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伯爵令嬢は普通を所望いたします  作者: 桜井 更紗
第三章

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王太子殿下のダンスのお相手




 ルシオは、モーリスの仕出かした悪事を伝える為にビクトリアの元へ訪れた。

 

 想像していた通りに……

 そのショックは相当のもので、年老いた祖母が悲しむのは胸が痛かった。


 そして……

 昨日の襲撃犯達は、本当はソアラを襲うつもりだったと言う事にもビクトリアはかなりのショックを受けていた。



 ルシオがビクトリアに説明しているのをルーナは聞いていた。


 ルシオがビクトリアの部屋にいると聞いて、お茶を運んで来た時に。


 ソアラがいないならば、ルシオの側にいけるチャンスだと考えて。

 呼ばれもしないのに勝手に運んで来たのである。



 ルーナも必死だった。

 母親からは王太子殿下と近しくなるように言われて来た。


 この旅はチャンスなのだと。

 王妃陛下みたいに捨て身で行けと。


「 貴女がソアラちゃんに負けるなんて事は有り得ないんだから、しっかりね 」

 確かにそうだとルーナは思った。



 婚約者として選ばれたのは、自分では無くてルシオがガッカリしていると言う思いがどうしても消えないのであった。


 あの時ルシオ様は、婚約者がわたくしだった事を喜んでいらしたのだから。


 相手がソアラだから余計にそう思ってしまう。


 ソアラに負ける筈は無いと。

 きっと、最後には自分が選ばれる筈だと。



 それにはやはり自分を皆にアピールする必要がある。


 王命を覆すには……

 王太后陛下からの助言が何よりも大きく作用するのだと、信じて止まなかった。



 そして……

 誰が何の為にソアラを狙ったのかは、ルーナにとってはどうでも良い事だった。


 自分が間違えられて襲われた事のみが重要だった。


 ルーナは一大決心をして、ルシオがビクトリアの部屋から出て来るのを待った。



 この千載一遇のチャンスを逃す訳にはいかない。


「 ルシオ様……お聞きしたい事があります 」

「 !? ルーナ嬢…… 」

 ビクトリアの部屋から出て来たルシオを呼び止めた。


 ずっとビクトリアを慰めていたルシオは若干疲れていた。

 この甘ったるい声と顔が、自分の前にいるのが面倒だと思いながら。



「 聞きたい事とは? 」

「 わたくしがソアラの身代わりになったのですか? 」

 ルシオを見つめる目には涙をいっぱい溜めて。


「 ……ああ……すまない…… 」

 その時……

 ルーナはルシオに抱き付いた。


 自分の腕を素早くルシオの腰に回して。



「 なっ!? 」

「 本当に恐かったんですぅぅ 」

 そう言ってルーナは涙をポロポロと溢した。


 勘弁して欲しい。

 こんな所を誰かに見られたら……

 いや、ソアラの耳に入ったら。


 やっと想いが通じ合ったのだ。

 また、ソアラに嫌な想いをさせたくは無い。


 幸いにも近くに誰もいない事を確かめて安堵する。

 皆は、舞踏会の準備で会場に行っているのか、遠くに警備員がいるだけだった。


 ルーナの肩を持って、そっと自分から剥がした。



「 わたくしを不憫に思われたのなら、今宵の舞踏会で、わたくしと踊って下さいませ 」

「 !?……ああ……それで良いなら 」

 兎に角、一刻も早くルーナの側から離れたい一心で、ルシオは了承したのである。


 ソアラに何と言おうかと頭を悩ませながら。




 ***




 ルシオはこんなにもソアラに悩まされる事になるとは思わなかった。


 ある意味、ソアラが怖くてたまらない。


 傷付けたくないし、嫌われたくないと言う想いが日増しに強くなる。


 ソアラが笑ってくれたら嬉しくて。

 ソアラが喜ぶ事は何でもしてあげたくて。



 人を好きになると言う事は……

 こんなにも心が揺さぶられるものなのかと、ルシオは初めて知ったのである。


 彼は……

 何でも思いどおりになっていた王子様なのである。



「 ルーナと踊る約束をなされたのね? 」

 舞踏会の会場へ行く道すがら、ソアラがポツリと言った。


 きたきたきた。

 どう答えたら正解なのかとルシオは言葉を選ぶ。



「 ああ……君の代わりに怖い想いをしたから、そのお詫びにと……彼女からリクエストされた 」

「 そう…… 」

 ソアラは小さく呟いた。


 繋いでいたソアラの手をギュッと握る。

 少しの沈黙が怖くて。



「 ルーナはダンスが上手なんですって…… 」

「 ……… 」

 ルシオは何と答えたら良いか分からない。


 余計な事は言わない方が正解だと心の声が叫んでいる。



