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男爵令嬢と王子の奮闘記  作者: olive
5章:永久の別れ
50/61

50.☆胸騒ぎ

いつも読んでいただきありがとうございます。

今回はレイン視点です。

2015年11月修正済み

「メリダ、シャナは部屋にいるのか?」


 ディーゼルの屋敷から帰ってきたレインは、真っ先に彼女の部屋に向かった。

 奥方様は先に戻られました、とクライシス家の屋敷の者に聞かされた彼は、シャナに何かあったのではと心配になり、ディーゼルへの挨拶もそこそこに慌てて帰ってきたのだ。

 とはいっても今日の主役の彼の姿も、途中から全く見えなかったので、言付けを頼んだのだが。どうせいつものように、どこかで女性達との逢瀬を楽しんでいるんだろうと、さほど気にはしなかった。


 それよりも問題はシャナである。この前のように会場内で女性たちに嫌がらせを受けたのだろうか。もしくは体調を崩したのか。

 不安に駆られながら急ぎ足でシャナの元へと駆けつけたのだが、部屋の外に立っているメリダの様子がおかしい。


「殿下。それが………」

「以前みたいに風邪を引いたか!?」

「いえ、そう言う訳ではないのですが……」


 歯切れが悪い。やはり彼女の身に何かあったか。

 思わず目の前のドアを勢いよく開けようとして、


「いけません!!」


 メリダに止められた。


「なぜだ。何があったんだメリダ」


 居ても立っても居られないとばかりに気を急くレイン。一気に彼女との距離を詰めると、メリダの体を揺さぶった。

 しかし彼女は首をゆっくりと横に振った。


「それが私にも分からないのです……。ディーゼル様のお屋敷から戻られたシャナ様は、何も言わず部屋にこもられてしまいまして。お声かけ致しましたが鍵がかかっており、今は一人にしてほしいの一点張りで」

「!? やはり俺のいない間に、何かあったんだな」


 言葉通り、ドアノブを回すが鍵がかかっていた。合い鍵はメリダが一応持っているので、開けることは容易いが、彼女が自分の意思で鍵をかけた以上、誰にも会いたくないという気持ちは尊重すべきだろう。

 一人にしてほしいと言うなら、このままそっとしている方がいい。

 

「戻ってきた時の様子はどうだった」

「顔を覆われておりましたので、はっきりとは。ですがどうも……泣かれていたように思います」

「泣いて……」


 前言撤回。やはりそんな状態のシャナを、放ってはおけない。

 メリダが制止するよりも早く、彼は扉を叩いた。無論勝手に鍵を開けて部屋に入るという行為は行わない。それは最終手段である。


「シャナ、大丈夫か!?」


 しかし返事はない。その後も何度か扉越しに話しかけたが、結果は同じだった。

 今度は扉に耳を当てて中の様子を音で探ろうとする。本当に中にシャナがいるのか、その存在感すら感じることができない程、部屋は無音で満たされていた。

 けれど微かな声をレインの耳は拾った。細く小さなその音は、静寂の世界にかき消されてしまいそうなほどの微弱なものだったが、それは確かにシャナの声だった。

 メリダが予想していた通り、彼女は部屋で泣いていた。

 一人、静かに。


「シャナ…………」


 こんな時に、彼女の話を聞いてやることすらできないのが歯痒い。ぐっと唇を噛みしめていたら、メリダが優しく微笑みかけた。


「別に殿下にお話しされないのは、あなた様が頼りないからとかそういったことではないと思います。今日はシャナ様のお望み通り、そっとしておきましょう。また明日になれば、いつものように元気なお姿で外に出てきてくださいます」

「そう、だな」


 その時は笑顔で迎えてやろうか。

 そんな風に考えながら、後ろ髪を引かれる思いだったがレインはその場から離れた。

 明日になれば、また会いに行けばいい。


 



 だが、その『明日』は、いつまで経っても訪れなかった。





 あれから数日が経過したが、シャナはいまだ部屋から出てくる気配はない。

 誰とも顔を合わせず、レインの問いかけにも相変わらず返事はない。

 唯一メリダだけは彼女の部屋に入れたようだが、それ以外の使用人はレインと同様に入室を許可されないようだ。


 メリダの話を聞くと、外傷はないが、とにかくひどく衰弱しているらしい。

 彼女が何を話しかけてもほとんど言葉を発することはなく、焦点の定まらない様子でどこか遠くを見ている。食事にもほとんど手をつけず、メリダがなんとか食べやすいものを無理やりに体内に詰め込んでいるそうだ。

 

 話を聞いただけでレインはシャナの元に駆け寄りたかったが、メリダがきっぱりとそれを窘めた。


「ご心配される気持ちは痛い程に分かりますが、あんな状態のシャナ様に会わせる訳にはいきません」

「しかし!?」

「無礼を承知で発言するなら、今のレイン様に彼女の現状を救うことはできないかと思います」


 胸がえぐられるようだった。しかしそれは事実だろう。毎日彼女の元に通っているが、扉越しにもシャナがレインを拒絶しているような雰囲気を、レイン自身気が付いていのだ。

 だから彼は何も言い返さず、黙ってその言葉を受け入れた。そして無理にシャナの部屋に入ろうという考えも捨てた。

 しかし頭の中ではずっと同じ考えが巡っていた。

 もしかしたら、彼女をそのようにしてしまったのは、自分なのだろうか。傷つけるような行動はとった覚えはないし、そもそもレインがシャナに対してそのようなことをする訳はないが、もしかしたら無意識にシャナに何かをしたのだろうか。

