52 オホホホホホ!
「綾乃お姉様、コーヒーができましたわ!」
「あら、ありがとう朱夏」
清々しい朝。こんな日は、愛妹の淹れてくれたコーヒーを飲むに限りますわね。
……うーん、なんて素晴らしい味と香りなのかしら!
「……どうですか、お姉様?」
「素晴らしいわ! これは最高級の豆を使ったコーヒーね!?」
「いえ、近所の安物ですわ」
あら、そうでしたの。
「ならきっと、朱夏の淹れ方が良かったのね!」
「いやだわ、お姉様ったら!」
「「オホホホホホホホホホホホ!!!!」」
「……のうヒナ。あの二人はなぜ、あんな成金じみた気味の悪い笑いを浮かべておるのじゃ?」
「しっ、見ちゃいけません。あれは欲望に取り憑かれた人間の末路ですよ」
なんて失礼な!
成金とはなんて言い草ですの。
「陽奈、ヤエ、姉に対して随分な物言いですわね」
「イヤならその演技やめてください。あと、姉ではないですし、下の名前で呼ばないでください」
連れない妹ですわね、反抗期かしら?
「大体、なぜお主らはそんな話し方になったのじゃ? 少し前まで普通だったじゃろ」
「なぜですって? 愚問ですわ。そうは思わなくて、朱夏?」
「全くです、お姉様」
事の始まりは、ヤエの失踪事件が解決した日の昼間にまで遡る。
*
「褒賞金!?」
「はい。アヤノ様御一行は、攫われた子どもを救出しただけでなく、町に潜む奴隷市の摘発と撲滅にも尽力されましたので、コルの町から褒賞金が出るのは当然です」
奴隷市の潜入が終わり、一息ついていた俺たちに冒険者ギルドから呼び出しがかかった。
なんだろう? と思いながら出向いてみると、支配人をはじめとするギルドの職員たちに迎られ、今回の件に対して町から報償金が出るとのこと。
いや〜、まさかこんなことで賞金を手にできるとは思わなかったな。
奴隷市を潰したのは金目的ではなかったが、まあ、貰えると言うのなら喜んで貰っておこう。
「ありがとうございます! 喜んでお受けします!」
「では、アヤノ様御一行に報償金2000万ベルを差し上げます!」
フフフフ、これで少しの間楽ができ……2000万!?
「……おい、今2000万って言ったよな?」
「は、はい。確かにそう聞こえましたけど……」
「もしかしてアタシたちの聞き間違い?」
「もしくは、あの者が桁を間違えておるのかもしれん」
支配人に聞こえないように、俺たちはヒソヒソと話した。
この世界の貨幣価値は、1円=1ベルというなんとも分かりやすく設定されている。
つまり、今回の褒賞金は2000万円ということになるが、何かの間違いじゃないだろうか。
確かに、町を悩ます大きな問題が解消されたのは間違いない。でも、冒険者にポンと2000万もくれてやるなんて話があるのだろうか。
もしかするとこれはギルド側のミスで、俺たちが金を使い切った頃に「やっぱり違ってたゴメンね♪ 取り敢えず返して」なんて言ってくる、というオチなんじゃ……。
俺の想像が正しかったら、とんでもない話だ。天国から地獄へなんて、生易しいものじゃない。
詳しく確かめておかねば。
「あの……本当に2000万で合ってますか? 間違えてません?」
「いえ、金額に間違いはございません。なんでしたら、書類を確認しますか?」
そう言って、支配人は書類を俺の目の前に突き出した。
……確かに間違いない。
ということは……!?
「やったわ望!!」
「……そ、そうだよな! 夢じゃないよな!?」
「ええ、紛れも無い現実よ!」
冒険者ギルドに歓喜の声が響き渡った。
思わぬところで俺たちは、2000万もの大金を手にしたのだった。
*
以上が、昨日の出来事だ。
「まあ、気持ちは分からんでもないが……お主らは浮かれすぎではないか?」
「そうですよ。大金が手に入ったと言っても2000万程度なんですから」
呆れたように反抗期の妹たちは言った。
まったく、嘆かわしい限りだわ。
「陽奈、2000万だなんて誰が言いましたか?」
「え、でも私たちが貰ったのは……」
私は、「何言ってるんですか?」という顔をする陽奈の言葉を遮り、机に金の詰まった袋を置いた。
「この袋には3000万入っています。褒賞金を加えて、締めて5000万ベルですわ」
私がドヤ顔で言うと、陽奈やヤエだけでなく朱夏までもが驚愕した。
「えっ!?」
「ホントじゃ……アヤノよ、お主一体どこからこれを?」
「ユリスベルから頂きましたわ」
「ユリスベルって……あの富豪の息子ですか、お姉様?」
「ええそうよ」
私たちを強引にナンパして、返り討ちに遭ったり、警察に連行されたりした……富豪のドラ息子のことよ。
「ど、どうして彼が綾乃さんにこんな大金を!?」
「彼が拘束されている牢屋に行って、誤解を解いたら、いただきましたわ。釈明のお礼だと言って」
そう、お礼です。
間違っても「誤解を解いてほしかったら〜」なんて言って、脅したわけではございません。
「ご、5000万……はっ!? で、でも、いくらお金が沢山あっても、身の丈に合わないことをするのは良くありませんよ!!」
陽奈は、まだ、きゃいきゃいと抗議してくる。
どうやら陽奈に、今の私たちを受け入れてもらうのは無理みたいですわね。
……仕方ありません、矛先を変えるとしましょう。
「ヤエ……」
「ど、どうしたのじゃ?」
そこまで警戒しなくても良いじゃない……。
お姉ちゃん、とっても悲しいわ。
「実は、私たちこれから慰安も兼ねて旅行しようと思ってるの」
「世界一の娯楽都市"デレニス"にね」
「ほう……その名は聞いたことあるが、なぜ今それを妾に言う?」
私と朱夏の言った意図が分からず、怪訝そうなヤエ。
すかさず私は、
「その街は娯楽だけじゃなく、食べ物も美味しいらしいのよ」
「……何?」
食いついてきた。
食べ物大好きですものね。
「お金もあることだし、ヤエには好き放題食べさせてあげようかと思って……」
「お姉様、妾もお供いたしますわ」
「ヤエちゃん!?」
欲望に忠実で何より。
さて、陽奈。これでお仲間はいなくなりましたわね。
「それじゃ、明日の朝出発ね。あっ、陽奈はお留守番の方がいいかしら?」
「……え?」
ヤエに裏切られ、ポツンと一人寂しく佇んでいた陽奈が、絶望顔をした。
かなりダメージが大きかったようね。
「だって、私たちみたいな俗物の成金と行動するのは嫌でしょ? だったら、お留守番してもらうしかないのだけど」
「………………」
「お姉様、アタシ欲しいアクセサリーがあるの!」
「お姉様、着いたらどこで食事しようかのぅ? 肉か?魚か? あるいは……」
「もう、二人ともはしゃぎすぎよ?」
「……うわーん! 私も行きますお姉様ー!!!!」
楽しげにはしゃぐ私たちを見て、耐えきれなくなった陽奈が泣きついてきた。
フフッ、堕ちましたわね。
かくして私たち四人は、慰安旅行として、世界一の娯楽都市"デレニス"に行くことになったのだった。




