3.一体これは、どういう状況?
2015年4月修正済み
さすがは今日の主役。
殿下が現れると、あっという間に彼は人々に囲まれていた。
最初に彼の元へ挨拶にいったのは、上流貴族と思しき人たち。
父親らしきどこかの貴族様と年頃の娘が頭を垂れながらなにやら言葉を交わしている。
状況から察するに、どう見ても、娘を是非!という感じなのだろう。
娘の方は満更でも…どころかむしろ期待するような潤んだ瞳で殿下を見やってる。一方の殿下は、当たり障りのない応対をしているようだ。
……っていうのを、先ほどからアネッサの実況中継で聞かされている私。
「あぁ!よかった!彼女は殿下のお好みではないようね。…でも次に挨拶に行かれた方は、月光に照らされた白百合、の異名を持つこの国の3大美女のお一人、サーシャ様よ。あんな方に見つめられたら…さすがの殿下でも少しは心動かされてしまうわよね、きっと……」
「へぇ、そんな人もいるのね。でも大丈夫よ、私の中ではアネッサ、あなたがこの中にいる誰よりも汚れを知らず無垢で美しい存在だから」
通りがかりにアネッサのお尻に手を伸ばしかけた下衆野郎にメンチを切りながらそう返すが、そんなものでは彼女の落ち込んだ気持ちは浮上しないらしい。
「でも…私、あまりこういった場で男の方に声をかけられたこともないし…。そんなこと言ってくれるのは、お姉様とお父様だけよ」
すまぬ、妹よ。
それは(いつもは)父と(今日は)私が全力で阻止してるからなんです。
私たちだってそれなりの方がいたら是非とも声をかけてもらいたいと思うんだけどさ。お眼鏡にかなわん奴ばかりなのが悪い。
これも親心というものだ。分かってほしい。
しかし、せっかくの可愛らしい妹の笑顔が曇ってしまうのは、私としても心苦しい。
さて、どうしたものかと思案していたら、ひょこり父様が顔を出した。
「おお、シャナ、アネッサ、ここにおったか」
『父様』
見事に姉妹でハモリながら声の主に顔を向けると、赤ら顔の父様がひらひらと手を振った。
「ご挨拶まわりはもうお済みですの?」
「おお、アネッサ、終わったぞ」
そう言いながら私の方を軽くポンと叩いた。
そして耳元で一言。
「御苦労だった」
「なんのこれしき」
アネッサ大好き同盟を結んでいる私たちが、まさか水面下でそんな会話をしているとは露とも知らず、アネッサは父様に無邪気に微笑みかけた。
「しかし父様。私初めて殿下にお目にかかりましたが、もう何と言ったらよいか。言葉では言い尽くせない程の素晴らしいお方なのですのね」
「そうだな。ワシもお会いしたのは初めてだが…。と、そんなことを言っている場合ではない。シャナ、アネッサ。今から殿下の元へ御挨拶に向かうぞ」
今日は殿下の成人を祝う日だから、全ての貴族が殿下に直接お祝いの言葉をお伝えすることができる。というか、貴族の階級順に、強制的に言わされる、と言った方が正しいのか。
ともかく、上級貴族の挨拶も終わり、次は私たち下級貴族の番という訳だ。
その言葉を聞いた途端、今まで憂いを帯びていたアネッサの顔色がぱっと明るくなった。
「では殿下と、間近でお話ができるということですか!?」
おお、妹よ。浮上してくれてよかった。
反対に私の心は(面倒くささで)滅入ってるけど。
「ねぇ、それ、私はパスという訳には」
「馬鹿者。仮にもコキニロ家の長女であるお前がパスなどとは何事か。お前がこういった場が、特にそういったことが嫌なのも分かるが、ここは我慢だ。代わりにそれが終われば先に帰っても構わん。アネッサはわしが目を光らせておくから」
「さあ、ぐずぐずしないでさっさと行きますわよお父様」
はい、帰れるのであれば話は早い。
色んな意味で心が浮足立った姉妹二人で、父様を急かして殿下の元へと足を運んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
結論。
やはり殿下は格が違った。
近くで見たら、王子様オーラマジ半端ない。
