41.推測される、敵の姿
すみません、うっかりそのまま新規投稿してしまい、話が繋がらない事態になっていました…。
追加部分なので、次の話ともどもこの章に入れさせていただきます。
足の怪我はやはり悪化しており、屋敷に戻ると丁寧に包帯を巻かれ、私は再び絶対安静を言い渡されてしまった。
そして、連れ去り事件から2日後。
「あの、レイン様!やっぱりこの運び方は恥ずかしいので、なんとかして頂きたいのですが」
「無理だ。まだ包帯も取れないだろう?自力で歩けない以上、お前を運ぶにはこの方法しかない。3度も4度も変わらんだろう。いい加減慣れてくれ」
「…………」
私は今、2階の部屋から1階の応接間へ、レイン様にあの恥ずかしるぎるお姫様だっこで運ばれているところだった。何回か運ばれているらしいけど(そのうち2回は記憶がない)、羞恥心はそう簡単になくなるものではない。特に今回は屋敷の使用人がばっちり見ているので、恥ずかしさは頂点に達する。
確かにお姫様だっこは全女性たちにとって永遠の憧れシチュエーションだと思う。だけど衆人の目がある中でこの運ばれ方は、いくら私の怪我が原因だって分かってても、こう、頭の中がお花畑のバカップルに見られていそうで恥ずかしいのだ。
なのにこのお方ときたら、この繊細な乙女心が分からないのか、どことなくニヤニヤした笑いをうかべながらこちらを見やる使用人たちなど気にも留めず、至って普通の顔である。
「……そんなに恥ずかしいのか」
あまりにも私が不満げなので、レイン様がそう尋ねてくる。
「はい。……だって、別に松葉杖とかで良いと思いませんか?わざわざレイン様が労力を使わずとも」
「駄目だ。その杖を持って絶対に転ばないという保証はないだろう。なら俺がこうして運ぶ方が安心できるというものだ。……と、いうかだ。寝顔を見られることの方がよっぽど恥ずかしいことだと俺は思うんだが」
「寝顔はいいんです」
だって寝てる時に顔を見られたところで、私は覚えていないから別に構わない。それに私はいびきも歯ぎしりも寝返りも激しくない、極めて大人しく健やかな顔で眠っているはずだから。
と言うと、なぜかレイン様は私からふいっと目を逸らし、とても小さな声でぼそっと一言。
「結構すごい顔をして寝ているんだがな。まあ…シャナが気にしないならいいのか」
「え、今なんて…」
「何でもない」
なんか聞き捨てならない言葉が聞こえてきたんだけども。すごい顔?それって、すごく酷い顔、のすごいってこと!?少なくともすごく素敵な顔、のニュアンスではないことは確かだ。
という訳で、もはや私の運搬方法などどうでもよくなり、彼の言葉の真意を聞き出すことに必死になっているうちに、目的の部屋に辿り着いた。
扉を開けると、中にいたのは今日も今日とて絶世の男前、ディーゼル卿。
けれどその顔はどこかやつれ気味で、目の下には濃い隈が見てとれた。彼は私とレイン様を見つめると、なぜか複雑な表情を浮かべたが、それも一瞬のこと。すぐにそれを消すと、彼にしては珍しく、いつものお茶らけた雰囲気はなりを潜めた真面目な顔になった。
彼がここにいるのは、この前の夜の、状況報告の為だった。
なのでいったん寝顔の話は横においておくことにして、私たちもすぐに神妙な面持ちになるとディーゼル卿に焦点を合わせた。
「状況はどうだ、ディーゼル」
レイン様が私を椅子の上に下ろし、そう尋ねる。けれど、ディーゼル様は力なく首を横に振った。
「手を尽くしてはいるが、やはり証拠は見つからない。首謀者がアナン姫だという確たるものはな」
レイン様に助けてもらったあと、私は自分の身に一体何が起こったか、屋敷に戻ってからこの二人に説明していた。そして、私を連れ去った首謀者が、アナン姫である可能性が高いことも。
