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男爵令嬢と王子の奮闘記  作者: olive
2章:結婚しました
19/61

19.私は、シーツの妖精です

2015年5月修正済み

 さてさて、晩餐会が終わってみんな解散!となったって、残念ながら私の一日はまだ終わらない。


「おかえりなさいませシャナ様」


 くたくたの体を引きずって、今日からこの屋敷で私に与えられた部屋に戻れば、そこにいたのは人のいい笑顔を浮かべた50代前半のマダム。

彼女の名前はメリダ。レイン殿下の乳母で、殿下が大きくなった後も城で殿下の身の回りをお世話をするかたわら、女性使用人たちの実質トップであるメイド頭として指揮をとり、本日付で私専属の侍女になったお方である。

 無論これは偶然ではない。

 彼女は王子の秘密を知り、なお且つそのフェロモンがきかない数少ない人物。レイン殿下の嫁という多くの女性に妬まれそうな私の侍女になってもらうのに、彼女ほどの適任者はいないということらしい。


 正直色んな意味で肉体的にも精神的にも疲れ果てた私は、さっさと寝てしまいたいところなんだけど、それを彼女は許してくれない。

 手慣れた仕草でドレスやらコルセットやらを外すと、今度はバスルームへ強制連行。

 

 で。

 そこから彼女の連れてきたもう一人の従者とともに二人がかりで、これでもかってくらいに体中をぴかぴかに磨き上げられた。

 確かにね、肌は自分でも信じられない程真っ白になったし、もちもちでつるつる。ヘッドマッサージも気持ち良かったし薔薇が浮かべられたお湯も最高だったけど。

 そんなところまで丹念に磨かなくても…っていうか他人に見られるのはさすがに恥ずかしすぎる。いくら相手が女性でも。


 お風呂から上がった私は、羞恥心と色々な体の部分を暴かれたショックで疲労困憊してそのままベッドにダイブしたくなったんだけど。


「シャナ様、まだだめです。今夜は大事な日なんですからきちんとしなければいけませんよ。なんてったって今夜はお二人が結婚してから初めて過ごす初夜なんですから」

「分かってますって…」


 そう、私の体がここまで時間をかけて丹念に磨き上げられたのも、今夜のためで。

 つまりこの後私を待っているのは、新婚さんにとって最大のメインイベントといっても差し支えない、一夜を共にするというものなのだ。

 ただ、私は大して好きでもないレイン殿下が相手だし、王子にしたってじんましんが出るほどの女性嫌いなんだから、むしろそれは拷問に近いかもしれない。

 ていうか、そもそも二人で部屋にいたって、そんな甘いイベントは起こらないって断言してもいい。

 

 そんな私の考えをよそに、メリダの手はちゃきちゃき進む。髪は綺麗に梳かれ、顔にはうっすら化粧を施され、薄手でセクシーなネグリジェと長めのカーディガンを着せられ、ようやく彼女の納得のいくものが完成したらしい。


「よし!これはレイン様もさぞお喜びになられることでしょう!」

「はあ、そうですか」


 うーん、ひらひらすけすけのネグリジェは、胸元はかなりがばっと開いており、そのくせ丈も太ももの上の方までしかないからかなり色っぽい。カーディガンを上から羽織っているお陰であまり目立たないが、これを脱いだらもう色々な意味でまずいと思う。下着が丸見えだからね。

 これをアネッサなんかが着たらさぞかし似合うんだろうけど、残念ながら平凡顔で平凡体型の私が着てても全く色気もない。服に着られてる感がすごいする。なので一応抵抗の意思を示してみるも、

 

