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伯爵令嬢は普通を所望いたします  作者: 桜井 更紗
第一章

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心のバリア

 




 ソアラは自分に自信が持てない令嬢だった。

 それは……

 幼い頃からルーナが側にいたからで。


 ルーナは本当に可愛い顔をしていた。

 通りすがりの見知らぬ人々が振り返り、戻って来てわざわざ称賛する程の可愛さであった。


 そんな可愛いルーナが常に側にいて、皆がルーナを称賛してソアラをスルーするものだから、彼女の心はそんな状況にすっかり慣れてしまっていたのである。



 誰も自分には気付かない。

 誰も自分を見る事は無い。


 自分ではどうにも出来ない様相。

 だから自分でなんとか出来る勉強に力を入れたのだが、何時も一緒に勉強したルーナも頭が良い令嬢になっていたのだ。


 ルーナはルーナで……

 女性達からは虐められたり、男性達からは執拗に言い寄られたりと大変な目にあっていたが。


「 私も……ソアラの様に普通の顔に生まれたかったわ 」

 何時の頃からか、そんな事を言うルーナが嫌だと思う様になった。

 勿論、ルーナに悪気が無いのは分かってはいるが。



 ソアラは毎日ウォーキングをしている事から、スラリとした体型である。

 背は高過ぎる訳では無いのだが……

 背の低いルーナと一緒にいるからか、余計に背が高く見え、側にいる小さなルーナに庇護欲が湧くと言う。


 ソアラの今までの全てが可愛いルーナ中心であった。

 ルーナの事は嫌いでは無いが……

 いつからかルーナと一緒にいる事が嫌だと思う様になった事も仕方の無い事だった。



 学園を卒業したらルーナと離れる事が出来ると思っていたが、彼女は職場もソアラと同じ職場を選んだ。


 騎士になったブライアンが、ソアラが側にいれば守って貰えるなどと勝手な事を言って、ルーナにソアラの希望する職場である経理部に行く様に手配をしたと言う。



 そんなだから……

 ソアラは自分の心の中で全てを完結してしまうきらいがある。

 諦めの方向で物事を完結してしまうのである。


 傷付いた心のダメージが少なくて済む様にとバリアを張るのだ。



 そんな風に生きて来たソアラの心はすっかり歪んでいて。

 この王命さえも歪んで受け取ってしまっていた。


 国民の愛する麗しの王太子であるルシオの妃に自分がなるなんて事は、これっぽっちも思ってはいないのである。


 何か訳があると思い、その訳を無理矢理手繰り寄せて、自分の中で納得をして完結させ様としていたのだ。


 ずっと自分が王太子の婚約者候補に選ばれた理由を探していたが、やっと納得出来る理由を見付けたのだった。


 財務部の調査の為に()()()()()()()になったと言う理由を。




 ***




 王命によりルシオ王太子殿下の婚約者候補となったソアラ・フローレン伯爵令嬢は、お妃教育を受ける為に王宮に住む事になった。


 この候補と言う言葉が人々の悩む所であった。

 どう解釈したら良いのかと。


 候補は候補であって正式な婚約者では無い筈だ。

 しかし王命が出されてソアラ・フローレン嬢はお妃教育をする為に入内したのだから、やはり正式な婚約者では無いのかと世論は二分されていた。



 そんな中。

 ソアラはタウンハウスの自宅に迎えに来た騎士達に連れられて、宮殿に向かった。


 ソアラが財務部の調査をする事を知っているのは、両陛下とルシオ、ランドリアとカールの5人だけで。

 侍女や騎士達を始め、宮殿のスタッフ達は勿論そんな事は知らなくて、ソアラはエリザベス王妃の命によりお妃教育に来たと思っている。



 宮殿の王族達の住まいは、国王宮と王妃宮と王太子宮の3つの建物に別れていて、王妃宮にはルシオ王太子の妹であるシンシア王女がエリザベス王妃と一緒に暮らしている。


 王宮の巨大な建物に、王族の住む建物が放射線状に伸びた回廊で繋がっている。


