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男爵令嬢と王子の奮闘記  作者: olive
2章:結婚しました
18/61

18.売られた喧嘩は、買いましょう

この部分が追加部分になります

 夜になっても私が解放されることはない。

 民衆にお披露目が終わったら、今度はレイン殿下の邸宅で貴族様や招待客たちとの晩餐会である。

 ディナーに際し、私と殿下は衣装替えだ。

 

 私は上質な紺色のビロード生地のイブニングドレス。

 フリルやレースなどは一切ない、シンプルなものだが、耳と首元に存在感のある一粒ダイヤが装飾品としてあるので、全体的にシックでありながら上品ないでたちに仕上がっている。あと、体型も細く見えるという効果もあり。

 殿下も私とお揃いの紺色の礼服だ。

 ちなみに提供はコキニロ家。さすがは父様、いい仕事してる!


「髪と瞳の色に良くお似合いですよ殿下」

「ありがとう。き、き、君もよく………その、に、似合ってる。その美しさは…ま、るで、夜空に浮かぶ星々の、き、煌きを、集め、た、かのような………」

「……………というか、殿下。私の印象ではそんな臭い台詞を言うような方ではなかったと思うのですが。しかも顔も湯気が出そうなほど真っ赤です」

「仕方ないだろう、女性を誉めるとかそういったことは、元より苦手なんだ!だがディーゼルに、自分の花嫁くらいは上手に褒められるようになれと言われて…。あいつに女性の喜ぶ褒め言葉を教えてもらったから実践しようと思ったんだが。やはり俺にはあいつの台詞を使いこなす度量はない。すまない、だが、よく似合っているというのは、その、だな、ほ、本心だ」

「そもそもあの方の言葉を参考にすること自体が間違っていると思いますが。殿下の御言葉は素直に受け取らせていただきます。ありがとうございます、お褒めに預かり光栄でございます」


 そう言ってスカートの裾を軽くつまみながら頭を垂れれば、レイン殿下はやっぱり赤らめた顔のままぷいと目を背けた。

 なんというかこうしてみると、レイン殿下は実に可愛らしい(さすがに男性に対してそんなこと言っても嫌がるだろうから、心の中にとどめておくけど)。


 最初はどうなる事かと思ったけど、これならうまくやっていけそうだ。こうして会話も成り立つ訳だしね。

 式前のあの短い会話が功を奏したのか、あのあと、二人で少しだけ話をすることができた。

 初めこそ緊張のせいかぎこちない対応だったけれど、徐々に会話も進むと、殿下もまだ若干の固さはあるが…私が彼に危害を加えることがないと分かって安心したのか、もうびくびく怯えることもない。

 で、晩餐会前の今は、こうして普通に会話を交わせるほどになったという訳だ。


 さて、殿下との関係にも光が見えたところで、一難去ってまた一難。

 次に私に振りかかる試練というのが、この、晩餐会だ。

 何が災難かというと、ここには国内外問わず貴賓来賓の方々がいらっしゃっている。私はこれでも、次期王妃候補。もしも私が失態を犯そうものなら、厄介なことになる。私はどう思われてもいいが、私のマイナスイメージ=殿下のイメージ低下という方程式が成り立つ以上、細心の注意と神経を使わねばならないのだ。


 私の一挙一動に皆の目が集まる。

 特に今回の結婚に対して、内心では良く思っていない貴族たちは多い。油断も失敗の一つも許されない。


 あと、個人的な使命が一つ。

 ここにいる主要な貴族たちの顔と名前を覚えることだ。

 実は私、貴族の方々の名前と顔があまり分からなかったりする。普段からそう言った場に出ることを拒み続けてきた付けが回ってきたのだ。

 しかしこれから一応、王族の一員になるのだから、それはまずい。だからこの晩餐会をチャンスと捉え、脳裏に刻み込む。


 あ、でもさすがにそれは私の力だけではどうにもならない。

 協力者が必要だ。そしてその相手は勿論、晩餐会で隣に座る私の旦那様である。


「殿下、御鞭撻のほどをよろしくお願い致します」

「ああ、任せておけ」


 そう言って力強く笑いかけてくれた。心強いお言葉である。頼もしい限りだ。

 その男気溢れる頼もしさで、互いに望んでなかった私達の仕組まれた結婚式を強引に中止に持っていってくれたらよかったのに………なんて言ったら可愛そうなので、それも心の中で呟くだけにしておこう。