 ソアラはルーナが踊っているのは見た事は無かった。

 夜会に行った事が無いのだから当然で。


 色んな殿方から、ダンスが上手だと誉められたとかどうとかと夜会に行って来たルーナから聞かされていただけだった。



「 妃は嫉妬をしては駄目だそうです 」

 お妃教育で習ったのだとソアラが言った。

 自分に言い聞かせるように。


 やっとルシオの顔を見てくれて。

 その柔らかな顔にルシオの顔が綻んだ。



「 嫉妬は……ちょっとはして欲しいかな 」

 ソアラは……

 そう言っておどけた顔をするルシオが愛しくて、つい本音を言ってしまう。


「 こんなに素敵な王子様なんだから……嫉妬だらけだわ 」

 ルシオは……

 拗ねたように言うソアラが愛しくて、足を止めてソアラを掻き抱いた。



「 ソアラ……君が好きだよ 」

 ルシオは溢れる想いを言葉にして、その続きの言葉を求めるようにソアラを見つめた。


「 ……大好き…… 」

 上目遣いではにかみながらルシオを見つめ返して。



 何度でも言いたい。

 何度でも言って欲しい。


 想いを伝え合い……

 恋人同士になった2人は、何処までも甘いのである。




 ***




 立食形式の舞踏会が始まっていた。

 会場では、ルシオとビクトリアが楽しそうに踊っていて。


 ビクトリアは、ルシオが17歳の時に王宮を離れていた。

 それ以前は前国王が病で臥せっていた為に、王宮では舞踏会などの華やかな行事は行われ無かった。


 なので……

 ビクトリアがルシオと踊るのはこの夜が初めてだった。


 可愛い孫と踊るのを楽しみにしていて。

 辛い事を忘れるようにと、ルシオもビクトリアを楽しませた。


 周りの人々も微笑ましい2人に手拍子までして。

 会場は大いに盛り上がっていた。



 ソアラは……

 ルシオとは何度か踊ったが、ルシオが誰かと踊る姿を見るのは初めてだった。


 いや、正確にはデビュタントの時に、リリアベルと踊るルシオを見たのだが。



 シャンデリアの灯りが、ルシオとビクトリアの黄金の髪をキラキラと照らす素敵な世界がそこにあった。


 殿下はとても楽しく踊られるのね。

 そして……

 やはりとてもお上手だわ。


 こうして見ていると……

 この素敵な王子様と踊るのが自分だと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


 彼は我が国の王子様だ。

 誰もが憧れて止まない雲の上の人。



 そんな王子様が……

 ソアラに向かって真っ直ぐに歩いて来た。


「 そこに佇む美しい令嬢に、今宵のダンスを申し込んでも構いませんか? 」

 そう言ってサファイアブルーの綺麗な瞳を揺らした。


 その手をソアラの方へ差し出しながら。

 とても好きだと言う顔をして。



「 はい。わたくしで良ければ…… 」

「 君が良いんだ。僕は……君が好きだから 」

 誰よりも素敵な王子様は……

 そう言って破顔した。


 王子様からの、自分だけを見つめる瞳は……

 幼い頃から傷付いて来たソアラの心を少しずつ癒していくのだった。



 そんな2人を、ルーナが勝ち誇ったような顔で見ていた。

「 ソアラは……本当にダンスが下手ね 」と思いながら。



 ルシオは、アメリアとリリアベル以外の国内の令嬢とは踊った事がない。


 ここでルーナと踊れば人々の目にはどう映るだろうか。


 ルーナはそれを望んでいた。

 自分が特別な存在だと皆から思われる為に。


 わたくしと踊れば……

 ソアラよりも、王太子殿下とお似合いなのは自分だと誰もが思う筈だと。



「 次は殿下とわたくしが踊りますのよ。宜しくね 」

 ルーナは楽士達に次のダンス曲をリクエストしに行った。


 自分の得意なダンスナンバーだ。


「 ソアラのダンスのレベルでは、ルシオ様と踊るのは分不相応だわ 」

 ルーナはそう呟いて戻って行った。



 おいおい。

 このダンス曲は身体を密着して踊るかなり難しい曲だぞ?


 身体が密着するダンスは、余程踊り慣れたカップルしか踊れないような難しいダンスだ。


 それをルシオちゃんと踊るって?



 楽士達の横にはディランがいた。

 なので曲をリクエストするルーナの話を聞いていた。

 ルーナはディランに気付かなかったようだが。



 ダンス講師は、会場のレベルに合わせて楽曲を決めて、楽士達に指示するのも仕事の内で。


 王宮での舞踏会は年齢層が高い事から、無難なワルツなどのダンスが多いが、貴族邸の開催している夜会などは、身体を激しく密着して踊るダンスが好まれる。



 昨日は……

 王太后陛下は彼女に踊らせるつもりは無かったようだが。

 何故ルシオちゃんと踊る事になってるんだ?



