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男爵令嬢と王子の奮闘記  作者: olive
6章:東の島国ケトレア国
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58.ダンベルト様の、お出迎え

すみません、先程間違えて投稿しました。



 ケトレア国の港へ私たちの乗った船が到着すると、多くの人々が歓喜の声を上げて出迎えてくれた。もしかしたら、シェルビニアを出発した時よりも人の数は多いかもしれない。甲板から見ると、港中が人間の頭でびっしりと埋め尽くされていた。


「ものすごい数の人…………」


 思わず呆然としてしまった私の反応は当然だと思う。しかもここは自国ではなく、他国だっていうのに。

 すると同じことを思ったのか、今回の旅に私付きの侍従として付き添ってくれているメリダも心なしか呆然とした面持ちで合いの手を打ってくれた。


「ええ、もしかしたらシェルビニアを出発した時よりも多いかもしれませんねぇ。さすがはレイン様でございます。他国でもこれほどの人気があろうとは、私も乳母として鼻が高うございます」


 しかしメリダに誇らしげに言われた当の本人はというと、表面上は民衆に向かって王子様スマイルを炸裂させていたけど、近くでよく見ると非常に複雑な面持ちであった。


「次代を担う国の長として、人気はないよりあるに越したことはないが…………」


 そこまで言うと、続きは言わずに口を閉ざされるレイン様。うん、彼が言わんとしていることは大体分かった。こんな反応になるのはまあ、仕方がないかも。

 だって特にレイン様に熱烈なラブコールを送っているのは、みんな女性だ。

 彼女達の気持ちも分かる。以前ザイモン家のヴェルフォート様の前で名前を挙げた、バビヨン国の第一王子様は確かに美しい容姿だったし本人も極めて優秀なお人だったけど、それでもレイン様の方が頭一つ抜けている。

 そんな方が目の前に現れたらそれは、これくらいの騒ぎになることは当然予測される訳で。


 ちなみに彼のフェロモンだけど、今までの調査の結果、大体二メートル以内に視界に入った異性に影響を及ぼすことが分かっている。だからそれ以上離れていれば特に問題はないのだ。

 なので民衆の方々と目が合ったところで全員が強制的にフェロモンにやられてレイン様に恋をする、ということにはならないんだけど、やっぱり恐怖は拭えないんだろうな。女性嫌いが改善しているとは言えないレイン様にとっては……複雑に違いない。

 最も、容姿という点で見るなら、私がこの世で一番美しいって思っているのは、我がコキニロ家のお姫様のアネッサだけどね。うん、妹最高。アネッサは世界一だ。


 そんな私の個人的な感想はともかく。

 やはり、どうにも彼のお方のお顔の色は優れない。


「大丈夫ですよレイン様。ここからは距離もありますし、いくらなんでも彼女達がいきなり襲いかかってきたりすることはないでしょうから安心して下さい」

「違う、そこを心配している訳じゃない」

「? あら、そうなんですか? でしたらなぜそんなに憂いに満ちたお顔になっているんですか」


 するとレイン様は小さくため息を吐くと、目は民衆ぬ向けたままぼそりと呟いた。


「歓迎して出迎えてもらえるのは嬉しいが、かといって、シャナ、お前があんな目で見られなければならない理由はどこにもないと思うんだがな」

「あんな目って……」


 言っている意味が分からなくて一瞬目が点になった私だけど、しばらくしてからはたと理解した。

 

 社交の場でもどこだろうと、レイン様と伴って出席する場面ではあまりにもよくある光景すぎて日常茶飯事と化していたので、本当にたった今言わんとしていることが分かったのだ。


 それは、女性達の嫉妬や憤怒の目。

 レイン様と似合わない、平凡容姿の私。

 大陸どころか、この国でもそこそこ名は通っているだろうコキニロ家という商家だけど、地位でいうならたかだか男爵という低い爵位生まれの娘。

 そんな私が、よりにもよって素敵な王子様の心を射止めた。


 …………っていう話は、やっぱりこの国にもしっかり回っているのだろう。


 勿論全員がそういった目で見てくる訳ではない。それでもフェロモンがなくったって、私のような存在が気に食わない人は気に食わないだろう。

 

 現に船を下りて、迎えの馬車のところまで人々に笑顔を二人で振りまきながら歩いてく途中、「なんでレイン様はあんな普通の女と……」とやっかむように誰かが小さく呟く声がざわめきに混じって聞こえてきた。