だけどこれはまだ憶測の域を出ないわけで(本人は一度も肯定しなかったから)、証明するものもない。
あの夜のあらましを簡単にまとめると、こちらの予想通り、屋敷内に例の睡眠効果のある花の香りが充満していた。
どうやって屋敷の者全員に…と思っていたら、なんと予め屋敷内を照らす蝋燭、外の見張りが使うランタンの灯りに例の花の香りが練り込まれていたらしい。
そして、レイン様が不在になるタイミングを狙って火がつけられ、皆が眠らされた。当然それが効かなかった私は意識があるまま、連れ去られた。
その時に、眠っていた寝台に私を連れ去った、という紙が置き土産として残されていたという。何となく、私のことが心配になったレイン様がたまたま屋敷に戻ってきた時に異変に気付き、その紙を見て慌ててこちらの後を追ったそうだ。
時を同じくして、 レイン様の不在をいいことに夜遊びに興じようとしていたディーゼル卿の元に、私を誘拐したことを記した書面が敵から送られてきたらしい。そこでディーゼル様も急いでこちらへ向かって、レイン様が後を追ったことと私がいなくなったことが事実であると知らされた。
敵への内通者はディーゼル卿によって速やかに捕らえられている。
「今回の事に関わっていた人間は、この屋敷で働いていた12名。今牢に繋いで尋問している。これまで尋問してきた中で分かってるのは、フードを被った女に話しかけられたのがきっかけだったってこと。だが彼女の顔ははっきりとは見えなかったらしいから、アナン姫だと断定はできないんだわ。で、そんな状態にも関わらず、なぜか少女に恋に落ち、自分の愛情がほしければ言う通りに動けって言われて、裏切ってしまったとさ」
「だがそんな簡単に裏切るような類の人間ではないだろう。特に今回の彼らは」
「そう、レインの言う通り。例えば警備隊長のゼリアルなんて、父親の代からここに勤めている男だろう?忠誠心も厚いから、簡単に心変わりして裏切るっていうのはどうにも解せないんだよなぁ。一番若いのはつい最近雇ったばかりの兵だけど、経歴もなにもかも洗いざらい調べた上で採用した上に、使用人の中でも群を抜いてレインを絶対的に崇拝している節があったような奴だから、こっちの方も簡単に敵方に寝返るとは思えない。だが、」
ここでいったん言葉を区切ると、ディーゼル様は深いため息をつき、
「仮に君が言ったようにアナン姫が『そういう体質』だとしてだ。仮説が真実で、尚且つ彼女がその体質を使いこなし、本当にそうい能力があると考えるなら、辻褄は通るよな。情報漏洩と裏切り者の登場については」
ディーゼル卿が頭を抱えながら、苛立ち気に言い放った。
今回の裏切り者はこの二人が特に信頼していた人間らしく、他の者にはレイン様の体質以外の様々な極秘の情報も知らされていた。私の体質のことなど、その最たる例だ。
「確かにアナン姫に関しては、いくら調べても途中で必ず邪魔が入って、そこより先の情報は手に入れられなかったんだよ。調べに行ったっきり帰ってこなかった者もいる。徹底して箝口令が敷かれていた。あまりにもガードが堅すぎてなにかあるとは思っていたんだが、まさかこういうことだったとはな。ま、それはレインに関してこちらもやっていたことだけど」
するとレイン様も頷きながらディーゼル様の台詞に続く。
「彼女が父王を影で操れるのも、納得できる。そういえばアナン姫の周りには常に取り巻きがいると聞くが。それも全員、あの国の有力貴族の『男』たちだ。それもその体質で……」
「だろうな」
私が二人に示したもしもの仮説。
あの時、アナン姫に馬車の中で私が尋ねたのは、彼女もまたレイン様と同じように、フェロモン体質なのではないか、ということだった。
彼らに共通するのは何か。一応全員の顔と名前と性格などは私も知っていたので、それらを鑑みていくと、2つ思い付くことがあった。
