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伯爵令嬢は普通を所望いたします  作者: 桜井 更紗
第三章

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媚薬の行方

 



「 ブライアン様って()()ですわね 」

 休憩時に出すお茶の準備をしながら、侍女のドロシーがルーナに言った。


「 !? 」

 いつの間に名前で呼んでるの?


「 わたくしは身体の大きい方がタイプなの。それにブライアン様はお話をしていても楽しいし…… 」

 ブライアンとの話を思い出しながら、ドロシーはポッと頬を赤らめた。


「 !? 」

 いつの間に話をしたの?



「 ブライアンはわたくしの婚約者ですわよ! 」

 少し声を荒らげたルーナに、()()()()?と言う顔をして、ドロシーが冷ややかにルーナを見ていた。



 王族の地方への公務では、同行している侍女と騎士が親密になり、結婚に至るケースはかなり多い。


 騎士と侍女。

 通常ならば知り合う事は無いが、常に行動を共にする旅先ではどうしても接点が出来るのだから。


 そして……

 どちらも家格的には釣り合っている場合が大きい事から、その後はすんなりと結婚が決まると言う。


 王宮勤めの侍女が令嬢達に人気のある職業なのは、こう言った出会いがある事もあるからで。

 強くて逞しい騎士は、令嬢達の憧れの的なのである。



 ドロシー・トロント侯爵令嬢はルーナより3歳年上で、ブライアンよりは1歳年上だ。


 ドロシーもブライアンと同じ侯爵家の人間だが、同じ侯爵でもその家格はかなりの差がある。


 ノース一族であるトロント家は、公爵家の次男が侯爵となった事でトロント姓を賜った名門であった。


 その上、ドロシーの父親のトロント侯爵は騎士団の副団長をしている。

 母親である侍女のサブリナはその妻で。


 そう。

 騎士と侍女が結婚した事例そのものの夫婦なのである。



 そんな境遇のドロシーが、本気でブライアンとの婚姻を望めば、伯爵家のルーナとは簡単に婚約解消が出来ると言う訳だ。


 マーモット侯爵家は、喜んでエマイラ家にブライアンとルーナの婚約解消を告げるだろう。



「 ドロシー! 騎士様達にお茶を出して! 」

 母親のサブリナがそう言うと、はーいと言ってドロシーは他の侍女達と一緒にガタゴトとワゴンを押して行った。

 

 とても楽しそうに。



「 ルーナ? 行きますわよ 」

 バーバラとマチルダが、ルシオとソアラに出すお茶とお菓子を載せたワゴンを運んで行く。


 ルーナはその後をついて行った。

 チラチラと馬の手入れをしているブライアンを見ながら。



「 有り難う 」

 バーバラとマチルダにお礼を言ったソアラは、赤い顔をしていた。


 勿論、優秀な侍女達は何も言わないが、ルシオがソアラによからぬ事をしたのは分かっている。



 馬車が止まって、御者がドアを開ける直前にルシオから両手で頬を持たれて、チュッとキスをされたのだ。


 凄い早業で。



 お茶を飲み終えるとルシオは用を足しに行った。

 往路ならば……

 ルーナが井戸の前でタオルを渡す姿があった。


 また、ルーナは殿下の側に行くのかしら?

 嫌だわ。

 

 少し憂鬱になったが、ルシオと想いが通じ合った今は、 往路の時とは違う気持ちでいられた。



 あんなに不安定で軋んでいた辛さは、今は感じられなかった。


 ルシオに愛されていると言う実感が……

 少しだけソアラに自信を持たせていた。



 ソアラがルーナを見ていると……

 ルーナは別の方を見ているだけで、井戸には行ってはいなかった。


 何時もなら瞬間移動をしているかのように、気が付くと何時もルシオの側にはルーナがいたのだが。


 井戸の前では待機していた侍従が、ルシオにタオルを渡しているだけだった。



「 ? 」

 ソアラは首を傾げた。




 ***




 ブライアン・マーモット侯爵令息。

 彼は190センチの長身でガタイも良い大柄な男だ。


 騎士服を着てキビキビと動く騎士は、格好良いと令嬢達の人気の的だ。


 そんな格好良いとされる騎士なのに、今までブライアンを素敵だとは言われた事は無い。


 あのデカイ図体は怖いとさえ言われていて。



 ルーナは改めてブライアンを見た。


 他の騎士達よりも更に背が高く、他の騎士達よりも一際大きい。


 毛虫のような太い眉毛も……誰よりも凛々しい。

 笑うと目が無くなるのも……何だか可愛い。



 ブライアンが素敵?