「あ、あの、この格好はさすがに…。恥ずかしいにもほどがあるんですけど。もっと露出度の低くて難易度が低いものってないんですか?」

「駄目です」


 瞬殺で却下された。


「さて、後は殿下がこちらにいらっしゃるのを待つだけですね」

「はい、そうですねぇ」


 仕方がない。メリダさんがこの部屋から退散したら即刻着替えよう。そう決意して、彼女を部屋から出そうとした矢先。


「レイン殿下がお見えです」


 殿下の来訪を告げる声が、ノック音と共に部屋に響き渡った。 


 もしかしたら女性嫌いの王子様は恐怖のあまり、新婚初夜である今夜、私の部屋なんて訪れてくれないかもしれない。

 私たちは熱愛の果てに結婚した夫婦なんだから(噂では)、初めての夜に一緒に過ごさないなんておかしすぎる。そこから私たちの噂話に疑問を持たれて、実はあれはまやかしで、実際は二人の間に愛なんて存在しないとばれたら…。

 これまでの比じゃないくらい、私という存在を消そうと躍起になる人たちが出てくるに違いない。

 それは困る。それにそうなれば、殿下の本当の愛を得ようと、力ずくで事を起こして既成事実を作ろうとする輩も出かねない。

 双方にとってコレはまずい。


 ……と、ひそか密かに危惧してたんだけど、殿下は逃げずに夜這いされに来られました。


 それはいいんだけど、きっと、私が他の女性たちのように殿下になにもしないって安心してるから来てくれたんだと思う。


 だというのに私のこの格好、非常にまずいよね。ぼんきゅっぼんじゃない貧相なこの体にセクシィーネグリジェは似合わないとか、似合わなさすぎてまずいとかっていうのもあるけど。

 そもそもこんな戦闘態勢な服、あの方が見てどう思うか。カーディガンがあるとはいえ、ボタンがついていないタイプだから前半分はがら空きだし。つまり胸とかおなかとか下の方とかカーディガンで隠しきれずにもろむき出し。

 いやあ新婚の妻としては百点満点かもしれないけど、今まで散々貞操を奪われかけてきたレイン殿下からしたら、恐怖心を煽るだけなんじゃないか。

 そう思ったから着替えたかったっていうのもあったんだけど間に合わず、そして。


「……………」


 やはり予感は的中した。果たしてレイン殿下は部屋に入るや否や、私の姿を見て固まり、顔をひきつらせながら視線を逸らしたから。顔色真っ青だし額から謎の汗が噴き出してるし。

 こんなの、何かする気満々に取られてもおかしくないもんね、うん。


「え―――と、レイン様」


 躊躇いがちに声をかければ、体を震わせながら私と距離をとり、初めて出会ったあの夜と同じようなリアクションをとられた。顔には怯えがありありと浮かんでいる。

 そりゃあそうなるよね。フェロモンがきかないっていうお触れで私と結婚までしたっていうのに、何もしないって言ってたのに、こうもやる気満々な格好で部屋で待ち構えられたらさ。動揺もするだろう。


 とりあえず、さっさとこの服装から着替えたほうがいいだろう。私は入り口近くで固まっている王子に背を向けると、隣接されたベッドルームに入り、そこにあった衣装棚をごそごそ漁る。漁る。漁る…。

 

 ………どれもこれも今の服装に似たり寄ったりの、胸元全開の下着チックなものしかないじゃないか。まともな服も何着かあったはずなのにそれが一枚もないとは、あのお方の仕業に違いない。

 仕方がないので私はベッドからシーツをひったくるとそれを身体に巻きつける。

 キングサイズベッド用のシーツだからずるずる足元を引きずるぐらいに長いけど、さすがに切る訳にもいかないから裾はそのままに再び王子の元へ戻る。

 

 すると今度は別の意味で驚いたように王子は目を見開くと、私の顔を見てまたまた固まった。

 そしてきっかり十秒後。ようやくこの部屋に入ってからの第一声を口にした。


「………一体何だってそんな恰好をしてるんだ。というかそれ、シーツだろ?」

「はい、シーツです」


 シーツの妖精です。まごうことなき純白の未使用シーツです。

 だって仕方がないじゃないか。これ以外に体を隠せそうなものがなかったんだから。

 しかし王子は突然の私のこの行動に戸惑っているらしい。

 それはそうか。なので私はありのままを説明した。


「お見苦しい格好で申し訳ありません。ですがまともな服が一枚も見当たらなくて。殿下があまりにも怯えていらっしゃったのでせめて隠せるものはと探してみれば、このシーツしかなかった次第です。あ、ちなみにこのランジェリー、私の趣味ではありませんから。メリダが、せっかくの新婚さんなんだし、こういう服装を新妻が着てたら旦那さんは喜ぶ、女嫌いのレイン殿下も好きな女性相手だったら絶対に興奮して初夜も盛り上がるから……って半ば強引に着せた代物です」


