13.
まぁ、今まで散々話を聞いていたのに、まさか自分の知る精霊の話だとは露とも思っていなかった天然兄弟は置いといて。
……よく、ヴィルト様は自分で気付いたわよね。
そっと気付かれないように、ヴィルト様の方を伺う。
今のヴィルト様は、物語に出てくるような王子様そのものの雰囲気で、格好よくて優しく、そしてとても―――――甘い。
もともと、始めから公平な目で物事を考えてくれていて、好感は持っていた。私が、ヴィルト様が探していたらしい精霊と同一人物ということで、直球な好意を示されるのは、正直言うと、悪い気はしない。だって美少年だよ?前世では彼氏も居なかった私だよ?嬉しくないわけ無いじゃないですか!本人には絶対言えないし言わないけどね!
コホン。……でも、今日この世界に目覚めたばかりの私としては、いきなりの熱烈な愛情表現や扱いには免疫無いし恥ずかしいし、人目の有るところでさっきみたいに抱き締められれば逃げたくもなる(多少ヴィルト様への扱いが酷かった自覚はある)。そう、ヴィルト様が嫌なわけではないけど――――対応に、困る。
嬉しくないわけじゃない。撥ね付けたい訳でもない。『私』が『ルチア』ではないと気付いてくれた、優しくて、聡い人だから。大切にしたいと思う。
でも、こうも考えてしまう。記憶にない心の底にある、愛しさだとか懐かしさ、ほんの少しの寂寥感など、いろんな感情を持て余している『私』は、本当に、ヴィルト様の欲している精霊なんだろうか。ヴィルト様は、『私』の中に、『ミリアンナ』を見ているだけではないの?
『私』自身は見てももらえず、必要ないのなら――――『私』は、どうしたら良いのだろうか。
静かに心の中に根付いた疑惑は、気付かぬうちにその蔓を伸ばし始める。『不安』という、養分を糧に。
* * *
天然兄弟は、ヴィルト様とエヴァ様からこっぴどく絞られたらしい。尻尾を丸めた犬のようにきゅーんと萎れている様子は、ちょっと可愛いけど不憫。ネレスと私の違いも分からないとは情けない云々、今もまだエヴァ様から嫌味を言われている。合掌。
フロウは……我関せず、とばかりに欠伸してるわね。
さすがに少しは助け船を出そうと考えたのか、ヴィルト様がエヴァ様に質問を向けた。
「そういえば、ルチア嬢は魔力が多くなさそうなのに、彼女が魔法に触れたとき、ドラゴンが召喚されたのですが……。それに、僕と触れたときも、無意識の内に僕に掛けられた呪い魔法をほとんど解いてしまった。それは、元精霊ということと、何か関係が?」
すると、エヴァ様は事も無げに答えてくれた。
「あぁ。持ってる魔力こそ少ないが、相性良い魔力で増幅されれば、ドラゴンくらい召喚出来るじゃろ。そこな小僧の魔術とて、掛けられた方の魔力が増幅されれば自力で押し返すことも容易じゃろうしの」
「増幅?」
魔力を増やす?…………のが、私の魔法ってこと、なのかな?
説明が難しいのか、エヴァ様は少し首を捻りつつも丁寧に教えてくれた。
「ルチアはのぅ、ほれ、精霊じゃったろ?ミリアンナは無属性だったからか、他のどの精霊とも相性が良くての。普通は合う合わんがあるのが当然なのに、全精霊から好かれとったんじゃ。今も魂は一緒じゃからな。好かれとるのは変わらぬ」
ほうほう。それはありがたい。嫌われるよりは好かれる方が嬉しいものね。でも、それが魔力の増幅とどう関係が?…………まさか。
一つの可能性が頭を過り、冷や汗がこめかみを伝う。他の皆も、似たような考えに行き着いたのか、どことなく表情が硬い。
「故に、普段は特に問題無いが、ルチアが他のものの魔力に触れ、ひとたび魔法に干渉すれば、周りの精霊達がこぞって役に立ちたいと群がってくるのじゃ。それでもって、勝手に効果を大きくしてくれるという訳じゃな」
それで、『増幅』、と。…………モテ期(精霊限定)到来、と言えば聞こえは良いけど。でもそれって、
「私自身が魔法を使うときも増幅されるんですか?」
「されるじゃろうな。ただ、勧めはせんが。
相手を殺したい訳でもないなら使わぬ方が良いと思うぞ?まず間違いなく、常人とは桁違いの魔法が飛び出てくるじゃろうからな」
真顔で言われた。
それって自分で効果の増減を調整出来ないってことよね?何が出てくるか分かんない、威力も効果も精霊次第……ってことか。
―――――怖っ!
