閑話─僕は君のもの
「 で……殿下!? 」
「 な・ま・え! 」
目を開けたとたんにソアラはすっとんきょうな声をあげた。
名前を言わなかった事で怒られているが、今はそれ所では無い。
覚醒したソアラの目の前に、麗しの王太子と言われる程の美しい顔が降って来ているのだ。
そして……
その腕にすっぽりと抱かれて……
あろう事か王太子殿下の膝の上に乗っている。
馬の蹄の音とガタゴトと言う音がするから、馬車の中にいると言う事は間違いない。
うん。
あの時確かに馬車に乗ったわ。
そして……
ルシオ様と話をしていた。
一頭立ての馬車に乗ったのは初めてだとルシオ様が仰っていて。
だけど……
この馬車は明らかにあの時に乗った馬車よりも豪華で広い。
ソアラはキョロキョロと目だけを動かして状況を確認している。
その間もスッポリとルシオの腕の中にいて。
可愛い。
目の前にいる美しい顔は、その間もずっとソアラを見つめていた。
これ以上ないと言う甘い顔をして。
「 これは……?……どう言う? 」
ルシオはソアラの驚いた顔を楽しんでいる。
「 王子様のキスでも、お姫様が中々目覚めてくれないから心配したよ? 」
「 王子様の……キ……キス? 」
「 こんな風にね 」
ルシオはチュッとソアラの唇にキスをした。
「 !? ☆*#※× 」
最早何が何だか分からない。
声にならない声を出してパニックになっているソアラを見て、ルシオは楽しそうにクスクスと笑うのだった。
カールが用意してくれていたお水を飲み、ルシオからメディカルチェックをされた後に、この事件の説明をされた。
勿論、ルシオの膝の上に乗せられたままで。
自分の眠っている間に、とんでもない事があったのだと驚くソアラに……
変な薬を飲む事になったのも、その額の瘤も、全てが自分の責任だと言ってルシオは自分を責めた。
「 あのお婆さん……とても親切そうだったのに 」
「 いや、かなりエグイ悪い婆さんだったらしい 」
婆さんに殴られて、カールの目の回りが青くなっていたとルシオは肩を竦めた。
馬車ごとソアラが連れ去られた事は、ソアラには言わなかった。
馬車に追い付くまでは30分位の出来事だったのだが。
「 有り難うございます……私を守って下さって 」
「 王子様は姫君を守るものだよ 」
嬉しそうに上目遣いでルシオに視線を合わせたソアラの額に、ルシオはチュッとキスをした。
「 い!……痛……い? 」
キスをされた所に痛みを感じて額に手を当てると、ボコッとたん瘤が出来ていてそれがズキズキと痛い。
「 あっ!?瘤が出来てるんだった……馬車で逃げる時に僕の下手な運転で君が床に転げて、何処かで頭を打ち付けたみたいなんだ 」
馬車の運転なんて初めてしたからと言って、ルシオは申し訳無さそうな顔をした。
「 ゴメン……君に傷を負わせてしまった。だから責任をもって君を僕の妻にするよ 」
「 はい……責任を取って下さいませ 」
2人でおどけたような顔をしながら、クスクスと笑い合った。
今までのソアラならば、責任などと言う言葉を言われたら、言葉通りに受け取ってしまっていた。
こんな自分ならば、ルシオ様がそう思うのも仕方が無いとして。
しかし……
今は違う。
ルシオの心が自分に向いていると分かっているから。
王太子ルシオの、自分だけに向けられる真っ直ぐな愛は、自己評価が極端に低いソアラに少しずつ自信をもたらしていた。
この夜……
ルシオはソアラをフローレン邸には送らなかった。
ソアラを医師に診せて、身体に異常がないと分かっても。
因みに…
額のたん瘤も直に治るだろうと診断されて。
その夜。
二人は初めて同じ夜を同じ部屋で一緒に過ごした。
そこには、どうしてもソアラと離れたくないルシオの思いがあった。
ソアラが馬車で連れ去られていた時間を思うと、それがあまりにも苦しくて。
「 今宵はソアラを僕の部屋に泊まらせる 」
「 承知いたしました 」
バーバラや侍従、侍女達が出迎える中、ルシオに抱かれたままのソアラは顔をルシオの胸に埋めた。
医師に診せるまでは心配だからと、ルシオはソアラをお姫様抱っこで運んでいて。
皆はどんな顔をしているのだろうと思うと、この普通でない状況が恥ずかしくてたまらないソアラだった。
***
「 僕はソファーで寝るから 」
「 わたくしがソファーで寝ます 」
「 女性をソファーで寝させる訳にはいかない 」
「 いいえ、ルシオ様をソファーで寝させるなんて、とんでもないですわ 」
湯浴みを終えて皆を下がらせてからは、2人で何処で寝るかの争いだ。
暫くあーだこーだとすったもんだしたが……
結局は同じベッドに2人で寝る事になった。
ルシオのベッドは、大人の5人が寝れるだろうと言う位の広いベッド。
ソアラはせっせとベッドの真ん中に枕を並べている。
それをルシオは涼しい顔をしながら見ていて。
無駄な事を。
フッと笑ったルシオは確信犯だ。
自分がソファーで寝たとしても、ソアラが眠ったらベッドに行こうと思っていたのだ。
ソアラを抱き締めて眠りたい。
灯りを消して、ドキドキしながら2人でベッドに横たわった。
ルシオ様と一緒だなんて……
もしかしたら朝まで寝られないかも知れない。
枕の向こうではルシオが身体を横たえていて。
ソアラはドキドキしながら瞼を閉じた。
時間は夜の10時過ぎ。
ソアラはあっと言う間に寝てしまった。
ソアラの規則正しい寝息が合図だ。
ルシオはムクリと上半身を起きあがらせると、先程ソアラがせっせと並べていた枕をポイポイと、ベッドの向こうに投げ捨てた。
「 邪魔だ! 」
そして……
ソアラの頭の下に手を差し入れ、ソアラを自分の胸に抱き寄せた。
「 ん…… 」
モゾモゾと動くソアラは、自分の寝やすい位置を探していて。
やがて満足したのかソアラは動かなくなった。
可愛い。
食べてしまいたいがそこは結婚するまでの我慢だ。
親子二代で婚前交渉は駄目だから自重しろと、カールに口を酸っぱくして言われているのだ。
ソアラの頭に唇を寄せて、ルシオはこの日の出来事を思い返していた。
明日には国王サイラスとランドリアに報告しなければならなくて。
頭の中で整理する時間が必要だった。
ソアラは馬車に乗った所までは覚えているが、それ以降は全く覚えていないと言う。
やはりあれは無意識でルシオを守ったと言う事になる。
催眠剤が切れかけた時に、きっと外の喧騒を感じ取っていたのだろう。
そして……
カールから聞いた。
エマは媚薬を所持していたと。
いくら普通の人よりも耐久性があるとしても、流石に媚薬まで飲まされてしまったら、どうなっていたかは分からない。
もしかしたらあのままエマと……
それを考えたらぞっとする。
ブルッと身震いしたルシオは、ソアラの柔らかな身体をギュッと抱き締めた。
僕は君のものだ。
ソアラの規則正しい寝息に誘われて、疲れていたルシオもいつの間にか眠っていた。




