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男爵令嬢と王子の奮闘記  作者: olive
1章:始まりは突然に
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5.人として、当たり前のことをしただけ

2015年4月修正済み

 荒々しい音に、私はあたかも今しがた起きたかのようにゆっくりと目を開けると、のそりと体を起こした。


「………?」


 やはり、というべきか。そこにおわすは貴族のご令嬢方。

 三人とも、わずかな月光でさえもぎらぎらと光り輝く装飾品を、これでもかってくらいにごてごてしくつけ、裾がふんわり広がり最上級のレースをふんだんにあしらったドレスを身に纏っている。

 それらから推測するに、そうとう上位の貴族だろう。趣味は……いいとは思えないけど。


「あら、中に人がいらっしゃったのですのね」


 その中の、この中のリーダー格であろう亜麻色の髪を結いあげた先頭に立つ少女がそうのたまった。美しい顔立ちだが、意地の悪そうなその顔には、見覚えがあった。

 確か、レイン殿下の結婚相手最有力候補の、ザイモン公爵家のご令嬢殿。うちの妹には敵わないがその美貌は皆も知るところ、そして性格の悪さも天下逸品ともっぱらの噂だ。

 

 彼女は突然部屋に乱入してきた非礼を詫びるでもなく、むしろ私の存在を虫けらを見るような眼で見てきた。

 自分より下位の爵位をもち、なお且つほとんど社交場へ出席しない私の存在なんて知らないだろう彼女からしてみれば、私はその辺の空気みたいなものだろう。


 それでも一応確認のためか、彼女は言葉をかけてきた。


「この部屋にレイン殿下が来られませんでしたこと?」

「レイン殿下…ですか?」


 ええ、はい、来ましたよ。まさに今、そこに隠れておいでですが。なんてことは無論言わない。

 首をこてんと傾げると、私は困ったように答えた。


「いいえ、こちらにはいらしておりませんけれど…」


 そして寝ぼけた眼をこすりながら、にへらと笑って見せた。


「あのぉ、何かあったんですかぁ?」

「あなたには関係のないことよ」


 本当に念のために聞いたようだった。

 そりゃそうだわな。まさか、こんなだらしない格好でうたた寝をしていた、下級貴族の娘がいる部屋なんかに王子が来るはずない、って思っているはず。

 もはや完全にこの部屋に興味をなくしたようで、ろくに中を漁りもせず、金魚のフン的な二人を伴い、彼女は出ていった。

 もちろん最後に謝罪もなければこちらの方に見向きもせずに。


 やがて扉は先ほどと同じく乱暴に閉められ、彼女たちは新たな部屋へ王子を探す旅に出て行かれましたとさ。

 

 しっかし、本当に性格が悪いったらありゃしない。…ま、お金持ちで社会的身分が高い家の生まれのお嬢様は、どこの世界もあんな感じなようだ。

 あんな態度とられたくらいでへこむようなやわな神経はしていないので、別に平気だけど。


 足音も完全に遠のいたところで、私は王子の隠れている衣装扉をそっと開けた。


「……とりあえず、彼女たちは退散致しました。もう大丈夫です」

「あ、あぁ…」


 よほど緊張していたのか、顔色は蒼白、全身汗びっしょりの状態で、王子は中からのそのそと這い出してきた。

 彼女たちとの間に何があったのか、部外者でいたい私は聞くつもりはないけれど、この憔悴しきった感じからよっぽどだったんだろうなぁと少しだけ同情心が湧いてくる。


 しかし、こうして彼女たちから守ったっていう実績があるのに、尚も私に対して警戒心は解けないらしい。

 疲れ切っていたはずなのに、瞬時に私の傍から飛びのき距離を取る。これにはさすがの私も、怒りを通り越して呆れた。


 別に取って食いやしないってのに。

 そんなに私は王子にとって厄介な存在なんだろうか。

 色々と文句は湧いてきたが、私は何も言わなかった。

 そして彼から視線を離し、今まで寝そべっていたソファへと戻る。むくみきった足に靴を押し込むのは至難の業だが、まさか裸足のまま帰る訳にもいかない。

 あと、部屋に勝手に不法侵入していると指摘されたら困るから。

 早めに退散、これに限る。

 

