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男爵令嬢と王子の奮闘記  作者: olive
4章:宣戦布告
34/61

34.人生は、苦あれば楽あり

この章は、全て加筆部分になります。

 とある日の午後。

 私は日課となっている植物の世話のため、庭の片隅にある私専用の温室にいた。


「天気もいいし、みんないい感じに育ってるね」


 栽培している草花に話しかけながら、お水を上げる。ここにあるのは一見するとただの綺麗な植物。でも実際は全て何らかの効用のある草花達ばかりなのだ。これらは私がコキニロ家にいた頃から趣味で集めていた、世界各国に生息する大事な薬草の材料となる植物。それをわざわざここまで運んで、育てるスペースまで作ってくれたレイン様には、本当に頭が下がる思いだ。

 まあ、その数があまりにも多すぎて、趣味のレベルを超えてるって言われたけど。自分でもそう思う。「お前は店でも開くつもりなのか」って、初めてコレクションを見た殿下が聞いてきたくらいだ。


 そんな、私自慢のコレクションたちに囲まれて、ウキウキしながら水やりの続きをしていると、外から怒号が聞こえてきた。


「そっちに回り込め―――!!」

「確保だ、確保っ!!」


 いつものことだ。多分、殿下のフェロモンにやられた被害者女性が屋敷に侵入してきたんだろう。


 一体屋敷の護衛の人たちは何をしているのやら。こんなに簡単に侵入者を許した駄目じゃないか……って文句も言いたくなるけど、仕方がないのかな、とも思う。

 彼女たちはあくまでも被害者。だから、なるべく手荒な真似をしないようにと、屋敷を守る兵たちは殿下たちから仰せつかっているのだ。

 殿下の体質の事なんて知らない彼らは、なんでそんなに侵入者に気を遣うんだと首を傾げながらも、命に逆らう訳にもいかないのでそれに従っている。

 しかし、それがまた難しいのだ。おいそれと叩き斬る訳にもいかないし、どうやって捕まえようか…と躊躇している間に、侵入を許し、今までは殿下に、そして今は私に攻撃の手が向くという訳。

 でもここにきてから、直接侵入者と対面したことはない。最終的には彼らがしっかり確保してくれているから。


 だけど、今日は勝手が違ったらしい。いつもと違い苦戦しているみたいだった。


「どこに消えたんだ!?」

「捜せ捜せ―――っ!!」


 見失ったみたいだ。相当すばしっこかったのか。一体どこに消えたんだろうなぁと呑気に思っていると、突然温室の入り口が騒がしくなった。


「あの女!!ここにいるのね!?!?どきなさいよっ!!!」

「皆、ここにいるぞ―――!手を貸してくれ!」


 素晴らしい嗅覚で私の居場所を突き止めたらしい侵入者が、温室入り口で待機していた護衛に取り押さえられているようだ。ビニールが半透明なので外の様子が見えないから、全部推測なんだけど。

 応援を呼ぶ声に続々と兵が集まってきたけど、侵入者も負けていない。必死に抵抗を試みていて、いまやちょっとした人だかりができているのが、中からでも分かる。


「この女、なんて重さなんだ!くそっ、大の男5人でも抑えが効かん!」

「どきなさいよ!レイン様のハートを金で買った卑劣な商売人の女め!成敗してやる!!」


 騒ぎは大きくなる一方。屈強な男たちに体を押さえつけられても、体をビニールに押し付けて強引に中に入ってこようとする。このままだと、あの入り口付近のビニールが破れそうなほどだ。

 と思っていた矢先、本当に破れた。


「嘘!?」


 あれってそんなにやわなものだっけ。いやいやいや、普通人間の力では破れるような代物じゃない。しかし、現実はこの通り。


「あんたがシャナね!!」


 お相撲さんほどありそうな巨体を揺らし、取り押さえようと体にしがみつく兵士たちを引きずりながら、私をぎらついた獣のような瞳で見つめる侵入者。着ている服がピンクの可愛らしいデザインのワンピースだったので、かろうじて侵入者が女性だと分かった。

 なるほど、兵たちが捕獲に苦戦し、ビニールも破れるのも納得だ。その上兵たちを撒くほどすばしっこさを持ってるだなんて、なんて最強の侵入者だろう。


「シャナ…様、お逃げ下さい!」


 兵士がそう叫ぶ。まともにぶつかったって勝ち目はないし、ここは言われた通り逃げるが勝ちなんだろうけど…。


「大丈夫ですよ」


 忘れてはいけない、ここは私のホームである。

 そしてこのビニールハウスの中にあるのは、ただの植物ではない。

 私は手近にあった花を一輪積むと、侵入者の前へとすたすた歩いていく。こうして目の前にすると、かなりの巨体だ。この体で押しつぶされたら窒息して1分持たないんじゃないか。