精霊基準とか絶対色々とブッ飛んでる気がする。
それに、他人任せなんて、冗談じゃない。自分で制御しきれないのなら、下手に手を出さない方が賢明ってもんよね。
多分皆も同じ意見なのだろう。全員表情が強ばっていて彫像のようだ。なまじ皆顔面偏差値高男な分、威圧感が凄い。
大丈夫。私はちゃんと自分の身の丈を知って、そんな危ないことしないから。だから、そう、ちょっと……怖いからやめてその顔プリーズ。スマイル0円ください。
* * *
暫く無言の沈黙が落ちたけど、その空気を払拭するように話題を変えたのは、またもヴィルト様だった。ナイス無言カットです王子様。
「それで結局、ルチア嬢が『ネレス』と呼ぶ魂は、どこに行ったのですか?」
「そこまでは私も知らぬ。ただ、新しい身体に乗り移ったのであろうな。あれが魂のまま消滅する可愛げがあるとは、到底思えぬ。さっさと探しだして害虫駆除せよ」
冷淡に切り捨てるエヴァ様。
オルリスもエヴァ様も、ネレスに直接会ったことは無さそうなのに、容赦ないわよね。
とはいえ、ネレスのことを放置するのは確かにまずいので、会話に交じる。
「あ。ネレスなら次は『アリシア』という少女、に、…………」
そこまで言ってから、ハッと気付く。
これを言ったら、あの本についても言わなきゃいけなくなる。あの、日本語で書かれた本のこと。『私』が『精霊』だったということはもうなし崩し的にバレたけど、生まれ変わる前の『日本人の私』についてはまだ言う覚悟が出来ていない。もし、ヴィルト様が『私』の中に『精霊』を見ているのなら、『日本人の私』だったことを言ったら、どうなるのかな。ヴィルト様にとって大切なのは、『精霊』である私なのに。
そう考えたら、いきなり頭がザッと冷えた。
もともと、ヴィルト様が必要としているのは『ミリアンナ』であって、『私』ではない。私にとって『私』は『日本人の私』から構成された人間だ。『ミリアンナ』であった頃の記憶なんて、今の私には無いのだから。
でも、その認識の間に齟齬がある限り、『私』がヴィルト様に受け入れられることは無いのではないか?互いに認識が違えば、そのうちヴィルト様は『私』に失望して離れて行くのではないだろうか。
先程から胸の内にもやもやしていたものが、段々形を成してにじり寄ってくるようだ。心臓が掴まれているかのように、バクバクと大きく鼓動が脈打つのを感じる。
何が言わなきゃと思うのに、口は全く機能せず、ただ唇が震えるだけ。続きを言うでもなく、何を言いかけたのか説明をするでもなく、ただ固まってしまった私を皆が訝しげに見ている。
何か、何か言わなきゃ。説明するなら後回しにするのは悪手だし、隠すなら早く言い訳しないと。―――早く、早く。
でもどうする?説明?言い訳?私自身がどうしたいのかも分からない。
考えすぎて、息の吸い方さえ分からなくなる、その瞬間。
ふわり、と温かい何かに包まれ、視界も遮られた。数秒思考停止した後、座っている自分が誰かに抱き締められていることを理解する。自分より少し体温の高いその人は、耳元で囁いた。
「―――落ち着いて。言いたくないなら無理に言わなくて良いんだ。誰も君を責めないし、責めさせない。世界中が君の敵になっても、僕だけは絶対に君の味方で、君を守るから。だから、ゆっくり呼吸して。……困ってる君も可愛いけど、やっぱり笑顔が一番見たいんだ」
最初は言い聞かせるようにゆっくり、最後はとても甘い声で囁いてきたのはヴィルト様だった。耳に心地好い声が、私の焦燥感や混乱を溶かしていくかのように、少しずつ心が落ち着いてくる。あれほど煩かった心音も、元に戻ってきたようで、周りの音が耳に入ってきた。森の葉擦れの音や、鳥の声、自分のものではない、目の前のヴィルト様の心音がやや早めに鼓動を打っているのが聞こえる。不思議に思って視線を少し上げると、ヴィルト様と目が合った。よく見ると、少し頬が朱く染まっている。それがちょっと意外で、まじまじと見つめてしまった。
「…………あんまり見ないで。ミリアンナと違ってルチアは実体なんだから、抱き締めることができるのは嬉しいけど、好きな子相手に抱き締めてドキドキするのは仕方ないじゃないか」
少しだけ不貞腐れたように言うその姿には、まだ少年の幼さが垣間見えて。まだ12歳の少年なんだということを思い出す。抱き締められて恥ずかしいのは私だけだと思っていたけど、ヴィルト様もドキドキしてたんだと知って何となく拍子抜けた気分になった。思わずクスリと笑みが漏れると、また耳元に囁かれた。
「……あんまり可愛いとキスするよ?」
勢いよくバッと身を離し、ヴィルト様から逃れる。そこには余裕の顔で微笑む王子様の姿があった。
―――前言撤回!何が12歳の少年だ!魔性か!
