49.絶望の果てに、明かされた真実
2015年11月修正済み
ずっと待ち望んでいた。
「会いたかったよ、皐月」
私と同じようにこの世界のどこかに転生していて、私との記憶を覚えていて。
そんなあの人が、玲治さんがそう言って二人、再会することを。
前みたいに、とびっきりの愛情を込めて私に笑いかけてくれる、そんな日を。
待ち望んでいたはずなのに―――。
「どうして…………」
違う、こんなの、思っていたのと全然違う。ここにいるのは、私を利用しようとした、最低の男だ。
なのに、どうしてあの人と同じ笑顔で、私を見るの………?
「サツキ」
ディーゼル卿のその声で、私の名前を呼ばないで。
違う、違う、そんなはずがない。
これはきっと彼お得意の嫌がらせだ。そんな風にからかって、また何か罠を仕掛けようとするんでしょう?
ねぇ、お願いだから、これはただの戯言だって、またいつもの人をからかうような態度で そう言ってよ。
そんな、あの人と同じ瞳で、私を見ないで!
「ひ、人を、からかうのもいい加減にしてください。あなたなんかがレイジさんのはず、ないじゃないですか!?」
「そう思うのなら、いつかの時のように、このディーゼルを殴り飛ばせばいい。でも君はできない。どんなに拒絶したって、君はちゃんと理解しているはずだから。ここにいる僕は間違いなく、前世で愛を誓い合ったレイジだってことを」
「こ、こんなの、いつだって、振り、ほどけ……る…………」
振りほどきたかった。シャナとして、いきなり抱きしめてきた不貞な男、ディーゼル卿を。
だけどやっぱりできなかった。
私を抱きしめる時に背中をなぞる癖も。
甘さを含んだ声で名前を呼ぶところも。
姿形が変わってても、それは全部レイジさんそのもので。
どんなに拒絶したくたって、私の中の魂が叫んで彼はレイジさんだって、そう訴えかけてくるから。
こんなのあんまりだ。
私が一体何をしたってて言うの。
私は、自分がこの世で最も愛する人に他の男性と結婚するように仕向けられたのだ。
こんな裏切り、酷すぎる。
悲しいとか辛いとか、安っぽい言葉では表せないほどのこの気持ち。たとえ世界中が敵に回ったって、たった一人、レイジさんさえいれば私はそれで満足だった。
それなのに、そんな彼に裏切られた私は、これからどうしたらいいの。
許せない。私をこんな絶望の淵に落とした彼を。
だけど一番許せないのは、事実を聞かされて、それでも彼に縋ってしまいたくて、この腕を自分から背中に回している私自身だ。
名前もつけられない感情はとどまることを知らず、涙として体の中から溢れ出す。
いっそこのまま枯れ果てて、空っぽの自分になってしまえばいい。そう思った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「俺はあんたと違って最初からレイジだったわけじゃない」
どれだけの時間が経っただろう。
泣きつかれた私は、その場に立っていることすらできず呆然と床に座り込んでいると、ディーゼル卿がポツリと、ポツリと語り始めた。
「俺はあんたと出会うまでは、クライシス家の長男として、過去のことなんて何にも知らずに生きてきた」
そう言って 彼は私を抱え上げた。抵抗する気力なんてない。無言で、彼にされるがままでいると、近くにあった椅子に座らされた。
そして自分は立ったまま、窓枠に体を預け、どこに焦点を当てるでもなく部屋の中央をぼんやり見つめながら更に続けた。
「あんたとこの屋敷で会った晩に、夢を見た。俺はそこではレイジと呼ばれていて、側にはサツキっていう女がいた。勿論全然知らない相手だ。なのになぁ、朝目が覚めた後、すんなり理解できたんだよ。俺は前世ではレイジという名の人間で、そこで愛し合ったサツキという女が、シャナ、あんただったってことにな」
「ではやっぱりそうと知ってて私を利用したんですね。レイン殿下のフェロモンに侵された女性たちへの対応策として」
声はほとんど掠れて出ないし、蚊のなくほどの声量しかでなかったけど、言わずにはいられなかった。
彼の思惑が知りたい。
それは彼の、ディーゼル卿か、レイジさんか、もしくはその両方の意思なのか。
「………俺はさ、レイジという人間と同化してはいないんだ。あんたは生まれた時からサツキのままで、姿形だけがシャナという人間になっただけだろう? だから魂はサツキのはずだ。けど俺はあくまで魂はディーゼルで、レイジという人間の記憶を持っているに過ぎないんだ。俺にしてみればレイジは他人だ。だからあんたを利用したのはあくまでこの俺、ディーゼルの意思だ」
だから安心しろ、と言わんばかりに、少しだけ微笑んだ。
私が本当に知りたかったことを、口にしなくてもディーゼル卿は分かってくれたようだ。
それなら私はまだ救われる。レイジさんに裏切られた訳じゃないんだ。その記憶をいいように使われただけで。
私はレイジさんなら例えどんな姿になっても分かるって思ってたから、ディーゼル卿がレイジさんだって気付かなかったことにショックを受けていた。
だけど彼のその言い方なら、私が気付かなくても当然かもしれない。そう考えたらさっきよりも幾分気分はましになった。
だけどまだ疑問は残る。むしろそれが最も大きな疑問だ。
「なぜディーゼル様は、自分がレイジさんの生まれ変わりだと私に伝えたんですか?」
「さあ、どうしてだと思う?」
しかし、この男は質問に質問で切り返してきた。意地悪気に唇の端を上げて、挑発的な視線を投げてよこす姿はいつもの見慣れたディーゼル卿だ。
こんな汚れ切った男の中に、あの清廉潔白なレイジさんがいるだなんて、いまだに納得できない。
憮然としながら、
「考えても分からないから聞いているんですが」
と答えた。
私が絶望にうちひしがれた顔を見てほくそ笑む趣味があるのかもしれない。いつだって彼は私に死刑宣告しかしてくれないのだから。
そうやけくそ気味に言ってみたら、彼は先ほどよりももっともっと、悪意を込めて微笑んだ。
「シャナ嬢はやはり頭が切れる。きちんと分かってるじゃないか」
「ということは、それはつまり肯定ですか」
と、不意に彼は真面目な顔になる。赤の瞳は私のこの身をまっすぐ射抜き、視線だけで私の体をその場に縛り付ける。
その瞬間、背筋がぞくりと泡立った。
彼が私をこの場に呼び出し、本当に話したかったことは、自分がレイジだってことではない。それはまだ話のとっかかりに過ぎない。
本題は、別にあったのだ。
「シャナ、いや、サツキ。これから話すことは、あんたを奈落の底に突き落とすかもしれないな。だけど、あんたは必ず俺の話を最後には受け入れる」
「………」
聞きたくない、と心では拒んでも、体が言うことを聞かない。
どんなに辛い現実がこの先待っていても、私には抗う術はない。
そして、彼の口から語られた真実は、間違いなく私を救いの手の届かない暗闇の奥底へと突き落とすものだった。




