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男爵令嬢と王子の奮闘記  作者: olive
6章:東の島国ケトレア国
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61.想定外な、小夜の再会

 明後日に戴冠式を控えているということもあって、今日から当日の夜まで、城の大広間ではケトレア国の貴族の方々や来賓として招かれた諸外国の面々が集う夜会が開かれる。

 ということで、私とレイン様も二人揃ってそちらへと参加していた。


「体調不良で倒れられたとお聞きましたけど、大丈夫ですの?」

「ええ、少し旅の疲れが出てしまっただけですので。休んだお陰で今は問題ありません」


 賓客の方からの言葉に、私はニコリと笑顔で返答する。

 実際、本当の体調不良ではなかったので、今は大丈夫という言葉に偽りはない。


 それでもレイン様は、体の問題ではなく精神的な問題もあるだろうから無理をしなくてもいいとは言ってくれてたんだけどそうもいかない。

 今回のこの場は、言ってみれば小さな外交の場である。特にシェルビニアのレイン様、並びに男爵家から王家へと入った私の初めての外国訪問である。皆からは注目の的であり、そんな場で欠席するのはあまり好ましくない。

 それに私が欠席してしまったら、レイン様をお一人で出席させることになってしまう。それはあまりにもまずい。

 

 という訳で、夜会の出席者の方々との会話をしながら、レイン様のフェロモンに群がる蝶(実際はピラニアみたいなものだけど)という名の彼を狙う女性陣を牽制しつつ、この場をやり過ごす。

 私の立ち居振る舞いは完璧なはずだった。レイン様をつけ狙う女性陣にも、腹の探り合いを兼ねた来賓との会話にも隙を与えないようにシェルビニア王太子妃殿下としての立場で佇んでいたはずなのに。


「もう戻られるんですか?」


 夜会はまだ中盤に差し掛かった辺りだ。

 けれど、彼は会場の人間に適当に別れの挨拶を告げた後、私を連れて早々にその場を後にして部屋へと連れ帰ってしまった。


「えーと、私に何か不備がありましたでしょうか」

「昼間のことがまだ尾を引いてるだろう。少し元気がないというか、その、顔色も心なしか悪いように思える」

「そんなことは……」


 ない、とは、はっきりと断言できなかった。

 隅に追いやっていたつもりだったけど、あの時出会ったレイジさんに顔形の似た青年のことがふとした時に頭をかすめる。思い出す度に、心臓の一部が痛みを訴えかけてくる。

 おかしいな、それに関しては絶対に表に出ないように隠していたつもりなんだけど。

 昔から嘘や隠し事は得意だった。他人に見破られることなんて前世の時からほとんどなかったのに、どうしてこの王子様には通用しないのだろう。


 彼の言葉に答えることができず無言で俯いていると、気遣うようにふっとレイン様が笑った気配がした。


「別に今夜の集まりは特に大したことはない。陛下の言っていた通り、当日の戴冠式とその後の夜会の方が重要だ。あちらの方が参加する来賓や貴族の人間が多い。だから、今夜に関しては特に気にしなくてもいい。それよりも、俺としてはお前には無理せずゆっくり休んでほしい」


 多分、ずっとこちらのことを心配して見ていてくれたのだろう。確かにこんな前々日の夜会に無理して出席するよりも、明後日の本番にしっかりと臨む方がよほど重要に違いない。


 私はそれに、素直にこくりと頷いた。

 その答えに、レイン様はほっとしたように小さく息を吐くと、


「今夜は少し帰りが遅くなるかもしれない。だから先に休んでいてくれないか」

「え、っと、もしかして会場に戻られるおつもりですか!?」


 それはちょっと……いやいやかなりよろしくないんじゃないかな。私というバリアなしであのピラニアさん達が潜伏する場所を彷徨うなんて、いくら恐怖症が改善されてきたっていっても自殺行為だ。