 殿下がこちらの心中を思って、結婚を取りやめようとしてたというのはディーゼル卿から聞いてて知ってるしね。そしてそれは、殿下の力ではどうしようもなかったことだったっていうのも勿論分かってる。


 しかし……ものすごい数だな、さすがレイン殿下主催の晩餐会なことはある。

 テーブルに着いた私はあまりの人の多さに絶句してしまう。現在この国で爵位を持っているのは198家。爵位をもつ家長とその妻がペアで参加している。

 後は周辺諸国からのゲストの皆様。

 でも、全ての覚える必要はない。私が絶対に記憶しないといけないのは、伯爵家以上の爵位をもつ人たちだ。それでもその数は89家。


 大丈夫かな、私。

 ……いや、弱気はダメだ、シャナ。うん、きっといける。記憶力には自信があるからね。


 初めに殿下の挨拶から始まり、そこから食事がスタートする。

 内容は、日本でいうフランス料理のようなもの。食事マナーも日本のそれとほとんど同じだし、そこは前世の記憶と現在の父様から教育の一つとしてテーブルマナーは叩き込まれてたから完璧なはず。

 そうやってマナーを気にしながら、勿論口に食事を運びながら、私はひたすら小声で繰り広げられる殿下の説明に耳を傾けていた。


「まずは俺の隣が、二大公爵家のひとつ、ザイモン家の当主ヴェルフォートと妻サルレ。シャナの横が、ディーゼルのところのクライシス家当主ハレリアとシャーロットだ」

「ヴェルフォート様と…、はい、大丈夫です」

「サルレの横は、パルメス侯爵のサバンデルとヨハン、その隣がファフリス侯爵の……」

「ヨハン様…、と、はい、はい」


 なんて会話をしながらも、更に、近くに座る公爵家の方々ともにこやかな顔で会話をしなければならないという超ハードスケジュールである。


 そんなことをしながらもなんとか、半分ほどの顔と名前を頭に入れ終わった時だった。


「いやあ、しかしまさか殿下がシャナ様をお選びになられるとは、全く予想外でしたな」


 大きなおなかをした、父様と並ぶほどの恰幅の良さを誇る、クライシス家のハレリア様が、わははと豪快に笑いながらそう言った。

 この方は、本当にあの、ディーゼル様の親なの?と疑いたいくらいにタイプが違う。なんというか、裏表のなさそうな、おおらかな性格のお方に見える。奥様も上品だけど見るからに優しそうな貴婦人という感じ。

 殿下にこっそり聞いたら、見たまんまの人なんだと。


 一方のザイモン家はというと。


 白髪をきっちりとオールバックに固めた、見るからに神経質で意地の悪そうな細身のおじさま。御婦人も雰囲気が似ていて、気位の高さが滲み出ている。性格の悪さがそのまま顔に出ている。話し方も二人とも厭味がかっていて、人を不快にさせる。

 で、これも率直に感想を殿下に伝えたら、こっちも見たまんまの評価だとさ。


 国を支える二大公爵家っていっても、こうも違うなんて。

 しかも、王家もここ最近はザイモン家よりもクライシス家の方を懇意にしており、それがザイモン家の人間が荒れる理由の一つなんだって。

 いや、それは王家の気持ちも納得できるよ。いくら国家の建設に力を尽くしてくれた家だって言っても、こんな、狡猾そうな人間が民の信頼を得られているかどうかなんて火を見るより明らかだし。それに能力も、ディーゼル様を見たら分かる通り、クライシス家の人間の方が優れているんだと。


 あと、殿下は個人的にもザイモン家が苦手みたい。

 理由は、私と殿下の結婚の不本意にも決め手になった、あの夜の、あの出来事。

 殿下をしつこく追い回していた厭味な御令嬢達の中心にいたのが、ザイモン家の娘だから。

 性格の悪さは、どうやら遺伝らしい。

 

 そんな意地の悪い公爵家の御当主は、クライシス家の言葉に同意するかのように言葉を続けた。


「そうですな。私の娘との縁談を蹴ってこのような娘と縁を結ぼうとは」

 

