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男爵令嬢と王子の奮闘記  作者: olive
2章:結婚しました
24/61

24.☆水面下で動き出す

2015年5月修正済み

 メリダに全てを話終えたレインは、今まで彼女に真実を隠していたという罪悪感から解放され、肩の荷が下りた気がした。

 彼女には、これからシャナのことをよろしく頼む、と改めて伝え、無論メリダもそれに応えるように「任せて下さい」と頼もしい返事をくれた。

 すべてを吐露し気が楽になったからだろうか、その日の仕事はサクサク進んだ。日も天高く上がった頃、上機嫌で自らの執務室へと足を踏み入れたレインだったが。


「ようレイン!」


 中には既に先客がいた。 軽く手を挙げ爽やかにそう言い放った赤毛男はだがしかし、顔がにやついていてその爽やかさを台無しにしていた。

 その存在を認めた刹那、今までの機嫌が嘘のようにレインが忌々しげに眉間にシワを寄せたのにも関わらず、公爵家のその男は更にだらしなく顔を緩ませると、馴れ馴れしい様子でガバッとレインの肩に手をかけた。


「で、昨日の夜はどうだったんだ?」

 

 彼の顔を見た瞬間からなぜこの男がここで自分を待ち構えていたのか察しがついていたレインは、しらけた視線を送る。そしていつも通り、淡々とした口調で答えた。


「別に。何もなかったが」


 しかしそんな言葉で引き下がる男ではない。今度は思いっきり強い力で、レインの肩をバシバシ叩く。


「またまたぁ!男と女が一晩同じ部屋にいて、何も起こらないわけがないだろうが」

「お前なぁ……」


 他の人間ならいざ知らず、レインの事情を一番知っているディーゼルが昨夜何か起こらなかったのか、と聞くのはおかしな話である。

 いくら昨日が初夜だからといって何が起ころうか。他人事だと思って面白がっているのだ、この男は。いまだに好奇心旺盛の瞳で見つめてくるディーゼルに対し、レインはますます冷めた視線を送る。

 そして一言。


「下半身で物を考えるお前と一緒にするな」

「ひどい言い草だな」

「俺は真実を言ったまでだが。…っていうかお前、さっきから暑苦しい。寄るな離れろそしてそのまま回れ右をして、そこのドアから出ていけ」

「えぇーーーっ、レイン君ったらひどいんだから。せっかくこうして訪ねてきた兄弟同然の親友にそんな辛辣なこと言うなんて、俺傷ついちゃう」


 そう言いながらもディーゼルはレインから離れる。しかしそのままどかりと近くにあった革張りのソファに腰を下ろして優雅にティータイムに突入する辺り、出ていく気はないようだ。

 レインも、絡んでこなければディーゼルがこの場にいることは別に構わないらしい。ディーゼルの真正面にあたるソファのいつもの定位置に座ると、ため息交じりで手元の書類に視線を向ける。

 そんな彼の姿をしばらくじーーっと見つめていたディーゼルだったが、ふと神妙な面持ちになるとぼそりと呟いた。


「うまくやっていけそうか」


 その声音が思っていた以上に真面目だったため、ディーゼルが何を言ってきても無視するつもりだったレインは思わず顔を上げてしまった。


「さっきまでからかう気満々だったお前が、急にどうしたんだ」

「失礼な。確かにそうだったけど。それでもな、一応心配はしてるんだよ。シャナ嬢は俺の見立てでおそらく大丈夫だと判断して連れてきた相手だが、だからといってお前とうまくやっていけるかどうかは別問題だろうが」


 それに、レインにはすべてを説明していないがこちら側に引き込んだ経緯もあまりよろしくない。

 シャナ自体も、ディーゼルを憎んでいるのであってレインに対してはそういった感情を持っていないとはいえ、ディーゼルへの腹いせとしてレインに何か仕掛けてくる可能性もゼロではない。

