推測
一方、シャルルは団長室にこもり、たくさんの報告書に目を通していた。通常の業務もさることながら、新たに西の国へ送り込んだ密偵からの情報を確認しているのである。
「ケイを先に送り込んだのは間違いだったかな……」
シャルルは深いため息をつくと、視界の端に映った香水瓶を持ち上げた。
窓の外に浮かぶ月は、雲に隠れて薄暗かった。シャルルはそれを見上げて、夜の香りをたっぷりと吸い込む。レモンと洋ナシの爽やかな香りにいくらか頭もスッキリとしていく。シャルルは、思い当たる不穏な推測と、先ほど新たに仕入れた情報をつなぎ合わせ、止まりかけていた思考を再び巡らせた。
西の国から第三王子を探すよう、王様と王妃様を通じて命を受けた時。正直、ただの人探しだろうと思っていた。だが、考えていくうち、もっと、何か陰謀めいたものが裏で動いていると思えたのだ。だからこそ、万が一を考え、ケイを先に送り込んだのだが。しかし、たとえシャルルといえど、この時点ではそれ以上のことは推測にしか過ぎず、最善手を打てた、とは言い難かった。
そんなわけで、ケイと他数名の部下を西の国へ送りこんだ後、シャルルは、新たに数名、完全な内密行動を部下に命じた。
「西の国の王城内部を探ってくれ。情報は逐次、報告するように」
「はっ」
こうして、シャルルは王城内部の情報を新たに仕入れることに成功。
(僕の考えが外れることを期待していたけど……)
結果、どうにもきな臭い話がいくつか飛び出したことで、シャルルの考えうる最悪な事態が現実味を帯び始めることとなった。
まず、トーレス第三王子が逃亡したと思われるのは、二週間以上前。であるにも関わらず、西の国の軍隊が動いたのは、逃亡から約一週間が経過してからだった。この一週間の間に、仮にも家族が、本人の不在を知らないわけがあるまい。判断があまりにも遅すぎる。
(西の国の王族は……トーレス王子を見下している節があったな)
シャルルは、何度か西の国との会食で王様と王妃様の警護に当たった時のことを思い出す。客人の前で表立って嫌がらせをするような真似はしないが、それでも、彼だけはどこか不当な扱いを受けているように感じられた。
(王位継承権がなければ、しょせんはただの使い捨て、ということか……)
そして、こちらへの捜索要請。王族が逃亡し、それを自国の軍隊が見つけられぬなど、たとえ友好を結んだ国に対してであっても、本来は公にしないはずである。ましてや、西の国を探せ、など。
(なぜ彼らは、トーレス王子が隣国へ逃げ込んだのでは、と推測しないのか)
シャルルはこの点において、異常なまでの不信感を示していた。
(我々に探させておいて、メリットがあるとすれば……)
こちらの国の警護数を減らし、守りを減らすこと。または、トーレス王子の逃亡の責任を、こちら側に押し付けること。
(最悪なのは……トーレス王子を見つけたこちらの騎士が、トーレス王子を捕縛、または誘拐したと見せかけられることだな)
だからこそ、シャルルはケイたちにトーレス王子の捕縛を命じなかったのであるが、西の国のことである。関係なく、断罪する可能性も十分にあった。事実を歪めることは、誰もが想像しているよりも容易いのだ。
シャルルはある報告書の一文を、頭の中で反芻する。
『あいつが、どこにいようと、必ずこちら側に利益が出る』
これはたまたま、トーレス王子の兄……第一王子が従者に話しているところに居合わせた部下の証言だ。残念ながら、話はここで途切れたそうだが。
(どこにいても……西の国に利益、か……)
やはり、トーレス王子の逃亡を利用して、こちら側を貶めようとしている。そう考えるのが自然だった。
おおよそ、推測はついている。
トーレス王子の逃亡に気づいた西の国の王と王妃が、始めこそ世間体を気にして内密に捜索依頼を自国の軍隊に要請した。しかし、王子は見つからず、国内にも王子逃亡の噂が広がり始めた。そこで、早くも次の一手を打たねばならなくなった、といったところだろう。