 王宮は一階がソアラ達の経理部や総務部や外務部など政治に関する部署があり、2階に国王陛下と王太子殿下の執務室や議会室などがあって、ソアラの滞在する客室は3階だ。


 早く言えば1階に降りて行けば経理部に行けるのである。

 勿論、警備員がいるから許可証が無いとあちこちうろうろとする事は出来ないが。



 何時もは従業員入り口から入宮しているが、正面玄関から入った宮殿は舞踏会以来。

 真っ直ぐに進めば舞踏会の大広間に行くが……

 目の前にある大階段を上る。


 この階段を上るのは初めてだ。

 豪華な絨毯が敷かれていて、普段自分達が使っている階段とは雲泥の差だと思いながら柔らかな階段を上って行く。


 これだけでも夢の世界に行く様でドキドキしてしまう。


 案内された客間はクリーム色を貴重とした可愛らしくも豪華な部屋で、夢の世界はキラキラと眩しい。


 この客間だけで私の家がすっぽりと入るかと思う位に広い。



 ここまで案内してくれた3人の侍女が、ソアラに向かって改めて挨拶をする。


「 これからフローレン伯爵令嬢様のお世話をさせて頂きます 」

 彼女達はサブリナ・トロントとマチルダ・エイブリーとドロシー・トロントと自己紹介をした。


 サブリナとマチルダは侯爵夫人で、ドロシーはサブリナの娘である。

 3人共エリザベスの侍女で勿論ノース家の所縁の者達。


 ノース一族の娘達は力のある侯爵家に嫁いで、王族の周りをノース一族で固めているのだ。

 この一家の結束力は硬い。



「 わたくしはソアラ・フローレンです。フローレン伯爵の長女です。ソアラとお呼び下さい。サブリナ様、マチルダ様、ドロシー様宜しくお願いします 」


 サブリナとマチルダは姉妹で、サブリナの娘であるドロシーはソアラより2、3歳上位で、美しい顔をしている。

 彼女が王太子妃になった方が良いと思う位だ。


 挨拶を終えた3人共にとても品があって美しい女性達であった。



「 それから……わたくしの家では侍女はいなくて……自分の事は自分で出来ますので……あの……特にして貰う事は無いと思います 」

「 まあ!? 貴族なのに侍女がいませんの? 」

 サブリナが眉を顰めてドロシーを睨むと、ドロシーは慌てて顔を伏せた。



「 いえ、ソアラ様は早く王宮での生活に慣れて頂かなければなりませんので、わたくし達は精一杯お仕えさせて頂きます 」

「 それからわたくし達の事は呼び捨てで呼んで下さい」

 サブリナとマチルダが頭を下げるとドロシーも慌てて頭を下げた。


「 いえ……今はまだわたくしは伯爵令嬢ですので、侯爵令嬢を呼び捨てにする事は出来ません 」

「 では、お妃様になってからね 」

 そう言って皆は悪戯っぽく微笑んだ。



「 この後、お茶を飲み終わりましたら宮殿内を案内しますね 」

 サブリナはお茶をお持ち致しますと言って部屋を後にして、マチルダとドロシーはソアラの持って来た荷物をクローゼットに片付け始めた。


「 お荷物はこれだけですか? 」

「 はい 」

 調査が何時まで掛かるかは分からないが、それが終わったら直ぐに帰るのだからと着替えのドレス数着と下着類しか持ってはいない。


 そもそもそんなに多くのドレスを持っている訳では無い。

 1日の殆どが文官の制服を着て過ごしているのだから多くのドレスは必要が無い。

 無駄買いはしないのがモットーである。



 ソアラは思っていた。

 こんな家格の低い人間が、王太子の婚約者候補として入内して来たので使用人達からは、快くは受け入れて貰えないものだと。

 彼女達は自分がここに来た本当の理由を知らないのだから、そうなっても仕方無いと。


 だけど……

 皆はとてもにこやかに接してくれている。

 それだけに嬉しくもあり、騙している事に心が痛かった。


 早く調査を終えて帰ろう。



「 まあ!? 殿下! 」

 お茶を持って来ようとしてドアを開けたサブリナが叫んだ。


「 宮殿内の案内をしようかと思って 」

 ヒョコッと顔を出したルシオが、照れ臭そうに手を頬にやり指で掻いている。


 ソアラは慌ててカーテシーをする。


「 これからはここで暮らすのだから、そんな堅苦しい挨拶はしなくて良いよ 」

 ルシオはそう言ってソアラにエスコートの手を差し出した。


 ?

