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男爵令嬢と王子の奮闘記  作者: olive
2章:結婚しました
22/61

22.☆そして夜は更けていく

2015年修正済み

 ひっそりと静まり返った深夜。

 眠りについていたまだ幼かったレインは、奇妙な物音を関知して目を覚ます。

 まず感じたのは耳元に聞こえる、不自然な程荒い息遣い。続いて首筋に感じる生暖かい吐息とすーっと指で撫でられたような感覚に、レインは思わずその場から飛び上がった。


ここは彼の寝室。当然外には見張りの者がおり、誰も侵入して来られないようにしているはずなのに。


 彼の目の前には、女がいた。


「あぁ殿下!お会いしとうございました!」


 狂喜を秘めた瞳で、恍惚の表情を浮かべながらそう言った見知らぬ女の存在に、レインの全身の産毛は言い知れぬ恐怖でぞぞっと粟立った。


「……っ、来るな!」


 手が震え、声も震えて裏返る。それでもなんとか喉の奥から声を絞り出してそう言うも、女に制止の声は届かない。


「あら、殿下ってばひどいですわ!今日はあんなに互いに見つめ合っていたのに。私はあの時殿下との運命を感じたのです。それなのにその言い様は」


 もちろん身に覚えがないことだ。しかしレインがそう答えたところでこの女はそれを聞きはしないだろう。すでに彼女に理性は残っていないのだから。


 馬乗りになった女からどうにか逃げ出そうと体を必死に動かすが。彼はまだ子供。小さくてか細い女性相手だというのにレインの体はびくともしない。

 わずかな月明かりの下で微笑んだ女の顔は、欲望に彩られた笑顔で醜く歪んでいた……………。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 レインにとってこのシャナという令嬢は、今まで周りにいなかったタイプの人間だ。近くにいても会話を交わしても目を合わせても、狂うことなく彼の傍にいられる特殊な女性。

 自分よりも年下なはずなのに、なぜかそうは感じさせない少女。何度怯えてびくついた態度を取ろうとも、レインの置かれた状況を冷静に分析し、彼の不安の種を取り除こうと振る舞ってくれる。

 

 そんな彼女と初めてまともに会話してみて、ああ、彼女ならと妻に推薦してきたディーゼルの考えも十二分に理解し納得した。

 

 フェロモンが単純にきかないというだけではない。

 頭の回転は速く、状況分析力に長け、人の気持ちを推し量り思いやれる度量を持っている。外交でも国の顔として、時には政治の中枢で国のために動く機会の多い未来の国王の妻としては、それらの能力は必要である。

 

 また彼女との会話は楽しく、まるで旧知の友人といるかのようにレインの心は安らいでいた。気が付けば時計の針はとっくの昔に次の日に切り替わっていた。


 だが、一緒の寝台で眠るというのは、これまた別問題である。

 

 女性に対していい思い出などないレインだが、特に夜、就寝時は身の毛がよだつ体験をしたことが多い。それがトラウマとなり、夜は浅い眠りしか取れなくなった。わずかな物音でさえも目が覚める。毎日いつ襲われるかもしれない恐怖で眠れず、気が付けば朝になっていることもざらだ。


 そんな彼だから、シャナの申し出にはさすがに戸惑った。

 長年染みついた悪夢の記憶は消えない。しかしレインには巻き込んでしまったシャナを守る責任がある。そう己の心を奮い立たせいざ隣の寝室に向かうが。


「…………」


 ベッドは広い。彼女の言う通り、普通に眠る分には十分すぎるほどの大きさだ。 いや寝台の大きさなんて関係ない。シャナが相手なら絶対に何も起こらない。頭では分かっていても、恐怖と躊躇で体が固まるのは無理もない。

 そんなレインの葛藤をいち早く察知したシャナは、突然白い布を手渡してきた。いったい何なのかと尋ねれば、彼女はなんてことのない様子で答える。


「もしも心配であれば、この布で私の手足を縛って下さい。ついでに目隠しをして頂いても構いませんが。そうすれば私は身動きが取れないですし、万が一にも襲い掛かられる心配はありませんから」

「………」


 その答えに、一瞬レインの思考能力は停止した。それからゆっくりと彼女の言葉を噛み砕いていく。

 

 彼の持つ恐怖心は、特に就寝時に増大することを察した彼女の提案。つまり怖いのなら縛っても構わない、と。なるほどそれもありかと鈍い頭で納得しかかったが、瞬時に待ったの声が脳内に響き渡る。


 フェロモンがきかない、危険な女性ではないと分かっている相手に対してその仕打ちはおかしい。嫌がる彼女にこの短期間でさんざんな迷惑をかけてきたのに、その上まだそんな仕打ちをするのか。

 それに、そんなことをしていざ侵入者が現れた時、彼女はどうにもこうにも身動きが出来ない状態。動きを制限された彼女を見て、侵入者がどういった行動をとるか予測不可能で怖い。自身の身の上でさえ守り切れていないのに、それと一緒に彼女を守りきれるかどうかも今のレインには定かではない。

