伯爵令嬢は普通ではいられない
ドルーア王国は変革の時を向かえていた。
ドルーア王国も隣国マクセント王国も小さな国だった。
何の資源も無かった事から大国から狙われない程の。
海の向こうにあるガルト王国だけに注視すれば良かったのだ。
しかしだ。
マクセント王国との鉱山採掘事業は、今、世界中から注目される事となった。
この鉱山にお宝が眠っているとなると、他国から狙われる国に躍りでるのは必須。
事前に調査した結果では、宝が眠っている鉱山なのは間違いない。
まだ秘密裏にしているが。
従って……
大々的に公表するまでには国の防衛力を高める必要があった。
そして軍事力を強化するには莫大な資金が必要になるのだ。
一年前。
王族の資金を管理する財務部にテコ入れをしたのもこの為で。
そこにソアラがやって来たのは、サイラスにとっても価千金だった。
エリザベスが選んだ王太子妃になる令嬢が、経理部の女官だったのは全くの偶然だったのだから。
ソアラは正に……
このドルーア王国の救世主だった。
ソアラの存在があるからこそ、サイラスの思う未来に向かって全ての歯車が回り始める事になったと言う。
サイラスは同盟国を増やす考えだ。
この鉱山の採掘で世界から注目を集めている今がチャンスなのだと。
なので、王太子の結婚式には他国の王族をかなり招待している。
また、あのルシオとソアラの誘拐事件は、世界的な悪の組織を淘汰した事もあって、ドルーア王国名を世界に轟かせる事になった。
見目麗しい勇敢な王太子と、王太子妃となる令嬢は算術に長けており、6つの言語を話す才女である事は他国の興味を大いに駆り立てた。
ドルーア王国の未来は、この二人による輝かしい未来があるのだと。
ドルーア王国は……
サイラスの御代で、大きな転換期を迎えていた。
***
この日はルシオの任命式が行われた。
ドルーア王国の東西南北には四家の公爵領地がある。
それぞれの公爵家には私兵がいて、その私兵が隣国との国境を守っていた。
それ故に、この四家はドルーア王国にとってはなくてはならない家であり、王家から大切にされ、自分達を守ってくれていると、国民達からも敬われているのである。
軍事力強化の為には、組織を一つに纏め上げる絶対的存在が必要だった。
なので王太子ルシオが、その四家の私兵を直接動かす事の出来る最高指揮官になる事になった。
国の軍事力の強化を他国に知らしめるには、バラバラだった組織を一つにして、軍事力の巨大化を図る必要があったのだ。
そして……
サイラスは軍事力の強化として、真っ先に港の強化を図った。
ビクトリア王太后の住む離宮に、騎士団を設置し警護の強化をした事も、今となっては軍事力の強化の一つになっていると言う。
ウエスト公爵領地は、王族の所有する港のすぐ近くにあり、採掘する鉱山の近くにある事からで。
ルシオとしては、ソアラからルーナを遠ざける手段に過ぎなかったのだが。
ラッパの音が鳴り響き扉が開けられた。
王太子の正装である白の軍服に、白銀色のマント姿で現れたルシオは皆を感嘆させた。
男も女も皆が皆惚れ惚れとする程に。
18歳の時の立太子でのルシオよりも、23歳のルシオは男の色気も漂わせたそれはもう光輝く程の男になっていた。
ここは国王の間。
貴族や騎士団が見守る中、銀色のマントを翻しながら、ルシオは国王サイラスの座る玉座に向かってゆっくりと歩みを進めた。
ルシオの後には騎士団が国旗と団旗を掲げて入場して来た。
その後ろからは公爵家の旗を掲げた兵士達が続いた。
ルシオがサイラスの前で足を止めると、騎士団の横に四家の私兵達が並んで立った。
そして……
ルシオが跪くと、後ろにいる騎士と兵士達も一斉に跪いた。
その光景は圧巻で、宮廷絵師が一斉にサラサラと絵筆を進め、新聞記者はカリカリとペンを走らせた。
この日。
国境を守る兵士達と王宮の騎士達は初めて一堂に会する事になった。
国境を守る任務がある事から兵士達の全員がこの場に来た訳では無いが。
