最善の処遇
「 ブライアン! 」
「 はっ! 」
「 お前も同行してくれ 」
「 御意 」
会場のドアの横に立ち、舞踏会の警備の任務中のブライアンをルシオが来るように命じた。
ルシオの後をルーナが歩き、その後ろをブライアンが続く。
これは……
もしかしたら。
ひょっとしたら。
わたくしとブライアンとの婚約の解消を、通達しようとしているのかしら?
ルーナは心臓が飛び出しそうなバクバクとし出した。
自分の後ろを歩くブライアンに緊張する。
そもそもこの旅にブライアンが来る事をルーナは知らなかった。
侍女養成学校に通い出してからは、全くと言って良い程会ってはいなくて。
この旅でも会話をしたのも数える程で。
ソアラの侍女になるのかと聞かれ、詳しい話は帰城してからだとブライアンと話していた事を思い出した。
婚約解消。
ルシオ様に命じられるのかも知れない。
この後に起こる事を想像して……
ルーナの心臓は更にバクバクと跳ねた。
そうして……
3人は王族専用の控え室に入室した。
中にはメイド達がいたがルシオは直ぐに下がらせた。
何時王族がこの部屋を利用しても良いようにと、メイド達が待機しているのである。
2人はルシオにソファーに座るように促されたが、ブライアンは壁際に立ったままで動かない。
「 わたくしはここでお話を聞かせて頂きます 」
任務中だからと言って。
ブライアンから視線を外し、何時に無く口数の少ないルーナを見やると、ルシオは静かに口を開いた。
「 ルーナ嬢。 そなたにこの離宮の執事を任せたい 」
「 ………………えっ!? 」
「 お祖母様は、そなたを自分の侍女にしたいようだが、僕は経理部の女官としてのそなたのスキルを生かして欲しいと思っている 」
予想だにしなかった言葉に、ルーナはあんぐりと口を開いたままにルシオを見つめた。
普段ならば絶対しない顔をルシオに向けて。
「 離宮の執事が事情があって辞職した事で、早急に執事を決めなければならなくなり、僕はそなたが適任だと判断した 」
ゆっくりとした口調で諭すように言うと、射抜くようにルーナを見つめた。
ルーナはソアラと同じ経理部の女官である。
貴族の令嬢達の殆どは、学園を卒業すれば結婚するまでは家で過ごす事が多い。
お茶会や夜会に出向いて、社交界で人脈を作る事に心血を注ぐのである。
まだ婚約者のいない者はそこで婚活をする事になる。
侍女などは女性の仕事として人気はあるが、事務方の仕事をする女性が少ない中で、経理部と言う算術に長けた者が働く職場で働く事を選んだルーナは仕事に対する意欲があると考えた。
また、経理部での働くには学園での成績が優秀で無ければならない事から、ルーナもかなり頭が良かった筈だ。
学年でトップの成績であるソアラには敵わないとしても。
執事は男の仕事だが……
主に財産の管理をする仕事である事から、算術に長けている者なら女性でも出来る仕事で。
現に、領地の管理をその家の夫人がしている家もある。
なので経理部の女官のルーナならば、離宮の執事をする事は難しくは無いとルシオは考えた。
補佐官をつければ彼女にでも絶対に出来る筈だと。
驚きのあまりに口をあんぐりと開いたままでいたルーナが、気を取り直して何時もの可愛らしい顔に戻った。
小首を傾げている姿はやはり可愛らしい。
「 でも……わたくしは…… 」
そもそもソアラの侍女をして欲しいと言ったのはルシオ様では?
その為に侍女養成学校まで行かされたのに。
「 ソアラの侍女をす…… 」
「 そなたにはソアラの侍女をして貰いたかったが、お祖母様の望みを叶えてくれないか? 」
「 ……それでは……侍女養成学校…… 」
「 侍女として優秀なそなたには、僕が特別に修了許可を与える。執事をする上で、侍女としてのノウハウは決して無駄では無いだろう 」
ルーナはルシオの所為に戸惑った。
今までならば……
ルシオはルーナの話をとても熱心に聞いてくれていて、何時もにこやかに笑みを浮かべてくれていたのだ。
しかし……
今、目の前にいるルシオは、ルーナの話を途中で遮り、自分の話だけをしてくる。
その美しい顔はどこまでも冷ややかで……
高圧的な物言いと鋭い視線は、恐怖すら感じる程だ。
どうして?
こんなルシオ様はルシオ様では無いわ。
ルシオが熱心にルーナの話を聞いていたのは、ソアラの話だからだと言う事は、ルーナは気付いていない。
「 ソアラは? この事をし…… 」
「 ソアラはまだ何も知らない。だけどこの離宮がそなたを必要としているのならば、君の経理部としての能力を優先する筈だ 」
ソアラがそなたの立場ならば、彼女は喜んで離宮の執事をするだろうと付け加えて。
「 僕からの話はここまでだ!ブライアン! 後はルーナ嬢とよく話せ! 」
「 御意 」
ルーナはハッと顔を上げて、壁際に立っているブライアンを見やった。
ブライアンがいた事を忘れていたわ
ブライアンが呼ばれた理由は何かしら?
