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男爵令嬢と王子の奮闘記  作者: olive
2章:結婚しました
23/61

23.二人で迎える、初めての朝

2015年修正済み

 がさごそ、がさごそ。何かが蠢くようなそんな物音を耳にして、私はぱちりと目を覚ます。


「悪い。起こしたか」


 半覚せい状態の眼をこすり音の元凶に目を向ければ、身支度を整えている最中の殿下の姿があった。

 空の向こうはまだ薄暗く、時計の針も夜明けを示す時間帯。私はぼんやりする頭で朝の挨拶を交わす。


「おはよう、ございます、殿下」

「おはよう。…俺の事は気にするな。まだ起きるのには早い。もう少し寝ておけ」


 仰る通り、早い。もう少し寝たって問題ない程の時間。

 けれどさすがに殿下が気にするな、って言っても、こうして旦那様が起床しておりなお且つそれに気付いてしまった以上、起きない訳にもいかない。

 それに格好からしておそらくこの部屋をもうすぐ出そうな感じ。殿下が出て行ってから、眠たければ二度寝することもできる。なので私は殿下の言葉に生返事を返すと、上半身を起こす。


「ずいぶんとお早いですね。……もしかして眠れませんでした?」


 これまでの諸々の事情を察するに、あのような状態で殿下がはたして眠りにつけたのかは疑問だ。

 しかし私の予想とは裏腹に、レイン王子は少しだけ意地悪そうな目で私を見ながら笑った。


「それはない。お前の気が抜けるくらいのあほづ…幸せそうな寝顔のおかげでぐっすり」

「あほづ……あほ面って言いそうになってませんでしたか、今」


 言いかけたよね、今絶対に言いかけたよね!?全く、先のディーゼル様といいこのレイン殿下といい…。

 いやいや確かにアレですよ?私は絶世の美少女ではないし、眠ってても絵になるようなそんな面ではないのは分かってるけども。そして確かに気はものすごく抜けた締まりのない顔だったとは思うけどさっ。

 抗議の意味も込めてじとーっという視線を送ってみるも。王子は私の視線攻撃を華麗にスルーし、今まで見てきた中で一番いい笑顔をしてみせた。


「ベッドに入ってすぐに寝息が聞こえてくるし。一人緊張しまくっていた自分がなんだか馬鹿らしくなったよ。そうしたら自然と眠くなって久しぶりに夢も見ないほどぐっすり眠れた。本当にシャナのおかげだよ、ありがとう」

「………」


 なんでだろう、感謝の言葉を述べられているのにちっとも嬉しくないのは。


 仮にも昨日は初夜で、いくらそういった大人の関係にならないといっても、不安で情緒不安定な殿下を一人残してぐーすか寝てしまったのは申し訳ない。

 まあ、昨日は滅茶苦茶眠たかったからね。ごろりと体を横たえて目をつぶって気が付いたら今だったっていう。

 

 それでもそんな私に対して怒ることもなく、この王子様はむしろありがとうと言う。厭味か、厭味なのか?そう考えて言葉の真意を図ろうとするが、レイン殿下の顔は至って真面目。王子のその言葉には嘘はなく、心の底からそう思っているようだ。


 そんな王子の台詞に私の心は複雑だったが、とりあえず「どういたしまして」と返事をしておいた。


 それにしてもこんな時間から起き出すなんて。早いよね、起床時間。私はよいしょと掛け声をかけると寝台を降りる。

 と、ベッドに手をついた途端なぜか鈍い痛みを訴える右腕。節が痛い。なんか痛い。しかも右だけっていう。でも私にはその痛みに襲われる理由に全く心当たりがない。右腕だけ寝違えたんだろうか…そう考えながら、私は殿下の着替えを手伝うべく傍に歩み寄る。


 あぁ、ちなみにシーツは重たいし寝苦しいので、再びベッドに引き直した。で、さすがにあのぴらぴら服では心もとなかったからどうしようかと悩んでいたら、殿下が自分の着ていたシャツを貸してくれた。なので今はそれを着こんでいる。


「ちなみに殿下はいつもこのくらいの時間に起きられるのですか?」

「いや。ただ、今日は朝一に大事な会議があるから」


 殿下の上着に手を伸ばし、それを背後から着せながら問うとレイン王子はそう答えた。


「色々準備することもある。それに早めに起きて頭を動かしておかないと、うまく頭が回らない。朝に公務があるときは大体この時間だ」

「……早くから大変ですね」


 早いってもんじゃない。元の世界で言えば、新聞配達の兄ちゃんが家々を回っているくらいの時間帯だ。こういったところからも国や政治に対してストイックに向き合おうとする姿勢が伺いしれる。


