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男爵令嬢と王子の奮闘記  作者: olive
4章:宣戦布告
43/61

43.☆ダルモロ国アナン姫

 シェルビニア国レイン王子の結婚の話が広まった時、彼に惚れこんでいた女性たちは、皆落胆した。そして結婚相手であるコキニロ家のシャナに対し憎悪の念を抱いたものだ。

 だが、ダルモロ国のアナン姫は少し違った。


「へぇ~、あのレイン様が結婚ねぇ」


 大勢の美男たちに傅かれ部屋の中央に女王の如く君臨するアナンは、部下のこの報告に、あどけない顔立ちには似つかわしくない悪鬼の如き笑みを浮かべた。


「はい。ディーゼル卿がお膳立てしたようです。しかも互いに惹かれあった末の恋愛結婚であると」


 すると彼女はぷっと吹き出して笑った。


「えぇ~、なにその話。あのレイン様がぁ、よりにもよって、恋愛ですって?あはは、おかしすぎてお腹がよじれちゃう!しかもあの参謀さんのお膳立てだなんてぇ、絶対にこの結婚、裏があるわよねぇ。で、あたしとの結婚を拒絶してまで選んだ相手は、誰なの?」

「相手は男爵ですが、今や大陸でも広く名の知れたコキニロ家の長子の娘です」

「ふぅん。どんな子なの?」

「次期コキニロ家の当主候補の一人として、当主が育てていた女性です」


 そう言うと、アナンは黙りこみ何かを考える素振りを見せる。


「あたしのレイン様…いいえ、玩具を横からかっさらった男爵家の娘かぁ。ちょっと興味があるわぁ。ね、その子のこと、ちょっと調べてよ」

「かしこまりました。それで一体どうされるおつもりで?」

「とりあえずぅ、今はなにもしないわぁ。もしその辺の有象無象なら、殺して。で、後釜にあたしが収まる」


 すると後ろで彼女の肩を揉んでいた男が、


「殺す!?アナンよ、いくらなんでも次期王妃を殺害するというのは…」

「え~、なによ、なにか文句でもあるのぉ~???っていうかぁ、お父様は黙って肩を揉んでくれてたらそれでいいのっ!それにぃ、お父様は人のこと、言えないはずよね~?」


 父でありこの国の王でもある男に、アナンは強い口調を飛ばす。途端に体をびくりとさせ、男はそれ以上何も言えず、黙って娘に奉仕する役割に戻る。


「っていうわけだからぁ、よろしくね~」


 主人の言葉に、男は短い白髪交じりの頭を床につけんばかりの勢いで下げると、短く返事をしてその場から消えた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 アナン姫が己が特異な体質だと知ったのは、一体いつのことだったろう。記憶が思い起こせない程、遠い昔だったのは確かだ。

 まだ幼き少女であるにも関わらず、男たちが自分に向ける情欲にアナンは気が付いていた。

 しかし彼女はレインとは違い、その視線に怯えることも怖がることもなかった。むしろ己の体質を最大限利用し、自身の欲望を叶えさせていく。


「私のことぉ、好きなら、分かってるよね~?」


 およそ少女がするとは思えない色香が漂う表情で見つめられた男たちは、言われるがまま、彼女の欲望を満たすべく奔走する。

 フェロモンの効きにくい女性は全て排除し、意に沿わない者たちも役職に関わらず追い出し、自分の言うことを聞く者だけを側に置く。  

 そして、ダルモロ国民の為に政を司る場所であった城は、あっという間にアナン姫の為だけに存在する居城へと変貌を遂げた。

 『幼い少女と、そんな彼女に恍惚とした視線を向ける男たち』。

 傍から見たらそれは異様な光景であったが、それを指摘する者は最早、たった一人を除いてそこには存在しなかった。


 そう、彼女の兄を除いては。


「アナン、お前いい加減にしないか!」


 黄金に輝く髪色とまっすぐにアナンを見つめる碧眼の色合いも、顔立ちすらも妹であるアナンとまるで似つかない。表向きは実の兄妹とされているが、二人が血の繋がらない兄妹であることは公然の秘密である。


「それに周りの人間も…!ろくに政治もせず、アナンの意思一つに国の一大事が左右されるこの事態を、どうして誰も何も思わないんだ!!」


 どこまでもまっすぐな青の瞳が、今は怒りの感情を乗せてアナンたちに向けられる。

 義理の兄はなぜかアナンのフェロモンが通用しなかった。いつもなら他の者たちにしてきたように、即刻彼を排除するところだが、アナンはそれをしなかった。

 

 金髪碧眼で美丈夫なこの義理の兄の容姿を、アナンは大層気に入っていたのだ。


「お兄様ぁ、私はぁ、別に何もしてないよぉ???みぃんながアナンを好きすぎて、色々やってるだけで」


 きゅるんとした瞳で媚びるように少しだけ自分よりも大人びた顔つきの兄を見つめるが、やはり兄は他の男たちとは違った。


「僕には効かない。何度言ったら分かるんだ」


 相変わらず、強い意志のこもった声と瞳で返される。

 

 言うことを聞かない人間など、目障りでごみ以下の価値しかない。彼以外にこのよう反応をされたら、すぐにでも傅いて控えている手駒達に命じて追い出すのだが、いつまで経っても堕ちない美しい兄に、アナンは最近、むしろ喜びを覚えていた。


 何でも言うことを聞いてくれる人間は便利だが、こうも簡単に物事がうまく運ぶと面白くない。思い通りに人生が進むことに飽き始めていたアナンにとって、彼の存在はかっこうの暇つぶしであり玩具だった。


