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調香師は時を売る  作者: 安井優
王城編

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お墓参り

 マリアは、ミュシャからもらったワンピースに身を包み、白いストローハットをかぶった。お金とアロマキャンドル、マッチ箱が入っているだけの小さなカバンを肩にかける。今日は長旅になる。荷物は軽い方が良い。扉に『定休日』の看板をかけたマリアは、玄関のカギを閉めた。


 森の先にある小さな村を抜けたところから馬車に乗り、街で鉄道に乗り換えて二時間。

 小さな海辺の田舎町にマリアはやってきた。

「海の香りだわ……」

 普段森で暮らしているせいか(しお)の香りに馴染みのないマリアは、肺いっぱいにその空気を吸い込む。香りだけで口の中がしょっぱくなってしまうような、そんな気がするのだが、マリアにはそれさえも新鮮だった。


 この町はいつ来ても変わらない。白い壁に、青い屋根の家がぽつぽつと立ち並んでおり、人の往来は少ない。石畳で舗装された道がずっと海岸線に沿って続いている。町に響くのは、波の音と、(しお)でさびた店の看板が海風に揺られている音だけだ。(はた)からすれば寂しい海辺の町。それでもマリアにとっては、どこか懐かしいような気持ちになる。祖母が生まれ育った町だからだろうか。この町はとても落ち着く。


「さて、と……」

 マリアは、遠くに見える塗装の()がれかかった赤い看板に向かって歩き出した。この町唯一の花屋である。カフェもパン屋もないのに花屋があるというのは、マリアにとっては不思議だったが、それも町の上にあるお墓のせいかもしれない。どんなに普段は花に興味のない人でも、お墓には花を添えてしまうものだ。


 そんなことを考えていると、あんなに遠くに見えた店はすぐ目の前に迫っていた。マリアは白く塗られた扉を開ける。チリン、と涼し気な鈴の音がした。


「いらっしゃい」

「こんにちは」

 マリアの声に反応したのは、店を一人で切り盛りしているおばさんだ。このおばさんも、いつ来ても変わらないな、とマリアは思う。ふくよかな体形に、愛想の良い笑顔。人の良さを全身で表しているようなおばさんが、マリアは好きだった。


「あら、マリアちゃん。いつもは秋にくるのに珍しいねぇ」

「少し、祖母の声が聞きたくなって」

 マリアがそういうと、おばさんはうんうん、と一人うなずいた。

「分かるわぁ。私も、何かあると母親のお墓に言って話したもんよ。なんとなく落ち着くのよね」

「そうなんです。返事がないのはわかってるんですが……」

「気持ちよ、気持ち。大切なのは、そう思うことよ」

 おばさんはにこやかに微笑んで、手際よく花束の準備を始めた。


 そう。本来ならば、マリアがこの町に訪れるのは決まって秋ごろだ。祖母の命日に合わせてお墓参りにくるからなのだが、逆に言えば、それ以外でこの町に訪れることはなかった。もちろん、今まで何度か同じように悩み、行こうか、と考えたことはある。しかし、片道三時間以上かかるのだ。この距離は決して近くない。たいていの場合は街についたあたりで、自らの悩み事に結論が出てしまう。


 けれど、今日は違った。マリアは、王妃様の手紙の内容について、どうしても祖母に相談したかった。この依頼を、受けるべきかどうか。もちろん、祖母の声は聞こえない。しかし、それでも良いのだ。マリアは、ただそうしなければ、気持ちが落ち着かなかった。祖母が生きていたら、何て言っただろうか。それが墓前であれば、なんとなくだが、わかるような気がするのだ。


「そういえば、さっき、ライラックの花を買っていったおじいさんが来たけど……。この辺じゃぁ見かけない人だったから、リラさんの知り合いかもしれないね」

 おばさんはそう話しながら、器用に紫のリボンを花束に巻いた。かくいうマリアの花束にも、紫色のライラックが見事に咲き誇っている。

「今日は本当に、珍しい日だよ」

 おばさんはそう言って笑った。


 マリアは花束と引き換えにお金を渡す。おばさんは

「また来てね」

 というと、店先までマリアを見送ってくれた。


(おじいさん……。まさかね……)

 マリアは一人心当たりのある人物を思い浮かべた。それはつい先日出会った祖母の友人であるが、マリアは、ないない、と首を横に振る。そして、お墓への道のりを一人、歩くのであった。


 祖母の墓は町の高台にある。小高い丘になっているそこは、町を一望できる場所だ。海を遠くまで見渡せるその景色がマリアは好きだった。太陽の陽射しを受けてキラキラと輝く波間を、マリアはしばらく見つめる。ずっとここで海を見続けていたいとも思うが、そうもいかない。(つか)()の現実逃避をしたマリアは、祖母のお墓へと足を向けた。


 祖母のお墓には、先客があったらしい。先ほど花屋のおばさんが言ったとおりだ。

 マリアと同じライラックの花がすでに墓前に供えられている。おいしそうなワインが一緒に並べられており、マリアはこっちが本命ではなかろうか、と思う。祖母は確か、ワインも好きだったはずだ。

「先にお掃除かしらね」

 マリアはすでに添えられたライラックの隣に、自らの花束を添えて軽く手を合わせた。


「あら?」

「おや! マリアか!」

 お墓を掃除しようと水汲み場へ向かったマリアは、そこから戻ってきたであろうおじいさん……シュトローマーと出くわした。マリアが先ほど思い浮かべた唯一の人物である。まさか、とは思っていたが、本当にこんなことがあるとは。案外世界というのは狭いものだ。


 驚いたのはシュトローマーだった。先日、マリアに出会ってからというもの、何かにつけてはリラとの青春時代を思い出していた。そんな日々を繰り返すあまり、懐かしくなって、いてもたってもいられずこうしてリラの墓を訪れたのだ。


 二人は、リラの墓を一通り掃除し、それから手を合わせた。マリアは、アロマキャンドルを一つカバンから取り出して、マッチで火をつける。ふわりと柔らかな明かりとともに、優しい花の香りが漂ってくる。シュトローマーはそれをどこか懐かしそうに眺めていた。祖母のことを思い出しているのかもしれない。マリアはそんなシュトローマーの横顔を盗み見て、

(いつか、おばあちゃんの昔ばなしを聞いてみようかしら)

 と思うのだった。


 ひとしきり感慨にふけったシュトローマーは、ゆっくり口を開いた。

「まさか、リラの墓の前でマリアと会うとはな」

「私もびっくりしちゃいました。こんなことってあるんですね」

 クスクスとマリアが笑うと、シュトローマーも大きく首を縦に振ってうなずく。

「リラが引き合わせたのかもしれんな」

 シュトローマーの言葉に、マリアもうなずく。


 運命のお導き、とはよく言うが、まさにこういうことなのかもしれない。マリアは、祖母に相談するつもりだった王妃様からの手紙の内容について、シュトローマーにも話すことにした。

いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。

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20/6/21 段落を修正しました。

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