とりあえず、どんな会話をしたかは覚えてない(というか聞いてなかった)けど、アネッサの目がますますハートになったのはまず間違いない。
それは妹に限ったことではないだろうけども。
今、会場内は、楽団員の奏でる音楽が優雅に流れる場へと変貌を遂げていた。
曲に合わせて、貴族の坊ちゃんお嬢様達が手を取り合い、軽やかにステップを踏んでいる。
だが、御令嬢の方々は、踊っている者もそうでない者もただ一人の人物に釘付けだ。
件のお方は現在、金髪縦ロールキラキラの女の子とダンスをしている最中だ。この曲が終わったらきっと、ダンスの申し込みが次々と殺到するのだろう。
まあ、アネッサはいまだ殿下に夢中だから、例え他の男が近寄ってきたところで目にも入らないだろうし、父様が監視の目を光らせてるから問題ないはずだ。
帰っていいって言ってたし、いいよね、もう。
うん、帰ります。
慣れないハイヒールで正直足は限界だし、ドレスのせいで体が重い。
つまり、疲れた。
きらびやかな世界を背に向けて、私はそっとその場を抜け出す。
会場の熱気に当てられた体が、廊下のひんやりとした外気に当てられてなんだか心地よい。
火照った体が……というか、体全体というより一部分が以上に熱を持っているような気がする。
そちらに視線を向ければ、予想通りというべきか。慣れないヒールで痛めた足が真っ赤に腫れているのが、薄暗い中でも分かる。
しかし、どうしようか。一度自覚してしまった痛みは、思った以上に存在感を増してきたようだ。
ズキズキズキと、こんなに主張されてはな。困った。
このままでは廊下のあの端まで歩くことすらままならない。
休憩と言わんばかりに、傍の壁に体をもたれかけさせると、冷たい金属性の何かが手に触れた。
それはドアノブだった。
試しにと金色のそれをぐるりと回してみると。
「おお」
ノブはすんなり回り、扉は開いたではないか。
ちょうどいい、ここでちょっと一休みしてもいいかな。
開いてるんだからいいよね。
私はそそくさと中に入ると、部屋の隅にあったソファに腰を下ろす。そして、忌々しきハイヒールを脱ぎ捨てた。
火を灯す燭台も側にあったけど、月明かりだけでも十分に周りは見えるので、私はあえてそのままにすることにした。
「うわぁ」
月光の中で足を見てみると、やはり見事な靴ずれができていた。
皮はめくれ、血豆も出来ている。道理で痛むはずだ。念のためにと持ってきていた、薬草を練りこんだ布で(絆創膏みたいなものだ)その部分を覆い、痛みを和らげる。しばらくすると、すこし痛みもましになってきた。
本当ならこのドレスも脱ぎたいところだけど、ここはまだ城内。自分ひとりで脱ぎ着できない代物を、いったん脱いで着直すことなんてできるはずもないから、それは断念した。
それでも大分楽になった気がする。
私はだらしなく、ぐでんとソファに横になると、足をぽいっと投げ出す。
慣れない服装と慣れない雰囲気に、よほど疲れていたんだろう。気が付けば、私はうとうとと眠ってしまっていた。
しかし、そんなまどろみの時間も唐突に終わりを告げる。原因は、
『バタンッ!!』
眠気を吹き飛ばすほどの大音量で、扉が盛大に開く音だった。
何事っ!?
寝起きの頭では状況の理解が全くできず、ただ大きな音に驚くしかできなかった私は、慌ててその場から飛び起きた。ぼんやりとした頭で、それでもあれは扉が開いた音だと認識した私は、状況を確認しようとそちらへ目を向ける。
ただ、そこにあったのはあまりにも予想外の出来事だった。
扉が大きな音を立てて開かれた。…まぁ、鍵も掛けずにいた私が悪い。そのせいで、侵入者をこの部屋に入れてしまったようなものだから。ここで、もしも私がきちんと鍵を閉めていたら、後々起こる事態は避けられていたと思う。
問題は、誰が扉を開けたかだ。そして、何が予想外だったのか。
一体誰が予測できようか。まさか、先ほどまで少女たちと優雅なダンスを繰り広げていた件の王子様が、髪を振り乱し、知らなかっただろうとはいえ、私の休む部屋に侵入してこようとは。
そして、これが、私と王子との、最初の出会いだった。