周りを見ると、エヴァ様は心配そうにこちらを見ていて、お兄様とフェルナンは何だかホッとした顔をしていた。……心配、させちゃったのかな。
フロウは気を利かせたつもりなのか横を向いていたけど、視線に気付いてこっちを向き、私と目が合うと、ニカッと笑ってピースした。
……何だろう。あの、『俺、ちゃんと空気読めたぜ!誉めて!』みたいな犬のノリっぽい感じ。忠犬兄弟に仲間入りしたいのか?
考えてみれば、今更前世のことを話したとしても、精霊から人間に生まれ変わったような自分だ。あまり抵抗なく受け入れられるのかもしれない。過敏になりすぎていただけなのかも。家に帰って、本を実際に見せるときにでもさらっと説明すれば良いかな。
さっきはあれ程悩んでいたのが嘘のように、そう思えた。
でも多分それは、ヴィルト様のおかげ。
さっき、何でもないことのように、『ミリアンナと違う』と言ってくれたから。当たり前のように言われたその言葉に、不安で曇っていた視界が、急に開けた気がした。
今は精霊ではなく私なんだから、胸を張って今の人生を歩もう。今はまだ信頼も実績も無いけど、これからいくらでも積んでいけば良い。ネレスによってマイナススタートだとしても、今より堕ちることは無いと思えば、むしろ気が楽だ。そしていつかは、精霊も私の一部だったんだと、思ってもらえれば、それでいい。どっちが良いかじゃなくて、どっちも私なのに変わりはないんだから。
案外、精霊との違いを一番気にしていたのは、自分なのかもしれない。知らないからこそ、意識し過ぎていた。それに気が付けて、良かったと思う。
場が落ち着いたことを悟ったのか、エヴァ様が切り出した。
「ルチアに問題無ければ、それで良い。そろそろ日が落ちる頃であるし、迎えも来ておるようじゃな。外へ送ろう」
迎え?と疑問に思う間もなく、気が付くと森のお茶会からエヴァ様の大樹の前に視界が変わった。そこには、ハイルとカリーナの兄妹が佇んで、私達を待ち受けていた。
私達を視界に入れるなり、焦燥と困惑に彩られた表情で、二人は捲し立てた。
「屋敷が……!大変なんです!旦那様と奥様も明日お戻りになられます!」
「一刻も早く逃げましょう!」
いきなりの言葉と剣幕に、驚きを隠せない私達。
前に進み出たヴィルト様が、敢えてゆっくりと聞く。
「何が、どうなったんだい?何を、そんなに焦っているのかな?」
答えたのはカリーナだった。
「お嬢様がっ!第二王子様へ呪い魔法を掛けた容疑と、ご自分の散財のために領地経営の為のお金に手をつけたという容疑で捕まえられてしまいますっ!」
――――――――――――へ?
まだまだ、信頼と実績を築くには、時間が掛かりそうです。
ブクマ&評価&感想、誤字報告ありがとうございます!
気が付くと10000ポイント越えとブクマ4000越え……この作品が更新できるのは、本当に皆様のおかげです。不定期更新ですが、どうかこれからも宜しくお願いします。