 ディランは、会場の壁際に佇んでいるシリウス所へ行き、扇子を広げて耳打ちをした。


「 ルーナとか言う女。この後ルシオちゃんと踊るそうだ。それも……お前が女を口説く時に踊るあの曲をリクエストしていったぞ 」

「 へえ……難しいダンスを殿下と踊る事で、ソアラ嬢にマウントを取るつもりなのですかね? 」


 女性を口説く時に踊るダンスだと言う事は、否定をしないシリウスだった。



「 昨夜の、ソアラちゃんの可愛い猫パンチは通じなかったようだな 」

 ディランはクックと笑った。




 ***




 楽士達の音楽が鳴り止みダンスが終わった。


 ソアラはカーテシーをする。

 最近はダンスの楽しさが分かって来た。


 この日は想いが通じ合ってからの初めて踊るダンスで、今までとは2人の雰囲気が明らかに違っていた。



 ダンスに慣れていないと言う事は、男性と密着する事に慣れていないと言う事で。

 どんなにステップを覚えてもソアラの身体は固かった。



 しかし……

 ルシオの腕に、ルシオの胸に、自分の身体を委ねるようになったのだ。


 ルシオはソアラのその変化が嬉しくてたまらなくて。


「 ソアラ……ルーナ嬢とのダンスが終わったら……また君と踊りたい 」

 ルシオはそう言ってソアラの手の甲に唇を寄せた。



 ルシオとソアラのダンスが終わると、会場はフリータイムとなった。


 食事をする者は会場の隅に移動をして、食事をしながらダンス見る事になり、ダンスを踊るカップルはホールの中心に移動をする。



 次のダンスへ移る前には、楽士達は次の曲目の触りを流すのだが。


 ルーナがリクエストした曲が流れると……

 ホールに出て来るカップルは少なかった。



 そんな中……

 普通ならばルシオとソアラは貴族達に挨拶をされる為に、並んで立っている筈なのだが。


 ルシオがソアラから離れて歩いて行く姿に、皆の注目が集まった。


 殿下は他の令嬢とダンスを踊るのかと。



 ルシオがルーナの前まで行くと、ショッキングピンクのドレスを着たルーナが、とびきりの笑顔でルシオを迎えた。


 王太子殿下は……

 次はこの可愛らしい令嬢と踊るのだ。


 この令嬢は誰なのかと会場がザワザワとし出した。



 その時……

 ルシオの上着が後ろから引っ張られた。


「 ? 」

 ルシオが振り返ると……

 後ろからルシオの後を付いて来ていたソアラが、ルシオの上着の裾を握っていた。


 下唇を噛みしめて……

 泣きそうな顔をして。



 頑張っている。

 争う事をよしとしない令嬢が。


「 ソアラ…… 」

 そんな顔を見たらもう駄目だった。


 ルーナとのダンスなんかどうでも良い事。

 ルシオはそのまま踵を返してソアラの手を取った。



 ルーナが凄い形相になった。


「 ルシオ様!? わたくしとのダンスは? 」

「 すまない……僕の()が嫌がっているから反故にしてくれ 」

 ルシオはこの時初めてソアラを()と呼んだ。



「 わたくしはあの時、怖い思いをいたしましたのよ? 」

「 それなら…… 」

 ルシオがそう言い掛けた時に……


「 あら? 貴女はただ震えていただけよね? 」

 答えたのはのはディランだった。



 なる程。

 そう言う理由か。


 あの男達が、本当はソアラを狙ったのだと言う事はシリウスから聞いていた。


 だから……

 間違えられたお詫びに、自分と踊れとルシオちゃんを()()()のだな。


 王太子を()()とは……



 ガタイの良いディランが、上からルーナを見下ろした。

 紫のドレスを着ているディランは凄い迫力だ。



「 わたくしは……怖くて…… 」

「 まあ!?あの時はソアラちゃんも怖かったし、私も怖かったわ 」

 女ですもの当然よと、ディランは自分の身体を震わせた。


「 それに……男にグーパンを食らわせて騎士達に知らせたのはソアラちゃんで、ドロップキックを食らわせて男達を退散させたのは私よ 」

 ディランはソアラの肩を抱いているルシオの側に歩いて行った。



「 だから……お礼として殿下は私と踊るべきだわ! 」

 ディランはルシオの腕に自分の手を回した。


 ソアラにパチリと色っぽいウィンクをした後に、ルシオを睨み付けた。


 彼は腸が煮え繰り返っていた。



 ルシオは……

 自分の腕に回されていたディランの手を掬い取った。


 ルシオもディランを睨み返した。


 ソアラがディランを見て、嬉しそうな顔をしたのを見たからで。



「 ああ……そなたと踊ろう。ずっと話をしたいと思っていた 」


 お互いに……

 火花が散る程の凄いオーラを醸し出しながら、ホールの真ん中に歩いて行く。



 食事をしようとしていた人々は、このただならぬ雰囲気に何があったのかと集まって来た。


 今から踊ろうとしていた数組のカップルも慌てて会場の壁際に下がった。


 会場の皆が、王太子殿下と歩くデカイ女性を固唾を呑んで見つめている。



 こうしてルシオとディラン(フレディ)が、ダンスを踊る事となった。



 ドルーア王国の王太子殿下とマクセント王国の王太子殿下のダンスだ。


 それも……

 身体を密着して踊る濃厚なダンス曲を。














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