 ルーナは考えた。

 今まで気にも止めなかった素敵の意味を。



 すると……


 お茶を配っているドロシーに、ブライアンの馬が悪さをしたのか、ドロシーがブライアンに抱き付いた。


「 キャア! 」と言う悲鳴と共に。



「 大丈夫か!?」

 ブライアンがドロシーを抱いたままに、馬から離れさせている。


「 すまない 」と言うブライアンに、周りにいた騎士達がヒューヒューと囃し立てる声が聞こえる。


 ドロシーが恥ずかしそうに手を口元に当てている。

 きっと顔は赤くなっている筈だ。



 この女……

 絶対にわざとだわ。


 ドロシーはノース一族の血を引いている事から、金髪の青い瞳のかなりの美人。

 勿論、アメリアやリリアベル程では無いが。


 ルーナは明るい栗色の髪に緑色の瞳。

 ドロシーの方が華やかだ。


 だけど……

 アメリアとリリアベルに代わる美女は自分だと思っている事から、自分の様相はドロシーよりは確実に上だと確信している。



 ドロシーが顔を赤らめながら戻って来た。


「 ブライアン様は本当に逞しくて、ドキドキしちゃったわ 」

「 ドロシー様! 人の婚約者に抱き付くなんて非常識ですわ! 」

「 あら? 貴女は殿下にまでそんな所為をなさってるのに? 」

「 ………それは…… 」

 ルーナは押し黙った。



 ドロシーは侯爵令嬢。

 ルーナよりは格上の貴族だ。

 これ以上は下手に言い返す訳にはいかない。



 学園時代ならばこんな時にはソアラが助けてくれた。


 ソアラを見やれば、馬車の近くでカールとルシオの3人で深刻そうに話をしている。



「 貴女……ブライアン様とは政略結婚だとおっしゃっていましたよね?……だったら別に破談になっても構いませんよね? 」

 ドロシーはクスクスと笑いながら、母親のサブリナの元へ行った。



 ドロシーは23歳。

 高貴な令嬢としては行き遅れの年齢に入る。


 母娘共に焦っているに違いない。



 ルーナはブライアンを見た。

 ずっと婚約解消を願っていたのだ。

 王太子妃になる事の第一歩として。


 だけど……

 心の中がキリキリと痛む。



 ブライアンもブライアンよ。

 他の女にそんな優しい笑顔を向けるなんて。

 貴方はわたくしにぞっこんじゃ無いの?


 あの逞しい胸に抱かれて良いのは……

 わたくしだけなのよ。



 それからは……

 休憩時間になるとドロシーがブライアンの側に行って、何やら話をする姿が多く見られるようになった。


 とうとう我慢の限界に達したルーナは、ブライアンの側に行った。



「 ブライアン! 何時もドロシー様と何の話をしているのかしら? 」

 ブライアンは王太子殿下専用馬車の前に待機していた。


 騎士達は順番に御者の隣に乗る事になっていて。

 馬車に乗るルシオの護衛と、騎士達の馬での移動の休憩も兼ねている。


 自分の馬も人を乗せないで走らせる事で、馬の負担を減らす為にも。



「 ? 何のって……ドロシーの相談に乗ってるだけだ 」

「 何の相談かしら? 」

「 秘密にして欲しいと言われたから、言えないな 」

「 秘密?どうして貴方が彼女の相談に乗らないとならないの? 」 

 ルーナは声を荒らげた。



「 おい! ルーナ?どうしたんだ? お前らしくもない 」

 ブライアンが眉を顰めてルーナを見下ろして来た。


 何時もスルーするくせにと笑って。


 ルーナは……

 目が無くなる程にくしゃりとした顔にドキドキとして。



「 おっ!? 殿下とソアラが戻って来た 」

 ブライアンが林の方を見やった。


 もう出立の時間だからとルーナに言って、ブライアンは馬車のドアの横に姿勢を正して立った。



 ルシオとソアラは林の中を散歩していた。

 ソアラの手には青い野花があり、時折2人で甘く見つめ合っては、クスクスと笑い合って。


 仲良く手を繋いで2人が戻って来る姿が、ルーナの目にも入った。



 そんな姿を見ても今は何も感じない。


「 もう良いわ! 」

 ルーナはそう吐き捨てて、自分の馬車に戻って行った。




 ***


 


「 わたくしは貴女の侍女にはなれないわ 」

 旅の終わりのある日、ルーナはソアラにそう言った。


 ごめんなさいと言って。



「 ………?」

「 ルシオ様に、わたくしの経理のスキルを生かして、離宮で執事をして欲しいって頼まれましたの 」

「 執事……?」

「 ええ……王太后陛下は、侍女として呼びたかったみたいだけれども 」

 皆がわたくしを必要とするから困っちゃうわと、可愛らしく笑った。



 そうだわ。

 モーリス伯がいなくなったのだから、代わりの者が必要だわ。


 だけど……

 それがルーナ?