「ふん、わざわざあたしに殺されに来たって言う訳か!?」

「いえ、勝機がないのに近付くほど、私は愚かではありませんよ」


 そう言うと、彼女の鼻先に先ほど採った花をぐいと押し付けた。


「そんなもんであたしをどうしようっていうんだい!」

「………」


 私は無言で彼女の様子を見つめる。すると10秒も経たないうちに、まるで糸の切れた人形のように巨体から力が抜けるのが分かる。

 そしてそのまま、前にばたりと倒れてしまった。勿論私は押しつぶされる前に避難済みである。

 この機会を逃す手はない、とばかりに兵たちは一斉に侵入者に群がると、念のために手足を軽く縛る。そして数人で担ぎあげると、掛け声をあげながら温室から出ていく。……あの運び方は、果たして手荒じゃないといえるのだろうかと思わないでもないが、それ以外に運搬方法もないのだろう。


 神輿のように担がれていく侵入者をじっと見つめていると、一人の兵がこちらに駆け寄ってきた。


「シャナ様、申し訳ございません。このような不甲斐ない事態を招いてしまいまして。お怪我はありませんか?」

「ええ。それより、あの方もどこぞの貴族の方ですか?」

「はい、侯爵家のご令嬢です。ところでシャナ様、先ほどは一体何があったんですか?シャナ様が花を差し出したら突然倒れてしまいましたが…」


 正確には、眠っているだけだ。

 私が手にしたのは、香りに強烈な睡眠効果を促す物質が入っている花だ。これを薄めると、不眠症の方には必要不可欠な睡眠薬ができる。立派な薬の一種だ。その加工前の状態のものを嗅がされたのだ。数秒で落ちるはずだ。

 実は本当に効くだろうか…と不安もあったんだけど。

 だってあんなに体の大きな人間に通常量が効くのかな、もう2、3摘んでた方が良かったかなと思っていたのだから。


「そういう訳だから、しばらくは目を覚まさないはずです」

「なるほど、勉強になります」


 私が説明をすると、若き兵士が感心したように頷いた。


 ちなみにああやって連行された侵入者たちだけど、その後の身柄はそれぞれの実家に強制送還される。で、厳重注意をされてそれでおしまいだ。

 ずいぶんあっさりした終わり方だけど、一度フェロモンに呑みこまれて気が狂って爆発すると、大人しくなるからだそうだ。だからあまり大事にはせず、注意だけで終わると。ただ何度も同じくとを繰り返すと、悪質と判断して何らかの処罰を下す。


 こうして改めて考えてみると、殿下のフェロモンというのは謎が多い。気が狂う経緯も不明だし、非常に厄介である。

 果たして私の当初の目的は達成できるのかな。殿下のフェロモンが私になぜ効かないのかもいまだに解明できてないし。

 まあ、元よりすぐに解決できる話じゃないし、もっと色々と情報を集めて解決の糸口を掴むしかないかな。コキニロ家にも、商売で世界を回る傍ら、殿下のような体質の事例がないか情報をかき集めてもらってる(勿論殿下がそういった体質だって言うのは伝えてない)。今のところめぼしいものはないけど、そちらにも期待して待つしかない。

 同時に、私は密かにフェロモンを抑える薬を作り出せないかの研究もしてるけど、成果はあまり出ていない。


 ふうむ、と考え込んでいると、まだ近くにいたらしい兵士がおずおずと声をかけてきた。


「……あの、シャナ様、そのようにさせていただいてよろしいでしょうか」

「え?あ、ごめんなさい、聞いていなかったです」


 考えごとをしていて、何か言ってたらしい兵士の言葉も右から左に流してたみたいだ。


「いえ、ですからあの壊された入り口ですが、早急に修理の手配をさせていただきますね」

「あ、そうですね」


 そうだった。あの入り口、壊されたんだっけ。確かにあのままではまずい。今はいいけど雨が降ると中に水が入りこんできてしまう。

 被害状況を確認しようと現場に足を運ぶと、壊されていたのはビニールの一部だけだったので、大した被害はない。だけどよく見ると、侵入してきた時に、あの大きな足で思いっきり踏みつぶしてしまったらしい花の残骸が周辺に散っているではないか。