「あ、そうだ」


 なかなかやるじゃないかとふむふむ感心していると、ふと思い出したかのように殿下が手を叩く。


「どうされました?」

「いや、大したことじゃないんだが」


 そう前置きすると、殿下は訝しげな表情になった。


「昨日お前が不可解な行動をとっていたから気になって」

「不可解とは?」

「熟睡しているはずのお前が暗闇の中、空中に向かってひたすら拳を突き上げていた」


 その時、私の腕が痛む謎が解けた。

 …………道理で右腕が痛いわけだ。全く覚えていないけど、拳を突き上げたくなるような夢を見ていたんだろう、私は。つまりこれは筋肉痛か。手が痛くなるくらいって、一体私はどれほどの長い間、腕を上げ下げしていたんだろう。

 そういえばなんかとても愉快で爽快な夢を見た気がするんだけど覚えていない。それと私の突き上げが関係しているのだろうか。

 

 だけどこれだけすっきりした気分なんだから、恐らく相当いい夢だったんだろう。どんなにいい夢を見ていたのか思い出せないのが悔やまれる。


「ちなみに俺やディーの名前を呼んでいたな」

「!?」


私の手が一瞬止まる。思いっきり、何度も突き上げる右腕。出演者はディーゼル様やレイン殿下。そして爽快な気分になった覚えがある私の夢。

 おお、思い出した。

 思い出したけど。


 内容はレイン殿下の前ではとてもじゃないけど話せるようなことじゃない。

まさか、レイン殿下の制止の声むなしくディーゼル様に攻撃を加えていた、だなんてね。どうやら深層心理上、私の腸はいまだに煮えくり返っているらしい。


拳を突き上げてたのは、ディーゼル様に必殺技を繰り出していた頃か。


「私にはとんと覚えがありませんね」


しかし正直に話すわけにはいかないので、しれーっとしらを通すことにした。

別段それ以上のツッコミもなく、この話は打ち切られた。これからは寝言や無意識の行動にも気を付けないと。そう自分に言い聞かせる。


「さて、じゃあ俺はそろそろ行くが」


 やがて完全に身支度を終えた殿下が、私の方に振り向いた。それからそこで言葉を止めると、私を正面からしっかりと見据える。

 あまりの真顔っぷりに私の姿勢も自然正される。そしてその雰囲気に思わずベッドの上に正座してしまう。悲しいかな、元日本人の習性だろう。


「なんでしょうか」

「シャナ。もちろんお前には厳戒態勢の警備をつけている。だが何も起こらない保証はない。あまり一人になったりしないでくれ。必ずメリダか、メリダの配下の侍女達と共に行動を」


 真剣な面持ちでそう言い聞かせてくるレイン殿下。だよね、うん、確かに彼の言う通り。

 

 これからしばらくレイン殿下のお嫁さんとしての人生を歩むことになる私の道は、決して安定も安心もできるものではない。百戦錬磨の警備兵たちの目をかいくぐる実力を持った、恋する乙女たちが私のお相手。のみならず、自分の娘を側室…どころかあわよくば私を排除して正室にしようと考える貴族の方々もたくさんいるらしいし。

 彼女たち&その親の貴族たちがこのまま何もせず黙って引き下がるわけがない。実家の方に届いた荷物の中にも、「いつか必ずその座を奪い取る」だの「殿下の心は絶対に渡さないから覚悟しとけ」等の言葉の入った書面を、嫌がらせの物品と一緒に多数頂いた。

 

彼女たちが何か仕掛けてくるのは、必至。

なるべくなら、私が無防備に一人になる状況は避けた方が無難だ。


「大丈夫です。そんな自ら危険を呼び込むような状況は、決して作りませんから」


 ま、例えそうなったとしても自分の身くらい自分で守る手段は心得てはいるが、あえてそうする必要もない。何事もなく平穏に暮らせるのならそれが一番なんだから。


「私の事より。殿下の方こそ大丈夫ですか?」

「俺の事は気にするな」


 そう言って力強く微笑むが、お兄さん、今までの感じから察するに全然説得力無いですからね。私だけじゃなくてこのお方の警備の数も増やした方がいいと思う。うん、マジで。そんな私の想いに気がついた王子は、心配するなとばかりに苦笑すると、


「俺の方は結婚が決まってからの二カ月が山場だったから。『かけこみ』が多くて」

「『かけこみ』?」

「そうだ。結婚が決まった途端、山のような贈り物やら来客やらが押し寄せてきた。俺が結婚してしまうこの二カ月の間で自分の方に気を引こうと画策するご令嬢たちからな」

 

 レイン王子がげっそりとした表情とうんざりした口調でうなだれた。


 完全に式を挙げて結婚しまったら、正妻の座に就くことは極めて困難になる。逆にその二カ月の間に殿下の心を自分に振り向かせれば、私との結婚を取りやめて自分と結婚してくれるかもしれない……、そんな、一縷の望みを托した乙女たちが、その大いなる野望をもって最後の悪足掻きをしてきたと。