 そんなことをする娘ではないと分かってはいても、不安は残る。


「俺の意見なんて聞かないで強引に話を進めてきた奴が何を今更」

「はははは」


 ごまかすような乾いた笑いを浮かべながらそっぽを向くディーゼル。確かに今更な話だ。だが、その心配もまた事実なんだろう。

 レインはふぅと小さく息を吐くと、手にしてた書類をばさりと机に置いた。


「彼女が俺の事をどう思っているかは分からん。だが少なくとも俺は、シャナと過ごす時間は嫌いじゃない」


 その答えを聞いたディーゼルは、小さく微笑んでみせる。ほっとしたような、安堵の気持ちが込められた優しい笑顔。

 よく見れば、レインの顔色は普段よりもずいぶんいい。いつも見えない恐怖に怯え、ろくに睡眠時間も取れていないのが常のレインなのに。しかも昨日は彼が怯える元凶ともいえる女性と一晩共に過ごしたというのに。

 それだけあのシャナという少女はレインにとって安心できる存在なのだろう。シャナの気持ちはこの際おいておいたとして、この短期間であの筋金入りの女性嫌いの王子にここまで安心感を与えられる…それはフェロモンが効かないという理由だけではないはずだ。


 やはりディーゼルの見立て通りだったというわけだ。

 シャナ・コキニロ。今は男爵家のご令嬢。そしてその昔は…………。

 

 そこまで考えをすすめたディーゼルは、何かを懐かしむかのようにほんの少しだけ目を細める。

 だがそれも一瞬の事。すぐにいつものおちゃらけたような表情に戻ると、からかうような口調で返す。


「で、本当に何もなかったのか?お前が異性に対して嫌いじゃないと言う…それはすなわち好きも同然じゃないか!今までそんな相手に巡り合ったことなかっただろ?」

「なんでそうなる。話が飛躍しすぎだ。…嫌いじゃないし、好きにはなれそうだが。少なくとも、異性としての好きじゃない。……というかあんな横でぐーすかぴーすか幸せそうに眠る相手に何か感じろっていう方が無理がある」


 色気も何もあったもんじゃない。まあそんなものが無いからこそレインが怖がることもなく側に居られるのだろうが。一番近い言葉で表すなら、友情とかそんな類だろう。

 レインの言葉が事実だと感じ取ったディーゼルは、途端につまらなさそうな様子で、


「なぁんだ。面白くねぇな。シャナ嬢にはあまり期待してなかったが、少しくらいはムラっとかドキっとかって展開があると思ってたのに。残念だ」

「……お前はわざわざそんなことを確認するために、俺の元にわざわざ来たのか?暇人だな」


 するとそれは心外とばかりに、ディーゼルはバンっとテーブルを勢いよく両手で叩きつける。


「失礼な!俺だってね、これでも忙しい身なわけですよ。次代の公爵家を担う期待の男だからね!その上、そんな多忙の合間を縫って美しきご令嬢方との逢引きもこなさなきゃならないから…って、ちょっとレインさん?そんな引いたような目で見ないでくれない?」

「あれだけぼこぼこにされておいてまだ懲りない女性への情熱に、呆れを通り越してむしろ気持ちが悪いと思って」

「気持ちが悪いってそんな…。っていや、そのことについては今後じっくりと話し合おうじゃないか。……確かにお前のことが心配だったってのもあるけど、本題は別にあるさ」


 そう言うとディーゼルは、持ってきた書類の束をレインの方へと手渡した。確認する為身を乗り出してみれば、そこには分厚い束が二つ。


「一つはまあまあ厄介だが恐らく問題ないだろうっていう話。もう一つはかなり厄介で回避不可能な話。…どっちから聞きたい?」

「どっちにしろあまり歓迎すべき話ではないことは分かった。…最初の方から聞こう」

「了解」


 ディーゼルはまず、向かって右側の書類を指でトンと叩く。


「まず一つ目。ザイモン家のアムネシが、シャナ嬢を招いて茶会を開きたいと言っているらしい。名目は、レイン殿下の正妻となったシャナ嬢の祝福を兼ねた親睦会」

「な…」


 アムネシ嬢と言えば、記憶に難くない。つい最近追いかけまわしてきたレインにとって忌むべき存在である。


「あの女は強敵だよな。この俺があんなに口説いたっていうのに、最終的にはやっぱりお前の方がいいってなった女だ」


 レインに恐怖を与えた制裁として、ディーゼルはいつものごとく口説いて陥落させて最終的にはボロボロに捨ててやろうという最悪な計画を執行したのだが、彼の色気が通じなかったツワモノだ。


