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調香師は時を売る  作者: 安井優
王城編

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54/232

争闘

※本話は、一部に暴力表現を含みます。ご了承ください。

 ドォンッ!


 ケイが、最上階でハザートの執事を見つけた瞬間だった。男は何やら手元のスイッチを押す。

「貴様!」

 ケイの声に、ハザートの執事は高笑いをあげた。


「キャァッ!」

 悲鳴が聞こえた方へ、エトワールは走る。先ほどの爆発音と関係があるのだろう。ディアーナの声だ。

「ディアーナ王女!!」

 エトワールは廊下にいたディアーナのもとへ駆け寄った。彼女は音が怖かったのか、廊下の隅で震えている。


「ここは、危険です。今すぐ外へ避難しましょう」

 エトワールの声をかき消すように、さらに大きな音がもう一発。ディアーナはパニック状態に(おちい)っているのか、エトワールの声が聞こえていないようだった。耳をふさぎ、体を小さくして完全に動けなくなっている。


「失礼します」

 エトワールは出来るだけ優しい声でディアーナに言うと、その体を軽々と抱きかかえた。


 その頃、別荘の外では大騒ぎだった。

「西の国の王子だ! 俺様を殺しにきたんだ!!」

 ハザートの大きな声が周囲をより混乱させる。

「とにかく、ここは危険です。避難を」

 騎士団の衛兵たちが、王と王妃をそれぞれ避難させ、ハザートにも呼び掛ける。


「俺様の執事はどこだ! あいつが中にいるはずだ!」

 ハザートは騒ぎ立て、騎士団の衛兵が数人がかりで、何とかそれを抑え込む。


「火が……!」

「ディアーナ!」

 別荘の最上階から、煙とともに炎が上がる。王と王妃も、中にいる一人の最愛なる娘の名を呼んだ。


 ドォンッ! ドンッ!


 続けざまに轟音(ごうおん)が鳴り響き、外にいた者たちは身をかがめる。炎はだんだんと大きくなり、騎士団の衛兵たちは避難をさせるものと、消火活動をするものに分かれた。幸いにも湖が近い。動けるものから順に放水準備を開始する。


 パリン! とガラスの弾ける音に、数人がその方向へ目をやる。

「エトワール!」

 煙の中から現れた人物に気づいた衛兵が声を上げる。ディアーナを抱きかかえたエトワールが別荘の外へ現れた。


「ディアーナ!」

「無事だったか! よくぞ、わが娘を助けてくれた」

 恐怖で震えているディアーナを、エトワールは王と王妃の前でゆっくりと下ろす。

「ディアーナ王女、お怪我はありませんか」

 エトワールはディアーナの前に(ひざまず)き、その手をそっと取って優しく微笑んだ。エトワールの手や顔には、窓ガラスを割って脱出した時のかすり傷がついている。


「……こ、こわかった……私……」

 ディアーナは糸が切れたように泣きじゃくる。その小さな体をエトワールは思わず抱きしめた。

「もう、大丈夫です。あなたのことは、僕が、絶対に守ります」

 力強く、あたたかなその胸でディアーナはしばらく泣き続けた。


「マリアちゃん!」

 轟音(ごうおん)の響く別荘の中。噴煙(ふんえん)で視界が(さえぎ)られた空間で、シャルルはマリアの姿を探していた。空気が熱い。燃えているのか。シャルルは煙を吸わぬようマントで口元を押さえ、ゆっくりと部屋の中を歩く。ズドン、と先ほどとは違う大きな音がしてシャルルは焦った。

(くそ……建物が、崩れ始めている)

