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調香師は時を売る  作者: 安井優
収穫祭編

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パーキンとキャンドル作り

「ずいぶんと久しぶりな気がするが、元気にしていたのか?」

 パーキンは相変わらずの無表情で、マリアを迎えた。

「はい。パーキンさんも、お元気そうで何よりです」

「あぁ。愛の花束もお陰で好調でね。マリアには頭が上がらない」

「そんな。パーキンさんのお役に立てて良かったです」

 マリアの慌てた様子に、パーキンはふっと笑みをこぼした。


「まずは、ゆっくりしてくれ。疲れただろう」

 以前案内された会議室に通され、マリアは出されたアイスコーヒーに口をつけた。パーキンは窓を全開にし、タバコへ火をつける。タバコの煙に混じって、ふわりとオレンジの香りがする。

「新しい香りですか?」

「さすが、目ざといな。前回君が来たときは……トロピカルの物だったか。まぁ、フルーツシリーズだな。これはオレンジだ」

「夏らしくていいですね」

「本当はもっと早い時期に出したかったんだが、なかなかうまくいかなくてな。もうすっかり秋になってしまう」


 タバコのことは詳しくないので、どれほどその香りを作りだすことが難しいことなのかはマリアには分からなかった。しかし、あのパーキンがなかなかうまくいかない、というのであればなかなかに苦労したのだろう。

「タバコを(たしな)む人間は、たいていタバコの香りも楽しんでいるからな。オレンジは本来、タバコの香りを消す役割が強い。それで、バランスが取れなかった」

 パーキンは少し苦い顔をして、それからふっと煙を吐いた。


「そういえば、頼まれたものは用意したが、新商品の開発か何かか?」

 パーキンはタバコの残り火を消すと、思い出したようにマリアの方へ視線を向けた。

「うまくいけば、新商品にしたいとは思っているんですけど。まずは、試作品を()ねて、知り合いの方にプレゼントしようかと」

「なるほど。その新商品とやらで、またタッグを組ませてもらえるなら、こちらとしては嬉しいが、どうかな」

「ふふ。もちろん、そのつもりでお願いしたので!」

 マリアがニコリと微笑むと、パーキンは眼鏡の奥にのぞく瞳を輝かせた。


 パーキンに続き、工場の奥に仕切られた小さな部屋へ入る。

「これで良いのか?」

 マリアの目の前に並べられた、透明なゼリー状の(かたまり)

「はい! ありがとうございます、パーキンさん」

 マリアが深く頭を下げると、パーキンは不思議そうにその塊を見つめた。

「しかし、透明のワックスなんて……一体何に使うつもりだ?」

「ふふ、それは作ってみてのお楽しみです!」


 パーキンが用意してくれたそれは、キャンドルワックスだ。普段マリアが使っているアロマキャンドル用のキャンドルワックスは乳白色か、オレンジがかったものが多い。透明なワックスはまだあまり出回っていないので、今回こうしてパーキンの力を借りた、というわけだ。化学物質を扱っているパーキンなら何か伝手(つて)があるかもしれない、と思ってはいたが、まさかこんなに簡単に入手できるとは。マリアはもう一度パーキンに頭を下げると、さっそく部屋に用意されていた小さな鍋にワックスを入れた。


 そっと鍋に火をかけ、ワックスを溶かしていく。マリアはその間に、持参していたドライフラワーをガラス容器へと入れていく。パーキンはその様子を不思議そうに眺めていた。

「もしかして、そのドライフルーツも入れるのか?」

「はい。ちなみに、この星形のスパンコールや、貝殻を入れてもいいですよ」

 マリアはカバンからたくさんの飾りを机の上に並べた。

「もしよかったら、パーキンさんも一つ、好きなものを入れたものを作ってみますか?」

「いいのか?」

 パーキンはワクワクした表情を浮かべ、机の上に並んだたくさんのモチーフに手を伸ばした。


 火にかけたワックスが溶け、とろりとした透明な液体になる。火を止めて、マリアはカバンから精油の瓶を取り出す。ワックスの温度が下がってきたところで、精油を少しだけ足し、そっとかきまぜた。ふわりと柑橘の香りが漂う。

