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男爵令嬢と王子の奮闘記  作者: olive
1章:始まりは突然に
14/61

14.☆渾身の一撃の行方は…

2015年4月修正済み

「…………という訳です。コキニロ家、並びに今回の当事者となるシャナ嬢も既に了承済みです」

「そうか」


 城の中心部分にある、王のと王妃の座する謁見の間。ディーゼルは二人の前に跪き、この度のレイン王子と男爵令嬢シャナの結婚話の報告を両人に行っていた。


「さて、これからあまり時間がない。ディーゼルにはかなり頑張ってもらわねばならないが」

「大丈夫です。既に手配は終わらせてあります」

「後は警備の方だが」

「はい。コキニロ家には既に大量の人員を配置しております。レイン殿下を慕う女性陣の攻撃が向かうことは必至ですので。それから勿論レイン殿下の護衛も強化します」

「うむ。ぬかりなきように頼むぞ。…………ところで」


 顎に手をやり、自慢の髭を撫でながら王がそう言葉を発する。それから困惑気に王妃と視線を交わすと、躊躇いがちにややあと口を開いた。


「その、お主のその顔は……一体何があったのだ…?」


 王の目の前にいる男。この国でも珍しい特徴的な赤い髪。声も彼らにとって聞き覚えのあるもの。

 しかし王の質問に表を上げた彼の顔は、二人がよく知る人間のものとはまるで違っていた。正直その髪色と声がなければ誰だか判別がつかなかっただろう。


 顔の左半分には、どこかで強打したのだろうか、うっすらと青い痣が全体に広がっており見るからに痛そうだ。しかし更に酷いのは残る右半分である。

 肉が見えるくらいのえぐれた傷跡。顔色は青を通り越してどす黒く、顔全体が腫れのせいかパンパンに膨らんでいる。目はうっ血しており、その上腫れた頬のせいでほとんど糸目状態。唇は幾重にも切れ、鼻もわずかながら歪んでいる。

 なんというか、もう見るに堪えない痛ましさであり、元の「薔薇の貴公子」の美青年の面影もない。


「どこぞの暴漢にでも襲われたのか?」

「いや、そういう訳ではないのですが…」


 本気で心配している二人の視線に、困ったように首を傾げながら、それでも彼ははっきりとした原因は告げず言葉を濁した。

 確かにそう思われてもおかしくない程、彼の顔に受けた傷は酷いものだった。誰かにボコボコに殴られたといった類の傷跡だ。


「大丈夫です。陛下達の心配されているようなことではありませんので。ちょっとした事故ですから」

「そうか、お主がそう言うのならわしらも何も言うまい」


 答えたがらないディーゼルの内を悟ったのか、彼らはもうこのことには触れないことにした。それから何事も聞かなかったように別の案件をディーゼルに告げるのだった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「……ってぇ」


 城の廊下を歩きながら、ディーゼルは顔を押さえ呻く。

 あれから1週間も経ったのに痛みはひかない。受けた傷跡も打撲の跡も、日に日に悪化しているように思える。


 あれから、とは、シャナと二人で会話をした、あの日である。

 殴ってもいいかと聞かれた時、彼は何の躊躇いもなく頬を差し出した。元より女性に恨まれ泣かれ、殴られたりすることは日常茶飯事。それでも女性の力は男に軽く及ばないため、またどんなに手荒く扱った女性で彼に恨みがあっても、ディーゼルの彫刻のごとき美しき顔に傷を作るのは無意識に抵抗の力が働くのか、はたかれてもほとんど痛みはないし傷も残らない程度のものだった。


 それなのにあの娘ときたら…。

 一切の容赦も手加減もなく、にやりと凶悪な笑みを張り付けたあの娘は、わざわざ指輪の位置を変え、思いっきり構えの姿勢をとった。

 さすがのディーゼルも嫌な予感がして待ったとタンマをかけようとしたが、時既に遅し。

 気が付けば風のような猛スピードで鉛よりも重いパンチがディーゼルの顔に繰り出されていた。

 ………あんな目に見えない拳、生まれて初めて見た。

 それなのに威力は大の男が吹っ飛ばされるほど強力だなんて。顔じゅうの骨が軋み、口から血が溢れ、歯も何本か折れた。その上殴られた衝撃で反対側の顔を思いっきり大理石の床で強打し、あまりの痛みにいい年した大人が泣きそうになった。

 それでもそんな感情に耐え起き上がってみれば、殴った張本人は清々しい顔をして佇んでいた。


 すごくすっきりと晴れ晴れとした彼女は、とても輝いていた。ざまあみろとその瞳が言っていた。

 あれだけ力いっぱい殴ればそれはすっきりもするだろう。

 本来なら何か文句など言いたくはなるが、今回のこの件に関していえば何も言えない。これで彼女がこちらの思った通り動いてくれるなら、痛い思いだけで済んでむしろ良かったじゃないか…折れた歯を口内で転がしながらその時はそう軽く思っていたのだが。


 彼女を帰した後すぐに鏡を見た彼は、そこに映し出された真実に呆然とした。

 幼い頃からレインと共に美しいともてはやされた自慢の顔が、顔がっ!!

