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男爵令嬢と王子の奮闘記  作者: olive
3章:VS.ザイモン家の御令嬢
31/61

31.今日はなんだか、色んな事がありました

2015年5月修正済み

 私が部屋へと戻って来た頃には、すっかり日も落ちていた。


「ようやく戻って来られましたね、シャナ様」

「ええ、本当に」


 今日はさすがに疲れた。こう、精神的にだけど。なんだか軽く頭痛もする。ある程度の覚悟はしていたし予想もしていたけど、実際こういった経験は久しぶりだったもの。

 いや、でも、よく頑張ったよ私!


 そう心の中で自分の健闘を褒め称えながら少しだけ疲労感の溜まった体を椅子に落ち着かせたところで、どたどたと何かが走ってくるような足音が聞こえてきた。


「?」


 メリダ特製のお茶(無論毒なんて入っていない)を飲み干して一息ついていた私は、何事かと思わず首を傾げて廊下の方向に目をやる。


 やがてその音は速度をあげて大きくなり、遂にこの部屋の前でピタリとやんだ。

そして騒々しい足音と共にやってきたその人物は、扉の向こうで声を荒げた。


「シャナ、大丈夫か!?」

「あ、」


 その声は紛れもなくあのお方のもので。 

 急いでメリダが扉を開ければ、血相を変えた殿下がこちらへ駆け寄ってきたではないか。


「シャナ、大丈夫だったか!?」


 そう、先ほどと同じ言葉をこちらへ投げかけるレイン殿下。

 なので私が座ったままで応対などできる訳もなく、殿下をお出迎えすべくすぐさまに立ち上がった。


「はい、お陰さまでこのように五体満足で、私シャナ、ただいま戻りました」


 スカートの裾をちょこっとつまみながら軽く挨拶を交わせば、殿下は、は―――、と大きな息を吐きながらその場に座り込んでしまった。


「…っ、良かった……」


 そう言ってもう一度、今度は先ほどよりも深くて長い安堵の息を漏らす。


 よく見れば、衣服も乱れ、髪の毛も吹き出た汗で額に貼りついている。おそらくまだ公務中だったにも関わらず、私の到着の知らせを受け急いで駆けつけてくれたのだろう。

 殿下には珍しく、廊下を走るという王族の振る舞いにしてはあまりよろしくない不作法を犯してまで。


 この身を案じてくれていた。

 

 そう考えるとなんだか胸のあたりが少しだけむず痒いようなほっこりした気持ちになる。

 そしてそれだけアムネシ様とのお茶会は危険なものだったのだ、ということを改めて思い知る。


 まあこの私があんな小娘にやられる玉ではないけどね。

その辺りはレイン殿下よりもあのディーゼル卿の方がもっとご存じだったろう。彼は妙にこういう女同士の攻防戦に関しては、私が絶対に勝つという謎の自信をお持ちなのだから。


「そんなに急いで駆け付けて頂けるなんて…。ご心配をおかけしました。ありがとうございます」

「心配するさ。夕刻になっても戻らないし、何かあったと考えるのが妥当だろう?幸いディーのとこの配下から、夕刻前にザイモン家の屋敷からお前は無事出たという報告が先んじて回ってはきたが、その帰り道に何か仕掛けてられてたのでは、とか、途中でアムネシ以外の誰かに襲われてるんじゃないかとか、あらゆる最悪な事態を考えた。いや、帰りだけじゃないな。シャナがここを出てからそのことで、ずっと頭がいっぱいだったさ」


 おかげで今日の公務はずっと上の空だったと、殿下は苦笑しながら呟いた。


「大丈夫ですよ。まあ、アムネシ様のところでは色々ありましたし、そのことに関しては陛下や王妃様、それにクライシス家の方々の耳にもお入れしなければならないでしょうが…」


 私の身はこうして無事だ。

けれど彼女が犯した罪は例え未遂に終わったとしても王家への卑劣な行為には変わりない。ことはアムネシ様の責任という範疇には収まりきらないのだから、むしろ当然だ。


 その言葉を受けると、殿下は緩んでいた表情を引き締め、立ち上がり、私の顔をまっすぐに見る。


「何かあった、ということは聞いている。何があったかも、大まかには耳にした。シャナ、辛い思いをさせて済まない。俺が原因で要らぬ苦痛を強いてしまったな」

「そうですね、本当に」


 思ったことをぴしゃりと言うと、殿下は済まなさそうに眉尻を下げ何か言おうとするが、それよりも早く私の口が動く。


「ですが殿下。何度も申しあげました通り、それは殿下との結婚が決まった時点で既に分かっていたことです。経緯はどうであれ、私はそれを了承したうえで私の意思で殿下の隣に立っています。そして私を妃に据えた者たちの思惑通り、私はアムネシ様に臆することなく立ち向かい、こうして勝ちました。これから先幾度となくこうした戦いは繰り広げられるでしょうが、私は絶対に負けません。…まあ多少は面倒ですが、殿下がお考えになられている程苦痛ではありません。ですから、」


