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調香師は時を売る  作者: 安井優
思い出の香り編

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155/232

パウンドケーキ

 待ち合わせの時刻より十五分も早く着いたはずなのに、待ち合わせ場所にはすでにケイの姿があった。

「すみません。お待たせしましたか?」

 ケイがくれた赤いワンピースに身を包んだマリアが慌てて()け寄ると、ケイはブンブンと首を振る。

「いや、他にすることもなくてな。早く着いただけだ」

「ふふ、私も、なんだか落ち着かなくって」

 マリアのまぶしい微笑みに、ケイはたじろぐ。


 自らのプレゼントしたワンピースも、さすがの着こなしだ。秋らしさを感じさせるシックな色合いが、マリアを普段より少しだけ大人っぽく見せていた。

「似合ってる……」

 思わずケイの口から()れ出た言葉に、マリアは照れくさそうにはにかんだ。

「い、行くか」

 ケイはそれ以上マリアを直視することは出来ず、くるりと(きびす)を返す。


 店まで何を話そうか、とか、マリアの好きそうな話題は、とか、昨晩真面目に()っていたものがすべて吹き飛んでしまったケイは、いつもの寡黙(かもく)っぷりを発揮(はっき)した。幸いだったのは、店の場所までそう遠くはなかったこと。そして、マリアがいくつか話題を提供してくれたことだ。さすがに普段接客しているだけのことはある。マリアの話題の引き出しは多く、今日の天気から、花壇(かだん)に植えられた花の話、ケイでもわかるような話を選んでくれた。


「おや、この間のガールフレンドじゃないか!」

 赤のワンピースが目を引いたのか、店長はすぐさまマリアを見つけるとニカッと笑みを浮かべた。ケイが女性を連れてきたのが、よほど珍しかったらしい。以前、マリアを連れてきたのはもう数か月は前なので、すさまじい記憶力だ。

 ガールフレンドではない、と訂正する前に、店長が席を案内し、メニューを用意し、水を()ぎ、と忙しないせいで、結局訂正できないままその話題が流れてしまう。


 マリアとケイはそれぞれランチメニューを注文する。料理が運ばれてくるまでの間、前回訪れた時のなんとも言えない甘い雰囲気を思い出してしまい、二人の間には気まずい空気が流れた。

(どうして、ケイさんのことばかりこんなに気にしてしまうのかしら……)

 マリアはチラリとケイを盗み見る。


 シャルルのような、女性から騒がれるような甘いマスクではない。どちらかと言えば、武骨(ぶこつ)で、男らしく、どこか近寄りがたい雰囲気さえ(ただよ)っている。話せば穏やかな良い人だし、笑った顔が普段と相まって可愛らしい。たまに見せる慌てたような仕草も。

(ギャップ、かしら)

 考えてもどうしようもないことだが、ひとまずはそう結論付けて、マリアは水に口をつけた。


 一方で、ケイもまた、マリアをちらりと盗み見る。

(いつから、こんな風に)

 ケイの答えはシンプルだ。おそらく、出会った時から。女性の苦手なケイが、初対面であれだけ心をほぐされたのはマリアだけ。なぜか、マリアの柔らかな雰囲気に、いつもほだされてしまうのだ。

(団長の家にいると聞いたときは、驚いたが……。仕事で良かった)

 窓の外を見つめるマリアの姿を見つめ、ケイはホッと安堵(あんど)する。マリアだけは、団長相手でもおいそれと(ゆず)るわけにはいかない。


 ランチが運ばれてきて、二人の思考はそこでストップした。少し早いが昼食である。

「美味しそう!」

 相変わらず、目をキラキラと輝かせるマリアの反応は、見ている者を飽きさせない。ことさら、調香と植物、そして食事のことになると、マリアは無邪気(むじゃき)である。

 二人は、プレートの上にこれでもかと言わんばかりに主張するカツレツを丁寧に切り分けて口へ運ぶ。

「ん~~~~!!!! 最高です……!」

 サクサクとした衣に、柔らかだが引き締まった肉。じゅわりと口の中で広がる油。マリアとケイは黙々とそれを平らげていった。


 食事を終えた二人に、店長が声をかける。

「はい。本日のメイン」

 二人のメインディッシュはすでに終わっているが、新作ケーキの試食が本日のメインである。すでにおなかは満たされているが、甘いものは別腹。マリアは目の前に差し出されたパウンドケーキに目を輝かせた。

「わぁっ!」

 パウンドケーキの上に、オレンジのシロップ漬けが載せられていて、見た目にも豪華で美しい仕上がりだ。


「あぁ。もし気に入ってもらえたら、今後店に出そうかと思ってね。簡単だし、これくらいなら俺にでも作れるから、女性客をゲットだ!」

 丁寧に切り分けながらも、ガハハ、と豪快に笑う店長に、マリアもクスクスとほほ笑む。

「それじゃぁ……」

 マリアはパウンドケーキにゆっくりとフォークを入れて、欠片を口へ運んだ。


 爽やかなオレンジの香りに、シロップのとろけるような甘みが絡みつく。ふんわりとした食感の中に混ざる、くせになりそうな弾力はオレンジピールだ。程よい苦みが、甘さを中和し、後味をすっきりとさせる。

「美味しい!」

 すっごく美味しいですよ、とマリアが店長を見やると、店長はニカッと笑みを浮かべた。

「良かった! よし、残りは全部プレゼントだ! 持って帰ってくれ!」


 こうして、マリアはずっしりとしたパウンドケーキのお土産を受け取ることになってしまった。予想だにしなかった突然のお土産に、マリアが申し訳ないと首を振ると

「いやいや。いつもケイには世話になってるし、俺からの、二人のちょっとばかり早い結婚祝いだとでも思ってくれ!」


 ちょっとばかり早いどころの騒ぎではない。

「店長! 俺たちは、まだ、付き合ってもいませんから!」

 さすがに慌てたケイが事実無根(むこん)だと訂正すれば、店長はニヤニヤとした笑みを浮かべた。

「まだ?」

 ケイは、ぐ、と声を飲む。マリアは、頭が追い付かないのか、二人のやり取りをポカンと見つめるだけだ。

「まだ、ですよ!」

 ケイはやけっぱちだ、と言い切ると、マリアの手を取って、足早に店を出た。


「え?! あの、ケイさん!?」

 マリアは何のことだか分からない、と引っ張られるままにケイの後を追う。

「!」

 ケイもようやくそこで我に返ったのか、マリアの手をぱっと放した。

「す、すまない。その……」

 ケイの顔は耳まで真っ赤で、マリアもどうしてよいか分からず視線をさまよわせる。


「と、とにかく! 今日は、店長も喜んでくれたし、付き合ってくれて感謝する。それじゃぁ!」

 マリアが言葉を発する前に、ケイは脱兎のごとく走り去り、すぐそばの角を曲がってしまった。

「え?」

 いまいち状況が飲み込めないマリアは、パウンドケーキ片手にシャルルの家へと向かう他ない。


 ソティとお茶をしながらそんな話をすれば、ソティが目を丸くして

「あらあら。まぁまぁ」

 と声を上げるのだった。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

なんと! 新たな素敵レビューをいただきまして、本当に感謝感激です!

本当に、とっても素敵なので、ぜひぜひ皆様ものぞいてみてください~*


さて、今回はマリアとケイのデート(?)回でしたが、お楽しみいただけましたでしょうか。

少しずつですが、二人の距離が縮まっていっている様子も楽しんでいただけていたら幸いです。


少しでも気に入っていただけましたら、評価(下の☆をぽちっと押してください)・ブクマ・感想等々いただけますと、大変励みになります!

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