 だがその考えはすぐにメリダによって否定された。


「レイン様のことではないかと思われます。それに……今はただ憔悴しきっていて、糸の切れた人形のような感じが致しますが、かといってそのままでおられるつもりはないかと。なんというか、心のうちで、何かと戦っている、葛藤しているような…。傍でシャナ様を見ていて、そのようにメリダは感じました」

「葛藤……戦っている、か」


 その言葉を、彼はある男の口から聞いたばかりだった。

 

 今日、それも昼下がりのことである―――――――――――――――――――――――――― 


 











 シャナの様子がおかしくなってから、レインは何となくディーゼルなら何か知っているのではないかと思って彼を捜していた。

 だがなかなか捕まらず、今日ようやく彼と話す機会ができた。


「ちょっといいか?」

「おう、どしたレイン」


 ちょうど書庫室の中で偶然に出会ったディーゼルは、少し疲れた様子だった。目の下にはくっきりと濃いクマができており、外見を気にする彼にしては珍しい。


「ディー、お前最近なんだか忙しそうだな。急ぎの仕事はなかったように思うんだが」

「あ―――、まあ今のところはそんなに公務は立て込んでないな。これはちょっと………個人的なことだよ」

「そうか、ま、ほどほどにしておけよ」


 個人的な用事というなら、おそらく女性関係だろう。


「お前もそろそろ落ち着いたらどうだ。あっちにふらふらこっちにふらふら、少々不実すぎると思うが」

「いやぁ、このまま独身貴族を謳歌するのも悪くないかなって感じでよ」

「それが無理なのは、お前が一番よく分かってるだろう。侯爵家をお前の代で潰すつもりか」

「最悪、下に弟がいるからな。あいつんとこの子供が後を継げばいいんじゃないのかな」


 相変わらず軽い受け答えだ。頭痛がしてきたレインは、思わず頭を抱えた。


「はぁ、お前はなんというか、お前らしいというか……と。そうだ、そんな話をしに来た訳じゃない」


 本来の目的を思い出したレインは、世間話もそこそこに早速本題を切り出した。


「この前のお前のところの舞踏会の夜から、シャナの様子がおかしいんだが。何か知らないか?」

「へぇ、シャナ嬢の様子がねぇ。……具体的には?」

「部屋から出てこない。俺は直接様子を見た訳ではないが、食事はほとんど取らず、ずっと塞ぎ込んでるそうだ。あまり眠れてないとも言ってたな。かなり衰弱がひどいらしい」

「………そうか、それは心配だよな。ましてこの目でそんな状態の彼女を見れないと、余計に不安は募るもんだもんだ」

「ああ、彼女は俺のことも拒絶している節があるからな。で?どうなんだ、何か知ってるのか?」


 もう一度そう尋ねると、ディーゼルの顔色が少し曇った。


「悪いな、俺は何も知らない」

「そうか……」


 まさかディーゼルめ、また何か彼女にしたのか?彼には前科がある。もしそのせいでシャナが塞ぎこんでしまっているなら、ただちに洗いざらい吐いてもらって、シャナに誠心誠意謝罪をしてもらわねば。


 と、内心では激しくディーゼル関与を疑っていたので、少し拍子抜けしてしまった。

 しかし原因がディーゼルではないとすると、他に考えられるのはなんだろう。彼女に精神的苦痛を負わせるような要因……。

 駄目だ、思いつかない。

 あのアムネシすらも軽くあしらったシャナだ。それ以上の逸材は、この国にはいないはずだ。


「ディー、本当の本当に知らないんだな。シャナの身に何があったか」

「しつこいぞ、知らんとさっきから言ってるじゃねぇか」


 思わず二度目のディーゼルを疑う発言をすると、彼は不快そうに眉根を寄せた。


「そうか。何度も同じことを聞いて悪かったな」

「……ま、俺は一度手痛い仕打ちを彼女にしてるからな。疑われても当然っちゃ当然だ。自業自得ってやつだよ」

「となるとやはり、フェロモンにやられた女性に何かされた――という線が妥当なのか。昨日は仮面のおかげで、俺の正体がばれた節はなかったんだがな」

 

 あの気丈なシャナに、あそこまでダメージを与える人間がいるとは。これは早急に手を打たなければならない。そう考えていると、ふとディーゼルが口を開いた。


「大丈夫だ。彼女は強い。きっと今の状況を乗り越えて、またお前の元に帰ってくるさ」


 真面目な声色に、思わずレインはディーゼルに視線を向ける。

 その時の彼の顔は、長年付きあいのあるレインですらも見たことのない、初めてのものだった。彼を見ている目はとても真剣で、笑っているのに、どこか泣いているような、そんなちぐはぐな表情に、レインの心のうちに言い知れぬ不安がよぎった。だからだろうか、無意識のうちに彼の腕を掴んでいた。


