エピローグ─伯爵令嬢から王太子妃へ
最終話です
秋も一層深まり木々の紅葉が深紅や黄金色に輝き出した頃。
ドルーア王国ではルシオ・スタン・デ・ドルーア王太子殿下とソアラ・フローレン伯爵令嬢の結婚式が執り行われた。
今までは周辺国の要人達を招待するだけだったが、外交に力を入れる事に舵を切った事から、今まであまり交流の無かった国の王族や要人達も招待した。
鉱山の採掘事業で世界から注目を浴びた事もあって、この結婚式はかつて無い程の大規模の結婚式となった。
花嫁の入場が告げられ、大聖堂の扉が開かれるとそこに純白のウェディングドレスの衣装を着た花嫁が立っていた。
スラリと伸びた手足。
細くしなやかな身体。
顔はベールで隠されてはいるが。
父親と一緒にバージンロードを歩いて行く姿は、誰もが見惚れる位に優雅だった。
マクセント王国の王太子として参列していたフレディも、すっかり妃らしくなっていたソアラに満足顔だ。
「 ソアラちゃんを立派な淑女に育てたのは私 」
フレディはそれをルシオに何時も言っていて、悔しがるルシオを見て面白がっていると言う。
フレディとソアラは奇妙な出会いではあったが。
ソアラに出会った事で、フレディの結婚感が変わった事は事実だ。
今、彼はアメリアを口説いている最中だ。
鼻を赤くしているのはグーパンを食らわせられたからで。
「 ルシオ殿よりも、確実に閨は上手いよ 」と言ったらグーパンが飛んで来たと言う。
ソアラの影響だなと鼻を押さえる彼は、この苦戦を楽しんでいる。
シリウス・ウエスト公爵もソアラを愛しげに見ていた。
百戦錬磨のプレイボーイの彼が、唯一自分のものに出来なかった令嬢がソアラなのである。
この異質な令嬢に初めて強く惹かれたが……
出会った頃には、既に自国の王太子殿下の婚約者だったのだから、それはもう諦める事しか出来なかった。
色々とあって、ウエスト公爵家の当主となった彼は、カールと共にこれからルシオを支えて行くつもりだ。
そして勿論結婚式には、離宮からビクトリア王太后も参列している。
王族の席に、前王妃と現王妃の二人が並んで座っていて。
皆がこの光景を見るのは実に6年振りとなる。
前代未聞の嫁姑バトルを繰り広げたこの二人の再会に、注目が集まらない訳がない。
国民は王太子妃との三角関係のニュースを楽しみにしていると言う。
因みに……
二人のお茶会には必ずソアラが呼ばれていて。
サイラスとルシオは、ソアラが上手く間に入って中和していると言って目を細めている。
結婚式に参列するビクトリア王太后の護衛として、ブライアン・マーモット騎士も登城していた。
離宮での任務の報告を受ける時に、ルシオはその場にソアラも同席させた。
ルーナの事が気になっているだろうと。
ルーナはお腹も大きくなり、ゆっくりと過ごしていると言う。
最近、ルーナの両親もタウンハウスから引っ越して来て、一緒に暮らし始めたのだとか。
因みに……
ルーナの両親が引っ越したのは、やはりあの事件で事情聴取されたからで。
長男に家督を継がせ、逃げるようにルーナのいる離宮に行ったと言う。
「 おば様達が一緒ならルーナも心強いですね 」
「 はい。騎士は家を離れる事が多いので、私も安心しております 」
ブライアンはそう言って、ルシオとソアラの二人に敬礼をした。
これで良かったのだと。
真っ赤な絨毯が敷かれたバージンロードを花嫁と花嫁の父が歩いて行く。
純白の正装姿の、麗しの花婿の待つ大聖堂の祭壇に向かって。
その時……
花婿ルシオが二人に向かって歩き出した。
待ちきれずに。
ダニエルはスタスタとやって来たルシオに、ソアラの手を引き渡した。
娘の手を大切そうに両掌で包み、とても嬉しそうに顔を綻ばせながら。
「 娘を末永く可愛がってやって下さい 」
「 ああ……永遠に愛する事を誓う 」
もう既にここで、誓いを告げてしまうと言うポンコツ振りを発揮したが。
参列者は娘を嫁がせる父親の姿に、感動のあまりに涙した。
長々とした神官の台詞よりも心がこもっていて。
神官が祭壇の前で苦笑いをしている。
ルシオはソアラの手の甲に唇を落とし、二人は祭壇に向かって歩き出した。
緊張のピークを迎えていたソアラは、何が何だかよく分からなかったが。
式は粛々と進み……
「長いのでは?」と、皆が苦笑する程の甘い甘い誓いの口付けが終わり、ルシオとソアラが皆の方を向いた。
ルシオは胸に手を当て参列者に頭を下げ、ソアラはその横でカーテシーをした。
とても優雅に。
