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伯爵令嬢は普通を所望いたします  作者: 桜井 更紗
第三章

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ソアラ沼

 



 ルシオ王太子殿下とガタイの良い令嬢がホールの真ん中に立った。


 王太子殿下の着ているモスグリーンの夜会服と、女性の着ている紫のドレスのコンストラストが、奇妙さを醸し出している。


 曲が始まるのを待っている2人は、今から剣を持って戦うかのように異様な雰囲気で見つめ合っている。


 いや、睨み合っている。



 先程の王太后陛下との微笑ましくも優しいダンスと、婚約者との愛溢れるダンスを堪能したギャラリーだったが。


 王太子殿下が3度続けて踊るこのガタイのいい美人な外国人は、誰なのかと皆は興味津々で。

 顔を見合わせてはヒソヒソと話をしたりと、会場はざわざわとしている。



 楽士達が音楽を演奏し始めると、2人はダンスの作法に則ってお互いに頭を下げた。


 次の瞬間。

 ルシオがディランの腰を強く引き寄せた。


 背丈が同じ位なので口付けしそうになり、ギャラリーからはキャーと言う悲鳴が上がる。


 2人はお互いの唇が触れそうな距離のままに、滑らかにステップを踏んで行く。



 どちらもダンスの技術が巧みだと分かる位に、セクシーで濃厚な動きが皆の目を魅了する。


 背の高い2人が踊る姿は、芸術品かと思うくらいの高度なダンスが始まった。



「 何時まであの女にいいようにされてるのか? 」

「 彼女はソアラの幼馴染みだから無下には出来ない 」

 ルシオは何故フレディが怒っているのかを理解していた。


 昨夜、この2人があの場にいて密かに見ていた事にも気付いていた。



 思えばルーナからは、ソアラを出汁に色んな要求をされて来た。


 ソアラの為だと言われたら……

 情けない程に、ルーナの要求を聞き入れてしまっていた。


 価値観も生活環境も何もかもが違うソアラと親しくなりたい一心で。


 力の無い伯爵家の令嬢。

 社交界に出た事の無い令嬢。

 侍女すらいない令嬢。


 王族と変わらない高貴な公爵令嬢と付き合って来たルシオには、ソアラにどう接すれば良いのか分からなかったのだ。


 ソアラにはずっとポンコツな事をして来たから余計に。




 フレディは同じ王族として、伯爵令嬢ごときにやりたい放題を許しているルシオに腸が煮え繰り返っていた。


 このダンスをリクエストしたと言う事は……

 ソアラがどう思うのかを、計算した上での事なのは明らかだ。



 また……

 同じ王太子として、ソアラみたいな令嬢を妃に出来るルシオが羨ましくもあった。


 もっと早く、ソアラと出会いたかったと言う感情が抑えられない程に。



 フレディも……

 ルシオと同様にソアラと会う度に、ソアラと話をする度に、惹かれていったのは事実。



 そんなソアラを……

 ルーナが軽んじている事が何よりも許せなかった。



「 彼女は、ソアラちゃんの優しさを利用している女だと言う事は理解しているのか? 」

「 ……ああ、言われなくても分かっている 」

「 そんな毒みたいな女をこれからどうするつもりだ?」


 言い争いながらも2人のダンスは完璧で。


 ルシオがディランの手を引いては離す事を繰り返し、クルクルとドレスを翻しながら、何度も何度もルシオの腕の中にディランが抱かれる。


 その度に口付けをしているかのように顔が近付いて……

 キャーッ!と黄色い声が会場に鳴り響いた。



「 だから慎重に事を進めている 」

「 本当に分かっているのか? あの手の女は言葉が通じないと言う事も? 」

 これは……

 女慣れをしていないルシオちゃんへの助言だ。


 自信過剰な女は、兎に角にも厄介なのだから。



「 ああ……それも分かっている 」

 ルシオは、あの時のアメリアの忠告が正しいものだったと言う事を理解していた。


 アメリアが、()()男爵令嬢にした処遇が正しいものだったと言う事も。


 当時はやり過ぎだと思っていたが。



 だけどルーナは()()男爵令嬢とは違う。

 やはり彼女はソアラの友達だ。

 永く時間を共にした。


 迂闊な処遇をすればソアラが苦しむ事になる。

 ソアラはそう言う令嬢だ。


 自分の事よりも、相手の事を慮る(おもんぱかる)心根の優しい女性なのだから。



「 何か策があるのか? 」

「 ああ……今度は僕からの質問だ! 」

 この話はこれで仕舞いとばかりに、ルシオがディランの手を引き寄せた。


 またもやギャラリーから黄色い声が上がる。



 引き寄せたディランの身体を、後ろから優しく包み込んで身体を左右に揺らしながら、ルシオの腰がディランのお尻辺りに密着している。


 シリウスが……

 女性を口説く時には、もっといやらしい腰の動きをするのだが。



「 フレディ殿は、ソアラの事を好きなのか? 」

「 ………そうだな……彼女は愛しい存在だな 」

「 では、これからはソアラとは親しくしないで貰いたい!」

 ソアラの心を揺さぶるなと言って。