 気にしないで下さい。


 と、彼の瞳をまっすぐに見てそう告げた。


 まったくこのお方ときたら、幾度同じ話をすれば分かってもらえるんだろうか。

思えば初めて二人で過ごしたあの夜も、すまないとか申し訳ないとか謝られた気がする。

 

 何度殿下が悪くないと主張しても、それでも気にしてしまうのが人の性ではあるだろうけど…。

仮にも次期国王様になるお方なんだし、私の事は私に任せておいてどーんと本人は構えておけばいいのに。

 それでもこうして謝罪をしてくるのは、やはり自身の体質からくる負い目か。

 だけどこうも心配されたり謝られたりしすぎると、私としてはちょっぴり悲しくもなる。

 だから今日の私はもう少し、自分の気持ちを伝えることにした。


「ねぇ、殿下。こうして殿下と共に時間を共有し、少しは私の事も分かられてますよね?私がどういう人間か」

「あ、ああ」

「私がやすやすと殿下をつけ狙う女性たちに、負けるとでもお思いなんですか?」


 そう尋ねると、思案する間もなく、きっぱりと首を横に振った。


「思わないな。お前の立ち振る舞いは、正直他の者たちの付け入る隙がない」


 一応は妃殿下という立場上、公務に参加することもある私。

当然どこぞこのご令嬢の嫌がらせや厭味の10個や20個ぐらいはこの身に受けるけど、残念ながらそのどれもが彼女たちの不発で終わっている。


 当たり前だ。この生き方には年季が入っているのだから。今更、悪口陰口なんぞでへこたれたりするものじゃない。

余裕に構えて華麗にスルーするくらいの技術は身につけているもの。


 そしてそういう場面を、このお方は実際に目にしている。私が本当に屁ほども思っていないことも、理解している。


 だったら、と、思うのだ。


「そう思って頂けているのなら。殿下、もっともっと、この私を信じて下さい。私は殿下の考えている以上に、ずっと心は強いつもりです。なにせあの殿下の身を一番案じられているディーゼル様のお墨付きなのですから」


 そう言って元気づけるように笑って見せれば、目の前の綺麗な紫色の瞳がわずかに揺れた。

 その後少しだけ、先ほどよりも陰鬱な色が抜けた声で殿下が苦笑する。


「………お前という人間は、どうしてこうも人の心を軽くするのが上手なんだろうな」

「そうですか?思ったことを言っただけですよ?」

「そうだとしてもだ。少なくとも俺の気持ちは軽くなった。確かに、うじうじいつまでも気にしてても仕方がないな。このことを踏まえてどうすればシャナの身がより安全になるのかを考えた方が、よっぽど生産性がある」

「そうですよ」


 分かっていただけたならよろしい。


 なんとなく二人で視線を合わせて笑い合う。

 この時、少しだけこのお方との距離が近くなったような気がした。何ていうのかな、お互いに分かりあえたとでも言うのだろうか。

 とりあえず私への罪悪感が少しだけ薄れたのが理由だろうけど。


 だけどこの穏やかな雰囲気に、一気に暗雲が立ち込めることになろうとは。


 その原因は――――――――――――。


「とにもかくにもお前が傷一つなく無事で帰ってこられて……」


 そこまで言ったところで、今まで優しげだった殿下の双眸が急に、すっと細く険しくなる。

 

「………頬の傷、どうしたんだ?」


 見つめる先は私の顔、の、左の頬の部分。


「え……」


 なんだっけ…?