 言われすぎて心底どうでもいいなと思いながら、そんな声は聞こえなかったものとして処理していたんだけど、処理できていない方が一人いたようだ。


「レイン様、いちいち気にしていては身が持ちませんよ」


 シェルビニア国王太子妃としての笑みを崩さぬまま皆に対峙しながら私はそう答える。


「第一、いつもの貴族方の社交場に比べたら、こんなものましな部類じゃありませんか。悪口の一つや二つ、可愛いものです。それに、私は別に他人からどんな評価を受けようと気にはしませんし、それらをこの身に受けることも含めてそれが私の役目なんですから」


 私のことを心配してくれるのは嬉しくもあるんだけど、どうもこのお方は優しすぎる。レイジさん絡みの話でさえなければ、私の心臓はそれなりに強い。だから存分に女性陣への盾として扱ってもらって構わないっていうのに。

 けれど、彼はやっぱりどことなく浮かない表情だ。いや、どことなく辛そうでもある。

 

「それでも俺は嫌なんだ。そんなの当たり前だろう。……好きな人が悪く言われていたら誰だって嫌に決まっている」

「え? レイン様、すみません、最後の方がよく聞こえなかったんですけど……」


 ちょうど一際大きな歓声が上がって、彼の言葉をかき消してしまったから。原因は、馬車のところに立って私達を待ってくれていたらしい一人の青年が、にこやかな表情を浮かべてこちらへとゆっくりと歩み寄って来たからだ。

 しかしレイン様は何故かはっとした顔になって、それから口元を軽く抑えると、首を軽く横に振る。


「いや、なんでもない」

「なんでもないってお顔ではありませんでしたけど」

「いいから気にするな、口が滑っただけだ」

「え、本当にさっきなんて言ったんですか? そんな言い方をされたら余計に気になるじゃないですか」

 

 しかしレイン様は私のこの訴えを一切聞こえていないかのように無視すると、笑顔を浮かべて歩み寄ってきた青年に対して手を差し出した。


「久しぶりだな、ダンベルト」

「久しぶりだね、レイン!」

 

 ダンベルト様はそう答えると、レイン様とがっしりと握手を交わし、それから力強くハグをした。


「我がケトレア国へようこそ! まさか君がこの国に直接足を運んでくれるなんて思ってもみなかったから、私は嬉しさのあまり今にもこの場で爆発してしまいそうだよ!!」

「ああ、俺も会いたかった。喜んでもらえるのは嬉しいが、爆発するのは勘弁してくれ。それから…………ちょっと力が強すぎる。苦しいからそろそろ離れてくれないか?」


 苦笑まじりにレイン様がそう言えば、ようやく彼はレイン様から体を離す。けれども顔は相変わらず満面の笑みのままだ。


「いやぁ、すまない! 君に会えたことがすごく嬉しくて、思わずテンションが上がりすぎてしまったよ」

「この前シェルビニアで会っただろう」

「君の結婚式の時だろう? あれいつだと思ってるの。もうずいぶん前の話じゃないか」

「それでも一年は経ってないだろう。それにしても、まさかお前本人がここまで出迎えに来てくれるとは思ってもみなかった。戴冠式は明後日だろう。準備で忙しいだろうに、悪いな」

「何言ってんのさ! 私の大切な友人、大好きなレインがケトレアに来るっていうのに、呑気に準備なんてしている場合じゃないよ。君達の出迎えの方が最優先事項さ」


 そう言って、ダンベルト様はあはははと豪快に笑う。


 ケトレア国王太子、ダンベルト様は、レイン様よりも五つ上だ。昔シェルビニアに三年程留学経験があって、その時にレイン様と知り合い、親しくなったらしい。以来二人の交流は続いていて、ダンベルト様も年に三、四回はシェルビニアに行ってレイン様を訪問している。

 こうして横で見ていても、国は違えど二人は仲がいい友人なんだなっていうのが窺い知れる。レイン様の表情も穏やかだし、ダンベルト様に至っては、自分で言っていた通り、レイン様のことが大好きなんだなっていうのがすごく伝わってくるくらいだ。

 なんでもダンベルト様は留学中、レイン様に色々と勝負を吹っ掛けたもののことごとく敗れ、以来レイン様を慕うようになったそうだ。年下の男の子に木っ端みじんにしてやられるなんて、普通はプライドが許さないっ、てなって、嫌いになりそうなのにそうはならなかったのは意外だ。 