 つまり、私は殿下に襲いかかる意思はありませんと遠まわしに伝えたつもりだった。そしてその思いはどうやら伝わったらしい。

 ようやく私に対する警戒心を解いてくれた。

 強張っていた顔は緩まり、鋭かった眼から険がぬけた。


「悪い、気を遣わせたな」


 ばつが悪そうにそう呟く殿下。


「いえ、私の方こそ、いきなりこんな恰好で驚かせてしまって申し訳ありません。ネグリジェ姿よりはましかと思いまして。…ええと、これなら怖くないですよね」

「ああ、大丈夫だ」


 よかったよかった。また最初の頃に逆戻り!?今日せっせと会話を重ねて殿下との距離縮めた、あの時間はなんだったんだ。

 と、一瞬絶望しかけたから。

 

 が、しかし。怖くない、大丈夫って答えた王子だったのになぜか再び眉間にしわを寄せ難しい顔になる。そして口元を歪めると自身を嘲るように笑った。


「全く、俺は情けないな。初めて会った時もそうだったし、今日の式の時もだ。俺はお前に気を遣わせてばかりだな」


 今日の式………ああ、腕を組んだ時に緊張をほぐそうとして言ったあれか。


「いいえ、お気になさらないで下さいな。事情はディーゼル様から聞いております。私は情けないだなんて思わないですよ。小さい頃から色々あれば、それはトラウマにもなりますもの。それにいくら相手が自身のフェロモンがきかない、って聞いていても、怖いものは怖いですよ」


 そんなそんな、長年染み付いた女性への嫌悪感や恐怖感が拭えるはずもない。話では私がフェロモンがきかないある意味特異体質だって聞いてたところで、今まで同い年くらいの女性でそんな人にお目にかかったことがないんだから、それが事実か疑わしくも思うだろう。

 もしかしたら長く時間を共にすれば、そのフェロモンとやらに私がやられてしまい、他の人たちのように理性がぶっ飛んで襲い掛かってくるんじゃないかって心配しても不思議じゃない。

 今まで数々の修羅場をくぐって来たんだろう王子が、私に対して怯えても仕方がないことだ。


「それに殿下だって私に気を遣って下さったじゃありませんか。貴族の方々の顔と名前がうろ覚えだった私に、わざわざお名前を教えて下さいました。お陰で何とか記憶にとどめることができました。だから、もう過去を振り替えるのはよしましょう!ここは持ちつ持たれつの関係で、ね?」


 そう言うと、ようやく殿下の顔に少しだけ笑顔が浮かんだ。


「それにしても、……シャナ、お前は本当にきかないんだな」

「殿下のフェロモンが、ですか?」


 私の質問に、殿下はああと答える。


「初めて出会って看病してもらった時から、他の人とは違うとは感じていた。あの時と今日。一緒に過ごした時間はごくわずかだが、それでもこれくらいの時間を共に過ごせば今までなら間違いなく他の女たちは豹変していた。…それでさっきあの格好で出迎えられたとき、やはり駄目だったかと焦って固まってしまったんだ。だがやっぱりお前は変わらないんだな」

「変わらないですね。……残念ながら、私は殿下の美しい顔にドキドキすることもなければ、その体に触れてみたいなんていう痴女の如き願望も湧いてきませんし、ましてや襲い掛かりたくなんてこれっぽっちも思いませんよ」


 イケメンさんだとは思う。思うけどただそれだけだ。そうどきっぱりと答えた私に、殿下はどこか興味深そうな目で見てくるのだった。

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