そんな時、第一王子が何やら策を立てた。隣国のせいにしてはどうか、と。隣国の騎士に国内を捜索させ、見つかれば、こちら側が誘拐したことになるし、仮に見つからなくとも、こちら側の騎士が王子を殺したなり、隣国へと連れ去ったとでも言えばいい。
ディアーナ王女との一件もある。冷静に考えたとて、トーレス王子を誘拐することは、まったくこちら側にメリットはないが、そんなものは後からいくらでも脚色できるのだ。トーレス王子に振られたディアーナ王女が腹いせに、などと適当に言えば、西の国の民たちは、当然隣国への不満を持つ。婚約も破談となり、友好関係をより親密に深める手立てがなくなった以上、西の国としてはこちら側に利用価値を見出すのは難しい。どうにかして、攻め入りたいとも考えられる。
トーレス王子は初めから、このための捨て駒だったといっても過言ではない。
まったく、最悪の事態だ。シャルルは、こめかみを押さえる。まだ、事実と決まったわけではないが、おおよそ筋書きとしては間違っていないだろう。武力で周囲の国を押さえこんできた先祖の血を継ぐ者らしい、粗暴な考え方だ。
(敵ながら、あまりの短絡さに反吐が出る)
シャルルは心の中でそんな言葉を吐き捨てると、再びイスに腰かけ、報告書へと手を伸ばした。
「そろそろケイも、捜索依頼の人物が、第三王子だと気づいただろうな」
ケイのことを試したわけではない。第三王子だと知らせなかったのは、あくまでも王様と王妃様からの「内密に動くように」との命を守ったにすぎない。だが、頭の良いケイのことだ。あの人相書きから、貴族だと推測は出来るだろうし、聞き込みでもすればいずれどこかから漏れ出る。
「報告書が届くか、それとも……」
真実にたどり着き、期日よりも早くこちらに戻ってくるか。どちらにせよ、良い部下を持ったものだ、とシャルルはふっと笑みをこぼした。
翌日、シャルルは、昨晩、ケイを良い部下だと評価した自分にため息が出た。報告書ではなく、請求書が届くとは。
『これは、聞き込み調査のために購入した物ですが、必要経費で落とせますでしょうか』
愛想のない簡潔な一文がケイらしかった。一体、どこで何を買ったのかはよくわからないが、その金額はなかなかのものだ。おそらく、トーレス王子の足取りを追って、貴族街へとたどり着いたのだろう。
シャルルとしては、ケイの行動力に称賛を送りたいところであるが、この金額には苦笑いを浮かべるしかない。
「まったく……本当にお土産を買ってくるつもりじゃないだろうな」
まさしくその通りなのだが、経費で買ったものをお土産と言い張れるのも、ケイだけだろう。妙に図太い神経を持っているのだ。シャルルは久しぶりに団長室を出ると、経理担当の者がいる部屋へと、足を進めるのであった。
「無理ですよ」
シャルルがヒラヒラと見せる請求書を、経理担当はバッサリと切り捨てた。
「雑貨屋の文具はともかく、この服飾って何ですか?」
「さぁ?」
「さぁ? じゃありません。騎士団内で使用するものであれば認めますが、それ以外はいくら調査のためとはいえ、私的利用とみなします。王様と王妃様が見たら、どんなお顔をなさるか……」
深いため息をつく経理担当に、シャルルもふっと笑みを浮かべる。
「わかってて持ってきましたね? いくら団長の頼みであっても、これは無理です。どうしても経費で、というのであれば、これを仕事で使用するように、と隊長にはお伝えください」
騎士団の中で、最も苦労人、といえるのはこの経理担当かもしれない。たまには、何かおいしいものでもご馳走しなければ、とシャルルは内心考えるのであった。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
今回は、シャルルを中心に、物語がぐっと核心に迫る回となりました。
トーレス王子捜索の裏に隠された陰謀を、これからどう対処していくのか……ぜひぜひ、お楽しみにくださいますと幸いです!
少しでも気に入っていただけましたら、評価(下の☆をぽちっと押してください)・ブクマ・感想等々いただけますと、大変励みになります!




