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男爵令嬢と王子の奮闘記  作者: olive
1章:始まりは突然に
10/61

10.☆男爵家令嬢シャナという少女

2015年4月修正済み

 その娘のことは、すぐに調べがついた。


 シャナ・コキニロ。

 凡庸な外見の両親と、抜群の容姿を誇る妹を持つ、コキニロ家の第一子。本人は両親に似て、極めて平凡な顔立ち。妹があまりにも目立ちすぎているのもあるだろうが、すれ違ってもその存在に気が付けないくらい、もともと特にこれといった特徴のない、地味な女。

  

 そして、レイン王子の特性がきかなかった、初めてにして唯一の若い女性。


「決まりだな」


 シャナに関する報告書に一通り目を通したディーゼルは、にやりと笑った。


 今回の舞踏会は、レインの花嫁探しも兼ねていた。

 といっても、あの、女性恐怖症のレインが誰かに恋をするなんてことがある訳がないし、そもそも一晩ももちこたえられるはずがないと踏んでいた。それでも、全ての、爵位をもつ家名出身の娘が、強制参加となる舞踏会だ。

 もしかしたらレインの持つフェロモンにやられない女性が、一人くらいいるかもしれない。そんな、一縷の望みを託していたのだが。

 まさか本当に存在するとは思ってもいなかった。


 こんなチャンス、二度と巡ってこないかもしれない。

 ならば、ディーゼルの導き出す答えは一つ。あの娘を、レインの妻に。


 そこから彼の行動は早かった。まずレインの両親であるこの国の国王並びに王妃に事の次第を説明し、二人の結婚を認めさせた。当然彼らは喜んだ。むしろ、逃してなるものかとばかりに事を早急に運ぶよう仰せつかった。


 ならばと、次に、ディーゼルは王侯貴族、そして周辺諸国に二人が懇意の仲であること、そして近々結婚をすることを知らせる書簡を作成し送付させる。

 まだ公に民には知らせていないが、貴族たちによって二人の出逢いの経緯や結婚の話は事実として国民に流布されるのも時間の問題だろう。今更虚実を理由に結婚を取りやめることは事実上不可能である。


 ちなみに、レインはまだそのことを知らない。言えば確実に拒否するに決まっている。別にレインはシャナの事を気にいってる訳でもましてや結婚したいほどに好いている訳でもない。ただ、先日の非礼を詫びたいと思っているだけ。そこに、愛情の「あ」の字も含まれてはいない。

 

 ならば、どう足掻いても拒否できないよう状況を作り、強引に決行するのが一番いい。

 これはレインの為なのだ。他の女性を持ってきて、日々食われるかも…と怯えながら生活するよりよっぽどましだろう。


 しかし、コキニロ家の娘とは、偶然とはいえいい選択だとディーゼルは思わざるを得ない。


 コキニロ家。

 貴族としては最下層に位置する男爵家。一見すると、王子の伴侶にはふさわしくないように思える。だが、今やこの家の力は見て見ぬふりをすることができない程、この国では大きいものとなっていた。


 もとは街の片隅でひっそりと問屋を営んでいたのだが、先々代の当主に商売人の才があったのか、そこから一気に駆け上がり、今やこの国の経済の中枢を動かしているのは彼らだと言っても過言ではない。

 

 ただ、いまだこの国は古くからの格式や家柄に囚われている。

 爵位とは代々受け継がれるもの、ほとんどの貴族の家系が、何百年も前から続く、伝統と格式あるお家柄だ。そのため、元がただの庶民であると商家の者たちは彼らに軽んじて見られがちだ。だがもはやそのような時代錯誤の事は言ってはいられない時期に来ている。

 それだけ商家の立場が強いものになって来ているのだ。実際伝統的な貴族たちよりも、新興貴族と呼ばれる豪商たちの方が、金銭的にも豊かだ。

 特にコキニロ家は他を圧倒しており、多くの貴族たちに金を貸し与えているほどのこの国きっての豪商だ。そんなコキニロ家と王家が血縁関係になることは決して悪い話ではないのだ。そしてあのシャナという娘は、見た目こそ普通のお嬢様だが、商才は父親譲りらしい。

王妃に必要なのは、輝かしい美貌よりも、国を支えるクレーバーさの方が遥かに比重が重い。その意味でも決して不相応ということはないのだ。


 加えて現当主のジュダイザは、娘たちと上位の貴族との結婚を望んでいるらしい。ならばこの話、すんなり通るだろう。相手はあの、レイン殿下だ。人格的にも問題がなく、将来、極めて有望な国王になる男の元に娘を嫁がせることを拒否する親が、どこにいようものか。

 そして彼の目論見通り、ジュダイザからはすぐさま快諾の返事を受けた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 