ルシオが立ち上がると、ブライアンが敬礼をしてドアを開ける。
ブライアンの肩をポンと叩いて、ルシオはそのまま部屋から退出して行った。
***
ルシオが廊下に出ると、階段の上で紺色の何かがごそごそと動くのが目に入った。
見上げて見ると……
階段の上にソアラがいた。
仁王立ちをして。
口を真一文字にしてルシオを睨んでいる。
「 ソアラ? どうしてここに? 」
ルシオがソアラの所へ行こうと、階段を2、3段駆け上がった所でソアラが叫んだ。
「 嘘吐き! 」
そう言うと踵を返して廊下に向かって駆けて行った。
「 ソアラ!? 」
ルシオが長い足で3段跳び超えをしながら駆け上がると、バタバタと駆けて行くソアラの後ろ姿があった。
「 こらっ!待て! 何故逃げる?」
ルシオは直ぐにソアラに追い付いた。
ソアラは歩くのは早いが、走るのは遅い。
貴族令嬢は走る事など無いのだから当然で。
ルシオはソアラの腕を掴むと、自分の胸に引き寄せた。
「 嘘吐きって……どう言う事だ!? 」
「 昨日の今日よ? 」
「 だから何が? 」
ルシオに抱き締められているソアラは、ルシオの腕の中でジタバタと暴れている。
「 ルーナと2人で部屋に入るのを見たわ! また私の話? また2人で決めるの? 」
これからは私と決めると言ったのにと、ルシオを睨み付けた。
「 2人?……ブライアンもいたぞ? 」
「 ……ブライ……アン? 」
ジタバタともがいていたソアラが動きを止めた。
「 部屋に入る所を見ていたんじゃないの? 」
「 殿下とルーナしか…… 」
「 その後からブライアンが入って来た 」
「 そうなの? 」
思い返せば、ルーナの後ろには騎士がいた。
殿下の周りには常に騎士がいる事から気にも止めなかったけれども。
あれはブライアンだったのね。
「 勘違いして……ご免なさい 」
ソアラは、3人で何の話をしたのかを聞く事はしなかった。
勿論、気になるけれども。
そこは色々とあるだろうから。
「 わたくしは……部屋に戻ります 」
ルシオに抱き締められたままのソアラがルシオを見上げた。
「 あの……殿下? 」
ルシオがソアラの耳元に顔を近付けた。
腰を折って。
「 良い香りがする……もう湯浴みをしてきたんだね 」
「 ………… 」
「 さっきまで令嬢達に囲まれていたから…… 」
色んな香水の香りが混じり、耐えがたきものだったと言って。
「 やっぱり……令嬢達に囲まれていたの? 」
「 やっぱりって? 」
「 ドロシーさんが……殿下の事が心配じゃ無いのかって…… 」
「 だから心配してやって来たんだ? 」
ルシオの声が弾む。
嬉しくてたまらないといった顔をして、ソアラの顔を覗き込んで来た。
「 ……だって…… 」
「 じゃあ、ドロシーに褒美をやらないとな。お休みのキスが出来る 」
「 で……殿…… 」
ルシオは腕の中にいるソアラの唇を塞いだ。
***
ルシオはルーナの処遇を悩みに悩んだ。
ルーナがソアラのトラウマならば、彼女をソアラから離す事は必須で。
ルーナの気持ちが自分にあるのならば尚更、自分達の側から消えて貰う必要があった。
だけど……
ソアラの侍女になって欲しいと頼んだのは、他の誰でもない自分。
ルーナが納得する形で、自分達から離れさせる為にはどうしたら良いかを考えあぐねていた。
ルーナの存在はソアラだけで無く、ルシオにも弊害をもたらす存在だと言う事を身をもって感じた。
誰がリクエストをしたのかは知らないが……
あの濃厚ダンスをルーナと踊っていたらどうなっていた事か。
どんな噂が広まるかは分からない。
ソアラが可愛い嫉妬をしてくれたお陰で助かったのだ。
またもやポンコツな事をする事になったのかも知れないとルシオは胸を撫で下ろした。
これからもこんな事がある事が予想される。
フレディがルーナを毒だと言ったのは、もっともな事だと思った。
因みに……
ルシオもソアラと同様に、あの濃厚なダンス曲を誰がリクエストをしたのかを知らない。
ルーナは自分に執着しているようだが、ソアラにはそれ以上に執着してるとルシオは思っていて。
ソアラの気持ちを全く考えてはいないが、ソアラが悪く言われる事は嫌がった。
先程も……
弟のイアンを悪く言われた事にも不快感を表した。
永く一緒にいた事から……
それはきっと姉妹の感覚に似ているのかもと。
人の気持ちは複雑であり、一概には決め付けられないものがあるが……
2人の間には永い時間があって、そこには辛い事ばかりでは無く、良いこともあっただろうし、楽しい事もあった筈だ。
だから……
なるべく2人を嫌な気持ちで離したくは無かった。
そんな時に……
ビクトリアからルーナを侍女に欲しいと言う話があった。
年寄りだけの離宮では、若くて可愛らしい彼女の存在は大きかった。
侍女達も彼女を頼りにしている。
この短時間にあの気難しいお祖母様に気に入られるルーナはやはり、天性の何かがあるのだろう。
将来は外交官としてもいけるかも知れないと思わずにはいられない。
しかしだ。
王太子妃になるソアラの侍女になれると言うのに、王太后の侍女は美味しい条件にはならない。
そこで離宮の執事と言う美味しい餌を用意し、経理部の女官と言う彼女の自念を刺激した。
自分の女官としてのスキルを買われた事に、気持ちは悪くない筈だと。
そこにソアラが関わっていない事を強調した。
2人に遺恨を持たせるような事になってはならない。
ルーナが自分で決断したのならば、ソアラが苦しむ事は無いと判断して。
前もってソアラに相談しなかったのは、この計画にソアラが関与しているとルーナに思われたくは無かった。
ソアラがルーナに、何か言われるかも知れないと言う懸念があって。
心優しいソアラが……
これ以上傷付けられるような事はあってはならない。
後はブライアン次第だ。




