思いの丈
「 殿下はわたくしのものなのですから気安く触らないで! 」
ソアラは凹んでいた。
何でこんな事を言ってしまったのかと。
言うべきでは無かったと。
ルーナがルシオの事を好きだと思った事から、あんな事を言ってしまったが。
ルーナにはブライアンと言う婚約者がいて、ブライアンともずっとラブラブだった……筈。
我が国の王太子殿下をお慕いするのは、国民ならば当然の事である。
このドルーア王国の老若男女の皆が、殿下を好きだと言っても過言では無い。
だから……
ルーナが献身的に殿下に尽くすのは何もおかしい事では無いのだと。
寧ろ……
殿下の婚約者なのに、何の世話もしない自分の方がおかしいのでは?と。
侍女の役割が今一分からないソアラなので、そう思ってしまうのだった。
なのに……
殿下に気安く触らないで!とルーナに言うなんて……
私の為に、純粋に侍女の仕事を頑張ってくれているルーナを傷付けたかも知れない。
彼女のフレンドリーさは見知っていた事なのに。
言うべきでは無かった。
あれは、嫉妬丸出しの愚かな婚約者の姿を露呈しただけでしか無い所為だ。
お妃教育では……
妃の嫉妬はご法度だと言う事を学んだと言うのに。
何も言わなければ……
殿下に、嫉妬深い女だと思われずに済んだ筈だ。
ルーナは……
友達の婚約者を取ろうとしていると、皆から思われてしまったかも知れない。
言わずに後悔するよりも、言って後悔する方が凹み度が大きい。
時には…
相手を傷付けてしまう事になってしまうからで。
だけど……
言わずにはいられなかった事も事実だ。
庭園に行く道すがら……
ソアラは後悔のあまりに、どんどんと心が削られて行くのだった。
ルシオに優しく手を引かれていても。
***
離宮の庭園は、王宮の庭園と比べたらかなり薄暗い。
夜会が開催されない事から、灯りを点ける必要が無いからで。
「 あの……折角カール様とお飲みになる所だったのに……申し訳ありません 」
楽しくお酒を飲もうとしていたのだ。
そこにお喋り上手なルーナが交じったら、どれだけ楽しい場になった事だろう。
それを邪魔したのは私。
「 わたくしは部屋に戻りますから、今からでも皆様とお飲みになって下さい 」
そもそも夜這いなど、淫らな事を考えたのが間違いだった。
いくらディランに煽られたとしても。
ソアラは自分の所為を恥じた。
「 眠いか? 」
「 えっ!?……いえ…… 」
ソアラはカッと顔が熱くなった。
いい歳をして眠いかどうかを心配されるなんて。
さっきはルーナにも心配された。
こんなお子ちゃまな自分が情けない。
「 だったら少しだけ良いか? 君に伝えたい事があるんだ 」
「 ……はい 」
殿下の伝えたい事?
この日は色んな事が有り過ぎて、身も心も既に擦り切れそうだった。
心臓の音だけが激しく波打っていて。
薄暗い小道を、ルシオに気遣って貰いながら歩いて行くと、昼間に事件のあったガゼボに到着した。
ガゼボは丘の上にある。
月明かりに照らされてここだけが少し明るかった。
今宵は満月だ。
満天の星空が美しい。
そう。
早くに就寝するソアラは、こんな素敵な夜空を見る事も無い。
だから……
ロマンチックな大人の時間を過ごす事も無いと言う。
そんな私が夜這いだなんて。
ソアラの思考は振り出しに戻り、更に更に落ち込んで行くのだった。
ルシオはソアラを長椅子に座らせた。
そして……
テーブルを挟んだ向かいの一人掛けの椅子に座るのかと思いきや、ソアラのすぐ横に座った。
良かった。
殿下に私の顔を見られなくて済む。
きっととても醜い顔をしてる。
「 先ず……ルーナ嬢の事だけど…… 」
ソアラは膝の上にある自分の両の手を合わせて、固く握った。
何を聞いても言いようにと。
「 ルーナはお祖母様の部屋へ行かせたから、もう僕の部屋に来る事は無い 」
「 !? ………王太后陛下の所にですか? 」
想像出来なかった話に、ソアラは咄嗟にルシオを仰ぎ見た。
ルシオは優しく微笑みながら頷いた。
確か……
ダンスのレッスンの時にルーナが言っていた。
陛下に気に入られたから陛下の側に行くと。
それはそう言う事だったのかと、ソアラはその時初めて理解した。
昨日の今日でそんなにも気に入られるとは……
ルーナの社交性には畏れ入る。
「 だから……もう、心配しなくても良いよ 」
ルシオはそう言ってソアラの顔を覗き込んで来た。
ルーナが……
もう殿下の部屋でお世話をする事は無い?