 コキニロ家を後にしたディーゼルは、先ほど出会った少女について思いを馳せていた。


 ディーゼルには、レインのように無差別に女性を虜にさせるフェロモンはない。ただ、生まれ持った二枚目の顔立ちと、この国で王家に次ぐ高い地位を持つ公爵家という家柄。加えて昔からの女性好きなため、彼はどうすれば自分の方に彼女たちを振り向かせることができるか十分理解していた。

 彼女たちを虜にするあらゆるテクニックも習得済みだし、自身の魅力を最大限に引き出す方法もよく知っている。


 普通、どんなに愛する恋人がいても、どれだけ男性に対して興味がないと言い張っていても、これだけの極上男と接すれば、ほぼ全ての女性が何らかの反応を示す。わずかかもしれないが、それでも少しは心が動かされるというのに。


 あの女、シャナにはそれが通用しなかった。


 眉をピクリとも動かさず、動揺も一切見られない。それどころか、非常に冷めた目つきで、自分には一切関係ないと第三者的視線を送られた。

 かつて、これほどまでに反応がない女性がいただろうか。

 答えは否。それは、ディーゼルの自信を大いに揺るがしたが、同時にレインに対して全くの無反応だったという話にも納得がいった。


「………なるほど」


 だからこそ、自分でも気付かぬうちに心の声が漏れていた。彼女は、本当に、心の底から自分やレインに興味がないんだろう。その為、レインのフェロモンが通じない。


 ただ、あの娘の性質からして、この話は絶対に拒否したい案件だろう。

 取り急ぎまとめさせた彼女の報告書によると、シャナという人物は、社交界に全く興味がなく、このままでは一生独身の道を貫くのではないかと本気で家の者たちに心配されていたらしい。

 実際、親から受け継いだ商才で一生食べていくつもりだと豪語していたという話も聞く。一度だけ縁談の話もあったそうだが、結婚するつもりはないと一蹴したという。


 だが、いくら断ろうと思っても、取り巻く状況はそれを許しはしない。

 当事者二人の気持ちなんて置き去りにして進んでいるのは可哀そうだと爪の先ほどは同情するが、そういう運命だと思って諦めてもらうしかない。


 さて、これからますます忙しくなる。式まで時間がない。早急に準備をしないと…そう思いながら馬車に揺られ、私邸へと向かっていたディーゼルだが。


「おい、なんだあれは?」


 御者の焦りが混じった悲鳴に、ディーゼルは何事かと声をかけた。


「一体どうした?」


 すると御者の男は、困惑気に後ろを指差した。


「いや、実は背後から、猛スピードでこちらへと向かってくる馬がおりまして…」

「馬?」


 ここから先にあるのは彼の屋敷だけ。つまりあの馬はそちらを目指しているということになる。まあ公爵家に用事があるんだろうということは分かるが、それにしたって何故そんなに不思議な目で見つめてるんだ?そうディーゼルが尋ねると、


「それが…どうやら馬を操っているのが女性のようでして。それも、ただの娘ではなく、着ている物から察するに、おそらくは貴族の方かと」

 

 猛スピードの馬の手綱を操る、貴族の女性。まさか、と思いながら窓を開け、その人物を確認すれば、


「おいおい、とんだご令嬢だな」


 思わず、ディーゼルの顔に苦笑が浮かんだ。

 趣味に馬乗りを上げる令嬢も確かに存在するが、あの走りは趣味のレベルを超えている。しかも騎乗にはまるで適さない格好で楽々と馬を操るとは。

 あの様相から察するに、大方父親から聞いた王子との結婚話に納得がいかなくて慌てて自分を追いかけてきた、というところか。

 それはそうか。ジュダイザに語った二人の出会いは、ディーゼルがでっちあげた法螺話だ。身に覚えのない当人はさぞかし困惑したはずだ。


 程なくして、馬車が邸宅に就いたと同時に、シャナの乗った馬も到着する。ディーゼルは御者に止めるよう指示すると、ゆっくりと外へと出る。そして表面上はにこやかな笑顔を作るとシャナに向かって話しかけた。


「やあ、誰かと思えばシャナ嬢ではありませんか」

「ディーゼル様」


 シャナは既に下馬していた。ディーゼルに対し頭を垂れていたが、彼が姿を現すと視線をその顔に向けた。その瞳に宿っていたのは、怒りの感情。


「着の身着のままの恰好で後追いしたしました無礼をお許し下さい。ですが、どうしてもディーゼル様にお伺いしたいことがございます」

 

 断る理由はない。それに、いい機会かもしれない。元より、この娘とは結婚前に話をしたいと思っていたところだったのだ。

 

 ディーゼルは了承したとばかりに頷くと、シャナを自宅へと招き入れた。

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