 さすがに彼のこの行動は容認しがたい、と思っていたら、口に出さずともこちらの戸惑いが伝わったらしく、レイン様は横に首を振って、


「ダンベルトに話があるんだ。今日俺がザラン陛下と話した内容のことで、ちょっとな」


 そういえば、ザラン様となにやら二人でこそこそと話していたなとあの時の光景を思い出す。一度もレイン様とはお会いしたことのないはずのケトレア現国王陛下が、一体何の用件なんだろうと訝しげには思っていた。

 が、つまりはあの時の会話の内容は、ダンベルト様に関係することだったらしい。

 気にはなるけど、他人様の話に首を突っ込む趣味はない。私は無関係の人間なんだから。


「分かりました。じゃあレイン様が帰ってきた時の為に、ベッドの中を暖めておきますね。メリダの話によると、今夜は特に冷えるみたいですから」

 

 レイン様の前で大泣きしたあの日、彼の腕の中に囲われて眠って以来、またそのすぐ後にレイン様の女性恐怖症がかなり改善されてから、私達は以前よりも近い距離間で眠っている。特に今回の滞在でお世話になる寝台の広さはシェルビニアの私の寝室にあるものよりも小さく、互いに寝返りを打ったら体がぶつかる可能性が高い。

 そして現在の季節は冬がすぐ近くに迫っている秋の終わり。やはり夜になると寒く、今だって部屋の中にいるにもかかわらず、うっすらとした冷気が辺りに漂っているのを肌で感じる。

 なので自分を湯たんぽに見立てて布団をあったかくしておくという発言は、決して大袈裟ではないのだ。


「…………」


 が、どうしてだか、彼のお方は何とも言えない複雑な表情をされたあと、おもむろに頭を軽く抱えられました。


「レイン様?」

「他意はないことは分かっているんだがな……」


 残念ながら彼の小声での呟きの内容は私にはまったく聞き取れなかったけど、聞き返してもレイン様は何も言わなかったので、おそらくひとり言なんだろう。やがて顔を上げたレイン様は、先程とはまったく違う真面目な顔で、諭すような口調で言った。


「俺よりも、シャナの方こそ本当に体調を崩さないようにしろよ。くれぐれも風邪なんて引かないように、暖かくして寝るんだぞ」

「分かっていますよ。そんな子供じゃないんですから」


 この国はシェルビニアよりも少し寒い気候ということもあって、その辺の対策はばっちりだ。夜着も冬仕様になっているし、上から羽織るカーディガンもかなり厚手のものだ。ついでに言うと旅支度をしてくれたメリダは、毛糸の腹巻まで持ってくる用意周到さだ。


「じゃあ、行ってくる」

 

 そう言って私の部屋から去る時、少し声を低くしたレイン様は、


「……あのレイジという男に似ているらしい人間についても、俺からダンベルトに何か聞いてみる」


 それは私にとってはありがたくもあり、逆に聞いてほしくない気もした。現段階では名前すら分かっていない、レイジさんに瓜二つの謎の男。彼の正体が判明したところで、けれどあの中にレイジさんの魂は入っていないことだけは何となく分かる。

 でももやもやした気持ちを抱えながら、何も見なかったふりをしてここに数日滞在することも、それは無理な話だった。ならやっぱり、彼は一体何者なのか、本当にレイジさんとは無関係なんだとしても、無関係だって証明できる確証くらいは欲しい。


 レイン様が私の前から姿を消したのを見送った後、休めとは言われたもののすぐに入浴してベッドに入る気にはなれなかった。かといってあの会場に戻る気もないけど。


 何の気なしに私は部屋に備え付けられたバルコニーへと出てみる。

 途端に冷たい夜風が吹き付けてきたけど、構わず手すりに腕をついて顎をのせると、うっすらと夜の帳が下りる風景を見つめる。どうやらこの部屋のすぐ下の中庭にも紅葉の木が植えられているらしく、ちらりと紅色の葉っぱが舞ってるのが月明かりの元、視界の端に見えた。

 

 気晴らしに夜の散歩にでも出かけるだろうか。

 そう思った私の行動は、極めて早かった。


「少し外へ出てきます。紅葉がバルコニーから見えたので目の前で見たくなって」

 

