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男爵令嬢と王子の奮闘記  作者: olive
1章:始まりは突然に
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4.ファーストコンタクト

2015年4月修正済み

 淡い月明かりのみが部屋を照らす中、私は王子を見つめ、突然の状況に訳が分からず、しばし固まる。けれど、それは相手も同じのようで。

 王子は濃紺な紫の瞳で、じっと私の事を見つめる。


 ……私がここにいることを、ううん、この部屋に先客がいることなんて想定外だったって顔だ。なので、空室だと思われた場所に私がいて、どうしようって固まってるってところか。だが、そんなの私だって同じだ。

 どうすればいいんだ、この状況。


 そうして永遠とも思えるほど感じる時間、互いに無言で見つめあっていた時、突如聞こえてきた声に、部屋の中の時間が動き出す。


「レイン殿下―――!?どこにいらっしゃるのですか?」

「この辺りにきっといるはずよ!探しましょう」

「そうね、片っ端から部屋の中を確認していきましょう」


 甲高い、まだ幼さを残す女性達の声。それが聞こえてきた瞬間、王子の体がびくりと跳ねた。そして自分が今しがた入って来た扉と、部屋の中の私を交互に見やり、困惑した表情のまま唇をぐっと噛んだ。


「くそっ、一体どうすれば……」


 よく見れば、彼が着ていた絢爛な衣装は…上のボタンが3つほど取れかけていた。そこから、胸の辺りがはだけている。

 靴はなぜか履いておらず、ズボンのベルトもずり落ちている。

 あんなにセットされていた髪も、その面影がないほどに乱れている。

 額には大粒の汗が流れており、そして恐ろしいくらいに整った顔に浮かぶのは、恐怖と狼狽。

 

 つまり、先ほど大広間で拝見した姿とまるでかけ離れた様子で私の目の前に現れたという訳だ。

 ……第三者の目から冷静に見て、今彼が置かれている状況は、大体理解してしまった。

 殿下は彼女たちから逃げてきたのだ。そして逃げ込んだ部屋に私という先客がいて、しかし別のところに行こうにも、時既に遅し。今出ていけば、確実に彼女たちに見つかる。どうしよう、といったところだろう。


 しかし、私としてものんびりと傍観を決め込んでいる場合ではない。

 同じところに私と王子が一緒にいる状況を、彼女達に見つかってしまえば、一体いかなる難癖をつけられるか。偶然なんて説明したところで、納得するはずもない。

 それに、目の前にこうして困っている人間がいて、それをはいそうですかと放り出せるほど、私は冷淡ではない。

 

 なので、私のとった行動は。


「レイン殿下、とお見受け致します。……とりあえずこちらへ」


 裸足のまま立ち上がると、王子の方に歩み寄り、部屋の内部に入るよう促す。

 が、王子は動かない。そして人のことを、胡散臭そうな目で睨みつけてきた。


「………何を、するつもりだ」


 じりじりと扉の方に後ずさり、警戒心むき出しの様は、毛を逆立てて威嚇する猫みたいだ。

 猫はそれでも愛らしいと思えるが、人間相手だと可愛くもなんともない。むしろ何もするつもりなんてないのにこんなこと言われると、ちょっぴり傷つく。

 

 まあ、相手からしたら私のような、どこの馬の骨とも分からないような女にいきなりこんなこと言われたら警戒するわな。うんうん、分かる。

 だから私は至って平然として、むしろ精いっぱいの優しさを乗せ、彼に微笑みかけた。


「別に何も致しません。……失礼ながら、外の女性たちから逃げて来たように思っております。見つかってはまずいのでは?そこにいてはすぐにばれてしまいます。さあ、こちらにお隠れ下さい」


 そう、説明したにも関わらず。

 相も変わらず、警戒心は解かない。そこから動かない。それどころか、


「信用ならん」


 なぜか疑いの色をますます濃くしたようで、ばっさり一言、吐き捨てるように言った。


 ……これには私もさすがにカチンと来ましたよ、はい。

 人がせっかく親切心で匿ってやろうと言うのに、それを受け入れないどころか、何をするつもりだ、だの、信用ならない、だの。

 あんた何様のつもりだ!?まあこの国で王様の次にお偉い王子様ですよね。はいはいその通り。お偉いさんですよね。だけど、だからといってこの仕打ち、あんまりでしょう!


 先ほどの、キラキラオーラ満載で、彼のような人とならうちのアネッサも幸せになれるだろう、と密かに思った先ほどの私の考えは即時撤回だ。

 面倒事になるのは目に見えているので、このまま部屋から追い出してもいいんだけど…、もともとここはお城だしな。

 むしろ不法侵入者はこの私だ。

 

 それに、殿下の態度が気に食わないなど、そう悠長なことも言ってられない。

 なにせ、足音が本当にすぐ近くまで迫っていたから。

 

 まずい、これはまずい!もうこの際、王子様がどうなろうと知ったこっちゃないが(幸いなことに暗がりの部屋&記憶に残らない平凡な容姿の私なんて、誰も覚えてないはず)、私がこの場に居合わせたって今躍起になって捜してる彼女たちにばれたら、もう面倒くさいことこの上ない!

 女性の嫉妬とは恐ろしいもの。前の世界でそれをよぉぉく理解している私は、こうしちゃおれないとばかりに王子の方までずかずか歩いていくと、その腕をぐっと掴んだ。


「何を…!?」

「黙らっしゃい!」


 ぴしゃりと反論を一蹴し、半ば王子の体を引きずりながら中に進むと、部屋にある備え付けの衣装扉を開ける。当然中には何も入っておらず、人三人ならすっぽりと収まる空間があった。

 いくら腹を立てているとはいえ、それでも相手は一国の王子。その中に乱暴に押し込めることはせず、あくまで丁寧な口調と慇懃な動作で彼の体を中に入れる。


「とにかく、しばらくそのままで。私の事が気に食わなかろうが信用できなかろうが、黙ってそちらで膝を抱えて大人しく隠れていて下さいまし!」


 私の剣幕に押されたのか、王子はもはや何も言葉を口にせず、黙って指示に従った。それを確認し、私はそっと引き戸を閉じた。

 それから何事もなかったかのようにソファに戻ると、再びだらしない格好になって目を閉じた。

 

 やがて、騒々しいハイヒールの靴音と、頭に響く甲高い声、そして何度もノックの音がしたかと思うと、廊下へと繋がる扉は再びけたたましい音を立てて開いた。

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