「 ルシオ・スタン・デ・ドルーア。そなたに我が国の最高指揮官に任命する。これにより公爵家四家の私兵をそなたの指揮官の下に置く 」
国王サイラスの声が静まり返った会場に響き渡った。
「 御意 」
頭を垂れ跪いたルシオの首に、サイラスは勲章の首飾りをかけた。
そして……
会場の全員が心臓に手を当てて、ルシオと共に国王サイラスに忠誠を誓うと、任命式が終了した。
それはとても幻想的な光景だった。
***
ソアラはガチガチに緊張していた。
この様な国王陛下主宰の式典に出るのは初めての事で。
この広い格式張った部屋に入るや否や、緊張感がマックスになった。
「 君は見学するだけだから大丈夫だよ 」
ルシオからはそう言われていたが、ソアラが緊張していた理由は自分の座る場所にあった。
この会場は主に式典を行う会場。
来賓達が見やすいようにと、両脇には雛壇に客席が設けられている。
国王が立つ3段上には玉座が置かれてあり、壁面にはドルーア王国が建国した時の勝利の図が描かれており、天井からは国旗が掲げられた格式高い部屋だった。
ここで行う式典は主に騎士団の入団式なのだが、国王の即位式と王太子の立太子の式典もここで行われた。
勿論、5年前のルシオの立太子の式典の時は、ソアラはこの会場にはいなかった。
フローレン伯爵家は、王家にとって重要な貴族では無かったのだから招待されないのは当然の事で。
ソアラが参加したのは式典の後に行われたパレードだ。
王太子となったばかりの米粒程のルシオを、街の片隅から背伸びをしながら見ていただけだった。
押し寄せた民衆に揉みくちゃになりながら。
式典の様子は参加した学園の友達から聞いていた。
「 アメリア様とリリアベル様は、王妃陛下と王女殿下の横で見ていらっしゃった 」と大興奮で。
立太子の式典が行われた次の日では、クラスの皆でキャアキャアと騒いでいたのだ。
我が国の王子様の立派な姿を思い浮かべながら。
今、ソアラは……
アメリアとリリアベルが座っていた席に座っていると言う。
ここは王族が座る特別な席で、豪華なソファーが置かれてある。
緊張しない訳がない。
向こう側の貴賓席には公爵家がズラリと並んでいて。
その中にシリウスの姿があった。
彼は今はウエスト公爵家の当主になっているが、それは名前だけで実際には家の事は父親に任せていた。
鉱山の採掘プロジェクトの代表となった彼は、この仕事に邁進したいと言う思いから。
シリウスとは会議や打ち合わせでしょっちゅう会っていて、今では仲良しだ。
忙しいルシオよりもシリウスと会う方が多い位で。
そう。
ルシオは今まで以上に忙しくなっていた。
通常の公務も然る事乍がら、最高司令官として公爵領地である国境にも、程に行かなければならなくなった事からで。
勿論、鉱山の採掘プロジェクトにも関わっている。
大きな裁可はサイラスが下すが、それ以外の裁可はルシオに委ねられている事もあって。
ソアラが緊張して座っていると、ラッパの音が鳴り響いた。
ビクリと身体が跳ね上がった。
いよいよ式典が始まるのだ。
扉が開かれ現れると、そこには白の軍服姿のルシオが立っていた。
ソアラの心臓の音がドキンと高鳴る。
ルシオは朝から忙しくしていて、この日は初めてその姿を見たからで。
昨夜はお休みのキスをしに来てくれたが。
真っ直ぐ前を見据えたルシオは、銀色のマントを翻しながらソアラのいる方に向かって歩き出した。
そしてその後ろから、騎士団の騎士達と公爵家の兵士達が続いて入場して来た。
赤い絨毯の上を銀色のマントを翻しながら、ルシオは騎士達を引き連れてゆっくりと歩いて来た。
その美しさと壮観な光景にドキドキとしているソアラと同じくして、会場からは感嘆の声が上がった。
壁面一面の窓から入る日差しに照され、銀色のマントがキラキラと輝き、ブロンドの髪もキラキラと輝いていた。
ゆっくりとマントを翻しながら歩む姿は誰よりも美しかった。
この誰よりも素敵な王子様が私の婚約者ですって?
