二度目の会食
王城の一室に招かれた四人は互いに顔を見合わせる。すでに二人ほど、姿が見えないこともあるだろう。
「辞退したのか?」
口を開いたのは中流貴族の男。そして西の国の第三王子も
「ふん、貴殿達も辞退した方が良いのでは? 王族にふさわしいのは王族、それ以外は皆同じであろう」
と挑発する。商人と騎士団の青年、エトワールは互いに視線を送るも、言葉を発することはなかった。
目の前に並べられた豪華な料理に酒。しかし、それ以外には何の飾り気もない。四人には少々広い部屋だが、パーティー会場というような場所でもない。どちらかといえば、普段から生活に使っているような、そういうどこにでもある一室だ。その雰囲気のせいか、それとも何か思惑があるのか、中流貴族の男と西の国の第三王子はどこか余裕のある立ち振る舞いだ。緊張など、どこにも感じられない。むしろ、気が緩んでいる、という方が近かった。
「おやおや……。西の国の王族の方はずいぶんと威勢が良いようで。年上の者への口の利き方も知らんとは……。あなたのことは知っていますよ、トーレス王子」
中流貴族の男はそう言ってにやりと笑った。西の国の第三王子、トーレスはその名を呼ばれてピクリと眉を持ち上げる。
「何……?」
「私はこの国でも有数の貴族でしてな。もっとも、あなたはご存じないでしょうが……。そういう情報は簡単に手に入るのですよ」
二人の険悪な雰囲気に、商人は目をそらし、エトワールは緊張の糸を張り詰めた。万が一、何かあった場合に、動けるのは自分だろう。そう考えていたのだ。もっとも、それは扉がノックされた音によってお開きとなり、杞憂に終わったのだが。
「皆様、本日はようこそお越しくださいました」
ディアーナの凛とした声が響き、皆頭を下げる。ディアーナは美しく一礼して、そして四人を順番に見つめる。
「お待たせして申し訳ありませんわ」
「いえいえ、お気になさらず。王女様がお忙しいことは、王城に勤めているわたくしが一番わかっております」
ディアーナの言葉に、これ見よがしにそう答えたのは中流貴族の男だ。あからさまなゴマすりにディアーナは小さく会釈して、ありがとうございます、と愛想笑いを浮かべた。
「本日は、皆様とお食事の後、お一人ずつお話する機会を設けさせていただいておりますの。もちろん、お忙しい方はお帰りいただいてもかまいませんけれど」
ディアーナはちらりと中流貴族の男を見やって、微笑む。中流貴族の男はその意図を感じ取ったのか、気まずそうに視線をそらした。トーレス王子はその様子にふん、と鼻を鳴らす。
実は、この会食後の時間。これこそが、ディアーナが真に望んでいたことだった。会食だけではゆっくりと全員と会話することが出来ず、うわべしか分からない。もっとも、誰がディアーナに対して本当に好意を持っているのか、ということくらいなら分かる。しかし、それではただの推測にすぎない。両親を説得するためにも、必要なことだった。
会食は、はたから見れば、ずいぶんと和やかな雰囲気だった。今日はディアーナ一人だけ。国王と王妃がいない分、ディアーナに取り入ろうとする者が会話を盛り上げる。反対に、騎士団の青年、エトワールは相変わらず緊張の面持ちではあったが、ディアーナの話を真剣に聞いていた。
「皆様にお聞きしたいのですけれど、一つよろしいかしら」
会食も終盤。デザートに手を伸ばしていた面々は、ディアーナの言葉に手を止めた。
「なんでしょうかな、ディアーナ王女」
またしても中流貴族の男が、こびへつらうような笑みを浮かべる。
「この国のことよ。どう思っているのか、お聞きしたいと思っているの」
「それはそれは」
「これからともにこの国を支えてくださるお方のことですもの。どのようにお考えか、知っておきたいのです」
ディアーナがそう言うと、皆はそれぞれの考えを口にした。
「わたくしは、やはりなんといっても経済政策にもっと力を入れるべきだと思いますな」
中流貴族の男が最初に口を開く。財務大臣のもとで働いているだけあって、ずいぶんと長くそれらしいことを語っている。
「この国をより豊かにするため、ぜひともわたくしめのような者の力が役に立つと信じております」
中流貴族はそう言って、締めくくった。
もっともらしく聞こえるが、ディアーナとて国の財政に無頓着なわけではない。むしろ同じように財務大臣を教師として迎え入れ、勉強に励む日々。この男が言っていることの横暴さ、そしてその裏に透けて見える私利私欲にまみれた願望が、ディアーナには手にとるように分かった。愛想笑いを浮かべて次を促す。