 なるほど、それで『かけこみ』か。


「だが俺は既に結婚した。ディーの流した作り話もかなり効いてるし、しばらくは俺へのそういった攻撃もないだろう。代わりに、シャナの事を邪魔に思う人間がお前を排除しようと動く可能性は大いに高い。だからお前は俺の事よりも自分の身を案じておけ」

「分かりました」


 確かにこれから先、殿下への恋心を持った人たちの心は、その気持ちを私への嫉妬心や憎しみに変え、ターゲットを王子から私へと変更するだろう。

 王子を落とすにも、まずは私を排除するのが先とばかりに。結婚が決まってからのあの二カ月の間にも様々な攻撃があったことからして、これはほぼ決定事項だ。


「あ、そう言えば殿下。殿下に一つ質問があるんですけれど」


 殿下が先ほど言った、メリダ、の名前で思い出した。まだ時間は大丈夫かと聞けば、大丈夫だと言ってくれたので、私は昨日から気になっていたことを尋ねてみる。


「私と殿下の結婚に至る本当の経緯話、これって、メリダは知らないんでしょうか?」

「ああ、知らないな。俺とお前、それからクライシス家のハレリア、シャーロット、ディー。俺の両親…陛下と王妃殿下だけだ。どこから情報が漏れだすか分からないから念には念を入れろというディーの指示だ」


 そうか、知らないのか。

 逆に知ってたら、こんなすけすけセクシィ衣装なんて用意しないよね。そんなもの着て私が立っていたら、レイン殿下が怯えるのは目に見えているから。実際昨日はそうだったし。 

 これは彼女がよかれと思って用意したものなんだから。


「でも彼女は殿下の乳母で、しかも信用できる方なんですよね?でしたらその事情を話してもなんの問題もないのではないでしょうか」


 私が気になったのは、何故メリダがこの事情を知らないのかってこと。

 彼女はこれから私の専属の侍女になってもらうんだし、その辺りの事は知っていてもらった方が都合がいいと思うんだけど。


「問題ない。実際話そうとした。…したんだが」


 途端に困ったようにレイン殿下が顔色を曇らせた。


「メリダは俺の結婚が決まったと話した途端、ものすごく喜んでくれてな。小さい頃から母親よりも長い時間一緒にいてくれたこともあって、メリダにとって俺は本当の息子のようだと言ってくれた。そんな俺が、この厄介な体質を持った俺が初めて女性と恋に落ちて、周りの反対を押し切って結婚する…というディーが作った作り話にえらく感動してしまって…その、…………あんな、涙を流してまで喜んでくれたメリダに、実は嘘です、と、言えなくなってしまったんだ」

「……なるほど」


 息子のように可愛がってきた王子が自分の意思で決めた結婚。それは彼女、さぞかし喜ぶはずだ。傍から見ていても彼女が王子の事を大切に思っているのは伝わってくるし。その一連のやり取りが目に浮かぶよう。


「そういう訳で、いまだ言い出せていない」

「お気持ちは分かります」


 メリダは見るからにいい人そうだし、あんな人にそんな対応をとられてしまったら言うに言えない。その結果彼女は私たちの関係を、他の人たちと同じように誤解しているのか。

 だけどメリダはずっと私の傍にいてくれるお方。これからの事をいろいろ考えた時に、こちらの状況を把握してくれている人が近くに一人いてくれる方が私的にはありがたいし助かる。


 それにあの人に、このまま真実を隠しておくのは辛い。メリダの立場に立てば尚更真実を知らされていないのは辛いはず。

 そう言えばレイン殿下も私と同じ考えだったようで深く頷いてくれた。


「そうだな。…俺もいい加減、正直に話さないといけないと思っていた。……俺から話しておくよ。やっぱりメリダにはきちんと伝えないと」


 そして真実を知れば、部屋の衣装棚に入っている服をセクシィお色気満載服に衣替えすることもなくなるだろう。是非ともそうして頂きたい。


「よろしくお願いします」

「ああ。…それじゃあ俺はもう行く」

「あ、はい。すみません、引きとめてしまって」


 気付けば空は完全に明け、朝日は地平線をとっくの昔に超えていた。出勤前にわざわざ私の話に付き合ってくれたことにもう一度お礼を言うと、殿下は気にするなとばかりに軽く手を挙げ、颯爽と私の前から姿を消した。 


 残された私はというと。さすがに目がここまで冴えてしまったら、二度寝は無理だ。寝付けない。

 なので諦めて完全に起きることにした。侍女がいなくても自分の事は大抵できるので、軽く顔を洗い髪を梳いて整えうっすら化粧を施し。服はどうしようもないのでそのままでキープ。

 そうこうしているうちに、コンコン、と控えめにドアをノックする音が。


「はい」


 返事をすれば、聞き覚えのある柔らかな女性の声が返って来た。


「おはようございます、メリダです」

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