「そういえば昨日の晩餐会。聞いたぞ?コキニロ家がアムネシにお前と同等のハイスペック王子を紹介するってやつ」

「さすがに耳が早いな」

「クライシス家の目の前で繰り広げられたことだろう?その日のうちに入ってくるに決まってるだろ。まあ、ヴェルフォートは乗り気だったみたいだが、果たして娘の方はどうだろうな。聞くところによると、お前とシャナ嬢の結婚が決まったくらいからザイモン家に不審な動きがあった。調べてみたら裏で糸を引いてたのがアムネシだ。そんな彼女が、そう簡単にお前の事を諦め切れるとも思えないんだよなぁ。で、ここに来て茶会だろ?罠の匂いがプンプンする」


 アムネシはレインのフェロモンが最も強く作用している女性の一人だ。

 だから、レインの代替えを用意したぐらいでフェロモンの効果が切れるとは到底考えられないのだ。


「……何か仕掛けてくるのはこれを見る限りほぼ確実だろうが」


 ぱらぱらと渡された書類を見ながら、レインは苦虫を噛み潰したような表情でガシガシと頭を掻く。


 そこに書かれていたのは、シャナの結婚が決まってから今までのアムネシ嬢の行動、物資、金の流れなどなど。

 導かれる結論は、どう見たってシャナを亡き者にしようとしているようにしか思えないものだった。


「かといって、まだシャナ嬢が直接手をかけられたわけじゃない。これを突き付けて追及したところで、のらりくらりかわされるのがおちだろうな」


 ならば一番簡単なのは、病気だと偽って欠席することだが。

 相手は王族に次ぐ地位を持つ。

 いくらシャナが次期国王の妻になったとはいっても、元々の立場はあちらの方が上。どんな理由であれ、そんな相手の誘いを断るというのは貴族社会において後々マイナス方向に尾を引く可能性が高い。


「おいディー。これのどこがまあまあ厄介だが恐らく問題ないだろうっていう話なんだ?十分厄介だろうが」

「え?いやまあ確かにややこしいっていうか面倒くさいっていうか、シャナ嬢に危険が及ぶ可能性がある話だが。…俺は本当に問題ないって思ってる。アムネシがザイモン家の今の立ち位置を本当に知っているなら、絶対にシャナ嬢に表立ってケンカ売る真似はできないはずだ」


 ディーゼルの言う通りである。

 ザイモン家のとある内情は、貴族たちの間では密かに知れ渡っている。そこをアムネシがきちんと認識しているのなら、たかだ男爵家と言ってコキニロ家の娘に手を出すなんて馬鹿な行為はしないだろう。

 それだけあのコキニロ家は今の貴族社会において重要かつ大きな勢力なのだから。


「シャナ嬢はああ見えて、頭は切れる。アムネシがいくら彼女を排除しようと動いたところで、一蹴されるのがおちさ。アムネシに負かされるなんて万にひとつも思っちゃいないだろうから、多分二つ返事で彼女は参加の意思を示すと思うぜ?まあもしもの時のために、俺の可愛がってる最強の護衛役の兵たちも連れて行かせるし」

「…………シャナならどうにか切り抜けられるだろうな。まさか何の裏もなく、純粋に茶会に招待されたとは思わないだろうし。分かった、とりあえず彼女の身に危険が降りかかるような事態だけはならないようにしっかりと守らせてくれ」

「任しておけ、初めからそのつもりだ」


 さて。アムネシの一件についてはこれでいいとして。

 

 もう一つ問題が残っている。今のですらレイン的には深刻な話なのに、これ以上厄介とディーゼルに言わしめる案件とはいったい何なのか。聞きたくないが、そういうわけにもいかない。