殿下がそれをしてくれた。
私が嫌がっているのを知ったから。
やっぱり……
あの時、聞かれていた。
殿下に、私の醜い心を知られた。
友達であるルーナを妬んでいる事を。
ずっと妬み続けていた事を。
ルシオのサファイアブルーの綺麗な瞳を見れなくなって、ソアラは俯いてしまった。
「 ルーナの事は気付かずに悪かった。だけど……フレディ殿にでは無く、僕に言うべきだった 」
ルシオは怒っているような口ぶりでそう言った。
「 …… 」
その事で怒りたいのは私の方だわ。
「 ………言ったわ。ルーナが侍女になるのは嫌だと、私……殿下に言ったわ! 」
旅に出る前にちゃんと言ったじゃないと言って、ソアラはルシオを睨んだ。
「 それに……先に言われていたら、絶対に断った!」
ソアラは完全にキレた。
自分の怒りを抑える事が出来ない。
ソアラにしては珍しい事だった。
「 私の侍女を決めるのに、私に秘密裏にして、ルーナと2人で決める殿下の方がおかしいわ! そんなサプライズ誰が喜ぶと言うの? 」
ソアラの怒りは止まらない。
「 ましてや、既に侍女養成学校まで通わせてるなんて聞いたら、もう、嫌とは言えないじゃない! 私は……私は…… 」
ソアラはそこでぐっと言葉を飲み込んだ。
目には涙をいっぱい溜めて。
「 ソアラ……続けて……」
ルシオの声が頭上から優しく降って来た。
「 あの……雪の日の朝に……殿下は「 これからは2人でこの国に足跡を残して行こう 」って言ったのに! なのに…… 」
あの時……
ルシオの言ってくれた言葉がソアラはとても嬉しかった。
忘れられない大切な思い出となっていた。
「 2人でって言ったのに……」
「 ごめん……ごめんソアラ……ごめん…… 」
ルシオは俯くソアラを両腕でそっと抱き締めた。
ルシオはわざとソアラを怒らせるようにしたのだ。
こんなにぶちギレるとは思わなかったが。
旅の間中ソアラの様子がおかしかったのは、ルーナを侍女にすると言ったからだと言う事が、ソアラとフレディとの話から分かったのだが。
ソアラの心の奥にある気持ちをもっと聞きたかった。
ルーナが嫌だと言う理由だけじゃ無いような気がして。
「 ごめん……ソアラ。僕が間違っていた。君の為だからと……君が喜ぶと思って…… 」
そうだ。
2人で歩いて行こうと言ったのは僕だ。
僕は……
あの時の気持ちを踏みにじった事をしてしまった。
「 本当にごめん……2人で決めるべきだったね 」
目の前で、何度も謝罪するルシオを目にしたら、怒りから次第に罪悪感が湧いて来た。
そう。
私の為だった事は分かっている。
殿下は優しい。
ルーナを妬み続けていると言う、こんな私の醜い心を知っても、ちゃんと私の方を見てくれている。
私の事を何時も考えてくれている。
そこにいない者とされて来たソアラにとっては、ルシオこそが救世主だった。
それも王太子殿下と言う最強の救世主なのである。
殿下が好き。
殿下の事が大好き。
この想いを伝えたい。
どうしても……今。
「 殿下……あのね……私……今、伝えたい事があります 」
夜這いなんかをするよりも……
先に伝えなきゃならなかったのだ。
「 私達は……王命によって決められた結婚だけど……」
「 ソアラ……? 」
ソアラは横に座るルシオの方に身体の向きを変え、ルシオの瞳を真っ直ぐに見すえた。
月明かりで黄金の髪がキラキラと輝いて、その美しい顔がとても綺麗だ。
月の精も見惚れてしまう程に。
こんな美しい王子様に……
この普通顔普通顔の伯爵令嬢が、畏れ多くも告白する事を許して欲しい。
「 私の想いは迷惑かも知れませんが……それでも知っていて欲しいのです 」
「 ソアラ! ちょっと待って!」
ルシオはソアラの熱のこもった瞳を見て、慌てて止めようとした。
だけどソアラは止まらない。
「 私は……殿下の事を…… 」
「 好きだ!! 」
ソアラの声に被せるようにルシオは叫んだ。
「 …………えっっ!? 」
「 君が好きだよ……ソアラ。僕は君のことが好きだ 」
ルシオは……
自分の気持ちを、初めてソアラに告げた。