 爆風で飛ばされ、粉々になった柱が炎で燃え、さらに形を保てなくなっているのだろう。


「シャル……ルさ……」

 とぎれとぎれの中で小さく聞こえた声の方へ、シャルルはゆっくりと進んでいく。足元に柔らかな感覚を感じて立ち止まる。

「マリアちゃん!!」

 煙を吸ってしまったのか、苦しそうにその場で座り込んでいるマリアの姿に、シャルルは慌てて駆け寄った。


 手慣れた手つきでマントを取ると、マリアの口元にそれをあてる。

「死なせない、絶対に……」

 シャルルはマリアを抱きかかえ、いまだ煙の回っていないであろう別荘の東側へと歩き出すのであった。


 炎の燃え盛る最上階。ケイは男と対峙(たいじ)していた。何度も爆発音が響き、建物自体も崩れ始めている。

「……ハザートの執事だな」

 ケイの問いに答えることなく、男はニコリと微笑む。そして、脱兎(だっと)のごとく、別荘の奥へと走り出した。


 ケイは男の後を追う。別荘が広くて助かった。煙はまだ建物の東側には到達していない。

(初めから、逃走経路を確保していた、ということか)

 執事はさらに階段を駆け下り、別荘の外へと向かって逃げていく。

「逃がさん」

 ケイは階段を軽々と超え、形勢逆転。男の前に立ちふさがった。


「……騎士団の衛兵も、なかなかやりますね」

 執事の男は、いまだ笑みを浮かべている。そして、再び手元のスイッチを押した。


 ドンッ!


 大きな爆発音に、屋敷が揺れる。パラパラ、と頭上から落ちる破片が、この建物が長くないことを示唆(しさ)していた。ケイは腰につけていた剣を引き抜き、男の方へ足を一歩踏み出す。同時に男もスイッチを手放すと、胸元から銃を引き抜いた。


 パァンッ!


 発砲音が耳をつんざく。ケイは体をひねり、銃弾を避ける。そのままの体勢から右足で床を蹴りつけると、執事までの距離を一気に詰める。いくら罪人とはいえ、人を切るのは道理に反する。ケイは切っ先で相手の銃口を払いあげた。


 執事の男は瞬時に後ろへ飛びのく。銃は空中に孤を描き、ケイの後ろへコツン、と音を立てて落下した。ケイはそのまま左足を床に着き、体勢を整える。剣を持つ右手を返し、執事の首元をめがけて剣を払う。執事は、頭を下げる。すんでのところで剣を避けたが、髪が何本かパラリと宙に舞った。


「何が目的だ」

「わたくしはただ、旦那様に幸せになってもらうため」

 くるりとそのまま体を前転させ、ケイの後ろへと回った執事は、床に落ちた銃を再び拾い上げてケイの方へと向けた。


 パアンッ!


 二度目の銃声が響く。

「……多くの人を危険にさらして得た幸せなど、幸せなものか」

 ケイは聞きなれた声に体を向けた。


「お、前……は」

 執事のスーツに赤黒いシミがじわりじわりと広がっていく。腹をおさえた執事は、その場で足をついた。


「シャルル……団長……」

「やぁ。遅くなってすまないね」

 シャルルは左手に構えていた銃を下ろし、それからマリアを抱えなおした。

「大丈夫、殺してないよ。そいつには、聞きたいことがたくさんあるからね」

 シャルルの顔に笑みはない。ケイはその表情に、背筋に悪寒(おかん)が走るのを感じた。


(利き手でもない……まして、マリアを抱えたまま……正確に……)

 ケイは、常人離れしたシャルルの腕に、あっけにとられた。ケイのような情けはこの男にはない。殺そうと思えばいつでもそう出来るのだ。今回は、そのぎりぎりのラインでわざと、執事を生かしておいているだけだ。


「建物が危ない。外へ避難しよう。ケイは、その男をよろしく頼むよ」

 死なれては困るからね、とシャルルは言うと、まるで何事もなかったかのように優雅に階段を下りていく。


 その後ろ姿は、まさにヒーローそのものだった。


いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。


全く、最初のころからは想像もできないような展開となってしまったことに、私自身が一番驚いております。

ここまで読んでくださった皆様には、本当にお礼申し上げます。

まったりほのぼのスローライフ系だと自覚しておりますので、それを期待してここまで読み進めてくださった方の期待を裏切るのではないか、と不安でいっぱいですが……ご理解いただけますと嬉しいです。


本話の表現内容のため、R15指定となりますが、今後はまたいつものほのぼのお仕事小説となりますので、引き続き楽しんでいただけますと幸いです。


少しでも気に入っていただけましたら、評価(下の☆をぽちっと押してください)・ブクマ・感想等々いただけますと大変励みにます。

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