 それだけレイン様がすごいのか、それともダンベルト様がある意味すごいのか……あるいはその両方か。

 とにかく、そんなお方がいるケトレア国だからこそ、レイン様の初海外の地に選ばれたのだ。


 次に彼は私へ体を向けると、にぱっと笑いかけ、手を差し出してきた。


「お久しぶりです! 結婚式の時に一度お会いしました、ダンベルトです。っていっても、私のことなんて覚えていないかもしれませんが」

「いいえ、ダンベルト様の事は勿論覚えております」


 私も彼に倣って同じ動作をすると、握手を交わし、次に軽くハグを交わす。

 式の時は来賓の数も多かったのでさすがに全員を覚えている訳ではないけど、それでもこのお方の顔はしっかりと目に焼き付いている。

 それはレイン様と親しかった印象があったから、っていうのもあるけど、彼の外見的な特徴も大いに関係してくる。

 風に揺れるサラサラの髪を肩の辺りでバッサリと切り揃えた彼の髪色は、淡い紫色。この世界ではケトレアの王家にしか見ることができないっていう極めて希有な色なのだ。


 それから私達は出迎えてくれた周囲の人々に別れを告げると、ダンベルト様が用意してくれた馬車に乗り込む。今から現陛下と城でお会いして、それからそのままケトレアの王家の方々との昼餐の予定だ。


「すまないね、ここから陛下の居城まではそこまで距離はないんだけど、今は紅葉のシーズンなんでね。そのせいでかなりの人出があるから、あまり街中はスピードが出せないんだよ」


 同乗したダンベルト様が申し訳なさそうにそう言う。お言葉通り、港ほどではないけどそれでも街の中も多くの人で賑わっている。


「いいえ、気にしておりません。それにこれくらいの方が、綺麗な街並みと紅葉具合がゆっくり鑑賞できるので、私はとても嬉しいです」

「そうか、そういえばシャナ様はうちの紅葉をすごく楽しみにしてるっていう話だったね。なら良かったよ。長旅で疲れただろうけど、うちの自慢の景色を見ながら存分に目を楽しませてほしいな」

「ええ、ありがとうございます。……それにしてもこの時期は本当に込み合うんですね。噂には聞いておりましたが」

「紅葉ってのはこの国でしか見られない特別な風景だからね。世界中から観光客が集まってくるんだ」

「それに加えて今回はお前の戴冠式も重なってるから、余計に人が多いんじゃないのか?」


 しかし、レイン様のこの言葉に、ダンベルト様はそれはないと即刻首を横に振る。


「あれは大して影響なんてないさ。それよりもレインたちがこの国にやってきたことの方が、大いに関係してくるね」


 そしてダンベルト様は瞳をキラキラさせると、正面に座るレイン様の手をがばっと掴み、鼻息も荒く情熱的な口調になる。


「だってシェルビニア国のレイン王子といえば、世界中でも有名な存在じゃないか!! シェルビニア、いや、シュレン大陸一の美貌、美の女神も負けを認めて裸足で逃げ出す美しき容貌という称号をほしいままにしていて、その上次期国王としての才能も高く、全てにおいて完璧で非の打ちどころがないのに何故か最近まであまり表だって姿は見せなくて、しかも婚約者すらいなかったっていう謎めいた王子様――――という話は、国々の垣根を越えて、今や世界に名を馳せるほどなんだからね! そんな君が初めて妻を伴って国外にとなれば人々の熱気も窺い知れるというものだろう?」

「いや、大陸一は……いくらなんでも言い過ぎだ。他にも優れた容姿を持つ王族の人間は山ほどいると思うんだが。それに、次期国王として努力は色々としてはいるが、その点に関してだって俺以外の王族の人間は皆等しくそうだと言えるはずだ。現にダンベルト、お前だってその中の一人だろう」


 それは私も同意する。

 ダンベルト様は目元涼やかで理知的な印象を周囲に与える美青年だし、能力だって高い。


 現国王陛下はご高齢の為、現在の国王としての公務のそのほとんどはダンベルト様が務めているけど、彼の評判はすこぶるいい。観光大国として名高いケトレアだったけど、その地位を更に向上させたのは間違いなくこのお方の功績だと言われている。

 だったらもっと早く現陛下は彼にその座を譲ればいいものだけど、色々と諸事情があって今回の時期にまでずれ込んだらしい。


 しかしダンベルト様は、彼の言葉をやっぱり否定するように首を振ると、


「いやいやいやいや、私なんて君の足元にも及ばないよ!! 私は確かにこの国では間違いなく見目は一番だって思うし、能力も同じく一番だと自負してるけど、君と並ぶなんてそんな、畏れ多いよ!」


 これは、謙遜なんだろうか。はっきりと、自分がこの国で一番だと言い切ったダンベルト様は、なかなかにすごいお人だと思う。そんな彼に自分より上だって言わせるレイン様もまたすごいんだろう。

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