「ふふっ、でもぉ、お兄様がいくらここで何かを言ったってぇ、意味ないんだよぉ???だから、諦めて、さっさとアナンのものになっちゃえばいいのにぃ」

「ならない」

「もう、強情なんだからぁ。お兄様なんて大嫌い~!」


 頬を膨れさせてふいっとそっぽを向く。勿論嘘だ。簡単に自分になびかない兄様が大好きだった。

 

 しかし、その玩具が、ある日突然アナンの前から姿を消した。


 原因は、アナンが戯れに放ったあの、「大嫌い」の一言だった。愛するアナンの為、国王は二度とアナンの目に触れるなと実の息子に対して非情にも言い渡し、彼を即座に城から追い出してしまったのだ。

 王としては気を利かせたつもりだったが、実際は余計なことだった。

 アナンに感謝のキスをしてもらうどころか、彼女に罵声を浴びせられる結果になった。


 急いで行方を追わせたが、時既に遅く、ついぞ彼は見つからなかった。


 玩具を失くしたアナンは、非常に気落ちした。

 フェロモンが効かない人間は他にもいるが、それは彼だからよかったのだ。あの兄のように美しく聡明な人間でなければ、意味はない。

 余計なことをしてくれた父親を捻り殺したい衝動に駆られたが、彼にはまだ使い道がある。なにせこの国の王だ。権力の全てを握るあの男は、手放す訳にはいかない。


 彼のいない日々は、色彩を失った退屈なものだった。

 そんなある日、アナンの瞳に突然色が舞い戻った。


「初めましてアナン姫。私の名はレインです」


 兄に勝るとも劣らない極上の容姿で、どこか怯えたような表情を浮かべる少年がそう告げた時、アナンの心は歓喜に震えた。

 そして本能的にアナンは悟る。彼は兄と同じく、自身のフェロモンが通じない。

 愛しのお兄様の代わりに。

 新しい、アナン姫だけの玩具がやってきた瞬間だった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

  

 

「アナン様、御気分がすぐれませんか?」


 レインを撒き、馬に乗り自国へと戻る道中、アナンを前に乗せた白髪混じりの男が尋ねると、彼女はその問いにゆっくりと首を横に振った。


「そんなこと、ないわよぉ?」

「それならばいいのです。……少しぼんやりとしたお顔でしたので」

「ふふ。昔のこと、思い出してただけよぉ」


 レインが同じ体質なのは、彼の行動ですぐに分かった。それに振りまわされているレインが愚かであり可愛らしくもあり、兄がいなくなった彼女の気を紛らわせるにはその様子を観察するのは、極めて優秀な暇つぶしだった。 


 面白いオモチャは長く遊びたい。だからあえてアナンはレインを自分のものにするのに強引な手を取らず、長い間この距離感を守ってきた。


 それにも飽き、そろそろ彼との結婚話を進めてシェルビニア国に渡り、フェロモンを使って向こうで新たな自分だけの楽園を作ろうかと目論んでいた矢先に、シャナという全く予期していなかった少女がひょっこり現れたのだ。


「ねぇ、ダース。彼女、面白い子よねぇ?わざわざ会いに来てよかったわぁ」

「姫様の体質の事、推測とはいえ言い当てる辺り、彼女を選んだディーゼル卿の目に狂いはなかったと言うところでしょうか」

「あたしが今回誑かしてあげたぁ、あの男たちを尋問でもすればぁ、きっと私のこの体質、気が付いたでしょうけどぉ。それよりも前に言い当てるなんてぇ、ものすごい観察眼よねぇ」

「ばれても構わなかったので?」

「ふふ。あたしの体質に気がついたところでぇ、ゲームはこちらに有利なんだからぁ、痛くも痒くもないわ。絶望的な真実を目の前にどう対処するか、……っていうのもぉ、見物デショ?それに、」

 

 そう言うと、アナンは心の底から二コリと微笑んだ。


「レイン様のあの様子、彼女に惚れてるって感じよねぇ~。だって、必死に追いかけてくるんだよぉ?あの、レイン様が。シャナちゃんの方はぁ、う~ん、そんな感じはしなかったけどぉ。でも、それがまた、いいのよねぇ。レイン様っていう玩具を取りあう相手としてぇ、シャナちゃんは、とってもあたしにふさわしい相手だと思わない?」


 禍々しい空気を纏いながら、なんて可憐で純粋な笑顔を浮かべるのだろう。だが、目を逸らすことはできなかった。親子ほど年の離れたアナンに、ダースもまた囚われている一人だった。

 彼女以外には決して見せない、甘く蕩けるような笑顔を浮かべると、ダースはぎゅっとアナンの小さな手を握り締めた。


「ええ、アナン様がそう仰るのであれば、そうなのでしょう」

「ふふふふふ。ゲームはこうでなくっちゃね!見てなさいよぉ、二人とも。レイン様の恋心はぁ、最大限利用させてもらうわぁ。レイン様のシャナちゃんへの想いをもっともっと煽ってぇ、ついでにシャナちゃんの気持ちがぁ、レイン様に向くようにしてぇ、舞台が整ったらぁ…………目の前でぇ、このあたしがぁ、ぐちゃぐちゃに踏みにじってあげる。愛する者が目の前で奪われる苦しみをぉ、味わわせてあげるわ」


 アナン姫の瞳には、アムネシのような狂気は感じられない。むしろ純粋そのもので。

 だからこそ、彼女は恐ろしいのだ。悪意のない悪意。狂気でない狂気。それが彼女のどこか歪で壊れた精神を作り出している。


「このゲーム、勝ちは決まったも同然だけどぉ、せいぜい楽しませてよねぇ、シャナちゃん」


 失ってしまった、愛してやまないお兄様の代わりに。


 彼女が馬上で放った小さな一言は、しかし風にかき消され誰にも届くことなく静かに空気に溶けていった。

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