 はっきりと口には出さないけど、込められているのはあきらかに私に対する侮蔑と厭味だ。

 しかし、さすがそれに相対する裏表なしの素敵なハレリア様。


「そうだな!このような、コキニロ男爵家の優秀な血筋を受け継いだお嬢さんを嫁にしようとは。さすがは我らが殿下だ!」


 見事に褒め言葉へと転じてくれた。多分彼は、ヴェルフォート様の厭味に全く気が付いていない。


「確かに容姿は他の娘たちと違って華美さはない。一度見ても忘れてしまえるほどだ。が、シャナ様からはそういうものとは別のもの、そう!知性が滲みでている!聡明な女性ほど、殿下の隣に立つにふさわしいものはないであろう」


 ……私の容姿があまり美しくない、と、暗に言われているけど、彼に悪気はないのだ。気にしないでおこう。


 だが、ヴェルフォート様だって負けてはいない。

 彼は私に対して嫌悪感がある。未来の王妃候補として手塩に育ててきた可愛い娘が、よりにもよって格下の新興貴族の、平凡娘に負けたのだ。引き下がるわけがない。


「ふん、容姿ではなく、知性か。見た目は高貴な貴族の娘とはまるで違うシャナ様が、コキニロ家仕込みのどんな素晴らしい知恵を使って、殿下の御心を射止めたのか。参考のためにお聞かせ願いたいですね」

「どのように、と言われましても。ヴェルフォート様、私とレイン様との慣れ染めは世間で噂されている通りでございます」

「あれはなかなか興味深い話だった。シンデレラストーリーなどと民衆の間では言われているらしいが、あの物語は美しい女性が主役だったからこそ生まれたものだろう。それに引き換え……いや、殿下も美しく芳しいものしか知らずにお育ちになられたのだ。たまには今卓に出されている、最高級の仔羊のロースト以外の、そう、麦の実をつまみたくなったのだろう。もしくはあり余るコキニロ家の資産に物を言わせ、王家という立場すら買われたのか。さすがはどんな手を使ってでも昇り詰めてきたやり手の商家だ。この国を金で買った次に狙うは大陸一の大商人の座かな。はっはっは」


 私が麦だって言いたいのね、この人は。

 麦はこの国では、一般の民の主食、または家畜の餌として使われ、貴族の食卓に出てくることなんてまずない。

 でもね、私は好きだ。麦ごはんなんて低カロリーで最高じゃないか。

 しかし家のことまで馬鹿にしている感じがして、ちょっと腹が立つかな。

 と、思っていたら、殿下が冷え冷えした声でヴォルフォートの高笑いを遮った。

 

「ヴェルフォート。妻とコキニロ家への侮辱は、私への侮蔑として受け取るが」

「そんな怖い顔をしないでください、殿下。私は別にそんなつもりではありません」

「私にではなく、シャナに謝罪すべきではないか?」


 だけど、殿下に媚びへつらった笑顔を貼りつかせたまま私に向けた視線は、まるで汚物でも見るかのよう。そして当たり前のことだけどその口から謝罪なんてあるはずもなく、出てきたのは娘のことだった。


「しかし殿下。私の娘のアムネシは、幼き頃より未来の王妃になるべく育てて参りました。その甲斐あってか、アムネシはこの国で誰よりも美しい娘に成長いたしました。家柄も、ザイモン公爵家という申し分ない肩書き。それなのにぽっと出てきた娘にその座を奪われたのですよ?そして将来レイン様に嫁がせるため、娘に来る全ての縁談を断っておりました。そのためアムネシは結婚適齢期にもかかわらず、相手がいないのです。毎日嘆き悲しむ年頃の娘を持つ私の気持ちも、どうか汲み取っていただきたい」

 

 ちなみにその結婚って、ザイモン家が一人で勝手に盛り上がって準備してたらしい。王家の以降としてはそのつもりはなかったと。まあ、殿下のあの体質なら仕方ないと思う。だから決して、殿下に責任はない。


 ふむ、ここは私の腕の見せ所かもしれない。これは私に対して売られたケンカだ。自分にかかった火の粉は己で降り払うべきだろう。ただの金だけ持った、名ばかり貴族の世間知らずお嬢さんと思われるのは癪に障る。