「 つまり……私がソアラちゃんの側にいると、彼女も私の事を好きになると? 」

「 ……僕達は想いが通じ合っているから、それは無い!だが……やはりフレディ殿と親しくする事は容認出来ない 」


 兎に角、ソアラがディランに気を許している事が気に入らない。

 それは自分よりも信頼度が高い事が見て取れるから。



 何よりも……

 ディランはフレディ王太子なのである。

 ソアラが自分の悩みを彼に相談するのは阻止したい。



 ディランはクルリとターンをしてクスリと笑った。


 どうやら昨夜は……

 あの後気持ちを伝えたみたいだな。


 まあ、ソアラちゃんのあの猫パンチが、ルシオちゃんに相当利いていたから当然かな。



 目を眇めたディラン(フレディ)は、ルシオの唇に自分の唇を近付けた。


 これはダンスの流れでの事では無いので、本当にキスをしに行ったのかと思う程で。


 会場のボルテージが一気に上がった。

 キャアキャアとピンクの歓声を上げる。



「 なっ!? 止めろ! 」

 寸での所でルシオは顔を背けた。


「 ほら! ソアラちゃんを見てごらん? 」

 ルシオがソアラを見やると……

 泣きそうな顔をして佇んでいる。


 さっきルーナとダンスを踊ろうとしていた時のように。

 手は胸の前で固く握って。



「 ? ソアラは……何故不安そうにしてる? 」

「 ソアラちゃんはね。私がルシオちゃんを誘惑するのでは無いかと不安になってるのよ 」

 フレディは声色を高くしてディランの声になった。


「 フレディ殿が僕を? 」

「ソアラちゃんはね~()()()()()()が恋人同士だと思っているのよ。 」

「 …………はぁ? 」

 驚いたルシオは、激しいステップに舌を噛みそうになった。



「 私を男色だと思っているみたいよ 」

「 !? 何だそれは?……ソアラは……ディランがフレディ殿だと知ってるのにか? 」

 王太子ならば世継ぎを儲けなければないのに、意味が分からないとルシオは言う。



(フレディ)が結婚をしてないのは、シリウスが好きだからと思っているみたいね 」


 確かに……

 フレディ殿は26歳だ。

 早く世継ぎを儲ける事が使命の王族としては、この年齢になっても婚約者さえいなのは異例だ。


 ましてや王太子ならば尚更で。



 しかしだ……

 相手がシリウス?


 シリウスは女性関係が派手な事で有名なのは、ソアラも知っている筈なのに?



「 ………ソアラは一体どう言う思考をしているんだ? 」

「 ねっ? 可愛いでしょ? 」

「 おい! ソアラは僕のものだぞ! 」


 ウフフと笑うフレディは、ムッとするルシオを無視して更に話を続ける。



「 私はソアラちゃんが欲しいんだけどね 」

「 えっ!? ソアラを欲しいだと? 」

 ソアラが自分に興味がないと聞いてルシオは溜飲を下げるが。


 それでもフレディがソアラを欲しいと言った事に、心がざわついた。



「 当たり前だ! あれだけの才女を欲しがらない王族は無いと断言しよう 」

 今度はフレディの声で主張した。


「 国益を考えても……彼女との未来は想像しても明るいものになる 」

 国益を考えて妃を選ぶのは、王族として当然の事だと言うフレディは、王太子の顔をしていた。



「 それに……我が国の国民からは、ソアラちゃん待望論が出ている 」

 鉱山の発掘事業で、両国が騙されそうになった事はマクセント王国でもニュースになった。


 ドルーア王国の王太子殿下の婚約者の伯爵令嬢がそれを救ったと大騒ぎになったのだ。



 どこぞの平民の女を妃にと連れて帰って来るのなら、その伯爵令嬢を連れて帰って来いと言うわけだ。


 ドルーア王国に同行していた宰相達が、正式に求婚してはどうかと国王に進言したりもして。


 勿論、ドルーア王国と争う事は得策では無い事から脚下されたが。



「 ソアラは絶対に渡さない! 」

 そう断言して、ルシオがディランの身体を抱き締めた時に音楽が鳴り止んだ。


 最後のポーズを決めて濃厚なダンスが終わった。



 ディランがクスクスと笑って紫のドレスをフワリ翻して、ルシオにカーテシーをする。


 その所為は、やはり誰もがホゥゥと溜め息を吐く程に美しかった。


 兎に角ガタイのいい女性なのが気になるが。



 ルシオが周りを見回すと……

 皆の顔が熱を帯び赤らんでいるようだった。


 女性達は広げた扇子に口元を隠してヒソヒソと話をしたりと、皆が皆妙な雰囲気でルシオとディランを見ている。


 婚約者のいる前で……

 こんな濃厚なダンスを踊るこの女性は誰なのかと。



 これを放置していたら何やら変な噂が立ちそうだ。

 これは不味いと思ったルシオは、ディランの手を掬い取った。


 難易度の高いダンスだったが、ルシオもディランも息さえ上がっていない。


 ずっと言い争っていたと言うのに。



「 皆の者! 彼女はダンスの講師だ! 隣国から我が国の友好の為にはるばるやって来て、難しいダンスを披露してくれた彼女に拍手を送ってくれ 」


 ルシオが、繋いだディランの手を少し上にあげると、ディランが皆に向かって膝を曲げて挨拶をした。

 


