祝杯
マリアがシャルルの家に来てから、初めて四人がそろった夕食だった。マリアの作ったラタトゥイユやパエリアが鮮やかにテーブルを彩る。
「マリアちゃんは本当に料理が上手ねぇ」
ソティが目を輝かせてマリアを見つめる。その瞳には「お嫁に来てくれないかしら」としっかり書かれていて、マリアは曖昧に微笑んだ。
「それにしても、こんなに作るのは大変だったんじゃないのか」
アーサーはしげしげと眺めている。普段料理をしないというから、なおさら特別なもののように見えるのだろう。
「普段、一人ではこんなに作っても食べきれないので。むしろ、いつもは食べられないものを作れて楽しいです」
「まぁ! マリアちゃんって本当に良い子ねぇ」
「本当にね」
ソティに相槌をうつのはシャルルで、マリアがアーサーに助けを求めれば、アーサーはクツクツと肩を揺らした。
ソティの記憶が戻ったお祝いである。シャルルが人数分のグラスにワインを注げば、準備完了だ。
「それじゃぁ」
アーサーがグラスを持ち上げると、ソティがにっこりと笑う。
「みんな、ありがとう」
ソティの言葉とともに、リビングにはチンと小気味良い音が響いた。
ワインを一杯飲み干したところで、アーサーが涙をこぼした。
「兄さんはお酒が弱くてね。それに、結構涙もろい」
シャルルはそっとマリアに耳打ちする。
「おい、聞こえてるぞ! 私は、涙もろくなんかない!」
アーサーはヒックとしゃっくりをしながら、シャルルを見据える。シャルルは肩をすくめた。
「母さんの! 記憶が! 戻ったんだぞ!」
嬉しくないのか、と問われれば、シャルルは苦笑する。
「もちろん嬉しいよ。でも、ほら、僕の分まで兄さんが泣いてくれているから」
「シャルルは昔から泣かないわねぇ」
ソティはグビグビとワインを飲み干していく。どうやら、ソティは酒に強いらしい。アーサーの酒の弱さは父親に似たのだろう。
「シャルルさんの小さいころって、どんな感じだったんですか?」
マリアが尋ねると、ソティがぐいと身を乗り出した。
「興味ある?」
しまった、とマリアは思わず顔をしかめる。興味がないといえばウソになる。だが、それは恋愛感情的な意味ではない。断じて。
「ふふ。シャルルは、昔からいい子だったのよ。頭も、運動神経も良くてね。父さんに似たのか、器用だし、優しくて、落ち着いてるでしょう? 今も昔も変わらないわ。本当に、本当に! 独り身なんて……信じられないくらい……」
ソティの声はだんだんと小さくなり、最終的にはボロリと涙をこぼした。アーサーの涙もろさは、母親似らしい。
「母さん。飲みすぎだよ。ほら、落ち着いて」
シャルルは席を立つと、優しくソティの背中を撫でる。
「マリアちゃん……シャルルと結婚してくださらない?」
ずるずると鼻をすすりながらもなお、ソティはマリアに懇願する。
「シャルルさんには、もっと良い方がいらっしゃるかと……」
マリアが眉を下げれば、アーサーが再びしゃっくりを一つ。目が完全に座っている。
アーサーはその目をマリアに向け、マリアは思わず息を飲んだ。
「マリアさん。シャルルが、君がいいと言っているんだ」
「へ?」
「兄さん!!」
「そうなの?! シャルル!! それは本当?!」
爆弾を放ったアーサーの体がグラリと揺れる。真っ赤な顔がゴテンと後ろへ傾き、
「アーサーさん?!」
直後、アーサーは眠りについてしまった。
その後、シャルルはアーサーをベッドへ運び、マリアもまた、泣きながら嫁に来ないかと懇願するソティを自室まで介抱した。
「片づけならやりますから!」
マリアがリビングへ戻ると、先にリビングに戻っていたシャルルが食器を洗っていた。シャルルは気が利きすぎる。そうでなければ、騎士団長など勤まらないのかもしれないが。
「気にしないで。マリアちゃんには迷惑をかけちゃったし」
シャルルは困ったように微笑み、マリアもまた、つられてほほ笑んだ。
アーサーの言葉のせいか、二人の間には珍しく沈黙が流れる。どちらともなく意識している。特にマリアにとっては、考えるな、という方が無茶な話だ。
(アーサーさんも酔っていらしたし……冗談、よね)
マリアはブンブンと頭を振って、食器を一枚ずつ重ねていく。
「ここに置いておきますね」
マリアは運んできた食器をそっとシンクの脇において、少しでも早くその場を去ろうとすぐさまリビングへ踵を返す。
もちろん、そんなに簡単には、シャルルが逃がしてくれるわけもない。
「マリアちゃん」
マリアの方には背を向けたままで、マリアの名を呼ぶ。
「さっきのこと……」
「私なら気にしてませんから! むしろ、私なんかがシャルルさんに、なんておこがましいくらいで!」
シャルルの言葉を、マリアはつい早口で遮ってしまう。シャルルは食器を洗う手をとめて、自らの手についた半透明な泡を見つめる。
パチン、と泡が一つ弾けた。
「本気だよって、言ったらどうする?」
ゆっくりと、美しく振り返ったシャルルがマリアを見つめる。
ふわり、ふわり。シャルルが振り返った弾みで、彼の手からは小さな泡がいくつか空中へと舞い、チラチラと七色に揺れた。
「冗談、じゃ、ない……ですよね」
「残念ながらね。全く、兄さんもやってくれるよ。もっと、格好よく告白するつもりだったんだけど」
シャルルは肩をすくめて笑う。
「僕は、マリアちゃんが好きなんだ。心から。地位や、役職は関係ない。もちろん、家柄もね」
マリアは視線をさまよわせる。顔が熱い。遅れて酔いが回ってきたかのように、マリアの顔はじんわりと赤みを帯びていく。
「シャルルさ……」
「返事は、急がないから」
穏やかで優しい声は、いつもよりも少しだけ熱を帯びている。
マリアが顔を上げると、そこにあったのはシャルルの笑み。
マリアにはその笑みが、この世で最も綺麗なもののように思えた。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
ソティの記憶が戻った楽しいお祝い! と思いきや……最後の最後でまさかの衝撃の急展開です!?
マリアとシャルルの関係がこれからどうなっていくのか……続きもぜひぜひお楽しみに♪
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