 思い当たる節がなくとりあえず右手を問題の部分に触れさせれば、微かに感じる違和感。

 そこでようやく私は思い出した。


「あ」


 あの時。

 アムネシ様の配下の者達(実際はディーゼル様の部下だったわけだけど)に自由を奪われた時に、彼女に思いっきり扇子でひっぱたかれた、あの時のか。

 とはいっても出血もすぐに止まったし、すぐに手当てもしてもらったので、今はかさぶたのようなものが薄く肌の上に膜を張っている状態だ。


 つまりそんなにひどい怪我ではない。


 それはこの殿下だって見たら分かるだろう。実際治りかけなのだから。

 けれど目の前のこのお方は怪我の度合いではなく、私に傷が付いている、ということに酷く苛立たれているようだった。


「え、っと、これは、まあなんというか、不可抗力のような、偶然というか」


 先ほどとは一変、辺りの空気が一気にピーンと張り詰めたものに変わる。

 というか殿下、今までに見たことがないような黒いオーラが出てますけど…?纏う雰囲気が違いあまりに恐ろしかったため、思わずしどろもどろになってしまう私。

けれどそんな私の言葉を遮るように殿下は強い口調で聞いてくる。


「それでどこでつけたんだ。今朝はなかったはずだ。…やはりアムネシのところか」


 質問、ではない。その言い方は断定だ。

彼の言っていることは正解なので、観念して私も正直に話す。どうせ隠していたってすぐにばれるだろうし。


「……仰る通りです。これはアムネシ様が…金属製の扇子で私を叩いた時にできたモノです。あぁでも!そんなに深い傷ではありませんし、痛みもないですし。それにこの体は若いのですぐに消えますから…」

「そういう問題じゃない!」


 ビクリと、思いがけない殿下の怒号で体が跳ねるのはきっと私だけではないだろう。びっくりしすぎてなんだか鼓動までもが早くなる。

あまりの声の勢いに気押された私は、目をぱちぱちさせながらその場で固まる。


「全くディーの奴…、何がかすり傷一つ負わせないだ。こうしてシャナの、しかも顔に傷をつけるのをみすみす許すとは」


 突然のことで少しフリーズしてしまう私の体。それでもなんとか頭は働くので、状況を振り返る。


 なんてことはない、私に傷が付いているせいで怒っている。ただそれだけの事。だけどその怒りの度合いは半端なく、海よりも深そうだ。

 

 こういう時はどうしたらいいんだろうか。

 困った時は、殿下の事をよくご存じのメリダに……って、あれ?

 部屋中に視線を彷徨わせるけど、彼女の姿は見当たらない。いつのまに、という感じだ。

 どうしよう、とりあえずは、という感じで殿下の顔を上目づかいで見れば、彼は何かを言いたそうにして、でもぐっと堪えているような、そんな何とも微妙な表情だ。


 しかし結局言わないことにしたのか、ごくりと喉を鳴らすと、その後深い深いため息をついた。

 そしてもう一度私の頬に目を向けると、ばつの悪そうに頭を掻いた。


「悪い、急に怒鳴ったりして。シャナの傷に気付けなかった自分が歯痒くて、ついカッとなったりして。お前が悪い訳じゃないのに」


 そして今度は神妙な面持ちになると、


「本当に……痛くはないんだな」


 と尋ねてきた。

 一瞬の苛立ちは本当に鳴りを潜めたらしい。声の感じはもう怒ってはいなさそう。よかったと胸を撫で下ろしつつ、私は元気よく答えた。


「はい、全く!」

「なんでもっと早く言わなかった」

「いや、それが殿下に指摘されるまでころっと忘れていたもので」


 あははと照れ笑いを浮かべれば、呆れたような眼差しを向けられた。


 心の中で弁解しておくと、殿下をこれ以上心配させたくないからこのことは言わないでおこう、と思っていたのは事実だ。帰りの馬車に乗った直後までは。

 でも、その後疲れ果ててうたた寝しながら帰っている間に、そんな些細な傷の事なんて頭の隅の方に追いやられてしまったのだから仕方がない。

 いや、だってねえ?そんな頭がぱっくり割られたり、足が切断されたりするような命の危険を感じるような傷じゃないし。まして痛みもないのだから尚更だ。

 だけど結局こうして傷の存在がばれて心配をかけてしまったのでは本末転倒である。その辺は反省せねばならない。


「…本当に大事ではないようでよかったさ。お前のその能天気というか、抜けているな部分は正直分かりかねるが」


 はい、仰る通りです。そこは否定できず、やはり曖昧に笑いごまかす。


 と。


 何かがにゅっとこちらへ伸びたかと思うと、不意にその何かが、私のほっぺたをゆっくりと掠めた。


「っ…?」


 こそばゆさに反射的に目を瞑り、体をくねらせる。

 って、え?何、何が起こったの?