 やがてどうにか靴を履き終わると、乱れていた髪を手櫛で整える。


 殿下がここにいるってことは、彼とダンスしたくて熱っぽい瞳で見ていたアネッサは、今頃会場で意気消沈していることだろう。

 ということは、そんなアネッサを回収して父様も帰るところだろう、ならばちらりと会場を覗いて二人に合流して帰ろう。

 そんな考えを胸に全ての用意が整った後、相手が相手なだけに無言で退室するのはまずいと考えた私は、くるりと後ろを振り返った。


「私がここにいると殿下の機嫌を損なうようですので、この辺りでお暇させていただき……」


 言葉が途中で止まった。


 おかしい。殿下の様子が、明らかに変だ。

 床に座り込み、息を荒げ、瞳は虚ろ。手を自身の胸に当て、苦しいのかその部分を必死に掻き毟っている。私はあわてて駆け寄った。


「殿下!?大丈夫ですか!?」


 だがこの男は強情だ。この期に及んでまだ拒絶しようとしてくる。


「さ、触る…な……!」


 声も切れ切れに必死に抵抗する王子。


「そんなこと言ってる場合ではありません!」


 勿論私はまるっと彼の意思を無視すると、王子の体を引きずりどうにかベッドの上まで引き上げた。

 顔色は悪く、体も妙に熱い。そのくせ手足はぞくりとするほど冷たい。試しに額に手を当ててみれば、すぐさま感じる異常なまでに高い体温。

 これはまずい。熱がある。それもおそらくかなりの高音。40度近くあるやもしれない。


 誰か人を呼んできた方がいい。

 そう思い立って外に出ようとも考えたが、その時再びあの、悪魔の足音が。


「おかしいですわ。おかしいですわ!」

「もう一度丹念に見て回りましょう」


 まだ諦め切れていないようで、彼女たちは徘徊し始める。

 こんな状態の王子を置いて外に出て、万が一彼女たちに見つかったら、どうなるのか。

 いくらいけ好かない男だとはいっても、それはまずい。幸い部屋に(今回は)鍵をかけたので侵入してこないとは思うが…。

 どうしよう…と思ってベッドの上のご仁を見つめると、やはり苦しいのか、どんどん息が上がってきている。


 ええい、もうっ!こうなれば、もう乗りかかった船か。


「お嫌でしょうが我慢してください」


 念のためそう断りを入れ、承諾なんてしてもらえるはずがないので彼の答えを待たず、私は王子の服をはだけさせた。

 もはや朦朧とした意識なのか、それでも抵抗の意思を示すうめき声を上げるあたり、ある種感服させられる。


「ちょっと冷たいですよ」


 とりあえず、この厄介な熱を下げなければ。私は常備していた例の靴ずれ用薬草付き布切れを、首の動脈部分に当てた。

 これ、絆創膏代わりにも使えるんだけど、薬草の水分が多いせいかシップ代わりとしても使える一石二鳥な代物なのだ。

 この薬草は私直々の調合で、一般的に出回っている薬とは効きが違う。ちなみに前世での職業は新薬の開発・研究だ。

 はやく利くようにと脇の下や額の上にも載せ、服を元通りにすると上から毛布を掛けてやった。

 後は汗をたくさん出させて、一刻も早く熱を冷まさせるだけだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 気が付けば、空は白み、どこからか爽やかな小鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 

 こまめに布を取り換え、温度を調節し…ということを一晩中続けた結果、王子の熱は大分下がっていた。

 顔色も、今はいい。ほのかな月明かりの下では、死人みたいに青ざめていたのが嘘のようだ。まだ完全には回復していないけど、ここまでくればもう大丈夫だろう。

 呼吸も落ち着き、今は安らかに眠っている。


 …対する私は、げっそりしてますが。


 結局一晩中看病する羽目になった。

 何度か機を見計らって人を呼びに行こうと試みたが、例の足音が絶えず聞こえてきたのと、どういう訳かこの病人が私の服をしっかりと握って離してくれなかったせいで、その場にいるしかなかったのだ。


 こうして改めて見ると、やはり王子は美しい。黙っていれば可愛げもあるものも。


 それにしても、女の執念って怖いのなんのって。一晩中徘徊するって、ちょっとしたホラーだよ。

 実際には追いかけられていない私ですら、戦々恐々したよ。今は、さすがに諦めたのか、彼女たちの気配は消え去っている。

 城の警備の衛兵たちも、もっとちゃんと仕事してほしいものだよ。


 もうそろそろいいだろう。王子の手を掴み、ゆっくりとドレスから離す。

 今回はすんなりと外れた。


 ようやく解放された私は、この王子様を引き取ってもらうべく、城の人間を呼びに部屋を出ることができたのだった。


 


 こうして私の特別な(?)一日は、終わりを告げた。

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