「これを先ほどの容器に入れるのか」

 まるで料理でも作っているかのようなマリアの様子を興味深そうに眺め、パーキンはなるほど、とうなずいた。

「はい。さっきの容器に流しいれて、後は冷まします」

 マリアは鍋をそっと傾けて、先ほどのガラス容器にゆっくりと注ぎ入れる。少しばかり気泡が入っても気にしない。それもまた、このキャンドルの良さだ。


 すべてのガラス容器にワックスを(そそ)ぎ終え、マリアは一本の紐を取り出す。それを鍋に残ったワックスに浸してから持ち上げると、短く切り分ける。

「パーキンさん。すみませんが、それぞれのガラス容器の上に二本、この針金を並べていってもらえませんか?」

 マリアの指示通り、ガラス容器の上にそれらを並べていくパーキン。マリアは、ガラス容器に紐を立てると、パーキンが置いた針金でしっかりとその紐を挟み込んだ。


「キャンドルか……」

 パーキンは眼鏡のフチを持ち上げ、どこからかメモを取り出すとペンを走らせた。

「常温でこのまま数時間置いておくと、自然に固まります。最初に用意していただいた、あのゼリー状の感じですが」

「なるほど。これは面白い。中に入れるものでずいぶんと雰囲気も変わるし、見た目も華やかだな。作り方もシンプルだ」

 気に入った、とパーキンは満足そうにうなずいた。


「今回は香り付けだけでしたけど、ワックスが溶けている状態なら、色付けも出来ますよ」

「ふむ。本格的に商品化するときは、それも検討しよう。色々とやりがいがありそうだ。豊富なバリエーションはお客様のニーズにも対応できるし……そうだな、今みたいなワークショップを開催するというのもよさそうだ……」

 パーキンはすっかり仕事モードで、何やらぶつぶつと呟いては、そのアイデアをメモしていく。

「気に入っていただけて良かったです」

 パーキンの様子に、マリアは思わず笑みを浮かべた。


 パーキンに作り方をさらに細かく説明したり、新しい商品としてのアイデアを話しあったりしているうちに時間は過ぎ、いつの間にか、ワックスもきっちり固まっていた。ろうそくの芯を支えていた針金を外し、マリアはガラス容器をパーキンに差し出す。

「これは、パーキンさんに。ワックスをご用意いただいたお礼、といっては変ですが」

「本当か。では、ありがたく頂戴しよう」

「一度火をつけると、結構長い間燃え続けますから、扱いには注意してください」

「あぁ。ありがとう」

 パーキンは自ら作ったキャンドルをしげしげと眺め、穏やかに目を細めた。


 数種類のドライハーブと、ラベンダーの青紫が美しい。パーキンらしいどこか洗練されたキャンドルは、夏の終わりを感じさせる色合いだ。マリアが作ったキャンドルは、三種類。それぞれ、ミュシャとリンネ、カントスをイメージしたものだ。収穫祭の時に渡そうと、先日考えたのだが、思ったよりもいい仕上がりになった、とマリアも満足げに笑みを浮かべる。華やかに(いろど)られたキャンドルは、収穫祭のにぎやかさを彷彿(ほうふつ)とさせる。


「収穫祭限定で、こういった商品を売り出すのも良いかも……」

 マリアがポツリと呟いた言葉をパーキンが聞き逃すはずもなく、キラリと目を輝かせる。

「なるほど。それは面白い。さっそくいくつか試作してみよう。ありがとう、マリア」

「何かいいアイデアが浮かんだら、また連絡しますね」

 パーキンとマリアは握手を交わし、また一緒に仕事が出来ることを嬉しく思うのだった。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

本日は新たに感想をいただきまして、大変嬉しい限りです。

この場をお借りして、お礼申し上げます。


さて、リンネに引き続き、久しぶりにパーキンの登場となりました!

キャンドルは、100均にもセットがあったりしてお手軽に作ることが出来ます♪

詳細は活動報告に記載しておりますので、ぜひご興味ありましたらそちらもよろしくお願いいたします。

※透明なキャンドルワックスがこの時代にあったのか……かなり怪しいところではありますが……その辺は温かい目で見過ごしてやってください。


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