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男爵令嬢と王子の奮闘記  作者: olive
5章:永久の別れ
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47.殿下のフェロモン、その行方

2015年11月修正済み

 こんなところでは、と、廊下から近くの部屋へと移動した私たちだったが、場所なんて私はどこでもよかった。


「いやぁ、今夜もいい月だよね。ほら見てみろよ。真ん丸の満月だ」

「そんなことよりも! さっきの話の続きです」


 のんびりと空を見上げるディーゼル卿にイライラしながら私は声を上げる。今のディーゼル卿に先ほど感じた凶悪な雰囲気は感じられないが、次にまた何をされるか分からないという恐怖心から、彼からは少し距離を取っている。


「そんなにかりかりするなよ。いきなり核心から話したって面白くないだろう?」

「面白い会話など、あなたとは求めていませんから」

「冷たいね。俺はあんたにこんなにも友好的な態度を示してるっていうのに。あんた、見知らぬ仲じゃないのに仮面すら外してくれないしさ。そんな態度とられちゃうと、俺ちょっと寂しいよ」

「………」


 それは暗に、あの話をしてくれない、という脅しか。それを言葉から感じ取った私は、ゆっくりと顔を覆っていた仮面を外す。邪魔していたものがなくなり、一気に視界が開けた。

 なんとなく腹立たしい私は取ったそれを手に構えると、思い切り赤毛男に投げつけてやった。遠かったせいで衝撃はそれほど感じられなかったが、仮面の角が額に突き刺さるほどには手応えはあったので良しとしよう。


「いって! おいおい投げることはないだろうが。地味に痛かったぞ」

「なんならもう一度必殺パンチをお見舞いしてやってもいんですよ?」


 手でグーを作り、にっこり微笑んでそう言えば、赤毛の御仁は嫌そうな顔でぽりぽり頬を掻いた。アレは相当きつかったらしい。殿下も、ディーがすっかりおとなしくなった、なんて言ってたくらいだし。


「なあ、レインに嫁いでそこそこ日が経つ訳だが。あいつのフェロモンのこと、少しは何かわかったか?」

「は?」

 

 唐突なその質問に、私がそんな言葉で返してしまうのも無理はない。私としてはそんなことよりも、という感じなのだが、いくらこちらが詰め寄ったところで話してはくれないだろう。ここはディーゼル卿から放たれる質問に答えるしかない。


「完全に、とは言い切れませんが、大まかな予想は付いています」

「ほう」


 私だってこれでも独自に色々調べていたのだ。初めの話では、殿下のフェロモンはほぼすべての異性を虜にする、ということだったのだが、勿論例外も存在する。


「殿下は異性と目を合わせるだけで本人の意思に関わらず、相手を骨抜きにすることができます。しかし、全ての女性に対してではありません。私が調べただけでも、私以外に確認しただけでも数人存在します」

「その数人とは?」

「家族は除きますが。まずはお付きのメリダ。それから彼女の下に付く侍女のナイレンにエルミン。この3人は殿下が生まれてから常にお世話をしてきた人たちです。あとは、貴族のご婦人。クライシス家の公爵夫人を筆頭に何名かおられますよね」


 メリダ達から聞いた情報、あとは、城には私の味方をしてくれる者はあまりいないので(女性はレイン王子の横にいる私が邪魔だから話しかけてもくれないもの)、アネッサにも協力してもらったのだ。

 他には、様々な社交場へ殿下と赴いた時に、実際にこの目でいろんな方と会った時に感じた私の直感だ。


「今挙げた方々は、殿下と顔を合わせても動揺など一切せずお変わりありませんでした。そういう振りかとも思いましたが、そうでもないようでしたし」


 未婚、既婚問わず、大抵は殿下の顔を見ると顔が赤く染まる。その後の行動はまちまちだ。純情そうな娘はもじもじしっぱなしだし、そこそこ経験を積んだお嬢様方は私を敵対心むき出しで睨みつけてくるし、中には媚を売るかのように殿下に体をすりよせふくよかなボディラインを押し付ける輩もいる。既婚の女性はさすがに夫が横にいる前でそこまであからさまな行動は取らないが、どこか殿下を意識したような立ち振る舞いは見せるし、地味に私に対して足を踏んだり厭味を投げかけてきたりする。

 嫉妬しているのが丸分かりである。


 けれど先に挙げた方々は、勿論殿下のお顔は一級品の芸術品のごとく美しく気高いのでもてはやしはするが、それまでである。私にも殿下の気を引くためのふり、ではなく、心の底から大層友好的だ。実際文通をするほどの仲になった。


 そんな彼らの共通点を挙げれば、自ずとフェロモンが効かない理由は見えてくる。


「で、なんでなんだ?」

「彼女たちの共通点は二つあります。一つは年齢。もう一つは既婚か否かです」

「だがそれだけでは明確な理由にはならないだろう」

「ええ」


 ディーゼル卿の言う通りである。確かに彼女たちは皆40を超えており、なお且つ既婚者だが、その条件に当てはまる以外の者でも殿下のフェロモンに充てられる女性は山ほどいる。


「もう一つ。注目したのは彼女たちの結婚の経緯です」

「経緯?」


 私はこくりと頷く。


 貴族の結婚は、そのほとんどが政略結婚だ。愛など二人の間には存在しない。ただ有力な家に嫁ぎ、子をなすことが女性の使命だと考えられているからだ。家のために生きるのが女性。恋愛など二の次。

 だが彼女たちはそんな中でも、深い愛情の末に結ばれた結婚だったのだ。メリダたちだってそうだ。彼女たちが殿下付きの侍女になる際、大勢の女たちを集めた中で、フェロモンに耐性があるかをチェックされたらしい。その中で殿下のフェロモンが効かないと証明されたことで彼女たちは殿下の御世話係を任命されたのだと。

 彼女たちに家庭の話を聞くと、やはり大恋愛の末に結ばれたそうで、いまだに新婚さながらのラブラブだという。


「つまり殿下のフェロモンがきくかどうかは、女性たちに心から愛し生涯を誓った相手がいるかどうかだと。そう思いました。これは推測ですが」


 私はそう予め言うと、


「殿下のフェロモンは、おそらくそのような相手がいない、寂しい、もっと他に愛する人がこの世にはいるはず、というような満たされない心の隙に入り込むのではないかと」


 現実世界で満たされないところに、殿下のような見目麗しい絶世の美男子が現れる。そんな王子様と結ばれる……いくつになったって女性が憧れるシチュエーションだ。誰の心にだってきっと、そんなお姫様願望はあるはず。そこに、無意識にダダ漏れしている王子のフェロモンが入り込むのだ。

 現実に愛しい人がいる者はいい。今満たされているのだから、そのような夢物語に浸る必要などない。だが満たされていない者は期待するのだろう。

 こんな男性と恋に落ちたい。そんな人生が自分にもあるのではないかと。

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