 やはり……

 皆の手前、王命を尊重しないと駄目なのかしら?


 侍女達が生暖かい目で2人を見送る中、ソアラはそっとルシオの掌に手を重ねた。


 舞踏会で踊った時には、殿下が手袋をしていたから気付かなかったけれども……

 掌にはゴツゴツとしていて剣だこが出来ている。

 この事から剣の訓練をしているのが分かる。

 こんなにスラリとした細身なのに鍛えているのだわ。


 色んな事を少しずつ知って行く度に胸がキュンとなる。

 駄目よ!

 殿下が優しくしてくれるのは調査の為よ。


 ソアラは気合いを入れ直した。



「 先ずは……僕の宮に案内するよ 」

 十字路の中心に来た時にルシオが言った。


 いやいや、やっぱり王族のプライベートゾーンを案内されても仕方無いわ。

 調査が終われば直ぐに家に帰るのだから、無駄な事はしたくは無い。



「 殿下……宮殿内は殆ど知っておりますので、財務部とその付近の案内だけをして頂けますか? 」

「 いや、やはりこれから住むのだから全てを案内をしたい 」

「 ………王宮は広くて一度では覚えられませんので、先ずは財務部までの案内をお願いします 」

「 そ……そうだな……ゆっくり覚えて行けば良い…… 」

 先は長いのだとルシオは思った。



「 それから……そなたの事を名前で呼んでも良いだろうか? 」

「 ………はい…… 」

「 では……僕の事も名前で呼んでくれないか? 」

「 それは出来かねます。財務部で仕事をしにくくなりますから 」

 殿下を名前で呼ぶなんてとんでも無い。

 そこまで芝居をしなくても良いと思うわ。



「 ………分かった 」

 前を見るだけで……

 少しも自分の方を見ないソアラにルシオは戸惑ってしまう。


 緊張してるのだろうか?

 態度が凄く素っ気無い。


 やはり無理矢理出された王命に怒っているのか?

 もしかしたら僕と結婚するのは嫌とか……


 だけど……

「 精一杯お役に立てる様に頑張ります。宜しくお願いします 」

 そう言って受け入れてくれたではないか。


 あの時……

 王太子妃になる覚悟を決めて、父上に王命を受けると言った彼女の凛とした姿が美しいと思った。



 何処でどうなってこうなったのかは分からないが……

 きっと父上に母上とランドリアが何かを吹き込んだのであろうが、それでもこの王命が出た事をルシオは嬉しいと思った。


 もう……

 色んな令嬢の相手をしないで済む。

 ただ1人の人を愛すれば良いのだと。



 王族として生まれたからには政略結婚は絶対だ。

 生まれる前から決められていた結婚も受け入れていた。

 しかし……

 彼女達が外れたと聞いても少しも思う事は無かった。


 アメリアとリリアベルには、兄妹に対する想いしか無かったのだと認識しただけだった。

 それは妹であるシンシアへの気持ちと同じで。



 だから……

 新しい血が必要だと言われたらその令嬢を受け入れ様と思った。

 誰であろうとも。


 しかし……

 他の令嬢達と会ってみて初めて分かった。

 誰でも良い訳では無いと言う事が。



 父上に呼ばれて……

 ソアラ嬢を婚約者候補にすると言われた時は心が躍った。

 そこに政治的な理由があろうとも、彼女が僕の()()()()()()になったのだと。


 出会いは最悪だったけれども……

 彼女も受け入れてくれたのだから、これから少しずつ歩み寄って行けば良いと思って、ルシオは横を歩くソアラの顔を見つめていた。











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