シャルルの家
秋も深まり、森の木々はすっかり色づき始めていた。馬車の窓から見える景色にも、赤や黄色が通り過ぎていく。
「すっかり秋だね」
似たようなことを考えていたのか、シャルルが呟いた。シャルルの美しいブルーの瞳は、どこか遠く、少なくともマリアのはかり知ることの出来ない何かを見つめているようだった。
街の広場で馬車を降りた二人は、路面電車へと乗り換える。シャルルの家へ向かうのだ。手紙に書かれていた住所は、王城の北側、城下町と北の町のちょうど境目あたりで、マリアが行ったことのないエリアだった。
(確か、高級住宅街だったような……)
貴族街、といっても差し支えないような、とにかくそういう比較的大きな家が並ぶ地域だったように思う。マリアの緊張を見透かすように、マリアの前に立っていたシャルルはクスリと微笑んだ。
「そういえば、誰かを家に招待するなんて、いつぶりかな」
どこか懐かしそうに話すシャルルは、穏やかな瞳をマリアへ向けた。
「騎士団の方々をお招きしたりはしないんですか?」
「僕も、みんなも、なかなか忙しくてね。あぁ、ケイなら招いたことがある。ちょうど、ケイを隊長に任命した時だったから……それでも、もう一年は前だね」
マリアが相槌を打つと、シャルルは話を続けた。
「信じられないかもしれないけど、僕だって普段は中々家に帰れないことが多くてね。ひどいときは騎士団の本拠地で寝泊まりしているよ」
本人はさらりと爽やかに言ってのけるが、それを聞いたマリアは思わず顔をしかめる。マリアの表情を見て、シャルルはおかしそうに肩を揺らした。
終点より数駅手前で降車して、マリアはその美しい駅舎に息を飲んだ。どこまでも白い壁と、高い天井。駅の窓にはステンドグラスが使われ、天井から下がるサンキャッチャーが色鮮やかに輝いている。反射した光は床に落ち、様々な色と形になって、マリア達の足元で揺れた。
「ほわぁ……」
「これだけでも見に来る価値があるよね」
シャルルも隣でそれを眩しそうに見上げる。その表情はどこか儚げで、サンキャッチャーの輝きのせいだろうか、とマリアは思う。
大聖堂を思わせる豪華な作りは、さすが、貴族街の入り口といったところだろう。この王国の街には、それぞれのシンボル的存在となる建物や場所がよく見受けられる。この駅舎もまさにその一つだった。
「少し歩くけど、かまわないかい?」
馬車を使ってもいいけど、とシャルルは付け足したが、マリアは、徒歩でいいと答えた。
すでに、マリアの目の前に広がっている美しい街並みを、マリアも堪能したかった。風は心地よく、陽も穏やかで、絶好のお散歩日和だ。
「それじゃぁ、行こうか」
シャルルの爽やかな笑みが、この街には良く似合っていた。
並んでいる建物も、植えられた街路樹も、細やかな装飾が施された街路灯も。すべてが洗練された雰囲気を纏っていた。城下町に比べれば派手さは劣るかもしれないが、その分上品に見える。ブティックに、本屋、パン屋に洋菓子店。比較的こぢんまりとした店が立ち並ぶ通りも、質の良い物が集まっていることが一目で分かる。落ち着いた色合いの屋根や、ショーウィンドウに飾られた品々。看板に、店先の花壇まで。一切の妥協は見受けられない。時間をかけて丁寧に仕事をしていることの表れだった。
二十分ほど歩いただろうか。閑静な住宅街の真ん中で、シャルルは足を止めた。
小さな門の奥には、フラワーアーチが並び、さらにそこから三角の屋根と薄青色の壁が可愛らしい豪邸が見えた。
「ついたよ」
シャルルはこともなげにその門を開ける。夏休みに行ったディアーナの別荘とほとんど大差ないその家に、マリアの体は思わず固まった。よく考えてみれば、国の騎士団長を務めている人物なのだ。これくらいの資産は当然だろう。
「マリアちゃん?」
不思議そうなシャルルに、マリアは困惑した表情を向けた。
「失礼します……」
マリアがそっと頭を下げ、おずおずと足を踏み入れれば、シャルルはふっと笑みを浮かべた。
「びっくりした? これでも一応、騎士団長だからね」
「なんていうか、その……はい……」
マリアのしどろもどろな返事に、シャルルはさらにその笑みを深める。
「冗談だよ。両親が建てた家なんだ。父が建築家でね」
シャルルはくるりと体を翻し、マリアの前を慣れた足取りで歩いていく。シャルルの生い立ちに少し触れ、マリアは改めてシャルルという人物がどうしてこれほど良くできた人間なのか、一人納得するのだった。
シャルルの家は、玄関に入った瞬間から、美しい調度品や細部にまでこだわった装飾の数々でマリアの目を楽しませた。玄関先に置かれた花瓶には季節を彩る花が生けられており、二階へと続く階段の手すりや柵には植物を模したような細工がされている。壁に備え付けられた大きめの鏡も、木彫りの柔らかなフレームが美しい。
「素敵なお家ですね……」
ほうっとマリアの口からこぼれた言葉に、
「父親がいたらきっと喜んだよ」
とシャルルは穏やかに言った。
マリアが通された客間は、それは豪勢なものだった。あまりの素晴らしさに、あのマリアが落ち着かなかったほどだ。
「お茶を持ってくるよ。この部屋にあるものなら、自由に見てくれてかまわないし、楽にして待っていて」
シャルルはパチンとウィンクを一つすると、部屋を去っていく。自由に見てくれてかまわない、とは言われたものの、あまりにも気が引ける。マリアはそわそわと落ち着かない気持ちをなんとか静めようと、腰かけたソファの質感を楽しむことにした。
シックな色合いの黄色いソファは、派手過ぎず、かといってシンプル過ぎない。木製の机や戸棚ともよくマッチしている。何より、
「ふかふか……」
マリアは思わず目を細める。背中を預けているクッションもふかふかとマリアの体を心地よく包み込む。
(立てなくなってしまいそうだわ……)
あまりの座り心地の良さに、マリアはそんなことを考えてしまう。
ソファに座って見える範囲で、マリアはゆっくりとその部屋を楽しむ。天井から吊り下げられたシャンデリアもシンプルな作りが落ち着いた雰囲気を醸し出し、優しく部屋を照らしている。目の前の長机は、足の部分にやはり花を模したような細工が施され、ところどころに波打った形状が、柔らかな印象に仕立てていた。暖炉わきに置かれた振り子時計からは、ゆっくりと時を刻む音が聞こえ、時折外から差し込む光に振り子がチラリと反射しては美しく輝いた。
振り子が何度右へ、左へと往復しただろうか。ふわりと温かな柑橘の香りが漂い、マリアはそちらへと視線を向けた。シャルルがティーカップやポット、ケーキスタンドをのせて器用にトレーを運ぶ姿に、思わず立ち上がる。
「今日はお客さんなんだから、座ったままで良いよ」
シャルルは柔らかに微笑むと、手慣れた手つきでマリアの前にカップを置いた。アールグレイの香りと、ケーキスタンドにのった洋菓子の甘い香りがマリアを包む。
「お茶でも飲みながら、話そうか」
シャルルはマリアの向かいに腰かけると、いつもの穏やかな笑みを浮かべて、マリアを見つめた。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
今回から新章に突入です~!
シャルルとその家族がメインなので、ぜひぜひシャルル推しの方も、そうでない方も! お楽しみいただけましたら幸いです。
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