閑話─その圧に耐えられなくて
ビクトリア王太后の住む離宮で事件があった事から、この度新たに騎士を配属する事になった。
離宮には警備の者はいるのだが、やはり王族を守る事を重要視して。
そもそも、今までいなかった事が不思議なのだが。
ブライアン・マーモット騎士が隊長に任命され、彼は離宮に所属先を移した。
それと同じくして、離宮に転属になった者が何人かいる。
離宮に近い地域に故郷のある騎士達は、自分から志願して離宮での勤務を希望した。
古里に残して来た家族と一緒に暮らせるのならばと喜んで。
しかし……
その志願者の中に王都育ちの文官がいた。
トニス・デスラン伯爵令息。
彼は王宮の騎士団の事務官で、騎士達の勤怠管理と給料と請求書やらの管理をしている文官だ。
ソアラが自分の結婚相手にと、3名程見繕って来た令息の内の1人である。
彼はデスラン伯爵家の次男で、年齢は27歳。
フローレン家と同じ文官の家系で、父親と兄は外務部の文官だ。
そして……
ソアラとお見合いをした令息だ。
そう。
ルシオが侯爵令嬢とデートをしていた時に、偶然にも同じ店でソアラとデートをしていた、あの令息である。
親同士が子供達の結婚を決める事が多い貴族社会では、お見合いをすると言う事態が、既に結婚は決まっているようなものだった。
お見合いの後に二人をデートに行かせた後は、双方の親同士で二人の結婚の具体的な話を既に進めていたのである。
途中でソアラが王太子殿下の婚約者候補に選ばれると言うハプニングはあったが……
何かの間違いだとしてフローレン家では、ソアラの縁談の話を進めていた。
後から思えば……
この遭遇があったからこそ、二人の縁が切れなかったと言える。
ルシオの小さな嫉妬心がこの時に芽生えたのだから。
トニスはソアラの事は勿論知っていた。
経理部の女官で、同じ経理部の女官であるルーナと一緒に、騎士団の事務所までお金を持って来ていたからで。
二人が来ると、むさ苦しい男ばかりの騎士団の事務所が華やかになった。
訓練中の騎士達が窓から覗いたりして。
ルーナのその可愛さに皆がメロメロだった。
ブライアン・マーモット騎士の婚約者だと知っていても。
ブライアンがいない時は、自分に自信のある騎士などは、しきりにルーナを口説いていた。
「 一度だけで良いから俺とデートをしてよ 」
「 駄目ですよ~ブライアンに叱られちゃいますわ 」
「 何時か夜会でルーナちゃんと踊りたいな~ 」
「 そうね。ダンスなら良いですわよ 」
そんな会話がされてる間に、ソアラは請求されたお金を渡したりとして、黙々と仕事をしていたのである。
トニスも可愛らしいルーナに一目惚れをしていたが、それは当然ながら叶わぬ恋だった。
体躯も良い格好良い騎士に、ただのしょぼくれた文官である自分が勝てる筈がない。
ましてやブライアンは侯爵令息なのだから。
様相も取り立てて良くない自分には、同じような普通顔のソアラ位が丁度良いとして、トニスはこの婚姻話に前向きになっていた。
両家でのお見合いの後でデートに行った。
地味な顔だと思っていたが、それはルーナと言うとびきり可愛らしい令嬢が側にいたからで。
よく見れば……
好感の持てる顔をしている。
話し方も話し声も心地良い。
女官の制服を着ていたからあまり意識しなかったが、普通のドレス姿になるとスラリとしていてスタイルも良い。
悪くない。
そう思っていた時に、店の外がざわざわとして騎士が入店して来た。
王太子殿下と1人の令嬢が店に入って来たのである。
まさかの遭遇だった。
そうか。
王太子殿下の婚約者候補であった公爵令嬢とは破談になった事から、彼も婚カツ中なのかと思い、邪魔をしたら悪いと、トニスはソアラと店を出たのであった。
何故だか……
王太子殿下の視線が突き刺さるのを感じながら。
そのままソアラを自宅に送り自分も自宅に帰ると、父親からは結婚に向けての具体的な話を聞かされた。
しかしだ。
この婚姻話に直ぐに待ったが掛かった。
何と……
ソアラは王太子殿下の婚約者候補として、王宮に入内して行ったのである。
デスラン伯爵家とフローレン伯爵家の、丁度良い縁談は立ち消えになったのだった。
相手が王家ならば……
これはもう為す術も無いのだから。
しかしだ。
ここからトニスの苦難が始まった。
ルシオが騎士団に訓練に来る度に……
鋭い視線を感じるようになった。
王太子殿下の視線が、事務所にいるトニスに突き刺さって来るのだ。
きっとあのデートの日の事を誤解しているのだろうと、彼は直ぐに気が付いた。
殿下!
私とフローレン伯爵令嬢は何もありませんから。
店で一緒にお茶を飲んだだけですから。
貴方様の寵愛する彼女とは、手を握る事もしておりませんから。
そう言えたらどんなに良いか。
伯爵令息ごときの自分が、王太子殿下に話し掛ける事は出来ない。
ましてや寵愛する彼女の事なんて言える筈がない。
だけど……
殿下の圧が凄くて凄くて。
あの美しい顔で凝視されたら……
もうそれだけで死にそうになる。
もしかしたら……
何時かは首を跳ねられてしまうかもとビクビクする毎日だった。
ルシオからの圧を受け続け、トニスは胃の調子が悪くなりどんどんと痩せ細っていった。
皆からは何かの病気だと心配されたが……
殿下の圧のせいだとは言える筈もない。
そんな時に……
離宮に新たに騎士の駐屯する部署が出来ると聞いた。
ルーナと結婚をしたブライアンが隊長となり、騎士達の何名かが行く事が決まっていて。
トニスは直ぐに手を上げた。
離宮で事務官として働く事を志願したのである。
通常ならば事務方は現地の者を雇う事になるのだが、彼が手を上げた事で騎士団団長は喜んだ。
離宮には王族であるビクトリア王太后がいるので、誰でも良い訳ではないのだから。
知らない土地だったが、顔馴染みの騎士達がいるなら何よりだ。
王太子殿下の圧から逃れる為にはそれしかない。
自分はデスラン伯爵家の次男坊。
家は兄が既に結婚をして継いでいるので、家族からは何の反対もなかった。
騎士団の団長が喜んでいると言えば、しっかりと励みなさいと激励された程だ。
こうして……
トニス・デスラン伯爵令息は離宮に旅立った。
彼は今。
ルシオからの凄い圧から逃れて生き返っていた。
胃の調子は良くなり、痩せ細っていた身体も元に戻り、離宮で知り合った令嬢と結婚を控えて幸せに暮らしていると言う。
勿論、自分に丁度良い普通顔の令嬢だ。
因みにルシオは誤解はしていない。
トニスを見ると……
楽しげに話す二人の姿が思い出されて、ムカついてしまうのである。
自分の事は棚に上げる王子様だった。