ソアラがドキドキとしながら見とれている間に、ルシオは直ぐ側までやって来ていた。
この席は特等席。
直ぐ目の前で式典の様が見れる場所だ。
ソアラの前で立ち止まったほんの一瞬、ルシオはソアラをチラリと見た。
ソアラと視線を合わせると軽くウィンクをして、そして直ぐに前を見据え、その場に跪いた。
「 !? 」
ソアラは混乱した。
その色っぽさに心臓が破壊されそうになった事とは別にして。
目の前にいる王子様はやはりルシオ様で。
王子様なのにルシオ様で。
ルシオ様なのに王子様で。
この目の前にいる王子様が、自分の婚約者である事に、信じられない思いが今更ながらに湧き上がって来るのだった。
一年前の自分は……
伯爵令息との婚姻を希望していた。
あのまま伯爵令息と結婚していたら。
普通にタウンハウスに住み、伯爵夫人として暮らしていただろう。
何の争い事も無く、何でも無い平凡な一日を過ごす事。
フローレン家で過ごして来たような生活を送ること。
そう。
それがソアラの結婚観だった。
式典が終わると……
会場からの割れんばかりの拍手と共に、ルシオは扉の向こうに騎士達と共に消えた。
式典の余韻に浸る事から、会場はざわざわと喧騒の中にあった。
ソアラがほぅぅっと胸を撫で下ろしていると……
再び扉がバンと開かれた。
「 ソアラ! 」
ルシオがソアラの名前を呼びながら駆けて来た。
メイン会場と客席の間にある、手摺のある柵の前でルシオは立ち止まった。
勿論、ソアラの前だ。
ソアラと視線を合わせるとルシオは眩しく笑った。
「 どうだった? 」
「 ……とてもご立派で……とても素敵でした 」
ソアラから誉められたルシオは満足そうに破顔した。
そして……
とても婚約者の事を好きだと言う顔をソアラに向けると、直ぐに踵を返して何事も無かったかのようにカツカツと靴を鳴らしながら、ゆっくりと歩いて騎士達が待つ扉の向こうに行った。
この後は、騎士団と兵士達との合同演習があると言うのに、ルシオはソアラとこの一瞬の話をしたくて戻って来たのだ。
ルシオは誰もが称賛する立派な王太子殿下だ。
今までそう言う姿を国民に見せて来た。
だけど……
ソアラの前ではただのポンコツな男になってしまう。
好きな女に格好良い所を見せたいだけの。
そんないじらしいルシオの所為を、会場の皆は微笑ましく見ていた。
「 あらあら、まあまあ 」と先程までのピリリとした雰囲気は何処へやら、辺りはピンク色の空気に包まれていた。
「 全く……王太子には呆れるわね 」
「 お兄様は、本当にお義姉様がお好きよねぇ 」
既に立ち上がっていたエリザベスとシンシアは、振り返ったままにクスクスと笑っていて。
本当に……
全然普通じゃ無いわね。
ソアラはクスリと笑った。
そして……
踵を返したエリザベスとシンシアの後に続いた。
二人が向かった先は王族専用の扉。
緊張していた入場の時は、ただ二人の後ろを歩いていただけだったが。
ソアラは顔を上げると、扉の向こうを真っ直ぐに見据えながら歩いて行った。
この扉は……
アメリアもリリアベルも通れなかった扉だった。
この後、閑話を何話か更新していよいよ最終話となります。
最終話まで宜しくお願いします。
読んで頂き有り難うございます。