「それで二つ目とはなんだ」


 すると珍しくディーゼルの顔に陰りができる。

 珍しい。普段からいやに自信満々で大概の事をさくさくと解決してきた手腕を持つ彼がそんな顔をするとは。これはディーゼルをもってしても手強い代物だということだ。

 彼はその顔のまま、声を一段階低く落とすと持ってきたもう一冊の束に目をやった。


「こっちはもっと深刻だ。……隣国からの使者が来た。例の姫が近々結婚するから、夫婦揃って式典に出席してほしいとな。予定では今から半年後」

「……………………あれか、アナン姫か」

「ああ」


 シェルビニア国の隣国に位置するダルモロ国。そこの姫がアナン姫である。昔から親交が深い両国なので、普通に聞けばこの話は何ら問題ないように思えるし、実際、昨夜の晩餐会にも出席はしていたが。


「アナン姫はアムネシ以上にお前にゾッコンだからな。そんな彼女が想い人であるお前が結婚した直後にほかの男と結婚っていうのもなぁ。どうもきな臭いんだよ。そういや、昨日はどんな様子だったんだよ?」

「昨日は俺も忙しかったからな。あまり関わりはなかったが、言われてみればいつもよりやけに大人しかったかもしれない。で、相手は?」

「同じ国の有力貴族の息子。立場的には何の問題もないが…」


 これまでも、親交の深い両国なので互いの国の姫を嫁に出し関係をより強固にする、ということは度々あった。

 だが今回、どんなに隣国がアナン姫を親交の証に差し出すといわれても拒否し続けてきたのは、アムネシ嬢と同様、彼女もまたレインのフェロモンに深く影響されている女性だからである。

 もしもアナン姫がレインの妻になれば、彼は一体どうなってしまうのか。考えただけでも恐ろしい話だ。

 

 王族の結婚は政略結婚、レイン王子が既に相手が出来てしまったのだから、諦めてほかの相手を探す、というのが定石だろうが、アナン姫はそんなたまではない。

 見た目はほんわかとしていて砂糖菓子のように甘く小動物を彷彿とさせる少女だが、騙されてはいけない。

 外見とは打って変わり、その内面は極めて強かで打算的。獲物は決して逃がさず、手に入れるためならどんな手段も選ばない非情さと獰猛さを持ち合わせている。そして、頭もいい。ここがアムネシと似て非なるところである。

 国王である父親も、娘には滅法甘く、彼女の為ならどんなことも平気でしてしまう。

 どのくらい激甘かと言うと、3つ上の国王候補であった実兄が気にくわなかったアナン姫が、嫌いだから追い出してくれ、と言うと、その一言で国外追放をさせるほど。

 今回のレインとの結婚話だって、決まった相手もいないのに正当な理由もなく娘と婚姻関係になるのをこれ以上拒むようならば、軍を率いて戦争をけしかけようと半ば本気で脅してきたくらいだ。

 それは、このたびシャナを見つけてきたことでなんとか回避できたので、ほっと一安心していたのだが。


「一応相手の出生もなにもかも洗いざらい調べたが、何一つ引っかかる情報は出てこなかった。傍から見たら、アナン姫の結婚に至る経緯は完璧だ。疑う余地はない。だからこそ余計に何か企んでいる気がしてならないんだ」

「…………」


 確かに、これはアムネシ嬢のものよりも厄介だ。レインも先ほどとは比べ物にならないくらい険しい顔つきだ。


「…しかし、出席しないという選択肢はありえん」

「互いに喧嘩してるもん同士ならいざ知らず、古くからの同盟国だもんな。逆にそこで不参加を表明すれば、国同士の間に下手したら亀裂も入りかねない」


 二人の間に重たい沈黙が下りる。だがここで二人でうだうだ考えたところで何か解決するわけでもない。

 レインは手元のより分厚い、アナン姫のことについて書かれた方の書類をばたんと閉じると、


「とにかくまだ何かあると決まったわけじゃない。ディーは引き続き、隣国とアナン姫の周辺を調べててくれ。もちろんシャナの護衛の方も気を抜くなよ」


 ダルモロ国とのことは、外交が絡む分特に厄介だ。自国のことではないのでどこまでやれるか分からないが、それでも持てる情報網をフルに駆使するしかない。

 この王子に、そしてやっと見つけたシャナに何かあってからでは遅いのだから。


 レインの命に、ディーゼルは強い意志を携えた瞳で力強く頷いたのだった。

一応、ここで一区切り、とでもいいましょうか。

次回から少しずつ物語が動き出します。

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