 それだけ、自分は彼女を怒らせる事をしたんだと分かってはいたし、恨まれることも覚悟の上だったが、まさかここまでとは…。安易に彼女のお願いを聞いてしまった自分に後悔した。


 そして現在。

 一向にひかない腫れと痛み。変貌してしまった顔のせいで、自分に心酔していたはずの女性たちは皆離れてしまった。

 というか彼が近付いても、それがディーゼルだと認識してもらえず、鼻で笑われる始末だ。これまで女性にモテまくっていたディーゼルにとって、今の状態はかなりのダメージ大である。


「はぁ、なんでこんなことに」


 そう苦々しげに呟いている時だった。


「おいディーゼル!」


 コツコツとせわしげな靴音を立て近付いてくる足音と声を聞き、ディーゼルは来たかと思った。

 今回の結婚話、そろそろもう一人の主役の方に伝わっている頃だろう。寝耳に水な状態の彼が真っ先に向かうのは、どう考えたってディーゼルのところだ。


 果たして現れたのは。


「おいちょっと待て!」


 進行を阻むようにディーゼルの前に立ちはだかったのは、やはりレイン王子だった。彼は普段から硬い表情を更に強張らせ、息も荒げにディーゼルにくってかかった。


「俺の結婚の話とかがでてるが、一体どういうこと……」


 が、そこから先の言葉を突然無くし、何度も目を瞬かせながら目の前の青年を見る。

 そして、


「……ああ、すまん。後ろ姿が知り合いに似ていたから間違えた。人違いだ。悪かったな」


 それじゃあ、と言って立ち去ろうとする王子を、ディーゼルは慌てて止めた。


「ちょっと待って下さいよ!間違えてなんかいませんって。正真正銘、殿下がお探しのディーゼルです!!」


 まさか最も身近な人物に気付いてもらえないとは…そんな彼の悲しさを乗せた悲痛な叫びが廊下中に響き渡る。振り返り一瞬怪訝そうな顔つきをしていたレインだったが。


「…その声。……おま、お前まさかディーゼルか!?」


 ひっくり返った声でそう尋ねると、こくこくと首を縦に動かし肯定の意思を伝えるディーゼル。

 これにはさすがのレインも驚いたのか、ディーゼルに言いたかった事柄をしばし忘れ、目を大きく見開いて目の前のディーゼルと思しき人物を凝視することとなった。


「というかどうしたんだその顔は。俺でさえお前だと認識できなかったぞ」

「ちょっと色々ありましてね…」


 遠い目をするディーゼルに対し、しかしながらレインはふんと鼻を鳴らす。


「大方いつものように女絡みだろう。全く、女性関係にだらしないのも程があるぞ」


 ディーゼルはモテる。そして本人は極めて女好き。なので二股三股は当り前。修羅場は週に一度訪れるレベル。そういう時、決まってこの男は頬を赤くして出てくる。

 もつれて揉めた挙句、女の方がディーゼルに罵声を浴びせ、バチンと平手打ちをするのがその要因だ。だが、今回のは類を見ないレベルだ。


「はぁ。一体どこのゴリラ女に手を出したんだ」

「ははは」


 女性が原因。いつもとは辿ってきた経緯が違うとはいえ、そこは否定しない。だがそんな例えをしたレインに、ディーゼルは乾いた笑いしか返せなかった。

 どこのゴリラ女って、あなたの将来の奥様ですよ。

 しかし正直にそれを伝えてしまっては、余計にレインが怖がるかもしれない。ただでさえ女性に対して免疫もなく恐怖の対象としか見れないのに、これ以上怯えさせるメリットはない。


 ここは早々に話題を変えるに限る、と判断したディーゼルは、


「私の顔のことはともかく。何かお話があったのではありませんか?」


 すると彼に言われて思い出したのか、あっ、と声を漏らすと、紫に光る瞳に怒りを浮かべたレインがずずいとディーゼルに詰め寄った。


「あ、ああ、そうだ、そうだよ!おいディーゼル!!俺はあの時の礼がしたいからあの娘を探し出せと命じたんだぞ!なのになんで急に、その人物と結婚っていう飛躍しすぎた話になってるんだ!!」


 鼻息も荒く息巻く王子。しかしディーゼルはそれに対し冷静な口調で返した。


「説明いたします。しかしこのような公の場で話せることではありません」


 確かにディーゼルの言う通り。先ほどから何事かと使用人たちが遠巻きに眺めながら通っている。場所は移した方がいい。

 ということで、二人はそそくさとその場から立ち去ると、王子の部屋まで移動するのだった。

そういう訳で、見事にクリティカルヒット。

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