 何故?

 何故()()()()()()


 咄嗟に思った事は……

 経理で培ったスキルは、誰よりも負けていないのにと。


 自分が王太子妃になると言う事がすっかり飛んでしまっていた。



 ソアラがギュッと唇を結んで悔しそうな顔をした。


 それをルーナがじっと凝視していた


 あら?

 ルシオ様の言った通りに、自分が執事になりたかったみたいね。


 やっぱりこの件にソアラは関係無い?


 ソアラがわたくしを邪魔に思った訳では無いのね。

 わたくしに敵わないから、あれだけ嫉妬をむき出しにしていたと言うのに。



 だとしたら……

 やっぱりルシオ様は、わたくしの経理部のスキルを、純粋に欲しいと思って下さったのだわ。


 ルーナは、離宮に行く事は嫌だったが……

 何だかソアラに勝ったような気がして溜飲を下げた。




 ***




「 ルーナは離宮の執事になるのですか? 」

「 !? 」

 ソアラの突然の質問に、ルーナが話をしたんだなとルシオは思った。


 ルーナが遠くに行く事になった事で、嬉しくて抱き付いて来るかもとワクワクして。



「 ああ、離宮の執事の空きが出来たからね 」

「 ルーナが通っていた侍女養成学校はどうなるのですか? 」

 学費は入学時での一括払いだ。


 丁度フローレン家のメイドのクロエとノラが通っているから、その辺りの事情は詳しい。


 2人の授業料はフローレン家で持つ事になって、執事のトンプソンが高過ぎると悲鳴をあげていた事を思い出す。



 えっ!?

 気になるのはそこ?


 ルシオはクスリと笑った。


 流石は経理部出身だ。

 お金の事を何の躊躇いも無く聞いて来る。


 貴族令嬢がお金の話をするのはタブーだとされている。

 それなのに堂々とお金の話をするのだから。


 本当に今までに出会った事の無かったタイプの令嬢だと。



「 そうだな……侍女にならないなら、もう侍女養成学校には行かないだろうね 」

「 ………」

「 何? 何が気になるの? 」

「 では……学費が勿体無いので……わたくしが通っても良いですか? 」

「 …………はあ? 」

 ルシオのすっとんきょうな声に、ソアラが目を丸くする。


 そんなに妙な事を言ったのかと。



 王太子妃が侍女?


 ルシオは耳を疑った。


「 君は王太子妃になるんでしょ? 」

「 ええ……だから…… 」

 ソアラがモジモジとしながら、ドレスの布地を触っている。


「 ん? 言ってごらん?」

「 殿下の……お世話の勉強をしたい……からです 」

 語尾は消え入りそうな声になった。



 やっぱり……

 王太子の婚約者が侍女養成学校に通ったら、新聞沙汰になるかしら?


 良い提案だと思ったのだけど。



「 あ……えっと…… 」

 ルシオの顔が赤くなる。


「 それって……ソアラが僕の世話をしたいって事? 」

 コクコクとソアラが頭を上下に動かした。


「 我が家では母が父のお世話をしています 」

「 そうか……侍女のいない生活も良いかもな…… 」

 ルシオは席を立ってソアラの横に座った。


 その瞳はずっとソアラを見つめたままで。


 ソアラの前には、裏帳簿や辞書が載っているテーブルが置いてある事から回り込まないとならなくて。


 こんな物を置いたカールが腹立たしい。



「 帰城したら直ぐにでも結婚したいよ 」

 ルシオは、ソアラの額にコツンと自分の額を合わせた。



 ガタゴトと馬車は静かに進んで行った。

 王都までは後少し。


 長くて短かった旅は終わろうとしていた。


 色々とあった旅だったが……

 ルシオとソアラにとっては必要な旅だった。




 ***




 そして……

 なんと……

 帰城して、直ぐに結婚をしたのはブライアンとルーナだった。


 早急に2人で離宮に行く事を理由に。


 マーモット侯爵家もエマイラ伯爵家もブライアンの大出世に大喜びで。



 そして……

 なんと……

 ルーナが妊娠している事を、結婚式に参列したソアラは聞かされた。


「 これはまだ内緒よ 」と言って、その幸せそうな顔でソアラに耳打ちをした。



 旅先での宿屋の夜。

 2人の姿が消えていた時間があったらしい。


 ルーナが媚薬を使ったのかは誰も知らないが。









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― 新着の感想 ―
[一言] 媚薬はそっちに使われましたか。 ルーナ、やっぱり恐ろしい子・・・! 転んでもただでは起きない。 自分がやって来たことがそのまま返ってきて どれだけ酷いことをしてきたのか反省するでもなく や…
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