ベールを上げたソアラの顔が初めて皆の目に触れた。
堂々とルシオの横に並び立つソアラはとても美しかった。
勿論、パッと人を惹き付ける程の美人とは言えないが。
見目の美しさは侍女達の頑張りだ。
入浴する度に侍女達が身体に香油を練り込んだ事で、ソアラの肌や髪は美しく肌理細やかな輝きをみせていた。
そして……
勿論、ソアラの美しさは見掛けだけで無く、内面的にも大きく変貌したからであった。
ソアラ・フローレン伯爵令嬢は不遇な幼少期を過ごして来た。
だからと言って 、父親がパワハラでもなく、母親が継母で弟が腹違いの兄妹でもない。
ただ。
彼女の幼馴染みが、誰もが目を見張る程に可愛らしい顔をしていただけで。
ルーナ・エマイラ伯爵令嬢。
ソアラはこの稀に見る可愛らしい顔をしたルーナが側にいた事で、誰からもスルーされる少女となったのである。
しかし……
人間と言うものは大人になると、その育ちからか幼少期の頃とは随分と様相は変わるもので。
ルーナは子供の頃のような絶対的な可愛さはなくなっていた。
だからと言って一目で目を惹くその可憐さは、男達を虜にするには十分だったが。
見る人が見れば、どちらかが美しい女性かを分かる程に、ソアラには知性溢れる女性に成長していた。
そんなソアラの自信を引き出したのは、ドルーア王国のルシオ王太子殿下その人なのである。
彼の絶対的な揺るぎない愛は、ソアラの荒んだ心を溶かして行った。
「 ソアラ。皆が君に手を振っているよ 。さあ、手を振ってあげて 」
この日この時に、初めてソアラが国民の前に姿を表したのだから国民達は大興奮だ。
ソアラは手を小さく振った。
パレードのその歓声の凄さと皆の熱に胸を熱くしながら。
すると……
更に凄い歓声が湧き起こった。
ルシオがソアラに顔を近付ければ、キャーッ!!と言う黄色い声も上がって。
麗しの王太子殿下ルシオは勿論だが、ソアラも国民達からは圧倒的な人気がある。
この一年のソアラの様々な新聞沙汰により、皆がソアラに好感を持つようになったのだ。
フローレン伯爵家の家格は低く、その力は無きに等しい。
いや、無いのだ。
王妃エリザベスが、そう言う家系の令嬢を選んだのだから。
だけど……
この国民の支持こそが、ルシオの御代への最大な後押しになるのだった。
侍女もいなく、馬車も無く、夜会に着て行くドレスさえも母親のお古だった伯爵令嬢ソアラ・フローレン。
それは二人が初めて出会った時に遡る。
「 普通の生活をして普通に生きているわたくしは可哀想ではありません 」
顔を上げて堂々と言い放ったソアラに、王太子ルシオはどうしようもなく惹かれたのだ。
誰にも気付かれず独りで俯いていた少女は……
もう何処にもいなかった。
***
結婚式が終わると新郎新婦にはやる事がある。
実は……
正統性を求めるドルーア王国では、王太子夫婦の初夜には見届け人がいる事が慣習だった。
勿論、天涯付きのベッドの中は二人っきりだが。
それは、二人が無事に身体を繋げ、事を成し遂げるまでが結婚だと言う認識である事からで。
それには理由があった。
これから二週間の蜜月期間に入るのだが、この期間の大半は王族になったソアラの儀式が待っている。
王太子夫婦の二人での祭祀もある。
それらを行うには先ずは初夜を完璧に終わらせる必要があった。
だからこそ見届け人が用意されていたと言う。
しかしだ。
今の国王夫婦は結婚前にやらかしていた事もあり、結婚式の後の初夜にはこの慣習は行われなかった。
もう既に身体を繋げているのだからそれをする必要もなく。
その事もあって……
今回も必要なしとサイラスが決めた。
そもそもそれはもう時代錯誤の儀式なのだと。
何であるにしろ……
永いドルーア王国の歴史の中で、サイラスの御代が、古い慣習を大きく変える要となっている事は確かだった。
「 だから……思い存分王太子妃としての責務を全うして下さいませ! 」
お妃教育の講師ロッテンマイアーは、ソアラに熱心に閨教育をした。
ソアラはそれを、フムフムと書き留める真面目で優秀な生徒なのである。
宴から一足先に部屋に戻っていたソアラは、初夜の支度を終えてルシオを待っていた。
今夜からは王太子夫婦の部屋がソアラの部屋になった。
真新しい豪華な家具はルシオとソアラが選んだものだ。
値段を計算しながら。
値段なんか気にしないで良いとルシオは言うが、そこだけは財務部の女官として譲れない所だった。
ソアラは今でも財務部に在籍中だ。
気合い十分待った無し!