 メリダには、寒いし夜だからやめた方がいいと反対されたけど、結局私は彼女の言葉を強引に押し切って中庭へと向かう。

 そして見事に最盛を迎えている大きな紅葉の木々のところまで辿り着くと、護衛でついてきてくれた男達に周囲に危険な人物がいないか確認してもらった後、一人にしてほしいと告げ、少し離れたところで待機してもらう。


 艶やかに色付く葉っぱが満月の光の中散っていく様を見届けながら、けれど考えるのはやっぱり昼間に見かけた彼のことだった。


 やっとあの人がいなくなってってことについて心の整理ができかけていたのに、どうしてこうも心を惑わせるような出会いに出くわすのだろう。

 あの人に似た人物に会って感じたのは、戸惑いや痛み、苦しみ、そして込み上げる懐かしさと嬉しさ。なかなかに複雑な感情なのだ。


「はぁ」


 自分でも何の溜息なのか分からない。分からないけど、勝手にこぼれてしまうんだから仕方ない。


 と、その時だった。

 不意にどこからか視線を感じた。その先を目で辿ると真上、つまり木の上であり、よくよく目を凝らすとそこにいたのは。


 夜空の光の中でも目に付く程にキラキラと輝く黄金色の髪をなびかせた、一人の青年。強い風のせいだろうか、昼間に会った時よりも髪型が少し崩れたその男は、少し離れたこの距離からも誰なのかはっきりと分かった。


「!?」


 思わず私は後ろを向くとその場にしゃがみ込む。

 だって、まさか彼がそこにいて、しかもこっちをじっと見てるなんて予想すらしてなかったから。だから突然の事態に慌ててこんな風になってしまうのはむしろ当然だ。

 でも、待てよ。そもそも彼の存在が私の目の錯覚である可能性が高い。

 大体こんな時間に、しかも秋と冬の中間の寒さを包含する冷たい風が吹きすさぶ時に、一人で木によじ登ってるとか、普通に考えてありえない。


 だから確認の為にそっと、私は体を起こして例の青年がいたらしき場所に目を向けてみるけど……。


 結論から言うと、気のせいではなかった。

 彼は間違いなくそこにいて、レイン様のそれよりも深い色を携えた瞳が、何か言いたげにじっと私を見つめていた。


「…………」


 一体何が言いたいのか、人の心を読み取る能力を持っていない私には分からない。そもそもレイジさんに酷似している人間と視線を交錯させるのは、気持ち的にとても複雑で、胸が苦しくなった。

 だから私は思わず視線を再び逸らしたけれど、そのタイミングで金髪の青年は声を上げた。


「あのっ! シェルビニアのシャナ様、ですよね。私、ザラン陛下の傍に仕えている者です。決して不審な人間ではありません。本日の昼間にも少しだけお会いしたんですが」


 勿論覚えている。その顔も声も、一瞬だったけど脳裏にははっきりと残っている。


「突然木の上から声をかけてしまって申し訳ありません! 今ここから降りますので」


 そしてそれを言い終わると同時に軽々と幹を伝って降りると、頭を垂れて私の目の前に跪き、驚きの言葉を口にした。


「実は今日、私はずっとシャナ様のことを考えておりました。こんなところで会えるなんてこれも何かの縁です。シャナ様とこの距離で直接お話しするのは無礼と承知の上です。ですが、どうしても私はあなた様に聞きたいことがあるんです! どうか聞いてはいただけないでしょうか」


 聞きたいこと——それは、ザラン陛下の元から退出する直前に私をどうしてだか凝視していたことと関係があるんだろうか。


 知りたくて知りたくない。分かりたいけど分かりたくない。

 彼はただレイジさんと似ているというだけ。彼の名前も素性も何も知らない。

 だけど結局、私は知りたいという気持ちのほうが勝ってしまった。


 だからゆっくりと顔を上げると、私は未だに頭を下げたままの青年に向かって声をかけた。


「私も、あなたに聞きたいことがあるんです」

次で金髪青年の表向きの素性を明かす予定です。

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