 場所はあの、怪我をした部分。しかしもう一度眼を見開いてみれば、答えは明白だった。


 暖かい、骨ばった手が私の頬をすっぽりと覆っている。そして時折、長い指が私の肌をそっと撫でる。気遣うように優しく、かさぶたが取れないよう、慎重な動きで。

 気付けばレイン殿下が先ほどよりも近い距離に立っているではないか。

その彼が、いつもよりも口をむっとへの字に結びながら、それはそれは真剣に私の肌をなぞっている。


「な……」


 なぜ、と言おうとしたのに、どういう訳か唇がわなないて声も出ない。

 心臓が一気に早鐘を打つかの如く、ドクンドクンと鼓動を速める。体が熱い。おまけに眩暈までしてきた。

 そしてそのまま訳が分からず、立っていられない衝動に駆られ、思わずその場に崩れ落ちそうになる…


「!危ない」

 

 ところをすかさず誰かにキャッチされる。殿下である。そのまま私の体は後ろの椅子に倒される。

 ナイスです殿下…そう言ってグッて指を立てたいところだったんだけど、どうやらそれは叶わないらしい。


 なんというか、体が言うことを聞かないのだ。そのまま立ち上がろうとしても軟体動物のように腕も脚もへにゃって崩れるし、先ほどよりもますます唇は思い通りに動かせない。

 おまけに鼓動は更に早く、頭の中心にまで響くほど大きく聞こえるし、殿下の顔もぼーっと霞んで見える。それにここに帰って来てからほんのわずかだけ痛みを訴えてきた頭痛が今は無視できない程に大きくなっているような気がする。


 私どうしてしまったんだろう…。


「おいお前、顔色が悪いぞ?それに体も熱い。…まさか」


 殿下が何かを言いながら掌を今度はおでこに当てる。あへぇ、ひんやりして気持ちがいいよー。


「この馬鹿っ!お前すごい熱じゃないか!!!」

「う?」


 何、言ってるんだろう殿下。なんだかよく聞き取れないや。怒っているような雰囲気は伝わるんだけども。分からない。何が何だかさっぱりだ。

 

 なんて思ってたら体が急に宙に浮いた。


「???」


 と思ったらすぐに柔らかいところに下ろされた。


 暗くて見えにくいけど、目の前にあるのは確かに殿下の顔。なんだか妙に険しい。


「メリダ!近くにいるか!?シャナにすごい熱があるんだ。医者を呼んでくれ、大至急だ!!」


 殿下が大きな大きな声で何かを必死に叫んでる。やっぱりまだ何か怒ってるのかな。今日の殿下は怒りん坊だ。

 でももう少し声のボリュームは落としてほしい。頭がぐわんぐわんするからさ。


 私の内なる想いが通じたのか、それ以上殿下が声を張り上げることはなく、通常の大きさで声をかけてくれた。


「すぐに楽にしてやる」


 楽?どういう意味だろう?

 考えるよりも早く、頭を持ち上げられ何かが口の中に押し込まれる。粉状のもの。思わずむせそうになったけど、すかさず水を入れられて反射的にごくりと飲み込んだ。広がるのは口いっぱいの不快感。


「苦い……」

「我慢しろ」


 それ以上、その苦みのあるものを追加されることはなく、きちんと喉の奥に流し込んだ私は再び仰向けに横たえられる。

 

 そうしたら、なんだか急に眠くなってきた。

 相変わらず頭は痛いし目は霞むし体は熱くてだるいけど、それを凌駕するほどにただ、眠い。

 ああ、もうだめだ、耐えられない。

 堪らず目を瞑れば、殿下が優しく耳元で囁いた。


「………………」


 言われた言葉はよく聞き取れなかった。

 しかし睡魔の誘惑には勝てず、それがなんだったのか聞き返す暇もなく私の意識は遠のいていく。


 ただ薄れゆく意識の中、ふと思った。


 そういえば、殿下から私に触れてきたのは、今日が初めてだったな、と。

メリダさんは空気を呼んで、王子が駆け付けたと同時に即部屋から退散し、外からこっそり気配を窺っていました(笑)


主人公にはまったくその気がない分、二人のイチャラブを書くのは難しいなと痛感しました。

ご期待に添えてないかもしれなくて、なんだかすみません。

王子が覚醒したら、少しは進展するの、かも、しれません。


ちなみに最後の方のシャナは熱のためか、いつもと違った仕様になっております。

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