ソアラはやる気満々だった。
「 ソアラ!」
隣の部屋からルシオが入って来た。
良い香りのするルシオも湯浴みを済ませて来ていた。
やる気満々だ。
夫婦の寝室にも浴室はあるが、流石にソアラがいる部屋に侍従は呼べない事から、隣の部屋にある自分の部屋の浴室で湯浴みを済ませて来たのだ。
勿論ソアラも、自分の部屋で湯浴みを終えていた。
侍女達からも頑張れと言う声援を受けて。
ソファーから立ち上がり、ルシオを出迎えるソアラをルシオは掻き抱いた。
やっと二人だけになれたのだ。
今夜からはこの部屋で二人で過ごす事になるのだ。
ルシオの嬉しさは計り知れない。
二人の部屋の間にあるこの夫婦の寝室は、本当に二人だけの空間なのである。
初夜が無事に終わるまでが結婚式の儀式である事から、ルシオもソアラも白い衣装を着せられている。
この衣装は、国王と王太子が行う祭祀である新年の儀式と同じものである事から、ソアラは気合いが入っているのだ。
あの時の二人と、二人の無事を熱心に祈るエリザベスの姿には本当に感動したのだから。
自分も頑張ろうと。
ソアラは自分を抱き締めているルシオから少し離れた。
「 ルシオ様……わたくしは至らぬ点しかない不束者ですが、末永く宜しくお願いします 」
そう言うとルシオに丁寧にお辞儀をした。
「 ……うん、宜しく……何だか照れるね 」
抱き締めたままキスをして、その流れでベッドに連れて行き、それからそれからと考えていたルシオは、肩透かしを食らってしまった。
まあ、真面目なソアラだ。
結婚しての挨拶は彼女にとっては大事な事なんだろうと。
「 えっと……ソアラは疲れてない? 」
ルシオはソアラの手を取り、手の甲に唇を寄せた。
「 いえ……疲れてなんかいられませんわ! 閨の慣行をしなければなりませんから 」
「 ……慣行? 」
「 さあ!始めましょう! 」
「 ……… 」
ソアラはルシオの手を取って、ベッドに向かってスタスタと歩いて行った。
「 ……… 」
積極的なのは良いが。
何かが違うような。
二人でベッドの縁に座ると、ソアラはルシオの顔を仰ぎ見た。
真っ赤な顔をしながら。
「 この衣装は脱いだ方が良いですか?それとも儀式だからこのままの方が良いのかしら? 」
「 儀式? 」
出来れば僕が脱がしたいのだが……
早口で話すから緊張しているのだろうが、やはり何かが違うような。
「 あら?どうだったかしら? 」
緊張して忘れてしまったわと言ってソアラは立ち上がり、サイドテーブルの引き出しを徐に開けた。
手に取ったのはノート。
ペラペラと捲っている。
お妃教育のノートだ!
こんな所に入れてるなんて……
ルシオが見てみたいと思っていたノートだ。
「 ロッテンマイアー様はなんて言ってたかしら? 」
「 …… 」
この神聖な初夜に彼女の名前が出るのは気に食わない。
大体、初夜を儀式だなんて……
ロッテンマイアーは一体ソアラにどんな閨教育をしたのか?
ノートは後でチェックをしようと思いながら、ソアラの手からノートを取り上げて、サイドテーブルの上に置いた。
「 こんなもの見なくても良い 」
サイドテーブルの上にある灯りを消して、ベッドに膝を付きソアラをベッドの上に押し倒した。
そして……
口付けをしようと顔を傾ける。
「 あの……儀式なので、灯りは点けた方が良いと……ロッテンマイアー様が…… 」
唇が触れる寸前でルシオは動きを止めた。
ソアラはちょっと頭を捻っている。
どうやら閨教育で教わった手順通りでは無いらしい。
「 僕は君の全てを見たいから、灯りを点けても構わないけど? 」
「 なっ!? 」
暗がりでも分かる。
ソアラが目をぱちくりしたのが。
可愛い。
ルシオはチュッとソアラの唇にキスをして、そのまま深く口付けをしようと顔を傾けた。
「 でも……ロッテンマイアー様が…… 」
まだ言うかっ!
くそ!ロッテンマイアーめ!
夢にまで見たソアラとの初夜に、まさかのロッテンマイアーの連呼。
もう、おかしくてたまらない。
「 今は僕の事だけを考えて…… 」
「 ……はい 」
クスリと笑ったルシオは、ソアラの唇にそっと自分の唇を重ねた。
勿論、灯りは消したままで。
この夜。
やる気満々の二人は結ばれた。
ソアラ・フローレン伯爵令嬢は、正式にドルーア王国の王太子ルシオ・スタン・デ・ドルーアの王太子妃になった。
━━━ Fin ━━━
完結しました。
ご不明な点や謎な点も多々あるかとは思いますが、そこは素人の書いている小説だと大目に見て頂ければ幸いです。
感想や評価をして頂ければ嬉しいです。
数ある作品の中からこの作品を見付けて下さり、最後まで読んで下さった全ての読者様に感謝の気持ちでいっぱいです。
誤字脱字報告も有り難うございました。
新作はまだ思案中ですが……
更新しましたらまた読んで頂けると有り難いです。
桜井更紗