 会場は拍手と歓声に包まれた。


「 なぁんだ……ダンスの講師だったのか 」

「 どうりで上手い筈だ 」

「 いやいや、殿下もダンス講師に負けない位に素晴らしいテクニックだった 」

「 こんな凄いダンスを間近に見る事が出来てラッキーだわ 」


 ルシオは上手くこの場を収めた。



 次の音楽が流れ……

 ルシオとディランと入れ代わりに、カップル達がホールの中心に集まって来た。


 ルシオはディランの手を引いて、ソアラのいる場所に向かった。

 ソアラは1人で不安そうに佇んでいた。


 改めてソアラを見れば……

 顔を真っ赤にしている。



 その時……

 ソアラがディランの前に歩み出た。


「 ディランさん……殿下を……取らないで下さい 」

 涙目で、ディランを仰ぎ見るその悲しそうな顔は、危機感溢れるものだった。


 シリウスをも()()()()にしたディランならば、ルシオも()()を好きになるかも知れないと思ったのだ。


 ディランが本気を出せば……

 自分はとうてい敵わないのだから。



「 ブッ!」

 ディラン(フレディ)は吹いた。


 この可愛らしいウサギちゃんの猫パンチは、強力だとクックと笑って。


 いつの間にかすぐ側に来ていたシリウスも、肩を揺らして笑っている。



 ルシオは……

 その場にしゃがみ込んで、両目を押さえていた。


 顔を赤くして。



 もう駄目だ……

 可愛くて死にそうだ。


 ルシオは完全にソアラ沼にハマった。




 ***




 ルシオはあれからずっとソアラと一緒にいて、何度も2人で踊った。


 わたくしならばもっと素敵に踊るのにと思いながら、2人を睨み付けているのはルーナだ。



 あの妖しいダンス講師さえ現れなければと、自分の親指の爪をギリギリと噛んだ。


 あの官能的なダンスは……

 わたくしがルシオ様と踊りたかったダンス。


 ソアラの前で。

 皆の前で。


 わたくしこそが、王太子妃に相応しい特別な存在だと認められる筈だったのに。


 何もかもが上手くいかない。



 しかし……

 ルーナは気分は良かった。


 その間、沢山の殿方達から声を掛けられ、ダンスの申し込みをされたからで。


 口説かれたり、ダンスを踊る時には順番待ちになったりと、久し振りに男達からチヤホヤされた事で自信を取り戻していた。



 フフフ……

 殿方達と踊るわたくしへの、ルシオ様からの熱い視線を感じたわ。

 

 ルーナはルシオとソアラが踊る近くでわざと踊った。


 ルシオの目に入るようにと。



 きっと嫉妬をしていたのだと思う。

 わたくしへの想いを再確認された筈。


 やはり……

 嫉妬をさせると言うスパイスは、相手を振り向かせるにはかなり効果的だと溜飲を下げた。



 今宵はこの旅の最後の夜。


 9時になるとソアラは自分の部屋に戻った。


 ルーナはこの時を待っていた。


 ソアラが早寝だと言う事は当然ながら知っている。

 昨夜も遅くまで起きていた事から、今宵は8時には退場するかと思っていたが。



 ソアラを部屋まで送って行ったルシオは、もう一度会場に戻って来ていて、皆との会話を楽しんでいる。


 手にはお酒の入ったグラスを持って。



 宴はこれからが本番。

 ほろ酔い加減になった男と女が、妖しい雰囲気になる時間なのである。


 既にルシオの周りを沢山の令嬢達が取り囲んでいる。



 全く呆れるわ。

 ソアラがいなくなるとこれなんだから。

 油断も隙もないわ。



 ルーナはルシオの元へ向かった。

 手にはお酒の入ったグラスを持って。














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― 新着の感想 ―
この章を読んで思ったのは、「山口美由紀先生の作画で読みたい!」でした。先生、可愛いい女の子も良いけど、男の子ならイケメン(だけじゃなくても)+筋肉描いてます。ディランさんのガタイが良い美女をきっと描き…
[一言] ルーナはどこまでもみっともないのだろう。 お目当てのオウジサマ含めたみんなはもう見切ってるのに。 本人はソアラに嫌な事をしている気は多分なくって、 皆に好かれる自分のために「親友」のソアラ…
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