 しかもその中の一つに、非常に希有な花も含まれていた。

 ここよりも遥か西の国に生息する貴重な植物。3枚の花弁がそれぞれ赤と青と黄色になっている、世にも珍しい色合いの花。偶然の産物として手に入れたと言って父様にもらってから、大事に大事に育ててたのに、まさかこんなことになるなんて……。よりにもよって、この花だけが全て踏みつぶされている。


 あまりにショックに私はその場に呆然と立ち尽くす。

 意気消沈している私に、侵入者のことを聞きつけたメリダが駆け寄って来て、


「アムネシ様の事件の傷も癒えていないでしょうに。おいたわしや」


 と声をかけてくれたけど、ごめんなさい、そっちの理由で落ち込んでるんじゃないから。ショックのあまり、それから夜まで、魂抜けかけの状態で過ごしていると、殿下にも心配されてしまった。


「恐い思いをさせたな、シャナ」

「いえ、別に怖いとかはなかったんですけど……」


 捨てるのも忍びなくて持ってきてしまったお花達。そんな、テーブルの上に乗せたお花の亡骸を見つめながら、それ以上言葉も出ず悲しみに暮れていると、私の視線の先を見ていた殿下があっと声をあげた。


「これ、アカアオキの花じゃないか。なんでこんなところに」

「アカアオキ?」

「この花の名前だ。あーー、と言っても俺が小さい頃勝手に名付けた名前だが」


 赤くて青くて黄色いから、アカアオキ。成る程、子供らしい発想だけど、妙にしっくりくる。


「これは西国原産の貴重な植物、キリナダバレラインという花です。でも、その名前の方が覚えやすいですし可愛いですね。私はそっちの方が好きです」

「そうなのか?これなら裏の山にたくさん生えてるが」

「え」


 今なんて?

 殿下の言葉に私は耳を疑う。


「こんな配色の花は滅多に見かけないからな。よく覚えている」


 確かに一度見たら忘れられない色合いだけど。

 まさか自国の、しかもすぐ近くにあるなんて!嘘みたいな話だ。でも殿下の言う通り、こんな奇妙な色合いの花をそうそう見間違えることはないだろう。

 仮にキリナダバレラインそのものでなかったとしても、亜種とか近しい品種なのかもしれない。

 これは是非とも確かめてみる必要がある。


「殿下、生息している場所を教えて下さい。裏の山のどの辺りでしょうか」

「なんだか急に元気になったな、シャナ」

「殿下のおかげです。それより、どこで見かけられたのですか?」

「山の中腹辺りだったな。今の季節がちょうど見ごろだったと思うが」


 それはいいことを聞いた。なら善は急げ。明日は特に予定もなかったし、早いうちに出かけて本当にその花か見に行かないと。

 さっきまでの意気消沈ぶりはどこへやら。私の心は既に浮上していた。


「よっぽどそれが好きなんだな。顔がにやついてるぞ」


 嬉しくて嬉しくて自然と顔がほころんでいたらしい。殿下に言われてようやく気がついた。だって本当に嬉しいのだから。


「そんなに好きなら、今度採って来てやるが」

「いえ、そんな、殿下の御手を煩わせるほどではありません。それに私、是非とも自分の目で確かめてみたいので、場所さえ分かれば一人でも行って参ります」

「そうか。なら一緒に行くか?あれの場所は俺しか知らない。行くなら早い方がいいな……明日はどうだ」


 明日!早く確かめに行きたくてたまらないから大歓迎なんだけど。


「え、でも御迷惑ではありませんか?」


 私としては、確かに道案内してもらった方が心強いし助かるんだけど。なんだか申し訳ないなぁと考えていると、そんな私の心中を見透かしたようにレイン様は少し笑いながら言った。


「気にするな。久しぶりにあそこに行ってみたいと思ってたところだ。それとも、俺と行くのはそんなに嫌か?」

「嫌だなんて!滅相もありません」

「なら決まりだな。昼前にはここに戻ってくる。準備しておけ」


 まさかこんな展開になるなんて。これもきっと、私の普段からの行いが良かったからに違いない。ついでに新しい研究用の草花なんかも捜してみても良いかもしれない。そしてあの温室に、もっと色んな種類のものを置こうじゃないか。


 あー、明日が待ち遠しい。

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