 これ以上何も言わせまいと、横で殿下が口を開きかけたのを、まずはテーブルの下で袖を引っ張ることで阻止する。気付いた殿下がこっちを見たところで、視線で私に任せて下さいと訴えてみる。


「………何かあってもすぐに助け船を出す」


 耳元でぼそりとそう呟いた殿下に、やっぱりテーブルの下でグーサインを出しておく。その時はよろしくお願いしますね、レイン殿下。 

  

 さて、ヴェルフォートはエベレストほどの高さのプライドを持っている典型的な貴族様。その上、噂では娘を溺愛しているという。それもこの様子を見る限り、間違いなさそうだ。そんな誇り高き公爵家の当主様を攻略する方法。

だったら……。


 私はナイフとフォークを置くと、まず、彼を刺激しないように静かに微笑んで見せる。

 こういう相手に有効なのは、まずはその人の大切にしていることを誉めること。


「ヴェルフォート様、そういえばヴェルフォート様のお嬢様、アムネシ様は……以前私もお姿を拝見したことがございますが、誠に美しい御令嬢だったと記憶しております。あのように美しきお方は、商売で父について大陸中を回りましたが、他に見たことがございません」


 すると途端に、その瞳に浮かぶ鈍い光から、わずかに私の言葉へ興味を持ったのが分かった。

 

「そうか、そうなのか。やはりアムネシの美しさは大陸一と言っても過言ではないか」

「はい、間違いございません。私常々思っておりましたが、あの方の並外れた器量はこの国に留めておくにはいささかもったいないのではありませんか?」

「なかなか見る目のあるお方ではないか、シャナ様。実は私もそう考えていたのだ」


 娘のべた褒め作戦。わざとらしい台詞に聞こえるかもしれないけど、相手に少しでも気に入ってもらうにはどの時代においても大変有効な技なのだ。

 もちろん言い方には最善の注意を払っている。あくまでも本心から言っているように装わなければならない。

 

 え?私の本心なんて、言わなくても分かるだろう。

 うちのアネッサ以上の逸材なんて、大陸どころか世界中回ったっていないから。親族のひいき目じゃない、ええ、断じて。


 さて、次に。相手が少しご機嫌になったところで、私は更なる話題を振ってみる。


「先程ヴェルフォート様は仰いましたよね?アムネシ様は、王妃になるべく立派に教育されてきたと。確かにこの国では、レイン様に匹敵する男性はおりません。建国以来の王としての資質をお持ちで、その上民の信頼も熱いお方ですから。ですがそれはシェルビニア国に限っての話。この大陸には他にも優れた国は数多くあり、そして、レイン様に勝るとも劣らない王族の方々も多くいらっしゃいます。アムネシ様でしたら、そのような方々とのご縁を掴むこともできるのではないでしょうか。例えば………そうですね、ここからは少々離れておりますが、バビヨン国の第1王子様はご存知ですか?」

「遠く離れたここまで、かの噂は聞こえてくる。会ったことはないが。そやつがどうかしたか」


 きた。食いついてきたな。さっきまでの私への侮蔑はどこへやら、体をぐっとこちらに乗り出し、ぎらぎら燃える瞳で早く言わないかと促す。

 地位や名誉に弱い彼のこと。話の続きを聞けば、すぐさま飛びつくだろう。と思いながら私は言葉を続ける。


「実は前に一度、父に連れられて貿易のことでお邪魔した際にお会いしたことがあるのですが。そこで、国の出自は問わない、とにかく可憐で美しく、教育のきちんと行き届いた貴族階級の娘を捜していると御本人が仰っておりました」

「なに、本当か!?バビヨン国と言えば、資源が豊富な巨大国ではないか。規模も我が国に匹敵するほどの…」

「ええ。御本人のお姿も非常に目もと涼やかな美青年でございました」

「絵姿も見たことはあるぞ。あの通りなのか?」

「あれ以上の容姿でございました。その上将来はレイン様と同じく、優秀な国王候補です。……もしご興味がございましたら、後でご紹介いただけるかどうか父に伝えておきますが。バビヨン国とはパイプを持っておりますので、直接紹介することも可能かと。私の見立てでは、アムネシ様もお気に召されるお相手かと思いますよ。勿論相手方も、アムネシ様を一目見て気に入られることでしょう」