西の国の第三王子、トーレスが言ったのは、西の国との交易強化だった。
「私は西の国の第三王子。そんな私がこの国の王として間に入れば、西の国ともっと大きな取引を自由に行うことが出来る。大変申し上げにくいが、この国は決して大きな国ではない。周囲の国に攻め入られても、西の国がこの国を助けることができる」
トーレスの言葉に反応したのは中流貴族の男だ。
「この国が他の国に攻め入られる、ですと? 少しは口を慎みたまえ」
「何? 攻め入られないという確証がどこにある。今は平和かもしれないが、それこそ安寧など永遠には続かぬ。いつか壊れる時がくるというものだ」
「お二人とも、お気持ちは分かりました」
ディアーナは、ヒートアップしそうな二人の会話を止める。トーレスと中流貴族の男はバツが悪そうに黙り込んだ。
(全く、こんな人たちと私は……)
ディアーナはため息が出そうになるのを必死にこらえる。それから残る二人を見た。
先に口を開いたのは、商人の男だ。
「おれ……わ、わたくしは、ディアーナ王女を愛しております。あなたさえいれば、どんな国でもかまいません」
少々気合の入りすぎたプロポーズに、ディアーナは思わず視線をそむけた。商人の頭は空っぽなようで、聞いてもいないことを話しだし、ついには何やら大きな箱を取り出して
「これ、プレゼントです! 宝石も、洋服も、すべて、あなたのために仕入れました!」
と大きな声でそう言った。
ディアーナは、静かに首を横に振った。
「受け取れませんわ。前回の会食の時にもあなたにはそう言ったはずです」
ディアーナの言葉に、商人は我に返った後、わかりやすく落ち込んだ。
そんな様子を見たトーレスと中流貴族の男は、声をそろえて笑う。
「はっはっは、若いというのは良いことですな。何、王女、少しくらい受け取ってやった方が彼のためだ」
「ふん、身の程をわきまえるんだな」
二人のあからさまに見下したようなその態度に、商人はますます縮こまる。商人は、今にも泣いてしまいそうなのをぐっとこらえて、黙り込んでいた。
「おやめください。このような場で……」
「お二方、いい加減になさいませんか」
ディアーナのとがめる声を遮ったのは、騎士団の青年、エトワールだった。彼はピンと背筋を伸ばし、毅然とした態度で二人を見つめる。
「なんだね、君は……」
「そうだ。たかが騎士団の分際で、わたしに命令するつもりか?」
トーレスと中流貴族の男は、エトワールを見やる。
「騎士団の人間というのは正義面をする偽善者ばかりで、本当に困ったものだな」
「わたしの国の兵士は、王族に逆らうことはないぞ。しつけがなっていないのか?」
二人の挑発するような言葉にも、エトワールは動じない。
「確かに、出過ぎた真似かもしれません。ですが、今はディアーナ王女との会食の場。客だから、と何をしても良いわけではありません」
エトワールの静かな言葉遣いの端々に何かを感じた二人は黙って席に着いた。ディアーナは、ほっと胸をなでおろしてエトワールを見つめる。
(今のは、助けてくださったのかしら……)
勇敢なエトワールの姿に、ディアーナはシャルルを重ねずにはいられなかった。
「では、最後に、エトワール。あなたはこの国をどうお考えになられます?」
ディアーナの問いに、エトワールは静かに視線を落とした。少し考えてから顔をあげ、まっすぐな瞳でディアーナを見つめる。
「この国は、とても素晴らしい国です。だからこそ僕は、心からこの国に忠誠を誓っております。騎士団として、一人の人間として、これからもこの国を守りたい。その一心です。そして、それは、これからも変わりません」
慈愛と希望に満ちた輝く瞳。ディアーナはエトワールに光を見た。純真で、まばゆい輝き。
ディアーナは柔らかに微笑んで、うなずいた。
「えぇ、わたくしも同じ気持ちですわ。代々受け継がれてきたこの素晴らしい国を、わたくしもこの手で守りたいと思っています」
それはディアーナの本心であり、そして、覚悟でもあった。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
連日ありがたいことに、20/6/21 週間ランキング ヒューマンドラマ部門 40位をいただきました。
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