なのだと言う事を。


 やはり彼等も初めはシンシアと同じように思っていて。

 勿論やりたい放題言いたい放題の、我が儘シンシアみたいに口に出す事こそ無かったが。


 その場の空気を読む事に長けているソアラは直ぐにそれを察知した。

 このまま気まずい雰囲気では仕事がしにくいと思い、調査の為にここに入る理由がお妃教育だったのだと言う事を彼等に伝えたのだ。



 その時の皆の納得をしたような顔。


 誰でもそう思うのは当たり前だ。

 私は王太子妃に相応しく無いと。

 麗しのルシオ王太子殿下の横に並ぶのにはあまりにも貧相だと。


 家格もそうだが……

 この普通顔もそうなのだから。


 

「 さあ、仕事の続きを始めましよう! 」

 さっさと終わらせて早く普通の生活に戻りたい。


『 出る杭は打たれる 』

 これはフローレン家の家訓。


 今、ソアラは杭が出てしまっていた。

 それも恐ろしく高く聳え立つ杭だ。




 ***




「 はぁ……今日は疲れたわ…… 」

 ソアラがトボトボと部屋に戻ると、目の前にとても素敵なドレスが飾ってあった。


 ソアラの帰りを待ち構えていた3人の侍女達が、ソアラがドアを開けると直ぐに集まって来た。


「 殿下からですよ 」

「 えっ!? 」

「 明日の夜のディナーに着て来て欲しいそうです 」

 そのディナーには両陛下とシンシア王女も共にすると、殿下の侍女が言伝てに来たのだと言う。



「 殿下が今日の公務の合間に自らお選びになったそうですよ 」

 ドレスを運んで来たお店の者がそう言っていたと、マチルダとドロシーが興奮してまくし立てる。


 ソアラが入内したその日に、王室御用達の店のスタッフがソアラのサイズを測りに来ていた。


 偽装婚約者なのに?

 ……と、ソアラは首を傾げたが、必要だと言われれば従わない理由は無い。

 

 そんな事もあって、店にある既製品でもソアラのサイズを参考に選ぶ事が出来たのである。



 それは上品な紺のドレス。

 ソアラの好きな色である。


 舞踏会の時にルシオと踊った時を思い出す。

 あの夢の様な時間を。


 勿論、ここにあるのは自分が買った安物では無く、高価なシルクのドレスだが。



 正直、このドレスのプレゼントは助かった。

 ルシオに両陛下との食事を示唆されていたが……

 持参したディナー用のドレスはルシオとのディナーの時に着たドレスだけだった。


 勿論、安物だ。

 とてもじゃ無いが両陛下とのディナーに着て行けるようなドレスでは無い。



 きっと一緒にディナーをした時に……

 私があまりにも貧相なドレスを着ていたから見兼ねて贈ってくれたのだわ。


 これは素直に貰っておこう。

 後々の婚姻が決まった時の、両家の顔合わせのディナーに着て行ける。


 派手では無いが……

 一目で高価だと分かるシルクのドレス。


 このドレスならば何処に着て行っても恥ずかしくは無い。

 それに……

 このドレスは年齢がいっても長く着れるドレスだわ。



 嬉しそうにしているソアラを見て侍女達は満足気にしている。

 あの麗しの王太子殿下と称される殿下の婚約者候補になったと言うのに、彼女はあまり浮かれていないのだ。

 いくら王命だからと言ってもだ。


 殿下は歩み寄ろうとして熱心にこの部屋にも訪れていると言うのに、彼女は頑なにマイペースを貫いていて。

 侍女達は不思議に思っていたのだった。



 だから……

 ルシオとのディナーに送り出した時に心配していた。

「 こんな時間にディナーだなんて……ソアラ様は眠くなるのでは? 」と。


 彼女達が心配した通りに寝ながら戻って来たが。



「 可愛らしい()()()()にお会いする日を楽しみにしておりますと、店長が言っておられたそうですよ 」

 ドレスを届けに来たスタッフから聞いたとサブリナが言う。


「 なっ!? 」

 殿下は一体あちこちで何を言っているの?


 シンシア王女殿下だけじゃ無くて……

 お店の店長にもそんな嘘を言うのはどう言う意図があると言うの?


 ソアラはふつふつと怒りが込み上げて来るのだった。



 コンコン。


 その時ドアがノックされた。

 侍女のドロシーがドアを開けるとそこにはルシオがいた。



「 ソアラ孃に大事な話がある 」

 ……と言って。














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― 新着の感想 ―
[良い点] ソアラの周りがソアラの人柄を認めてくれだして温かくなって来ているように思います! [一言] アットホームな家庭的な温かい人柄が周りをかえていきそうですね゙!
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