 後は、仮にそんなところを誰かに見られでもしたら……という危惧もある。


 結果、レインはシャナの申し出を丁重にお断りすることにした。


「その、心遣いはありがたいんだが、お前が寝苦しいだろう」

「ご心配なく。私、寝る時は一切動かないんで縛られても不自由はありません。朝殿下が起きるときにでも外して頂ければそれで」

「あー、そ、それにもしもお前が手足を縛られ目をふさがれて眠っているところを誰かに見られでもしたら」

「その時は、そういうプレイですってごまかしたらいいじゃありませんか」

「ぷ、ぷれいか?」

「はい、プレイです」


 迷いない口調ではっきりそう発言したシャナに、さすがのレインもどう返していいかわからなかった。

 女嫌いのレインだが、男女の間にそういうめくるめく世界が存在しているのは知っている。ただ、自分には関係が無いと思っていたのに。

 もしも彼女のお言葉に甘えて縛るとして、誰かにその場面を見られる可能性は非常に高い。そしてその相手は、侵入者よりもメリダの可能性がおおいにある。

 

 彼女はレインの幼い頃から世話をしてくれている。彼女の性質はお見通しだ。

 つまり、そんなことをしてプレイと間違って彼女に認識されてしまったら。おしゃべりなメリダの事だから、噂はあっという間に屋敷中を駆け巡るはず。

 事情を知っているディーゼルでさえ、そのことが耳に入ったらにやにや顔でからかいに来るにきまってる。

 それどころか屋敷の者達に、面と向かって言わないにしろ、そういう嗜好の持ち主だという生暖かい目で見られた日にはもう……!!想像しただけで悶絶したくなる。顔が引きつってしまうのも仕方がないことだ。


 それでも彼女の気持ちだけ受け取る形にして、布たちは元あった場所に戻させた。


 そういった一悶着を経て、ようやく就寝となったのだが。


「………」


 眠れない。

 ベッドの端と端に横になったシャナとレインだが、彼の瞼は重くなりそうにもない。幾度も体勢を変えてみるも、やはり眠れない。予想はしていたことだったが。 今日はいつも以上に疲れているからきちんと体を休ませたいのだが、全身が緊張で強張りピーンと気が張り詰めている状態に無意識になってしまうのだから、どうしようもない。

 このままの状態で、朝が来るまでここで過ごさなければならないかと思うとうんざりした。


 しかし、自分はともかく、シャナの方はどうなのだろうか。

 ふと気になって暗がりの中目を凝らして見るが、遠すぎるため彼女の状況が全く見えない。ただその場から動いた形跡はない。

 そうやってしばらくシャナに目を向けていたレインだったが、突如シャナが声をかけてきた。


「殿下」


 小さく消え入りそうな声だったが、レインの耳には十分届いた。なんだ、彼女も眠れないのか。そう思いながら、レインは返事をした。


「なんだ」


 だが、待てども待てども一向にシャナから返事は返ってこない。一体どうしたんだ、何か用があるんじゃないかと思ったレインは、今度は自分の方からシャナの名を呼んだ。


「おい、シャナ?」


 しかし返ってきた言葉は。


「ディー…ゼル、卿……」


 なぜか彼の親友の名前。なんでいきなりディーゼルが出てくるんだ。シャナのあまりの訳の分からない切り返しに、レインは頭を悩ませる。その間にも、シャナはまたまた謎の発言をする。


「もう一発………」


 もう一発?ディーゼルが?自分が?というかもう一発ってなんだ。なにが言いたい。

 意味深にとれるシャナの言葉に、訳が分からなさすぎて考えることを放棄したレインは、彼女の言わんとしていることを尋ねようと今一度名前を呼んだ。


「シャナ。何が言いたいのか教えてくれないか?」


 1,2,3……1分経ち、2分経過し、それでもシャナは何も言わない。代わりに聞こえてきたのは。


「ぅーーー」


 謎のうめき声、そして規則正しい、寝息。


「………おい」


 まさかと思い、起き上がっておそるおそる彼女の方へ向かい様子を見てみると、

カーテンの隙間からわずかに入り込む月明かりに照らされていたのは、幸せそうな微笑みを浮かべて夢の世界に旅立っているシャナの姿。


「…さっきのはもしかして寝言か?」


 この質問に明確な言葉で回答する者はいないが、彼女のその深い眠りに落ちた顔と寝息が答えだろう。

 つまり、レインなりディーゼルなりが彼女の夢に出演していて、もう一発といわれる何かを行う最中なんだろう。眠っている人間に声をかけて返事が無いのも当たり前だ。


「………」


 とりあえず、彼は元いたベッド上の彼のテリトリーに戻る。そして再びごろりと横になる。


 自分の緊張なんてよそに、とっくの昔に相手は寝ていた。なのに一人びくびくしたり緊張したりしていた自分が、彼は急に馬鹿らしくなった。

 今夜何かが起こるはずがない。やはり彼女はフェロモンが効かないとこれで完璧に実証されたわけだし。

 

 そこまで考えると、彼は自身の胸の内にあった緊張感や恐怖、そういったものがすとんと抜けていくのを感じた。そして誰に聞かせるでもなく、レインはため息交じりにこう呟いた。


「あほらしい。……俺もさっさと寝よう」


 そう言って目をつぶると、なぜか自然と眠気が襲ってくる。さっきまで目を閉じても眠れる気なんてしなかったのに。それからしばらくしてレインもようやく眠りに就くことが出来た。

 

 その日の彼は、隣に誰かがいるという最も難易度の高い状況だったにも関わらず、久しぶりに夢も見ないほどに熟睡できたのだった。

シャナの見ている夢。彼女の中で、元凶を作った彼の君は大変な状況になっております(笑)

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