「そうか、それは是非にお願いしたいところだ」

「はい、他ならぬヴェルフォート様の為ですもの。他にもコキニロ家には商家独自の人脈がございますので、そちらについても御相談頂ければいかがかと」


 もはやヴォルフォートは、私への嫌悪感を完全に頭の隅に押しやってる。彼の頭にあるのは新たなる野望。すなわち、この国以外の王族と血縁関係を結び、更なるザイモン家の栄華を極めること。


 持つべきものは、絶大な力を持つ実家だ。コキニロ家の力を存分に借りてしまったけど、使えるものは使わないとね。

 それに、公爵家と今以上の繋がりができるかもしれないのだ。うちとしても悪い話ではないはず。

 

 普通はこんなことを言ったら、同じ公爵の爵位をもつクライシス家をないがしろに扱ってるかのように見えるけど。

 そもそも、クライシス家はザイモン家など毛ほども気にしてない。2大公爵家なんて大層に言われてても、その実力差は歴然。例え本当にアムネシ様が他国の王子に嫁いだところで、その差が縮まることはないのだ。

 加えて、私のこの言葉が、ヴェルフォートを適当に丸めこむための詭弁だと、本人以外は気付いている。だからこそクライシス家の二人は何も言わず、生温かい視線を送り、私たちのやり取りを黙って聞いているのだから。


 野心ダダ漏れで満面の笑みで私に顔を向けるヴェルフォートと視線を合わせつつ、父様の方にも目線をくれると、遠目からでも私たちのやり取りをなんとなく把握したのか、目だけで「こちらで適当にあしらっておこう」と語りかけてきた。

 というか、私たちを見ていたのは父様だけではなかった。

 他の者たちも、会話をしつつやり取りを目と耳に焼き付けていたらしく、あちこちで意味ありげにこそこそ話をしている。


 まさか私と殿下の結婚を一番憎々しげに思っていたヴェルフォートを丸めこむとは予想していなかったのだろう。彼らの私を見る目は、先ほどよりも少しだけ、侮蔑などの負の感情が和らいだものになっていた。

 パフォーマンスとしては上出来だろう。 


 ふぅと周りに気付かれないように息を吐くと、隣で殿下が同じく安堵のため息を漏らしながら、困ったような泣きそうなような不思議な微笑みで迎えてくれた。


「まったく、どうなることかとはらはらしたが。俺が心配する必要はなかったな」

「当たり前です。このくらいなんてことありません。引き受けた以上はしっかり仕事はさせていただきます。私ごときのせいで、殿下のイメージを貶める訳にはいきませんから」


 そしてそんなことをしようものなら、あの赤髪の魔の手が最愛の妹に迫ってしまうから。それはもう、全力を尽くしますよ、殿下。

 ま、そんな裏事情など、このお方は知る由もないけどね。


「とにかくよかった。隣で見ているしかできなくてすまない」

「何を仰いますか。それが今回のあなた様の役目ですよ?この場は私が試される場所です。殿下に守られることなく、いかに貴族たちに私の存在を示せるか。それで殿下の評価も決まるのですから。殿下の選んだ相手が将来、国を支える王妃として、お飾りの存在ではなく素質があるか。また、殿下は王として、選んだ伴侶の見る目は正しかったのか」


 それよりも、と言葉を区切る。


 本当は自分で何とかしたかったと思う。責任感の強いお方だからね。それをグッと我慢して、この場を私に任せてくれたことには感謝している。


「ありがとうございます、レイン様。私を信じてこの場を任せていただいて」

「別に礼を言われるようなことはなにもしてないがな。それよりも、ようやくあの男が大人しくなったんだ。さっさとさっきの続きを始めるぞ。晩餐会終盤まであまり時間がない」

「…………そうでしたね」


 いけないいけない。まだひとつ、やり遂げていないことがあったっけ。


 そうして私たちはまた、ひそひそと小声でやり取りしながら名前を覚えていく。

そして、途中仲がよくてうらやましいと言うハレリア様の冷やかしとヴェルフォート様の個人的野心溢れる会話攻撃をかわしながら、その作業は晩餐会終盤まで続けられたのだった。

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