まず1つ目は全員が男だということ。
まあここの点に関しては、ほとんどの使用人が当てはまることだ。そもそもここの屋敷は、極端に女性が少ない。レイン様があのような体質なので、彼の身を守るために必然そうならざるを得なかったのだ。
問題は2つ目。私があの夜見た彼らは、普段の印象とは違って見えたのだ。勿論、裏切り者なんだから私たちの前にいる時と印象が違って当然なんだけど、なんというのかな、別人格といってもいいくらい、雰囲気が違ったっていうか。
それに、白いフードを被ったアナン姫に向ける視線がどうにも気になった。
アナン姫に指示を仰いでいた男たちは、彼女に対して思慕を念を抱いているように感じた。そしてその感じは、どこかで見たことのあると思いながら考えに考えて、ふと思い出したのだ。
そう、フェロモンに狂った女性たちがレイン殿下に向けるものと、非常に酷似していると。
そこからは完全なる私の妄想じみた推測だったけど、もし、アナン姫がレイン様のように異性を虜にするフェロモン体質だとして、レイン様と違って完全に制御していた場合。意図的にフェロモンを操ることができるなら、その人を自分のいいように操ることも可能なんじゃないだろうか。
私の事が好きならば、私の望む働きをしなさい…といった風に。アナン姫のフェロモンにやられ、彼女に言われるがまま情報を提供し、私たちを裏切るっていうのも……。
もっともフェロモンについては私も調査中だったし詳しいことは分かってなかったから確信があったわけじゃないけど、聞いてみる分には構わないだろう、と思ってカマかけたら、アナン姫の様子からそれがビンゴだった、ってわけだ。
「今の彼らの状況も、レイン様のフェロモンにやられた後の女性たちに似てますよね?」
私が尋ねると、ディーゼル様は肯定の返事をする。
「そう、全員大人しいものだ。だから、アナン姫がフェロモン持ちなのは間違いないだろうさ。だが、レインもフェロモン持ちなのを知っているのが謎なんだよなぁ。こいつのことはあいつらも知らないはずだ。なのに知ってるっていうのは……」
「同族の匂いを感じ取った、とかですかね?」
「もしくはレインの秘密を知る誰かが、自分でも知らないうちに情報を喋ってしまったか…」
私とディーゼル様は、同じ顔をしてうむむむと悩む。
だけど、同族の匂いを感じた、というのなら、レイン様も感じ取ってもいいはずなんだけどな。そんなことを考えてた心を読みとったのか、ディーゼル卿は首を横に振り、
「あの頃のレインにそんな芸当できないさ。なんせ、あれだけ恐怖心が先に来て、アナン姫が来た時も毎回毎回熱を出して寝込んでたくらいだからな。同族意識なんて感じる余裕はなかったろうよ」
「………悔しいが返す言葉もない」
仏頂面のレイン様が、心なしか沈んだ声でそう言った。
「別に責めてる訳じゃないっての。過去の事は今更どうこうできる訳じゃないし、仕方がないさ」
ここで初めて、少しだけ笑顔を作ったディーゼル卿はポンと労わるようにレイン様の肩を叩く。レイン様を見つめる赤の瞳は慈愛に溢れていて、浮名を流してきた女性たちに対するものとまるで違う。
本当にこの人ときたら、薔薇の貴公子だなんて言われて女性にちょっかいをかけていまだ決まった相手を探そうともしない最低野郎だけど、レイン様の事だけは心の底から大切に思っているんだなぁ、と思い知らされる。目の前でこんな姿を見たら特に。
そうでなきゃ、私を彼の妻にするために、安くはない次期公爵家当主の頭を男爵令嬢ごときに下げたりなんてしないか。
実際、兄のように慕う彼の言葉で、レイン様も気持ちを切り替えたのか、「そうだな」と言うと陰鬱な雰囲気を一蹴し、王子らしい毅然とした表情に変わった。