「?いきなりどうしたんだよレイン。そんな風に男に縋られても俺は嬉しくないぞ。この腕は女性の腕を絡めるためにあるんだからな!」


 ……やはりいつものディーゼルだったか。既に先ほどの表情は彼にはない。

 というよりもさっきのあの顔も、気のせいだったかもしれない。シャナがあのような状態になって、自分も疲れてるのだろう。そう結論付けると、彼はぱっと手を離した。


「ああ、そうだな。悪い、何でもない」

「もうー!昔みたいに俺に甘えたかったのか?そんなに人恋しいのか!?俺でよかったらいつでも隣で寝てやるぞ?あ、明日と明後日は先約が入ってるから、その先な。完全予約制だから早めに言えよ」

「うるさい黙れ、今のは気の迷いだ!もう子供扱いするな!」


 豪快に笑い飛ばしながらレインの頭を撫でくり回すディーゼル。確かに昔は兄のように慕ってべったりだったが、今はそんな年齢でもないし、別に男と同衾する趣味もない。憮然としながら距離をとったら、可愛げがないとディーゼルに言われた。

 可愛くなくて結構だ。

 そう言い放つと、余裕綽々の様子ではいはいそうだねと宥められた。


「さてと。甘えん坊なお前の相手をもっとしてやりたいのは山々なんだが、俺もう行くわ」

「その俺に対する認識は撤回してほしいところだ。……忙しいのに引きとめて悪かったな」


 それじゃあ、とレインの後ろをすり抜け、部屋から退出する間際。

 彼の動きが止まった。


「?どうしたんだ」

「レイン。シャナ嬢はさ、あれだよ。心の中で色々葛藤してるんだよ。今はまだそれの処理に時間が必要だが、じきにそれも解決する。お前はそれを待っててやれ。お前なら…………お前らならきっと、この先もうまくやっていけるさ」

「おい、それは一体どういう意味…………」


 しかし彼が発言するよりも早く、ディーゼルは手をひらひら振ると、扉の向こう側へと消えていった。


 訳が分からないまま後に一人残されたレインは、今の意味深な発言を考える。

 葛藤?彼女が?そうなのか?分からないことだらけだ。

 だが一つ分かったことはある。

 「何も知らない」とディーゼルは言ったが、彼は確実に『何か』知ってる。嘘を吐いたのだ。

 そのことに気付いたレインは、


「くそっ」


 慌てて書庫から飛び出すが、既に赤い頭の姿は見当たらなかった。

 苛立たしげに髪を掻き上げながら、レインは扉に寄りかかる。 


「一体俺の知らないところで何が起こっているんだ……」




 


 







 あの時、ディーゼルも言っていた。

 シャナが葛藤していると。

 あれから再びディーゼルを捜したが、やはり見つからなかった。なので真相は聞けずじまいだ。

 待つことしかできないのか、なんて無力でちっぽけな存在だと卑下したくなったが、悩むのは何の解決にもならない。

 だがどうすればいいか分からない。やはりディーゼルの言うように、待つしかないのか。シャナがこちらに戻ってくるのを。せめて彼女の心に負担をかけている原因が分かればいいのだが……。


 そんなことを考えながら、一人寝台に体をうずめる。

 横に誰もいないベッドはなんだか寂しいと、そう感じる。シャナが来るまではそれが当たり前だったというのに。今や彼女が傍にいないと眠れない。 

 いつの間に、自分は彼女にこんなにも依存していたのだろう。シャナのことを思うだけで、胸が苦しくなる。会える距離にいるのに、顔を見ることすらできないなんて。

 

 明日、もう一度ディーゼルを捜そう。そして何があったか、今度こそ洗いざらい吐いてもらわねば。自分はシャナの夫だ。話を聞く権利はあるだろう。

 それにしても、やはりディーゼルの様子は少しおかしかった。思い過ごしと初めは思っていたが、明らかに変だ。シャナの身に起こったことを隠しているから、ということだけではなさそうな気がする。彼女のことだけではなく、あいつ自身についても少し聞いた方がいいかもしれない。

 レインにとって、ディーゼルもまたシャナと同じくらい大切な存在だ。彼女にまた酷い仕打ちをしたのかもしれないが、それにもまた事情があるのだろうし。

 

 そう考えながら、レインは次の日に備えるべく、思考を停止し目を瞑る。

 だが妙に胸がざわついた。言い知れぬ予感、あの時、書庫で見たディーゼルのいつもと違う雰囲気を見た時に感じたものと類似する感覚。

 それを無理やり抑え込むように早まる心臓にてをぐっと当てると、更に強く瞼を閉じる。

 しかし胸騒ぎはおさまらず、その夜レインは一睡もできなかった。   

ディーゼルとシャナの会話は、今回飛ばしておりますが…。

次更新で明らかになります。

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